家庭裁判所での審判の日、家庭裁判所の審判室で、裁判官は私に「保護観察処分」を言い渡した。
少年院送致は免れたのだ。
初犯であったことや付添人の熱心な環境調整、祖父母が今後の身元引受人になると誓ったこと、そして一番額の大きな被害者であったバイト先の先輩が「同じ苦労をしてきた若い子の未来を奪わないでほしい」と被害届を取り下げてくれたことが理由だった。
取り下げてくれた先輩と、必死に動いてくれた弁護士さんに私は深く感謝しなければならなかった。
鑑別所を出てアパートに戻っても、祖父母はしばらく俊介と二人で暮らすのを許してくれなかった。
「まずは、まっとうに働いて生活基盤を作り直しなさい」ということだった。通っていた定時制高校は、退学処分となっているから、私には働くしかない。
働きながら、時々、俊介を引き取ってもらっている祖父母の実家に行くと、俊介はいつも明るく振る舞って、私を一切責めようとしなかった。それが、かえってつらい。
祖母によると俊介はやっぱり学校へ登校できず、部屋にこもって好きなギターを弾いてばかりいるそうだ。この世で一番大切な人の将来性や可能性を、姉である私が奪ってしまうのは耐えられない。何とかしてあげたくても、何もできない自分が情けない。
私は自由の身になったとはいえ、前のアルバイト先で働くのは社長が拒んだ。そこで、私は保護観察官の提案を受け入れ、隣の菰野町にある福祉施設でヘルパーのアルバイトとして働くようになった。
人のために尽くすことが更生につながるらしい。
実際に新しい仕事に就いてから、私の心は晴れてきた。合わせて、保護観察官の助言を受けながら、被害者や近所へも謝罪を繰り返す。
中には怒鳴りつけて水を浴びせる人もいたが、多くの人は「もう二度とやったらだめだよ」と優しく対応してくれた。
人に会う度、もう馬鹿な真似は二度としないと誓う。
これから苦しいときは無理矢理自分一人で解決しようとしないで、色んな人の意見に耳を傾けようと思う。孤立するのはいけない。孤立が貧困と犯罪へとつながるからだ。
仕事も謝罪もつらかったが、更生したことを周りに認めてもらって、早く俊介と暮らしたいという一心でがむしゃらになれた。
「あのさ、姉ちゃん。慶応義塾高校に受かったよ」
仕事中にケータイが鳴り、突然、吉報がもたらされたのは、3月。
「慶応って、あの慶応?」
「そう。このままうまくいけば3年後に慶応義塾大学に入れる」
私の弟が、慶応?
頭がいいのは分かっていたけど、想像以上だった。
俊介は事件の後、祖父母の支援で塾に通って猛勉強を重ね、全国のトップクラスの高校に合格したのだ。
俊介は、何てすごい弟だろうか!
同居していなかったから、どこの高校を受験するか詳しく聞いていなかったので、しばらく驚きのあまり言葉を失った。
「びっくり! 夢を見てるみたい。すごいじゃないの!」
やっと喜べるようになった瞬間、すぐに私は悲しみの底に突き落とされた。
「だから俺、来月に横浜に引っ越すよ。学費はじいちゃんが出してくれるって」
俊介が言う「横浜に引っ越す」という言葉が、鈍器で頭を殴られたような強いショックをもたらした。
こんなに誇らしくて嬉しいことはないはずだ。でも、離れ離れになるから、気持ちがついていかない。
「夕方、姉ちゃんのアパートに合格の報告に行くから。少しだけやったら、アパートに行ってもいいってじいちゃんに許可もらったんだ」
「じゃあ、待ってるね」
電話を切ると、深いため息をついた。
てっきり、地元の県立の進学校に入ると思っていた。
私の事件のせいかもしれない。地元にいづらかったのだろう。でも、俊介が遥か遠くに行ってしまって、自分の弟ではなくなるようで寂しくなる。
仕事が終わって、職場から国道を通って忌部市内のアパートへ車で帰る途中、ケーキ屋に寄った。店に着いて車を出ると、寒さで手がかじかんでしまう。
ささやかな合格祝いとして、私は俊介が好きなタルトのケーキと緑茶のプリンを買った。
店を出てアパートへと向かう途中、左手に夕日でオレンジ色に染まった藤原岳が目に入ってくる。山の上半分くらいは雪化粧をしていて、その白いトーンにオレンジの水彩絵の具で塗りつけたかのように、淋しそうな景色が広がっていた。
