犯罪者になった女子高生の願い

 忌部警察署での取り調べは、調べられているというよりも、叱られていると言った方が正確だった。逮捕されたその日のうちに取調べを受け、私には「住居侵入罪」と「窃盗罪」、「窃盗未遂罪」の容疑がかけられていることを知った。
 未成年であるため、警察での取調べを終えると、速やかに地方検察庁へ送致され、その後、少年鑑別所へと収容された。いわゆる観護措置だ。

 接見に来た付添人の弁護士さんからアドバイスしてもらったとおり、もう私は警察や裁判所に対して隠すつもりは一切なかったし、罪を全面的に認めようとしている。
 こんな罪を犯しておいて図々しいと被害者は思うかもしれないが、早く俊介と静かな日常を取り戻すにはこうするのが一番だ。
 未成年とはいえ、盗んだ下着を転売して生活費や俊介の学費に充てていたという点が極めて悪質だとみなされ、最悪の場合は少年院送致もあり得ると言われた。

 少年鑑別所に収容されている最中、ずっと絶縁していた祖父母が面会にやって来たのは驚いた。
 祖父母は、かつて両親が蒸発(じょうはつ)し、私と俊介が路頭に迷いかけた際に「お前たちのような親に捨てられた子まで面倒は見切れん」と冷たく言い放った。あれ以来、縁を切っていたのだが、こうして顔を見るのは数年ぶりだ。同じ市内に住んではいたが、これまで心の距離は果てしなく遠かった。

 接見中、「この馬鹿者が!」と「反省しているのか?」を繰り返す祖父。
 祖母は泣き出しそうな顔で「俊介くんはあんたが戻ってくるまで、うちで面倒見るからね」と言ってくれた。
 祖母によると、私が逮捕された翌日、地元の小さな記事として事件が掲載されて白日(はくじつ)にさらされたため、俊介は部屋に引きこもり、新学期が始まっても学校に行けていないらしい。
 祖父母や俊介だけでなく、親戚に至るまで、きっと近所の人からつらいことを言われているのだろう。十字架を背負い、俊介に許しを請(こ)いながら、私はこの先、生きていかなければならない。

 被害者の一人はバイト先の先輩の娘さんで、その子は不審者が家に入ったことが相当恐怖で、カウンセラーに通っていると祖母から聞かされた。下手をするとトラウマで心身を病んでしまう可能性もあるそうだ。
 自分の身勝手な犯行が、関わる全ての人を傷つけていく。
「ごめんなさい」と繰り返すしかできない私に祖母は言う。

「もう、私らに謝るのはいいから、ここを出られたら、とにかく被害者の方々に謝りなさい。何度も何度も、許してもらえるまで何十年かかってでも頭を下げて、叱られてもすべてを受け入れて耐えるの。できるかい?」
「はい……」
「このままやったら、真面目に努力してる優秀な俊介くんが不憫や。あんたがしっかりしないとね」
「どうか、俊介を……よろしくお願いします」

 祖父母が帰った後、改めて、どうして自分がここまで落ちぶれてしまったのか冷静に振り返ってみた。

 お金がないと、何とか工面するために犯罪に近いギリギリのグレーゾーンでも手を出そうとする。そして一度、上手くいくと「これくらいならいいか」が積み重なって罪の意識が薄れ、「捕まらないならいいか」という気持ちに変わっていく。
 最初は自分の下着を盗品と偽って変な趣向の人が集まるインターネットのサイトで売った。そして、盗品をその盗んだ家の情報とともに渡すと高く売れて、私の犯行は止まらなくなった。
 女性下着を盗み始めた去年の冬、犯行中に家の主人に見つかって押さえられたが、私がまだ高校生であることを知って許してくれた経験も、私をより悪質な方へと増長させた。

 これまでは、社会が悪い、大人が悪い、と問題をすり替えて自分の蛮行を無理矢理、正当化させてきたが、冷たい壁に囲まれた部屋で自分の仕出かした罪の深さを知ると、恐ろしくて消えてしまいたい気持ちになる。

 私を付添人として弁護してくれるのは三十歳前後の若い女性弁護士だ。
 おそらく裕福な家庭で育ち、ストレートで資格を取ったであろうこの弁護士さんは、定時制高校に通いながら貧困にあえぐ私の心情など理解してもらえないのではないか、と当初は不安だった。しかし、実際に接してみると親切で、親身になって話を聞いてくれる。

 しかし、この弁護士さんに観護措置中、思いがけないことを言われた。
 お金がないから犯罪をする、という論理がいかに幼稚なものであるかを思い知らされた一方で、私はこんな少年手続の場においてまでお金に苦しめられるとは、夢にも思っていなかった。

「ぶっちゃけ、いくらかお金は用意できませんか?」と接見した弁護士さんは、若々しい言葉で申し訳なさそうに言う。
「もう生活はギリギリでしたから、恥ずかしいけど貯金なんて全然ないです」
「50万円程度、何とか工面できませんか? 正直に言うと、50万円以上あればあるほどいいですが」

 私の更生を助けてくれるはずの弁護士さんが、こんな風にお金を求めてくるのが信じられなくて、腹が立った。

「どうしてですか? 私は未成年ですし、お金がないから追い詰められたのに」
「気を悪くしたらすいません。でも大事なことです。警察に届け出ている被害者は約27人いて、その被害総額がだいたい50万円です。盗んだ下着の中には高級なものも含まれていたから、こんな額になりました」
「それを弁償(べんしょう)しろってことですか?」
「そうです。被害を弁済するなどして示談(じだん)が成立し、被害届が取り下げられれば、家庭裁判所の審判で少年院送致を免れ、保護観察処分で済む可能性が極めて高くなります」
「そんな大金、私には無理です。お金がないのは分かってくれていると思っていました」
「例えば、お祖父母さんや親族から借りたりするのも無理ですか?」

