「絶対に死なないでね」と、君がそう言ってくれたから。〜未来へ進むため、僕と彼女の一歩目~


 ちょうど、二学期の期末テストの時期だった。
 私たちは、二年生になっていた。
 私も、紗菜(さな)も、乃愛(のあ)ちゃんも、杏奈(あんな)も、蘭(らん)も、みんな同じクラスだった。
 それはもちろん、紗菜(さな)へのいじめが続いていたことを表している。
 でも、紗菜(さな)をいじめていると知っていても、私は乃愛(のあ)ちゃんと友達でいることをやめなかった。
 ……だって、私にとって、乃愛(のあ)ちゃんも、大切な友達だったから。
 入学式の日、私に笑顔で話しかけてくれた。
 乃愛(のあ)ちゃんのおかげで、平和に学校生活を送れていたと言っても、過言ではなかった。
 それはきっと、杏奈(あんな)や蘭(らん)も同じだったんだと思う。
 一軍女子で、いじめのターゲットにならずに一年を終えられたのだ。
 きっと、この平和な生活を失いたくはなかったんだろう。
 でも、このままじゃダメだ、と思う自分もいた。
 このまま、紗菜(さな)がいじめられているのを、見て見ぬふりしていて良いのか……。
 そう、何度も自分自身に問いかけた。
 ――本当に、このままで良いの?
 その度に、私は答えを出すことを避けていた。
 ……授業の復習をしないといけない。
 ……テスト勉強をしないといけない。
 ……課題をやらないといけない。
 そうやって、後回しにしていなければ、私たちは、きっと今も笑顔で、友達のままでいられたんだと思う。
 でも、今更後悔しても、遅いのだ。

 その日は、雨が降っていた。
 みんな、テストが終わった解放感に浸っていたと思う。
「……ねえ、紗菜(さな)。テスト、どうだった?」
「……普通だよ」
 あの時初めて、私は紗菜(さな)がいじめられているところを見た。
「そっかぁ~?……はい、これ、教科書。これ、なかったのに勉強できたんだぁ?」
「……返して」
「えぇ~?……うーん。じゃあ、土下座してよ」
 クラスに緊張が走るのが分かった。
 止めるべきか否か、きっと迷っているのは私だけだった。
 みんな、傍観者に徹している。
 私は、どうしたら良い……?
「……返して」
「だーかーらー!土下座しろって言ってんの!聞こえない?」
 乃愛(のあ)ちゃんの声が、教室に響く。
 友達と喋っていた子も、紗菜(さな)たちのほうに注意を向けていた。
 クラス全員の注目の的になった。
 杏奈(あんな)と紗菜(さな)は、居心地が悪そうだ。
「……はあ。ノリわるーい。つまんない。行こ、杏奈(あんな)。蘭(らん)」
「あ、うん……」
 乃愛(のあ)ちゃんが、教室を出て行く。
 初めて、私が仲間外れにされていると思った。
 いつもなら、「衣彩(いさ)!一緒に行こ」って言ってくれるのに。
 ……もしかして、バレた?
 私が、紗菜(さな)と仲良くしていること。
 そういえば、もう乃愛(のあ)ちゃんは、私と紗菜(さな)が幼なじみだってこと、知ってんだよね?
 じゃあどうして、私と仲良くしてくれてたの?
 乃愛(のあ)ちゃんは、私を友達だと思ってたの……?
 色んな感情がうずまく。
 ――紗菜(さな)の元に行こう。
 もう私には、紗菜(さな)しか、信じられる友達がいなかった。
 そして、気づく。
 ――紗菜(さな)が、いつもと違う……?
 そう思った瞬間、紗菜(さな)が立ち上がって、乃愛(のあ)ちゃんたちのほうに向かった。
 ……手には、包丁を持っている。
 まさか――!
 そう思った時には、もう遅かった。
 乃愛(のあ)ちゃんの体には、深々と包丁が突き刺さっている。
「……っ!」
 声にならない声。
 教室は、静まり返っている。
 恐怖に怯える子。
 驚いて、立ち尽くしている子。
 乃愛(のあ)ちゃんたちがいるほうを見れない子。
「……ねえ、何回私に『死ね』って言った?」
 乃愛(のあ)ちゃんに、紗菜(さな)が近づく。
 乃愛(のあ)ちゃんから、杏奈(あんな)と蘭(らん)が離れる。
 二人とも、恐怖に震えている。
「何回『消えろ』って言った?何回『死ね』って言った?……ねえ!崎本(さきもと) 乃愛(のあ)⁉︎答えなさいよ!」
 静まり返った教室に、紗菜(さな)の声が響き渡る。
 そこまで大きな声ではなかったと思う。
 でも、静かな教室では、とても大きく聞こえた。
 みんなが、紗菜(さな)たちに注目していた。
「……ねえ、崎本(さきもと)さん。あの世で一緒になろうね?」
 そう言った彼女は、フラフラと教室を出ていく。
 誰も動けない。
 恐怖が、私たちを縛り付けていた。
「――私、先生呼びに行ってくる!」
「俺も」
 どれくらいの時間が経過しただろうか。
 学級委員の二人が、職員室に向かう。
「……ねえ、ヤバイよ」
「どうしよ……」
 倒れている乃愛(のあ)ちゃんは、もう動いていない。
 触ったら、冷たいんだろうな。
「……ごめんね」
 ――紗菜(さな)、何もできなくて、ごめんね。
 乃愛(のあ)ちゃんを刺してしまうほど、追い詰められていたんだ……。
 そのことに、私は初めて気づいた。
「どうしたの⁉」
 先生が教室に入って来る。
 それと同時に、外から大きな音が聞こえた。
 クラスメイトが、外の様子を見る。
「……キャアッ!……あ、安斎(あんざい)さんが――っ」
 紗菜(さな)は、屋上から飛び降りて自殺した。
 私はその日、大切な友達を、二人も失った――。