オネエの同級生にスキンケアを叩き込まれています

 ただの昼食のはずが、クラスの全員から逃げないように見張られている気がして落ち着かない。
 日向がパックに入った市販の海苔巻きを、大きな口で食べる。厚みのある一切れを一口で入れたのに、咀嚼する時の頬はドングリを詰め込んだリスっぽくならない。
「人の顔をジロジロと見て何? 勝負に怖気づいた?」
「怖気づくかよ。そうじゃなくて、それ、よく一口で入るなって」
 父さんも始兄も一口だけど、顎の形と顔のサイズが違う。
「そうかしらって言いたいけど、ユウが一口で頬張ったらハムスターになりそうね。チャレンジしてみる?」
「絶対にハムスターって言うから嫌だ」
「自覚あるのね。可愛い」
「ハムスターの自覚じゃないからな」
「見たかったわ。ユウが可愛いハムスターになるところ見たいから。今度、一緒にハンバーガーを食べに行きましょうか」
「魂胆丸わかりなので行きません」
 俺がツンと顔を背けると、日向が楽し気に笑った。
 これは当分ハムスターでからかわれそうだ。
 日向の頭からハムスターを消さないと。
「日向ってさあ、弁当バラバラだよな」
「そうかしら?」
「そうだよ。買ってきたのと、手作りのバランスがさあ」
 敷き詰めたご飯の上に、ドンと焼き鮭の切り身がのってるのを見た時は驚いた。それと、小さめのパックのサラダでワンセット。
「ウチは全員ワーカーホリック気質なのよね。嫌なこともあるけど、仕事が趣味で、趣味が仕事って感じ。幸せなことよね。そんなわけで、帰る時間も出勤時間もバラバラなの。突然泊まりがけになる時もあれば、何日も帰ってこないなんて普通だから。生活のリズムが大体決まってるのは、学生のワタシと姉だけね。とは言っても、姉は空いた時間のほとんどを仕事や課題制作に当てちゃうし、ワタシも休み前日の夜と休みは、アシスタントに呼ばれれば母についてくし……。だから、食事は気が向かないかぎりは手抜きで、味はマズくなければなんでもいいって感じかしら」
「結局、誰がご飯を作ってるの?」
「ほとんどアタシかしら」
「意外」
「失礼ね。みんなスケジュールがバラバラすぎて、作る日はあまりないけど、ユウよりは作れるはずよ」
「これあげる」
 日向のパックに、アスパラの豚肉巻きを一つ入れてあげる。俺の好物だ。ついでに、プチトマトも一個オマケしてあげる。
「もう本当に、ユウって可愛いわね」
「じゃあワタシは海苔巻きを」
 海苔巻きを箸で挟んだ日向から、俺は弁当箱を遠ざけた。
「ご飯にご飯はおかしいだろ。誰がハムスターになるか!」
「あらヤダ。覚えていたのね。残念」
 俺に渡そうとした海苔巻きを、日向が一口で食べる。
「おっきな口」
 ボソッと呟いたら、
「ユウのお口は小さくて可愛いものね」
 日向に笑われてしまった。
 ちょっとした会話ですら、日向にイニシアチブを取られてしまう。
 なんか悔しい。
 とっても悔しい。
 こんな俺が日向に敵うことなんてあるんだろうか。
 口を尖らせたら、「勇」と俺を呼ぶ旭兄の声がした。
 一番近いドアを見ると、旭(あさひ)兄を真ん中に啓司(けいじ)くんと瑞月(みずき)ちゃんが立っていた。
 登校は俺もまぜてもらってるけど、同級生で家が近所の三人はいつだって一緒だ。気づいた時から一緒だった。
 クラス中が声を潜めて興奮しているのが、漏れてくる声の高さや表情でわかった。
 旭兄は啓司くん曰く「見た目だけは品のある王子」だし、剣道部のホープな瑞月ちゃんは、袴姿になれば美少女剣士だ。啓司くんは優しいお兄さんだけど、いつだって俺を子供扱いしてくる。
「ちょっと行ってくる」
 俺は日向にそう告げて、小走りした。
 三人はそれぞれトートバックや巾着を持っていた。
「購買で売ってる期間限定の桜アンパンがそろそろ終了するって聞いたから、勇にもお裾分けしようと思ってさ。はい、これ」
 旭兄に差しだされるまま、パンを受け取る。
「それだけ?」
「最近、勇が元気だから、どんなクラスに恵まれたのかなって視察も兼ねてな」
 旭兄に頭を撫でられたら、手を払いのけられない。
 クラス中の視線が集まってるのを感じながら、俺はどうすることも出来ずにされるがままになった。
「これからお弁当?」
「ああ、せっかくオヤツを買うなら、外で食べようってなってさ」
「直前に決めたから、勇ちゃんを誘えなかったわ。もう食べてるし、残念なんだけど」
 瑞月が旭兄を肘でついた。
「このクラス、勇より背の高いヤツが多いなあ」
 啓司くんは俺を怒らせたいのだろうか。
「座ってるヤツ見てわかるのかよ」
「わかるさ。当然だろ? 今日、俺たちも六時限目で終了だし、一緒に帰ろう?」
 啓司くんまで俺の頭を撫でてくる。
 怒りたい。
 怒りたいけど、目立ちたくない。
「初めまして。ワタシ、ユウの大親友の久礼日向と申します」
 後ろからの声に、俺はガバッと振り返った。
「日向、お前なんで出てくんだよ」
 俺は頭を抱えた。
 愛想笑いの日向が俺の横に並んだ。
 それに大親友ってなんだよ。
 お前とは友達にすらなった覚えないぞ。
 俺とお前の関係は……なんだ?
