オネエの同級生にスキンケアを叩き込まれています

 残念なイケメンオネエのオモチャとなって、一週間目。
 目立たないように生きると決めたはずが、日向が絡むと平静じゃいられなくて、気づけばクラス中から日向の所有物として認識されていた。
 昨日までの俺と日向の戦いは、全力を尽くした俺の全敗で終わっている。
 「久礼くん」呼びしたら、「日向」呼びになるまで言い直しさせられた。
 移動教室のたびに一緒に行こうと声をかけられ、無視して置いていこうとすれば「酷い!」と喚かれた。そのうち、まわりから「久礼くん、可愛いそう」「一緒に行ってやれよ」と声が聞こえるようになった。
 挙句の果てには「七見、大人になって折れてやれよ。相手はオネエでも、お前は唯一絶対貞操を狙われない安全キャラ確定なんだからさあ」と俺を諭そうとするヤツらが増え、クラス中が日向の味方になっていた。
 もちろん、大半が本気で日向の味方をしているわけでなく、楽しんでいるだけなのは見ていてわかる。わかるが、程度ってもんがある。
 それに、俺にも男としての矜持ある。
 周囲のノリに屈服してたまるかと、俺はラクな流れには乗らず、意固地になった。
 体育では、ストレッチで二人ペアを組むとなった途端、日向が「ワタシ、ユウと一緒がいいわ」とデカい声をだすもんだから、みんながどうぞどうぞと言わんばかりに俺を無視してペアを組み始めて、余った俺は日向とペアを組んだ。意固地が無意味となった瞬間だった。
 ボッチで昼食を食べようと、自分の席で弁当の蓋を開けたら、「美味しそうね」と覗き込んできた日向に卵焼きを奪われた。
 それだけじゃない。
 いつの間に話をつけたのか、日向は昼食の時だけ俺の隣のヤツと席を交換して、当たり前のように俺の隣で食べるようになった。
 一番やめてほしいのが、毎朝登校するたびに俺の席の前で足を止めて、俺の顔を両手で固定して覗き込むことだ。
 日向に顎クイされた翌日のこと。
「あらヤダ。あれほど言ったのに、全然良くなってないじゃない。それにこの感触、化粧水も日焼け止めも使ってないでしょ! 洗顔くらい使ってる? ああもうダメ。今すぐ手入れしたい。ウチに持ち帰って、一から調教したいわ」
 日向の問題発言で、教室は数秒ほど静まり返った。
「ちょっ調教?」
 誰かのオウム返しに、場がザワザワし始めた。
 あの時、俺はあまりの羞恥に言葉が出てこなくなった。日向が解放してくれるまで、ただただ俺が映る瞳と目を合わせていた。
 日向の俺に対する発言はどれもおちゃらけていた。
 なのに、日向のどの発言も柔らかで、馬鹿にしたような響きが一切なかった。
 日向の俺を見る瞳はいつだって真っ直ぐで優しく、俺がどれだけ突き放した物言いをしても、それは変わらなかった。
 自分でも、辛辣な言動をとる俺のほうが悪者みたいに感じて、苦しくなった。
 日向を突っぱねれば突っぱねるほど、胸の苦しみは深くなり広がっていった。
 日向の手は一瞬だけ力が強い時もあるけど、いつだって優しく触れてくる。
 日向の両腕もそうだ。
 ホールドが心地いいほど優しいんだ。
 あれは、日向に呼び方を強引に矯正された日だった。
 不貞腐れた俺が、渋々「日向」と呼ぶたびに大げさに褒められた。俺を指示に従った飼い犬と思ってるのか、頭をワシャワシャと撫でてきたり、拍手してきたりと、過保護な親でもやらないだろってくらい褒められて、それを突っぱねては、捕まえられて褒められるを繰り返した。
