「絶対に死なないでね」と、君がそう言ってくれたから。〜未来へ進むため、僕と彼女の一歩目~

 そう言うと、阿久津(あくつ)は、涙を流した。
「だから、榊(さかき)を助けようと思ったのは、せめてもの償い。……私がもっと、紗菜(さな)と一緒にいたら、学校でも一緒にいたら、なにか変わったのかもな、って。……乃愛(のあ)ちゃんに、いじめはダメだって、ちゃんと言えてたら、運命は変わったのかな、って……」
 阿久津(あくつ)に、そんな過去があったなんて、知らなかった。
「……私、あの事件の後、ショックで、学校に行けなくなって。そのまま転校したんだ。出身の中学聞かれた時は、そっち答えてるから。みんな、知らないんじゃないかな。……知ってるのは、稜乃(いつの)くらいだったかな」

『私じゃ、多分ダメ。衣彩(いさ)の、凍ってしまった心を溶かせるのは、榊(さかき)だけだと思うな』

 七海(ななみ)は、そう言っていた。
 俺に、阿久津(あくつ)を救うことなんて、できるのだろうか。
「もうすぐなんだよね、二人の命日。だから、色々思い出しちゃって……。最近元気なかったのは、そのせいかな。ごめんね?心配かけて」
「いや……」
「……あの二人は、私が殺したも同然だよ」

『……ただの罪滅ぼし、かな』

 阿久津(あくつ)は、一体どんな思いで、そう言ったのだろう。
 俺には分からない。
「……そういえば、私、園田(そのだ)くんに、いじめなんてやめたほうが良いって言ったんだけど、効果あった?」
「え、そうだったの?」
 でも、そういえば、最近、いじめがマシになってきていたな、と思い出す。
 それは、阿久津(あくつ)のおかげだったのか。
「……あった、と思う」
「そっかー。良かった」
「……ありがとう、阿久津(あくつ)さん」
「あー……。実は、もう一人いるんだよね。園田(そのだ)くんと話すの、さすがに勇気が必要だったからさ。強力な助っ人についてきてもらったんだよね」
 強力な助っ人……?
「……榊(さかき)くんは知らないかもしれないけど、実は稜乃(いつの)って、園田(そのだ)くんの幼なじみなんだよね」
「え、そうなの⁉」
 全然知らなかった……。
 幼なじみには見えない……。
「だから、稜乃(いつの)にも手伝ってもらったんだ。稜乃(いつの)、最強だったんだよ?『おばさんに言いつけるから』って。幼なじみだからこそ言えることだよね」
 ……まあ、まだいじめが終わったわけじゃないんだけどね。
「……ほんと、私なんていらなかったんじゃないか、って思うくらいだった」
 せっかく戻って来ていた笑顔が、また消えてしまった。
「……俺はさ、そのー……。阿久津(あくつ)さんに、助けられたっていうか、救われたっていうか……。……だから、なんていうか……。阿久津(あくつ)さんがいないと、多分、七海(ななみ)さんも、園田(そのだ)に、そんなこと言わなかったんじゃないか、っていうか……。ごめん、俺、語彙力なくて……」
 焦って、上手く言葉が出てこない。
 そんな俺を見て、阿久津(あくつ)さんは、くすりと笑った。
「……ありがと、榊(さかき)くん。私を勇気づけようとしているってことは、十分伝わったよ」
 笑顔を見て、ほっとする。
 やっぱり、阿久津(あくつ)さんは、笑顔が似合う。
「……榊(さかき)くん。私ね、永遠に許されないだろうな、って思ってた。私に、もっと勇気があったら、紗菜(さな)も乃愛(のあ)ちゃんも死ななかったかもしれない。……それに、唯一私を許せる紗菜(さな)は、もういないから。……私は、ただ、自分が許されたくて、榊(さかき)くんを庇ったのかもしれない。……それでも、榊(さかき)くんは、私を、許してくれる?ただの自己中人間だけどさ」

『……もしかしたら、衣彩(いさ)を救えるのは、榊(さかき)だけかもしれない』

『私じゃ、多分ダメ。衣彩(いさ)の、凍ってしまった心を溶かせるのは、榊(さかき)だけだと思うな』

 七海(ななみ)のあの言葉の意味が、やっと分かった。
 阿久津(あくつ)は、ずっと許されたかったんだ。
 罪悪感に縛りつけられた日常を、変えたかった。
 でも、唯一いじめを止められなかった阿久津(あくつ)を許せる人物……いじめの被害者だった紗菜(さな)さんは、もういない。
 ……だから、同じくいじめの被害者である俺を助けて、許されようとしていた。
 もう、過去を振り向きたくないんだろう。
「……許すよ。きっと、紗菜(さな)さんも、阿久津(あくつ)さんのこと、恨んでなんかないと思うよ。……どんな理由があったとしても、俺が阿久津(あくつ)さんに救われたのは、事実だから」
 その言葉を聞いた阿久津(あくつ)は、涙を流した。
 今まで、ずっとこらえていたのだろう。
 俺は、阿久津(あくつ)が泣き止むまで、ずっとそばにいた。