昔、俊介と一緒に登山したことを思い出す。あの頃は親がいなくなって大変だったが、今思うと毎日が幸せで、かけがえのない時間を過ごしていた。
最近は、藤原岳を見るたび涙が勝手に流れてしまう。
藤原岳はいつも雄大で、動じることなくどっしりと構えていた。どんなに時代が流れて人の心が移ろおうとも、藤原岳はいつも変わらずそこにそびえ、来る人を温かく迎え入れてくれる。
スマートフォンやAIなど情報化が劇的に進み、街並み、人、生き方、夢、幸せの形など何もかもが瞬く間に変わっていくこの世で、威厳を持って変わらないでいてくれる存在は貴重だ。
どんなことを言われても動じない、藤原岳のように私はなりたい。
アパートに着くと一階の踊り場に隠れるようにして、先に俊介が待っていた。隠れるようにしていたのは、やはり近所の目が気になるからだ。
温かいコーヒーをカップに注いでケーキを出すなり、俊介は弾ける笑顔で話しはじめる。
「高校に入ったら、まずはミュージシャンを目指して音楽活動するな」
俊介は無邪気だ。
「慶応に合格するってすごいなあ」
「そうか?」
「そえだよ。私は勉強が苦手だったから、俊介がまるで自分の弟じゃないみたい」
「でも、一人暮らしをするから、高いお金がかかって申し訳ないけど」
「学費は私も精一杯働いて支援するけど、まだ保護観察中だしね。今はじいちゃんに甘えさせてもらうわ」
「うん」
「私の生活が整ったら、じいちゃんとばあちゃんに恩返ししないとなあ」
「俺もいつか、恩返ししたい」
そして、私に向かっていつものように、俊介は音楽の話を夢中で話し出す。
「俺は今でいうロックっていうより、もう少し古めかしいブルージーなサウンドのロックンロールが好きなんだ。今の日本のミュージシャンはボーカルを前面に出したいのか、エレキギターはクリアな仕上がりの控え目なエフェクトにしてるけど、俺は思い切り歪んだ音にして勝負したい」
「そう」
俊介の音楽の話は、さっぱり分からない。一緒に共感したいのだが、ブルース・ロックとかギターとか、私には無理だ。
俊介がバンドとか、そういう類いの音楽に興味があるのは、離婚して出て行った父親の影響だ。昔、父親は俊介にギターを教え、よくライブハウスに連れて行っていた。
私には遠慮して言わないが、音楽をしていたら父親と繋がっていられると思っているのだろう。
私は、明るく振る舞おうとする。
「俺、絶対大手のCD会社からデビューするんだ。今の時代はオーディションで賞を獲るにも学歴があった方がいいから。それに、受験が終わったから、今日から思い切りギターが弾ける! 嬉しい」
イギリスとアメリカのロックの違いや、ギタリストの話など一頻り聞いた後、俊介は自転車に乗って帰っていく。
そして、私はまた一人ぼっちになった。
涙が流れて眠れない孤独な夜が数回過ぎたら、すぐに俊介の旅立ちの時がやってきた。
地元のナロウゲージ鉄道の北西線、上木駅で旅立つ俊介を見送ろうとプラットホームで電車を待つ。祖父母がすでに、引っ越しの段取りを済ませてくれていて、後は俊介の身だけが東京に行けばいい状態にしておいてくれた。
「俺はね、80年代の洋楽みたいに歪んだギターのサウンドで勝負してやる」
別れの際まで俊介は、難しい音楽の話をしようとする。いや、暗くならないように、きっと、こんな話で無理矢理時間を埋めようと気を使っているのだ。
合格から一気に動き出した変化にまだ、私は気持ちがまったくついていけてない。街並みは私を置き去りにして、季節を暖かな春へと移ろわせようとしている。
やがて西の方角から、フクジュソウを連想させる黄色い電車がやって来た。俊介はこの電車で乗り継いで名古屋まで行き、そこから新幹線で東京へと向かう。
ドアが開いて、もう乗り込まなければいけない状態でも、俊介はまだ話し続ける。
「ライブ開いたら、姉ちゃんに動画を送るな。それと……」
もう私は、黙っていられなかった。
「俊介! ご飯はちゃんと食べなよ。無理はしないでいいから。それから……」
俊介は、電車に乗り込んで号泣する私を見ている。
「それから、お金に困ったら、遠慮しないで言って。寂しくなったらいつでも連絡してほしい」
