オネエの同級生にスキンケアを叩き込まれています

 日向に起こされてキッチンまで来たけど、食欲が湧かない。
 本当はお茶一杯でいいんだけど、「いらない」と突っぱねられるほど、空気が読めない人間じゃない。
 今日は父さんがいないからと、俺は父さんの席に座らされていた。
「凄い。ご馳走ですね」
 隣に座る日向が、キャベツの山盛りとポテトサラダにメインの生姜焼きが載った皿を前に目を輝かせる。
「あらヤダ。生姜焼きなんて手抜きよ手抜き」
 まんざらでもない顔で、母さんが普段ならな絶対に言わない謙遜をする。
「ウチの母親、生姜焼きは定食屋で食べるものって言い張りますよ」
「そんなに褒めても何もでないわよ。はい、お味噌汁」
 母さんが全員の席に味噌汁を置いていく。
 普段、夜に味噌汁が出されることはない。出たとしても、残り物だ。
「日向くんはご飯どれくらい食べる?」
 ご機嫌な母さんが、お客様用の茶碗を片手に訊いてきた。
「まずは、気持ち大盛りで一杯いただいてもいいですか?」
「あらあら遠慮しないで。ある物しか出せないけど、どんどん食べて。おかわりあるから」
 人の話をちゃんと聞いていないのか、オマケをつけたのか、母さんが大盛りご飯の茶碗を日向に渡した。
 日向が「ありがとうございます」と、母さんの「どういたしまして」が、作られすぎてて気持ち悪い。
 日向が「いただきます」と両手を合わせた。そして、箸置きに用意された割り箸を手に取る。
「勇はどれくらい食べる?」
 母さんが、中々割れないゆるキャラの茶碗を手にした。
 その茶碗、日向に見られるの恥ずかしいんだけど。
「食欲ないから、二口くらい」
「二口でいいの?」
 母さんから笑みが消えた。
 始兄がチラリと俺を見て、旭兄が手を止めてジッと見てくる。
 二人とも向かいの席だから、居心地が悪い。
「キャベツいっぱいあるし、こんなに食べられないよ」
 先に残すの前提のアピールをする。
「仕方がないわねえ」
 母さんが俺の前に茶碗を置いた。ご飯が三口分くらいある。多いよ。
 溜め息をついた俺の前から、日向がヒョイと茶碗を取りあげた。
 そして、こともあろうか自分のご飯茶碗にあるすべてを俺の茶碗に載せた。
「ちょっと、何すんだよ!」
 思わず声をあげた俺に、
「ユウ!」
 日向の怒りを含んだ鋭い声が、雷みたいに落ちた。
 俺はビクッと肩を竦めて、恐々と上目遣いになった。
「今日、どれだけ動いたと思ってるの。そんなんだからチンチクリンなのよ。それ、全部食べなさい。食べられるわよね。いつも食べてるお弁当の量を考えたら、それくらい普通にイケるわよね」
 人んちに来てまで、容赦ない日向に俺はカッとなった。
「具合悪いんだから仕方がないだろ」
「だとしても、最初から諦めずに食べる努力をしなさい。残したら食べてあげるから。嫌よ。寝てる時にユウの腹の鳴る音で起こされるの」
「鳴らないし」
「あらそう。鳴ったらどう責任取ってくれるのかしら?」
「だから、鳴らないって!」
「そう。じゃあ、鳴らなかったら明日の朝、一時間かけてユウに土下座してあげる。で、ユウは約束を破ったらワタシに何をしてくれるわけ?」
「えっ、マジで言ってる?」
「マジに決まってるじゃない。賭けに乗るなら、ユウに渡したご飯、そのままワタシが貰うわ」
 ダメだ。
 日向のヤツ、一歩も譲る気がない。
 学校での日向は、全部有言実行している。
 こんなの、健康だけど食欲がない俺が負けるの目に見えてるじゃん。
「食べればいいんだろ! 食べれば」
 俺はプイッと日向から顔を背けると、キャベツにマヨネーズと青じそドレッシングをかけた。
 始兄が小さく噴きだした。
 旭兄は、信じられないモノを見る顔で固まっている。
「あらあら、ご飯ご飯」
 母さんがクスクスク笑いながら、食べる前に空になった日向の茶碗を持って炊飯器に向かった。
「お手数をかけてしまい、スミマセン」
 殊勝な振りをする日向を睨んでやる。
 睨んでいてもご飯は消えないから、生姜焼きをご飯にワンバウンドさせてから半分齧り、ご飯を二口分くらい掬って頬張る。
「やっぱり食べれるじゃない」
 母さんからご飯茶碗を受け取った日向が、勝ち誇った顔をする。
「無理して食べてんだよ」
「本当に食欲のない人間は、そんな豪快な食べ方をしません。油分が多い食べ物を口に含んだだけで、具合が悪くなります」
「お前、本当にムカつく」
 お肉をご飯に載せたまま、俺はキャベツを箸で持ち上げ、口に頬張った。
 頬張り過ぎて、口の中がいっぱいになる。
「あらヤダ。思いがけないとこで見られたわ。ハムスターなユウ」
 日向が両手を合わせた。
「今、スマホを取りに行っていいかしら」
 席を立ちかけた日向のシャツをガシッと掴んだ俺は、急いで咀嚼した。口の中がいっぱいすぎて喋れない。
 一方で、突然旭兄が口を手で押さえて、俯いた。
「大丈夫か、旭」
 始兄が立った。
 冷蔵庫まで行き、横に掛けてあるテッシュ箱を手に急いで戻ってきた。
 それを受け取り、旭兄が俺たちに背を向けた。
「旭兄、大丈夫?」
 ようやく口内を空にした俺に、
「お前らが噴きださせるのが悪いんだろ」
 始兄がニヤニヤしながらお茶を飲む。
「そうね。ユウがハムスターなのが悪いわね」
「マジでお前黙れよ」
「そうね。撮影は今度にするわ」
 全然話が嚙み合わない。
 もう、なんなんだよコイツ。
 優しい顔したと思ったら怖い顔したり、人をからかってきたり、振り回される身にもなってみろ。
 ようやく、旭兄が向き直った。
「俺、長い間、勇のお兄ちゃんしてきたけど、ユウの扱い方を全面的に間違えてたんだって、今思い知ったわ」
「お前、アイツらと一緒に甘やかしすぎてたもんな」
 始兄が物思いにふける。
 母さんが席についた。
「最近、勇が元気な理由がよくわかったわ。学校でも勇はこんな感じかしら」
「まったくこのままですよ。みんなに可愛がられてます」
「お兄ちゃん子で人見知りする子だったから心配してたけど、良かったわあ。お母さん、安心しちゃった」
 俺んちの食卓なのに、俺を無視して会話が弾んでいく。
「お前、マジでこれ以上余計なこと喋んな」
 釘を刺した俺から、日向が目を逸らした。
「マジで本当にもうヤダ」
 俺は両手で顔を覆った。