 絶句する私を置いて弁護士さんは続ける。

「被害額の50万円だけでは、おそらく足りません。それでは、ただ処分を軽くしたい意図だけが透けて見えるから、被害者の感情を逆なでしてしまうかもしれません。示談が成立するためには、反省していることと誠意を示すためにさらにお詫びのお金が必要です」
「反省しているのを、金額で示せ、と?」
「はい」
「弁護士さんがこんなことを言っていいの?」
「むしろ、弁護士だからこそ言うのです」
「嘘だ」
「嘘じゃありません。法律の世界では、現実的な賠償能力で処分が変わってしまうことがあります」
「地獄の沙汰も金次第って言うの? それじゃ、金持ちの家の子だけが得をするじゃん!」
「金持ちの家は、何をしても許されるという意味ではないです」
「でも、罪人が平等に裁かれないなんて、おかしい!」

 私の主張に、弁護士さんは一瞬、苦しそうな表情を浮かべる。しかし弁護士という職業柄、弱々しい姿を見せてはならないという強い信念からか、すぐに毅然とした態度になった。

「残念ですが、裕福な家庭の方が示談や環境調整を進めやすいというのは、否定できません」
「学校でも街でもお金持ちが得をして、悪いことをしてもお金があれば優遇されるんだったら、私らみたいな貧しい人たちはただただ惨めです!」
「俊介君と早く一緒に暮らしたくないですか? 一度、お金が用意できるか考えておいてください。だめなら反省文と嘆願書、そして俊介君やおじい様、おばあ様に情状酌量(じょうじょうしゃくりょう)の証人として審判で話してもらい、勝負してみましょう」

 弁護士さんが去った後、私はまたこの世を呪いたくなった。
 私のことを思って言ってくれたのは分かる。だが、あの人も近所の高額な新興住宅に住む人たちと同じで、貧困層から抜け出せない女子高生の惨めさなどは全く理解されない。そして、こんな田舎に貧困な人など限りなく少ないと信じている。

 そもそも、貧困とは何か。何をもって貧困というのか。

 鑑別所の図書室や保護観察官から渡された資料で調べたところ、日本のような先進国では、全ての世帯の所得の中央の値よりも半分以下の所得の世帯を「相対的貧困」というそうだ。基準となる中央の値は年によって違うが、おおよそ年収で250万円前後。その半分以下だから、だいたい125万円以下の所得の世帯が貧困となる。定時制に通いながらブラック企業の工場でパートとして働く私の月収は、どんなに多くても10万円くらいだから、私と俊介の世帯はまさに貧困そのものだった。私のように親に捨てられたり、シングルマザーの家庭で育つ子供は、貧困となるケースが極めて高い。

 私のような貧困世帯は、一般の人が想像する以上に沢山いるのが現実だ。日本の子供の貧困率は世界の先進国の中でも極めて高く、ニュースで子どもの約6人に1人が貧困世帯だと大きく報じられている。
 大半の人は「まあ、全国の平均的な話で、こんな地方の忌部市では少ないだろう」と思い込んでしまっているが、これも違うというのが私の実感だ。
 貧しい人は、貧しいことを隠したがる。貧しいと思われることの屈辱感や、周囲から馬鹿にされることの罪悪感が、そうさせるのだ。貧しい人は、同じ貧しい私には、素直に話してくれる。だから私はより貧困の実態を知っていると言える。

 学校や地域で接してきた実感から、貧困なのは6人に1人程度ではない。数字で表しきれない貧困も入れると、4人から5人に1人といったところではないだろうか。貧困は金額だけで定義できないと思う。年収125万円以下の貧困家庭でも、親戚から大きな援助をもらっている人もいる。逆に年収が300万円あっても、借金や病気を抱えて子どもを育てている家庭の貧困ぶりは深刻だ。

 そんな貧困と戦う私たちのような子供や家庭に、実情を知らない大人や同級生たちは心なく言う。

「いいなあ。親がいないなら学費免除とか手当がいっぱいあるんでしょ? それってラッキーじゃない?」
「あいつ意外と高そうな服着てるよね。貧しいって言いながら、本当は助成金をいっぱいもらってるんだよ」

 こういう偏見に、苦しめられてきた。もはや話し合っても埋まらない溝が世間にあり、どんなに抗っても無駄だ。

 そして知らない間に自分の中で、ラインを引くようになる。

 あっちは、ずっとあっちの世界だけで完結した豊かな人生を歩む。こっちは、あっちを羨みながらも決して向こうへは行けない。住む世界が違う。

 苦しい。悔しい。ずるい。こんな社会はおかしい。
 何が「誠意の示談金」だ。反省を金で表現して、金持ちだけ審判が有利になる社会なんて壊れてしまえばいい。
 こんなことを叫んでみても、犯罪者の私に誰も耳を傾けてくれない。やっぱり耐えて、諦めるしかない。親に捨てられた私が悪い。稼げなかった私が悪い。そして何よりも罪を犯した私が悪い。

 さすがに示談金を祖父母に無心するまではできなかった。
 俊介には悪いが、審判の後、少年院へ送られることになっても受け入れようと覚悟を決めた。