「絶対に死なないでね」と、君がそう言ってくれたから。〜未来へ進むため、僕と彼女の一歩目~


「おはよー、衣彩(いさ)」
「おはよ、乃愛(のあ)ちゃん。……ねえ、寝ぐせついてないよね?」
「ぜんっぜん気にならないけど?寝坊したの?」
「うん、ちょっとね……」
 私・阿久津(あくつ) 衣彩(いさ)は、中学時代、いわゆる一軍のグループに所属していた。
 仕切るのが好きな崎本(さきもと) 乃愛(のあ)ちゃん。
 オシャレが好きな堀(ほり) 杏奈(あんな)。
 美容師になりたい遠藤(えんどう) 蘭(らん)。
 私たちは、いつも四人だった。
「おはよー、乃愛(のあ)、衣彩(いさ)」
「おはよー」
「おはよ、杏奈(あんな)」
 三人のことが大好きで、大切だった。
 これからずっと、私たちは友達であり続けるんだと、信じていた。
 でも、そんな三人と同じくらい、いや、もっと大切な友達がもう一人いた。
「――衣彩(いさ)ちゃん」
「紗菜(さな)!もう~。来るなら言ってよ~!」
 ――安斎(あんざい) 紗菜(さな)。
 私の幼なじみで、大切な親友。
 家も隣同士だから、姉妹のように育ってきた。
「ごめんごめん。さっき、おばさんに誘われてさ」
「え、大丈夫?用事とかなかった?」
「うん、大丈夫だよ」
 紗菜(さな)は、ふわふわしていて、マイペース。
 そんな紗菜(さな)が、私は大好きだった。
 紗菜(さな)と過ごす時間は、とても楽しくて、あっという間だった。
 幸せだった。
 ――でも、そんな日常は、ある日を境に、ボロボロと崩れていった。

「……ねえ、紗菜(さな)、無視しようよ」
 乃愛(のあ)ちゃんは突然、そんなことを言い出した。
 原因は、多分みんな分かっている。
「……体育大会のこと?」
 体育大会のリレー。
 みんながやりたがらなかった女子リレーのメンバーに選ばれた紗菜(さな)は、みんなと足を引っ張らないように、と頑張っていた。
 でも本番で、こけてしまったのだ。
 乃愛(のあ)ちゃんは、本気で優勝を狙っていたから、ものすごく腹を立てていた。
 よくある話だ。
 現実は知らないけれど、フィクションの小説なんかではよくある展開。
 それがまさか、現実に起きるなんて、思っていなかった。
「……だからって、そんな……」
「なに?文句でもあるの?」
「そういうわけじゃ……」
 乃愛(のあ)ちゃんは、クラスだけでなく、私たちの中でも絶対の存在だった。
 蘭(らん)も黙ってしまう。
「じゃあ、いいね」
 去っていく乃愛(のあ)ちゃんを見つめながら、私たち三人の間に、ピリピリとした空気が走っていることに気づく。
 乃愛(のあ)ちゃんは絶対だ。
 でも、だからって、いじめて良い理由にはならない、よね……?
「……ねえ、どうする?」
「私、安斎(あんざい)さんのこと、無視したくないよ……?」
 なにが正解なのか、私たちも分からない。
 私は、どうしたら良い――?

 その後、元々私は、学校で紗菜(さな)とはあまり話していなかったから、あまり問題はないことに気づいた。
 放課後、どちらかの家で遊ぶだけなら、バレないだろう。
 そう、軽い気持ちで過ごしていた。
「やっほー、紗菜(さな)」
「……あ、衣彩(いさ)ちゃん」
 乃愛(のあ)ちゃんが、紗菜(さな)無視宣言をしてから、何か月か経った。
 紗菜(さな)は、日に日に元気をなくしていた。
 その理由に、私は気づけなかった。
 ……いや、気づこうとしなかった。
 現実から、目を逸らしていた。

「――え?」
 蘭(らん)から告げられた言葉に、私は固まった。
「……だから、最近、乃愛(のあ)ちゃん、安斎(あんざい)さんへのいじめ、酷くなってるんだよ。無視だけじゃなくて、物を隠したり、水をかけたり……」
「なに、それ……」
 いつの間にか、無視だけだったはずのいじめは、もっと酷いものになっていた。
 私は、全く気づいていなかった。
 そういえば最近、紗菜(さな)だけじゃなく、杏奈(あんな)や蘭(らん)も元気がなくなっていた。
「なんで、言ってくれなかったの……?」
「……ごめん。私、乃愛(のあ)ちゃんに言っちゃったんだ。……衣彩(いさ)が、安斎(あんざい)さんの幼なじみだってこと」
「だから、衣彩(いさ)にバレたら、止められるか、先生にチクられると思ったんじゃない?衣彩(いさ)、頭良いし、先生も、衣彩(いさ)のこと信用してるでしょ?……乃愛(のあ)ちゃんなんかより、ずっと」
 どうして、気づいていなかったんだろう。
 どうして、私は……っ。
「……先生には、言わないほうが良いんじゃないかな。乃愛(のあ)ちゃん、なにするか分かんないから……」
 私は、無力だった。
 先生は、確かに私のことを信頼しているだろう。
 でも、乃愛(のあ)ちゃんは、このクラスの女王だ。
 クラスのみんなが、乃愛(のあ)ちゃんに味方したら、……私は潰される。
 紗菜(さな)を守ることもできなくなる。
「衣彩(いさ)。……ごめんね、本当に」
 彼女たちの判断は、きっと正しい。
 自衛のために、誰か一人を犠牲にする。
 大人は、きっとなにも分かっていない。
 いじめは、簡単に止められるものではない。
 誰も守ってくれないのだ。
 だって、いじめっ子に立ち向かえる人なんて、この世界にはいないのだから……。

「……紗菜(さな)」
「衣彩(いさ)ちゃん……」
「ごめんね、紗菜(さな)」
 ……ごめんね、無力で。
 ……ごめんね、守れなくて。
 ……ごめんね、ヒーローになれなくて。
「衣彩(いさ)ちゃん……」
「私、ずっと紗菜(さな)の親友だからね」
 そんな言葉じゃ、きっと足りないだろう。
 紗菜(さな)を救えない。
 でも、私にはなにもできない。
 ……乃愛(のあ)ちゃんが、怖いから。
 ――でも、この時のその判断が、私たちの運命を狂わせた。