 最後の休憩時間に、それは起きた。
 日向が俺を犬扱いしたりするから、他のヤツらまで調子に乗って、俺の頭を撫でようとした時だった。
 俺はソイツの手と、仲間を使って俺をカラオケ店の別室に無理矢理連連れ込ませ、ヘラヘラしながら襲ってきたヤツの手が重なって見えて、俺は恐怖に全身を強張らせて後退りかけた。
 その時、俺の後ろにいた日向が俺を片手でギュッと抱きしめ、もう一方の手でソイツの手を払ったんだ。
 パシッと音がして、ソイツは目を見開くと、怒りで表情を変えていった。
 それも、ヤツと重なった。ソファに押し倒された時、抵抗した俺の頬を平手打ちした瞬間のヤツの顔だ。
 震える俺を、日向がそのまま両腕でガッシリとホールドした。
「ユウが可愛いからって、勘違いしないでくれる? ユウはみんなのものじゃなくて、ワタシのモノなの。ワタシの可愛いポメラニアンなの。汚い手で触らないでくれる? 減っちゃうじゃない」
 あくまでも柔らかな物言いの日向に、
「じょ、冗談だって。そんな怖い顔すんなよ。イケメンすぎて凄みがヤバいッて」
 相手が顔を引き攣らせた。
 ソイツだけでなく、まわりも引いている。
 恐怖で鳥肌を立たせた俺は、どうにか立っているのがやっとで、日向がどんな顔をしてるかなんて、どうでもよかった。
 そんなことより、後ろから俺の首元に押しつけられた日向の頭が、未遂とはいえ、鎖骨や首筋を這ったヤツの唇を思いださせて、腰が抜けそうになる。
 体中が恐怖で冷たくなる一方で、目頭だけが熱くなる。
 日向の熱い吐息が俺の肌にかかる。
 もうダメッ!
 腰が抜けると思った瞬間。
「落ち着いたわ」
 脱力するように日向が呟いた。
 日向の顔が離れた。
 日向の息がかかった部分が、途端に冷たくなる。
「猫吸いって、本当にリラックス効果があるのね」
 思いもよらない日向の感想に、俺は呆気にとられた。見れば、居合わせた全員がポカンとしていた。
「心臓に悪いわ。全貯金を盗まれるくらいビックリしたわよ」
 日向の腕が緩んだ。
 けど、それは緩んだだけだった。
 俺という形が少しでも潰れないように加減されたホールドに、俺はホッとして、いつの間にか詰めていた息を吐いた。
 どうしてなのか、日向の体温が心地よい。
 強張りが解けていく。
「このフィット感。理想の抱き枕だわ。頭と両手両足がついてるからヌイグルミかしら」
 日向専用の俺の肩書きが、勝手に増えていく。
「お前、いい加減にしろよ」
 投げやりになった俺は、ホールドをしたままの腕に手を添えた。
「あらヤダ。ユウから触れてくれるなんて。今日はお祝いしなきゃ」
「離そうとしただけなんですけど」
「ノリの悪い子ねえ。そういうとこも可愛くて好きだけど、出来れば素直になってほしいわ」
「俺はいつだって素直です」
 人をムキにさせるのが上手い日向の腕を、しゃがんで脱出すると、俺は日向に力の入らない一睨みをしてから席に戻った。
 日向が絡むと、調子が狂うのは何故だろうか。
 悩みながら、パジャマのままトーストを齧っていると、大学生で父さん似の始兄が現れた。
 始兄もパジャマのままだ。
「おはよう。最近、顔色がいいな」
 始兄は俺の頭を軽く叩くと、炊飯器へと向かっていった。
「本当にね。食欲もようやく戻ってきてホッとしたわ」
 母さんが俺と始兄の席に味噌汁を置いた。
 父さんはもう出勤していていない。