「……うん」
「……馬鹿な姉ちゃんでごめんね」
「……俺は、どこにいても、姉ちゃんの弟だよ」
「やっぱり、嫌だ。俊介と離れるのは嫌だ!」
その時、電車の出発を知らせるチャイムが鳴った。
ドアの向こうで俊介はうつむいていた。
「私は馬鹿だから俊介の言うギターとか、音楽とかさっぱり理解できないし、正直、興味も持てない。でも無邪気に話す俊介がかわいいから、いつも聞いてたんだよ」
「……そうか」
「横浜に疲れたら、いつでも帰っておいで。別にミュージシャンになれなくっても、意地を張らずに、帰ってきてね」
そして、電車のドアが閉まった。
ドアの向こうで俊介も泣いている。
「私は、この街でまた俊介と暮らしたい! 昔、一緒に登ったあの藤原岳のように、私はどんな時も変わらずに、この街で待ってる。いつかまた、一緒に暮らせるのを夢見て、ずっとずっと待ってる!」
俊介に届かない私の声に送られて、電車は東の方角へと進む。
涙をハンカチで拭き取ってから、駅を出ると、西の方角に藤原岳が見えた。
かつて幼い俊介と登ったあの山頂付近で、珍しいオレンジのフクジュソウに託したお願いを思い出した。
オレンジのフクジュソウが叶えてくれる願いは、人生でたった1つ。
あの時、私はただお金が欲しくて「宝くじが当たりますように」とお願いする予定だった。しかし、山の上で俊介と話しているうちに、この時間があまりにも幸せで、お金などどうでもよくなった。
あの時の私の願いは、今、この瞬間も変わらない。いや、この先もきっと変わらないだろう。
「私と俊介が、笑って暮らせますように」
オレンジ色の思い出に染まる景色に背を向けて、私は歩き出した。そして、ため息に微笑みながら、ふと呟いた。
「そうそう、『ふじわらがたけ』やなくて、『ふじわらだけ』やったね」(了)
少年院送致は免れたのだ。
初犯であったことや付添人の熱心な環境調整、祖父母が今後の身元引受人になると誓ったこと、そして一番額の大きな被害者であったバイト先の先輩が「同じ苦労をしてきた若い子の未来を奪わないでほしい」と被害届を取り下げてくれたことが理由だった。
取り下げてくれた先輩と、必死に動いてくれた弁護士さんに私は深く感謝しなければならなかった。
鑑別所を出てアパートに戻っても、祖父母はしばらく俊介と二人で暮らすのを許してくれなかった。
「まずは、まっとうに働いて生活基盤を作り直しなさい」ということだった。通っていた定時制高校は、退学処分となっているから、私には働くしかない。
働きながら、時々、俊介を引き取ってもらっている祖父母の実家に行くと、俊介はいつも明るく振る舞って、私を一切責めようとしなかった。それが、かえってつらい。
祖母によると俊介はやっぱり学校へ登校できず、部屋にこもって好きなギターを弾いてばかりいるそうだ。この世で一番大切な人の将来性や可能性を、姉である私が奪ってしまうのは耐えられない。何とかしてあげたくても、何もできない自分が情けない。
私は自由の身になったとはいえ、前のアルバイト先で働くのは社長が拒んだ。そこで、私は保護観察官の提案を受け入れ、隣の菰野町にある福祉施設でヘルパーのアルバイトとして働くようになった。
人のために尽くすことが更生につながるらしい。
実際に新しい仕事に就いてから、私の心は晴れてきた。合わせて、保護観察官の助言を受けながら、被害者や近所へも謝罪を繰り返す。
中には怒鳴りつけて水を浴びせる人もいたが、多くの人は「もう二度とやったらだめだよ」と優しく対応してくれた。
人に会う度、もう馬鹿な真似は二度としないと誓う。
これから苦しいときは無理矢理自分一人で解決しようとしないで、色んな人の意見に耳を傾けようと思う。孤立するのはいけない。孤立が貧困と犯罪へとつながるからだ。
仕事も謝罪もつらかったが、更生したことを周りに認めてもらって、早く俊介と暮らしたいという一心でがむしゃらになれた。
「あのさ、姉ちゃん。慶応義塾高校に受かったよ」
仕事中にケータイが鳴り、突然、吉報がもたらされたのは、3月。
「慶応って、あの慶応?」
「そう。このままうまくいけば3年後に慶応義塾大学に入れる」
私の弟が、慶応?
