犯罪者になった女子高生の願い

 私と俊介が住む忌部市(いんべし)の安っぽいアパートの周辺には、高級な新興住宅が並んでいる。夕暮れ時、手錠をかけられた女子高生が大声を張り上げて連行されるのだから、野次馬がたくさん集まっていた。
 高額の住まいを手に入れている金持ちの野次馬は、私を見て時にニヤつき、ヒソヒソと会話をしている。

 と、その時、野次馬の中にいた近所の女子中学生らしき二人がスマートフォンのカメラで私を撮影しようとした。

「撮影するな!」
 食って掛かろうとする私を制止した刑事が、代わって言う。

「止めなさい」
 刑事に言われた手前、二人のうち背の低い子の方はひるんだものの、背の高い気が強そうな子は納得がいかないようだ。
 その背の高い女子は、タオルがかけられている私の手元を見る。手錠がかけられ自由が利かない身であることを確認すると、見下して言った。

「許せない!  悪いことをしたこの人はSNSで拡散して、晒した方がいいんじゃないの?  同級生にも教えてやりたい」

 年下の子にここまで言われると、返す言葉もない。この子の周りにいる大人も、「そうだ」とか「地域でも共有して注意喚起したい」などと声をあげる。
 恐ろしい世の中だ。
 大人だけでなく幼い子どもだろうと誰でもスマートフォンを軽くいじるだけで、集団が個人を徹底的に批判したり、吊し上げたりすることができてしまう。

「それは、警察の公務上としても困ります。やめてください。それにこの子はまだ未成年だ」
 刑事は、厳しい口調で言う。

 この会話を聞いていた野次馬のリーダーのような白髪のじいさんが前に出てきた。私は会費を払う余裕がなく、自治会に加入していなかったから、近所に住んでいるであろうこのリーダーのような人を知らない。しかし、おそらく自治会長か自治会の役員ではないだろうか。

「何で警察が加害者を守るんだ? 守らなきゃいけないのは被害者の方だろ? それに、この子は犯罪をしてるんだから、ちっとはネットで晒されるくらい酷(ひど)い目に遭(あ)っても自業自得じゃないのか?」
 顔をしかめて文句を言う白髪のじいさんに、理屈だけで説得できないと感じたのか、おじさんの刑事は上司らしき人を大声で呼んだ。パトカーから出てきたスーツ姿の小太りのこの刑事は、50歳前後だろうか。ハンドタオルで汗を拭きながら、柔らかな表情で説明をする。

「すいませんね、お騒がせして。おっしゃっている意味はよく分かりますが、被疑者(ひぎしゃ)の逮捕されてる姿のカメラ撮影は困るんです」
「被疑者?」
「容疑者のことです。よくテレビのニュースとかでも聞いたことないですか? 私たち警察は被疑者と違う呼び方をしますが、同じことです」
「ああ、容疑者のことか」
「容疑者は、罪を犯した人のことではなく、『罪を犯した疑いがある人』のことです。まだ家庭裁判所にも送られてないし、判決も出てない中で犯罪者と決めつけてさらすのはおかしいです。私たちがしっかり証拠を集めたとはいえ、裁判で無罪になる可能性もありますのでね。それに未成年の場合、将来の更生のためにプライバシーを守る法律もあります。世に知らせるのはマスコミやしかるべき機関に任せといたらいいんですよ」
 ひとしきり小太りの刑事に説得された白髪の男は、次に私に向かって言った。

「自治会に入らないような家は、ろくなヤツがいない。どうせ未成年だからすぐ戻ってくるんだろ? 戻ってきても、地域は君たちを許さんからな」
 それを聞いて、俊介も落胆している。姉がここまで罵倒(ばとう)されている姿を見るのは初めてだろう。

「汚れた犯罪者は出ていけ!  弟と一緒に出ていけ!」
 弟まで悪く言及された瞬間、また憎しみの感情が芽生える。

「弟は関係ないです!」
「犯罪をする奴は、だいたい生まれ持ったものがあるんだよ。姉が姉なら、弟が大丈夫って保証はない」
「あなただって私みたいな貧しい状況だったら、犯罪を犯す可能性があるじゃないですか!」

 すると、男は腹を抱えて笑った。笑いを堪えきれないような、見下した表情で私を見る。

「俺が犯罪者になる可能性がある?  君みたいに? 」
「そうです」
「そういう悪いヤツらばかりとつるんでいるから、分かないんだろ。あのな、犯罪をするのは、そういう資質がないと無理だ。俺やこの地域のほぼ大半の人は、犯罪をすることとは一生無縁だな」
「違う!」
「いいや、違うことはない」
「あなたはまだ、つまずいていないだけ。あなたは自覚できないほど、幸せな環境にいるだけだよ!」
「何が幸せな環境だ。自分だけが不幸みたいに言いやがって。みんな苦労して、必死に生きているんだろ。苦しいって思っても、お前みたいに卑怯な犯罪はしない。一緒にすんな」
「一度、貧困のどん底に落ちたら、高校生の力なんかで上に行く術がないんだよ!」
「自分の努力が足りないだけだ。時代や社会が悪いんじゃなくて、悪いのはお前だ」