 パンと味噌汁って意外と合うんだよなあ。
「ちゃんと食べてたじゃん」
「朝は味噌汁一杯だけ、昼はオカズだけ、夜もオカズだけって、心配するに決まってるだろ。勇はただでさえ小さいんだから、今食べないと成長期を逃すぞ」
 制服を着て、俺より早く食卓についていた旭兄が口を挟む。
「何回も説明したじゃん。卒業したら学校行かないし、受験の反動でマッタリしてたら体が鈍って食欲がなくなっただけって。みんな、心配しすぎなんだよ」
 俺は、残り僅かなトーストを口に押し込んだ。
 犯されかけたのがショックで、食欲をなくして部屋に閉じこもっていたとは言えない。
 顔色が悪かったのは、消そうとしても消えない記憶のせいだ。僅かとはいえ、肌を這った気持ち悪い唇と弄られた手の感触が、生々しく甦るたび、恐怖と今すぐこの世から消えていなくなりたい気持ちが溢れて、声を殺して泣いていた。眠りは浅く、頻繁に目を覚まし、吐きそうになるを繰り返した。
 お風呂に入るたび、ヤツらに触られたところから腐っていくような気がして、ポンプを何度も押して液体石鹸を出し、体に塗った。肌が赤くなってもタオルで擦り、静かに泣いた。
 洗っても洗っても、ヤツらの感触は消えなった。
 それが、最近消えかけてきた。
 思いだすのは、日向の腕や吐息の感触と体温。そして、顔や唇に触れられた感触と、俺の頭を撫でる手の重さ。同時に感じた胸の締めつけや熱さまで思いだし、恥ずかしさに体中を熱くして、足をバタバタさせたり、何度も寝返りを打つ間に寝てしまい、気づいたら目覚まし時計が鳴っている。
 ヤツらを思いだすこともあるけど、そういう時は、目を閉じて日向の触れたところを意識する。すると、恐怖が和らいでいくんだ。
 難点は、暴れたいほど恥ずかしくなって、落ち着かなくなること。
 眠れるようになったら、食欲が戻ってきた。
 でもまだ、完全に襲われる前の俺に戻れたわけじゃない。
 この容姿だから襲われた。
 それなら、襲われない容姿になればいい。
 姿を変えることはできないなら、身だしなみには気を遣わず、姿勢を悪くして、息を殺して目立たないように生きるはずだったのに……。
 日向のせいで、目立たない計画が潰された。
 可愛くなりたくないのに、アイツはことあるごとに「手入れしなさい」だの「手入れするわよ」だの「手入れさせなさい」だの煩い。
 具材を箸で混ぜてから、味噌汁を一口飲む。
 火傷しない程度の熱さが、体と心に沁みる。
「マジでダルい」
 俺の呟きに、
「何か言った?」
 箸を置いて合掌した旭兄が反応した。我が家一の地獄耳め。
「なんでもない」
 俺は毎日綺麗に平らげられる旭兄の食器を見て、感心した。
 スラッとしながら大食漢。朝のご飯は、深型の茶碗に山盛り一杯だ。
「勇、今のでトースト切れたんだけど、明日からどうする?」
 母さんに訊かれて、俺は小さく唸った。
 我が家の朝食は、基本ご飯だ。
 トーストは、食欲をなくした俺用にと用意されたものだ。
「もうちょっとトーストを続けていい?」
「了解」
 母さんが笑って、自分の席に味噌汁とご飯を置いた。


 登校した俺は、席に着くと必要な物を机下の収納に入れて突っ伏した。
 俺の高校生活は嵐のようだ。
 今のところ、「平凡な一日でした」と言える日がない。
 それもこれも、全部日向のせいだ。
 歯に衣着せぬメイクのアドバイスで女子たちと仲が良く、男子からは恐れられたかと思えばからかわれ、一緒に笑っている時もある。