頭がいいのは分かっていたけど、想像以上だった。
俊介は事件の後、祖父母の支援で塾に通って猛勉強を重ね、全国のトップクラスの高校に合格したのだ。
俊介は、何てすごい弟だろうか!
同居していなかったから、どこの高校を受験するか詳しく聞いていなかったので、しばらく驚きのあまり言葉を失った。
「びっくり! 夢を見てるみたい。すごいじゃないの!」
やっと喜べるようになった瞬間、すぐに私は悲しみの底に突き落とされた。
「だから俺、来月に横浜に引っ越すよ。学費はじいちゃんが出してくれるって」
俊介が言う「横浜に引っ越す」という言葉が、鈍器で頭を殴られたような強いショックをもたらした。
こんなに誇らしくて嬉しいことはないはずだ。でも、離れ離れになるから、気持ちがついていかない。
「夕方、姉ちゃんのアパートに合格の報告に行くから。少しだけやったら、アパートに行ってもいいってじいちゃんに許可もらったんだ」
「じゃあ、待ってるね」
電話を切ると、深いため息をついた。
てっきり、地元の県立の進学校に入ると思っていた。
私の事件のせいかもしれない。地元にいづらかったのだろう。でも、俊介が遥か遠くに行ってしまって、自分の弟ではなくなるようで寂しくなる。
仕事が終わって、職場から国道を通って忌部市内のアパートへ車で帰る途中、ケーキ屋に寄った。店に着いて車を出ると、寒さで手がかじかんでしまう。
ささやかな合格祝いとして、私は俊介が好きなタルトのケーキと緑茶のプリンを買った。
店を出てアパートへと向かう途中、左手に夕日でオレンジ色に染まった藤原岳が目に入ってくる。山の上半分くらいは雪化粧をしていて、その白いトーンにオレンジの水彩絵の具で塗りつけたかのように、淋しそうな景色が広がっていた。
昔、俊介と一緒に登山したことを思い出す。あの頃は親がいなくなって大変だったが、今思うと毎日が幸せで、かけがえのない時間を過ごしていた。
最近は、藤原岳を見るたび涙が勝手に流れてしまう。
藤原岳はいつも雄大で、動じることなくどっしりと構えていた。どんなに時代が流れて人の心が移ろおうとも、藤原岳はいつも変わらずそこにそびえ、来る人を温かく迎え入れてくれる。
スマートフォンやAIなど情報化が劇的に進み、街並み、人、生き方、夢、幸せの形など何もかもが瞬く間に変わっていくこの世で、威厳を持って変わらないでいてくれる存在は貴重だ。
どんなことを言われても動じない、藤原岳のように私はなりたい。
アパートに着くと一階の踊り場に隠れるようにして、先に俊介が待っていた。隠れるようにしていたのは、やはり近所の目が気になるからだ。
温かいコーヒーをカップに注いでケーキを出すなり、俊介は弾ける笑顔で話しはじめる。
「高校に入ったら、まずはミュージシャンを目指して音楽活動するな」
俊介は無邪気だ。
「慶応に合格するってすごいなあ」
「そうか?」
「そえだよ。私は勉強が苦手だったから、俊介がまるで自分の弟じゃないみたい」
「でも、一人暮らしをするから、高いお金がかかって申し訳ないけど」
「学費は私も精一杯働いて支援するけど、まだ保護観察中だしね。今はじいちゃんに甘えさせてもらうわ」
「うん」
「私の生活が整ったら、じいちゃんとばあちゃんに恩返ししないとなあ」
「俺もいつか、恩返ししたい」
そして、私に向かっていつものように、俊介は音楽の話を夢中で話し出す。
「俺は今でいうロックっていうより、もう少し古めかしいブルージーなサウンドのロックンロールが好きなんだ。今の日本のミュージシャンはボーカルを前面に出したいのか、エレキギターはクリアな仕上がりの控え目なエフェクトにしてるけど、俺は思い切り歪んだ音にして勝負したい」
「そう」
俊介の音楽の話は、さっぱり分からない。一緒に共感したいのだが、ブルース・ロックとかギターとか、私には無理だ。