 ここにいる野次馬は、ある程度高い収入がある人ばかりで、自分がいい環境の中にいるということなどまったく知らない。自分の暮らしぶりを世間一般の「普通」と信じ込んでいるから、下にいる私たち姉弟は、生来、普通ではない、もしくはダメなヤツらと決め込んでしまう。

 仕方のないことなのかもしれない。
 私もかつては自分の人生に犯罪など無縁だと信じていたし、犯罪者を一括りで軽蔑していた。

 抜けられない貧しさと、その恐ろしさを経験したら分かる。お金のないままの未来を考えて、身の毛がよだつほど怖くて眠れない夜を体験したら感じ取れる。
 人間はお金の必要に迫られ、追い込まれると、どんな育ちがよくて学歴を持っている人でも、犯罪を犯す可能性が高くなるのだ。守りたい家族がいれば、なおさらだ。生活が苦しいと、ほぼ犯罪行為と分かっていても平然とやってのけられるようになる。それほどまでに、貧しさとは恐ろしいものなのだ。

 私のバイト先の先輩の一人も、夫が病気で仕事を辞め、貧しい環境にある。その先輩は先日子どもにゲームソフトがほしいと言われて、買う金がないから、海外の怪しいサイトからメモリースティックに違法ダウンロードしたものを渡したそうだ。
 もちろん「違法だと知りながら」ダウンロードしたら犯罪だ。だから、この先輩は知らないフリをするために、インターネットの交流サイトを通じて知り合ったブローカーを介して、ごくわずかな手間賃を払ったという。
 まず逮捕されることはないが、結局のところ、先輩は罪を犯しているのだ。自分が貧しいせいで、自分の子どもがほかの子と同じことができないのはつらいと、先輩は常々言う。私も強く共感する。自分が汚れてでも、俊介には惨めな思いをさせたくない。

 それに実は、私は過去に逮捕はされなかったが、別の罪を犯している。
 それは、大麻の種情報の横流しだ。
 あれは3年前。俊介が小学6年生の冬休みを迎えるタイミングで「中学に上がる前に、どうしても塾の冬期講習に通いたい」と相談してきた。数万円する受講料を払えるはずもないが、頼るあてもない。しかし、俊介のためならどんな手段を使ってでも払ってやりたかった。そこで私はSNSでつながっていた外国人のMに、地元で自生している大麻の場所と、種が採れる時期を教えて、お金を手に入れた。
 この田舎の街、忌部市で生まれ育った私はこの大麻があるところを知っていたので、ちょうどよかった。私よりも貧しいMは、種を栽培するつもりだったのだろう。
 私は、場所を教えただけだ。この件はMが栽培することを知っていたと証明されれば、私まで逮捕されるが、まず大丈夫だ。この大丈夫だという過信の連続が今回の逮捕に繋がったのだが。

 いずれにしても、バイト先の先輩も私も、ついでにいうならMも、金があればこんな面倒で馬鹿なことはしないのだ。
 一度、人生の歯車が狂いだすと、ここまで変わってしまう。

「もういいだろう。これ以上、弟の前で取り乱すな。早くパトカーに乗れ」
 おじさんの刑事が静かに言い、やっと私は冷静になれた。

 急にセミの鳴き声が大音響となって耳に入ってきて、蒸し風呂の中にいるような息苦しい暑さを感じる。
 そうだ、警察がきて何もかもすっ飛んでいたが、今は7月。俊介は夏休みに入ったばかりだ。

 とめどなく頭痛がする。刑事にねじ伏せられたから、身体中も痛い。この痛みを全く感じないほど、さっきは高揚(こうよう)していたかと思うと、私は異常だ。
 もう、平穏な日常に戻れないかもしれない。罪を償っても行政が介入して、俊介としばらく暮らさせてくれないのではないか。
 先を考えると消えてなくなってしまいたいが、やはりそれは嫌だ。俊介の近くにいたい。

 北西の方角に夕日に染まる地元の藤原岳が見えて、また涙が溢れた。
 俊介が小学五年のとき、ふとした私の思いつきで一緒に登山した思い出の場所。私は7年前のあの登山を心のたよりに、ここまで生きてきた。
 俊介は覚えているだろうか。ひょっとしたら、俊介にとっては記憶にも残らない些細なことかもしれない。
 藤原岳は、神秘の力が宿る場所。厳しい現実に埋もれてしまいそうな夢や希望の花をいつか心に咲かせてくれる、聖なるスポット。

 かけがえのない暮らしとセミのけたたましい鳴き声を置き去りにして、俊介と私を乗せたパトカーは夕焼けのセピア色に染まっていった。