 顔が良くて、スタイルも良くて、頭も良くて、運動もできて、コミュ力オバケで、口が達者でオネエ。
 あと、俺限定でウザくて、人権無視しのセクハラ魔人で、口煩い。身を持ってハッキリした事実、日向は俺を人間としてカウントしていない。
 お陰で、男でも日向に触れられるのは怖くない。
 怖くないけど、よくわからない症状に襲われる。熱くなったり、くすぐったくなったり、胸が苦しくなったり、安心したり……。
 俺は日向に振り回されっぱなしだ。
 登校したすぐは、まわりが煩くても、俺にとっては嵐の前の静けさだ。
 日向がいない。
 それだけで全然世界が違う。
 まわりに怯えてしまう。
 だから、伏せて時間が過ぎるのを待つ。
 誰かが入ってきた気配や声に、ビクビクしつつ、日向でないことに安心する自分とガッカリする自分がいて、それを日向が現れるまで繰り返す。
「久礼くん、おはよう。待ってたんだよ。コレ、昨日相談したリップなんだけど」
 女子の弾む声に、久礼が来たのがわかった。
「おはよう。この色ね」
「そう、今塗ってるヤツ」
「ちょっと甘すぎるわね。ピンクが強すぎて、古臭いガキって感じ。塗り方もド下手。これで甘系や攻め系の服だったらガッカリね。白のリップある?」
「白なんて使わないじゃん」
「何言ってんの。白があると超便利よ。買うなら光沢あるタイプを押すけど、制服に合わせるなら、フレッシュさをだすのに光沢なしもいいわね。ナチュラルメイクに必須だわ。面倒かもしれないけど、ちょっと混ぜる感じで使ってみなさい。リップブラシくらい持ってるでしょう?」
「そんなの使わないって」
「だから、芋メイクになっちゃうのよ。メイクは研究と時間よ。面倒を極めて丁寧に自分を塗りたくりなさい」
「買ってきたら、メイクしてくれる?」
「唇だけよ。見本で塗ってあげるから、出来たらちゃんと画像に残しなさいよ。メイクしているとこを録画するのはNGね。一度でもしたら、二度とメイク講座を開かないから」
「ズルいッ。アタシもメイクしてほしい」
「私も!」
 入口付近が煩い。
 俺はうつ伏せる顔を反対側に向けた。
 話が盛り上がれば盛り上がるほど、長引けば長引くほどイライラしてしまう。
 オネエでもこれだけ人気あるんだから、俺なんか無視して女子と楽しくしてればいい。
「ゴメンなさいね。ワタシの最優先はこっちなの。また後でね」
 日向が会話を切った。
 途端、イライラが小さくなる。
 これじゃあ、日向に構われたい駄々っ子みたいじゃないか。
 俺はギュッと両手を握った。
「あらヤダ。今日も寝たフリなの? 今後も寝たフリを続けるなら、その度に白雪姫の王子様みたいにキスで起こしてあげてもいいのよ?」
 日向の馬鹿ッ。
 変なことを言うから、まわりが騒ぎだしたじゃないか。
 俺はガバッと起き上がると、「おはよう」とニッコリする日向を睨みあげた。
「前、誰かに訊かれた時に行ってたよな。お前の好きなタイプは六〇オーバーのイケオシ実力俳優だろ! それがなんで俺にキスなんだよ」
 叫んだ俺に、
「幼い時、お気に入りのヌイグルミにキスした記憶くらいあるでしょ。飼い犬にキスする愛犬家だっているし、愛情の表現じゃない。怒る意味がわからないわ」
 日向がなんでもない顔をした。
「俺は人間だ」
「チャウチャウなポメラニアンで、抱き枕のぬいぐるみでしょう」
 当たり前みたいに答えるな!