俊介がバンドとか、そういう類いの音楽に興味があるのは、離婚して出て行った父親の影響だ。昔、父親は俊介にギターを教え、よくライブハウスに連れて行っていた。
私には遠慮して言わないが、音楽をしていたら父親と繋がっていられると思っているのだろう。
私は、明るく振る舞おうとする。
「俺、絶対大手のCD会社からデビューするんだ。今の時代はオーディションで賞を獲るにも学歴があった方がいいから。それに、受験が終わったから、今日から思い切りギターが弾ける! 嬉しい」
イギリスとアメリカのロックの違いや、ギタリストの話など一頻り聞いた後、俊介は自転車に乗って帰っていく。
そして、私はまた一人ぼっちになった。
涙が流れて眠れない孤独な夜が数回過ぎたら、すぐに俊介の旅立ちの時がやってきた。
地元のナロウゲージ鉄道の北西線、上木駅で旅立つ俊介を見送ろうとプラットホームで電車を待つ。祖父母がすでに、引っ越しの段取りを済ませてくれていて、後は俊介の身だけが東京に行けばいい状態にしておいてくれた。
「俺はね、80年代の洋楽みたいに歪んだギターのサウンドで勝負してやる」
別れの際まで俊介は、難しい音楽の話をしようとする。いや、暗くならないように、きっと、こんな話で無理矢理時間を埋めようと気を使っているのだ。
合格から一気に動き出した変化にまだ、私は気持ちがまったくついていけてない。街並みは私を置き去りにして、季節を暖かな春へと移ろわせようとしている。
やがて西の方角から、フクジュソウを連想させる黄色い電車がやって来た。俊介はこの電車で乗り継いで名古屋まで行き、そこから新幹線で東京へと向かう。
ドアが開いて、もう乗り込まなければいけない状態でも、俊介はまだ話し続ける。
「ライブ開いたら、姉ちゃんに動画を送るな。それと……」
もう私は、黙っていられなかった。
「俊介! ご飯はちゃんと食べなよ。無理はしないでいいから。それから……」
俊介は、電車に乗り込んで号泣する私を見ている。
「それから、お金に困ったら、遠慮しないで言って。寂しくなったらいつでも連絡してほしい」
「……うん」
「……馬鹿な姉ちゃんでごめんね」
「……俺は、どこにいても、姉ちゃんの弟だよ」
「やっぱり、嫌だ。俊介と離れるのは嫌だ!」
その時、電車の出発を知らせるチャイムが鳴った。
ドアの向こうで俊介はうつむいていた。
「私は馬鹿だから俊介の言うギターとか、音楽とかさっぱり理解できないし、正直、興味も持てない。でも無邪気に話す俊介がかわいいから、いつも聞いてたんだよ」
「……そうか」
「横浜に疲れたら、いつでも帰っておいで。別にミュージシャンになれなくっても、意地を張らずに、帰ってきてね」
そして、電車のドアが閉まった。
ドアの向こうで俊介も泣いている。
「私は、この街でまた俊介と暮らしたい! 昔、一緒に登ったあの藤原岳のように、私はどんな時も変わらずに、この街で待ってる。いつかまた、一緒に暮らせるのを夢見て、ずっとずっと待ってる!」
俊介に届かない私の声に送られて、電車は東の方角へと進む。
涙をハンカチで拭き取ってから、駅を出ると、西の方角に藤原岳が見えた。
かつて幼い俊介と登ったあの山頂付近で、珍しいオレンジのフクジュソウに託したお願いを思い出した。
オレンジのフクジュソウが叶えてくれる願いは、人生でたった1つ。
あの時、私はただお金が欲しくて「宝くじが当たりますように」とお願いする予定だった。しかし、山の上で俊介と話しているうちに、この時間があまりにも幸せで、お金などどうでもよくなった。
あの時の私の願いは、今、この瞬間も変わらない。いや、この先もきっと変わらないだろう。
「私と俊介が、笑って暮らせますように」
オレンジ色の思い出に染まる景色に背を向けて、私は歩き出した。そして、ため息に微笑みながら、ふと呟いた。
「そうそう、『ふじわらがたけ』やなくて、『ふじわらだけ』やったね」(了)