 水と油?
 ハブとマングース?
 武田謙信と上杉謙信?
「大変申し訳ないんですが、ユウは補習が決定してまして、今日はワタシと居残りです」
「はあっ?」
 突拍子もない嘘に、俺の声が裏返った。
「ちょっと勇ちゃん、どういうこと。もう勉強ついていけないの?」
 瑞月ちゃんに両肩を掴まれて、前後に揺すぶられる。
「違う。違うから。ついてけてるから」
「じゃあ、なんの補習なのよ!」
「薬用リップの塗り方です」
 日向が笑みを深めて馬鹿なことを言うから、三人とも目が点になったじゃないか。
「お前、本当に馬鹿ッ。まだ追試があるだろ!」
 思わず嚙みついた俺に、
「お馬鹿はユウでしょう? 落ちるとわかってる追試よ。決定で伝えるのは親切でしょう。一緒に帰れるかもと、ぬか喜びさせる方が不親切だわ」
「ちょっと待って。リップの塗り方って何?」
 そうだよね。
 瑞月ちゃんもそう思うよね。
 コイツにもっと言ってやって。
「ちょっと失礼しますね」
 日向が俺を片腕で抱きしめて動きを封じて、もう片手で俺の顎を掴んだ。
「見てください、コレ。この子ったら、こんなに可愛い唇をボロボロにしただけでなく、自分でキズモノにしたんですよ」
「痛そう」
「ですよね。もう信じられなくて。ユウがあまりにもお子様すぎて、リップクリームさえまともに塗れないことが判明しまして、この際だから、メイクアップアーティストの母を持つワタシが、徹底的にスキンケアを叩き込もうと決めたんです」
「あら良かったじゃない」
 瑞月ちゃんがパンと手を合わせた。
「私も気になってたのよね。徹底的にやってもらっちゃいなさい。そして、後で私にやり方を教えてね」
 ああ、瑞月ちゃんが俺を日向に売り飛ばした。
 旭兄が飽きれたように息を吐いて、啓司くんが腹を抱えたまま顔を反らした。
 隠さなくていいよ。
 笑いたければ笑えばいいさ。
「えーと、なんだ。あまり遅くならないようにな」
 旭兄も俺を見捨てた。
 啓司くんが笑い声を漏らし始めた。
 ああ、これは期待出来ない。
 俺は大切な人たちから、完全に見捨てられた。
 旭兄が日向に体を向けた。
「弟が楽しそうでよかったです。俺、七見旭と言います。こっちが三木(みき)瑞月で、こっちは冨塚(とつか)啓司。これからも弟をよろしくお願いします」
 旭兄が伸ばした右手を、日向の手が掴む。
 ギャラリーと化していたクラスの女子たちが「キャーッ」と声を上げる。
 タイプの違うイケメンの握手って、こんなに需要あるのかよ。
 口が達者なオネエと、負けず嫌いで結構俺様な旭兄だよ。悪魔が同盟を組んでるようにしか見えない。
「ユウに何かあった時、二年何組まで行けばいいですか?」
「一組だよ。俺たちが二年だってよくわかったね」
「上履きの色と、クラスバッチの色。後はたまたま同じ玄関を利用していたのを見ましたから」
「気に入った。メッセージアドレスを交換しようか」
 旭兄がポケットからスマホを取りだした。
「いいんですか。嬉しいです」
 日向もスマホを取りだした。
「グループ設定で私も入れて」
 瑞月ちゃんと、
「俺も俺も」
 啓司くんまでスマホを操作しだす。
「ちょっと待って、俺も入る」
 スマホを取りに戻ろうと踵を返した俺を、日向が片腕でホールドしてきた。
 クソッ!
 なんでこんな時だけ馬鹿力で押さえてくるんだよ。
「お前は絶対にダメーッ」
 旭兄が舌を出した。
「なんで~ッ」
 駄々っ子みたいに声を上げたら、
「そりゃあ、お前の面白情報をコイツに送ってもらうために決まってんじゃん」
 啓司くんがケロリと答えた。