 ああ、授業まだなのに疲れた。
 今ので、一日分のエネルギーを使い切った。
「もうヤダッ。コイツ」
「ワタシはユウが大好きよ」
「LIKEの最大級は人様の迷惑になるんだよ!」
 叫んでから人扱いされていないのを思いだして、俺は背凭れに勢いよく凭れた。
 今日も俺の負けだ。
 完敗だ。
「今日はもうお終い? お疲れ様、毎日元気に吠えてくれて嬉しいわ」
 日向には、俺が尻尾を振ってる犬に見えるらしい。
「オハヨウゴザイマス。早ク席ニ着イテクダサイ。サヨウナラ」
 片言っぽい日本語で、せめてもの意趣返しをするも、いつも通り日向の両手で顔を挟まれて失敗したのを知る。
「ワタシ、ちゃんと忠告したわよね」
 日向が上を向かせた俺に、顔を近づけてきた。
 ヤバい。
 日向の目が笑ってない。
 俺は今、時々日向にビビる男子たちの気持ちを理解した。
 上体が叱られたくなくて後ろに下がるが、顔は挟まれたまま動かせない。
「猶予を一週間もあげたわ。なのに、今日も何もしてない挙句、血が出てるじゃない。どういうことかしら? 言い訳があるなら聞いてあげるから言ってみなさい」
「……えっと……かなり長く捲れてきたから、歯で切れるかなってやってたら、引っ張ったみたいで皮は取れたけど……その……」
「そう。よくわかったわ。荒れた唇に一番やっちゃいけないことをやったのね」
「知識がないので、一番やっちゃいけないことかはちょっと……」
「ワタシ、これまで手を出さずによく耐えたわ。褒めてほしいくらいよ。けど、それもお終い。今日からビシバシ指導していくわよ」
 日向がブレザーのポケットから何かをとりだした。
「えっ? 何? 羨ましい」
「私もスキンケアを教えてほしい」
 女子たちが一際ざわつく。
 店の赤いテープが貼られたパッケージを、日向が無言で開けて中身を取りだす。
 リップだ。
 俺でも知ってる子供の看護師がプリントされた、白と緑の薬用リップ。
「そこから?」
「マジでヤバくない?」
「小学生以下じゃん」
 まわりの声も、日向くらい容赦ない。
 日向がリップのキャップを取り、机に置いた。そして、リップの下を回して中身を少しだす。
「朝と昼、夜は期待してないから帰り間際、ワタシの監視の元、これを塗ってもらいます。朝は家で塗ってきてもらえると嬉しいんだけど、当分はここで塗ってもらおうかしら」
 日向の左手が俺の顎へと伸びてきた。
 両手でそれを阻止すると、俺は逃げ腰になった。
「ちょっと待って」
「待たない。ユウはリップの塗り方を知らないでしょう。お手本で塗ってあげる。ほら、顔を差しだしなさい」
「人前で塗るはありえないから」
「今時の男性アイドルは、SNSのライブ中に平気で塗るわよ。乾燥したら塗るのは常識でしょう?」
「非常識です」
「皮を引っ張って血を流すほうが非常識よ」
 日向がキッパリと言い切った。
「今時当然よね」
「リップないとかありえないんだけど」
「塗らせてやれよ」
 まわりは日向擁護派ばかりだ。
「はい、観念しなさい」
 日向の勝ち誇った顔に、俺はカチンときた。
「だったら自分で塗る」
 ムスッとして手の平を上にして伸ばすと、
「濡れないしょう?」
 日向が挑発的に笑った。
「塗ったことくらいあります」
「あらそう。なら、塗らせてあげてもいいけど、下手だったらワタシに塗らせなさい」
 日向が俺の手の平にリップをのせた。
「ほら、塗ってみなさい」
 出来もしないくせにみたいな言い方をされて、ますます頭に血がのぼってしまう。
「塗ればいいんだろ、塗れば」
 俺はリップを持つと、ジグザグを同じところに書くように唇の上を四回行き来させた。
 薬用って書いてあるし、血が出ているんだから、たっぷり塗って正解だ。
「残念。不正解。ヘタクソの極み」
 日向のジャッジに、何故かまわりが勝ったかのように盛り上がる。
「こんなのに正解も不正解もあるかよ」
「あるに決まってるでしょう」
 日向がリップを奪おうとして、俺は慌てて引っ込めた。
「あともう一回。もう一回でいいからチャンスをください」
 俺は両手を合わせると、合わせた両手より低い位置まで頭を下げた。
「もう一回ね。いいわよ、もう一回。お弁当を食べた後にリベンジしましょうね。負けたら、今日の放課後は居残りだから」
 ようやくブラックが消えた笑みを浮かべた日向が、俺の頭を撫でてきた。
「楽しみにしてるわ。それ、ちゃんとキャップしてなくさないように持っててね。なくしたら、色付きリップで公開リベンジよ」
 日向は机に置かれたキャップを中央に滑らせると、自分の席へと向かっていった。
 チャイムが鳴る。
 みんなが席についていく。
「薬用リップの塗り方に正解なんてあるのかよ」
 俺は頭を抱えた。
「精々頑張れよ」
 隣のヤツが、ニヤニヤしながら俺の肩を叩いた。