オネエの同級生にスキンケアを叩き込まれています

 昼休みも残り一〇分ほど。
 俺と日向は、母さんが作ってくれたお揃いのおにぎりを食べ終わると、五時限目の英語に間に合わせるため、旭兄のノートをまんま自分のノートに写していた。
 日向は前の席じゃないからと、朝、コンビニで必要なページをコピーして終わった。
 羨ましすぎる!
 あと少しで写し終わるという時、
「七見くん、ちょっといいかな」
 聞き覚えのある声に顔を上げた。
 小学校時代によく遊んだ間庭広之が立っていた。背は俺より少し高くて、人の良さそうな顔をしている。
 中学校三年生の時のクラスメイトでもある。
 俺は隣に座って書き写しを眺めていた日向を見遣った。
 昨日、恋人同士になった俺の彼氏は時計を見ると、「残り、俺が写しておくから」と頷いた。
 間庭もあのカラオケ事件の時、二次会に出ていたが、あとで「知らなかった」と連絡をくれていた。
 警戒する人物じゃないのは確かだ。
 なんの用かわからないけど、俺は「ちょっと行ってくる」と席を立った。


 廊下に出てすぐ、俺は教室に駆けこもうとして失敗した。
 青木に腕を掴まれたからだ。
 まさか、青木が外で待ち伏せてたなんて……。
 昨日の恨みからか、力加減を知らないからか、掴まれた腕が痛い。
 触れられた部分から、ザワザワした拒絶感が広がっていく。
 生温かな青木の体温が気持ち悪くて、手を引っ込めようとするが放してくれない。
「じゃあ僕、手伝ったから帰るね」
 間庭がそそくさと去っていく。
「お前から声をかけてくれるなんて、サンキューな」
 青木が間庭の背に声をかけたが、間庭は振り返らなかった。
「加藤さんが今日、お前のためにカラオケ店で待っててくれるんだってよ。来ないなら、あの動画をお前のクラスにばら撒くぞ」
 青木の息遣いが荒い。
「加藤さんが楽しんだ後、みんなでお前をまわすことになったからさあ。よろしくなあ」
 青木がもう片方の手で、掴んでいる俺の腕を持ち上げ、俺の手の甲を撫でた。
 無理ッ!
 生理的に絶対無理ッ‼
 全身に鳥肌が立つ。
 気持ち悪すぎて、今すぐ手を洗いたい。
 早く日向に消毒してもらわないと、手が腐りそうだ。
 日向っ‼
 俺はギュッ瞼を閉じた。
 心の中で助けを呼ぶ。
 昨日の日向みたいに大声を上げられたらいいけど、あの時の恐怖も蘇ってきて足が竦んで動かない。
「強姦補助未遂に輪姦予定、マジで最悪ねアナタ」
 日向の声がしたと同時に、後ろから力強い腕が俺を抱きしめた。
 見上げれば、日向が
「昨日に続いて言質は取ったわよ!」
 日向が声を張り上げた。
 青木が目を見開くが、俺から手を離さない。
「ワタシの可愛いヌイグルミから手を離しなさい! この強姦補助未遂魔! あと、輪姦予定魔と、ストーカーに、同性愛者で良かったかしら」
 日向のボリュームを絞らない声が廊下に響き渡り、居合わせた人たちがこっちを見た。
 青木が俺から手を放して、キョロキョロとまわりを見遣るが、その顔は強張っていた。
「皆さーん、聞いてください! この男は昨日、他の学校の男も含めて四人で、校門でこの可愛い七見ユウくんを待ち伏せして、連れ去ろうとしました。
 そして今、単独で七見ユウくんに声をかけ、カラオケ店に来るよう強要しましたよーっ。ヤバくないですか。しかも、輪姦予定だそうです。
 三月にこの可愛い七見ユウくんを強姦しようとして失敗し、馬鹿なので失敗動画を自慢げに知り合いに配り、知り合いは知り合いで、強姦予定を知っていてい、未遂になったのを残念がったそうです。
 なんとワタシ、久礼日向はどちらの画像も見ています。そして、昨日の校門連れ去り未遂事件は、このスマホに録画されています。ついで今、輪姦予定発言も録音しました。ワタシってば、なんて優秀‼」
 日向の演説じみた発言に、教室から人が出てきた。
 青木が日向から逃げるように、人だかりに突進していく。
「そこを行くのが強姦未遂に加担した男でーす。この学年にはもう一人、強姦未遂に加担した男と、強姦予定を知っていて笑って放置していた女が三名と男が二名います。名前、聞きたいですかーっ!」
 日向の掛け声に、まわりが「オーッ‼」を声をあげた。響きや顔から、面白がっているのがわかる。
 日向がニンマリと笑った。
 もしかしてこれ、計算してやってる?
「今、ここで録音した以外の証拠を、王子様で有名な七見旭先輩と、女剣士の三木瑞月先輩が、職員室へ提出しに行っています。身に覚えのある人は震えながらセンセーに呼ばれるのを待っててくださいね。
 あと、ここで名前を大声で発表してしまうと、ワタシも呼びだしをくらいますのでゴメンなさいね。でも、今逃げたヤツの名前、知ってる人いるでしょう。この七見ユウちゃんは汚される前に逃げることができましたが、皆さん、他人事じゃないですよーっ。あと、ここで録音した言質は、ワタシが後から追加証拠として提出しまーす。さあ、入学早々、停学者や退学者は出るのか。皆さん、お楽しみに~っ!」
 日向は笑顔でまわりを煽るだけ煽ると、気が済んだとばかりに俺の手を握って教室に戻った。
 日向が握っているのは、さっき俺が撫でられた方の手だ。
 日向が振り返った。
 予鈴が鳴る。
「ゴメンなさいね。ユウは黙っていてほしかったと思うけど、ワタシが我慢出来なかったの」
 日向がポンポンと俺の頭を軽く叩いた。
「旭兄たちも知ってたんだ」
「とっくにね。間庭のことは気にしないで。アレ、仕込みだから」
「仕込み?」
「もう授業が始まるから、詳しいことは後でね。公にしたから、ユウはもうビクビクして生活しなくてもいいわよ。それに、さっきは態と一人で行かせたけど、もう二度と一人で行かせないから。ちゃんと守るからね」
 日向はもう一度俺の頭のポンポン叩いてから、席に戻っていった。


 放課後。
 日向と帰ろうとしたら、旭兄ちゃんたちが教室に入ってきた。
 俺たちより、早くショートホームルームが終わったのかな。
「勇ちゃん、ゴメンね」
 瑞月ちゃんが俺に抱きついてきた。
 俺はそれを抱きとめると、瑞月ちゃんが腕に力を込めてきた。
「勇ちゃんの許可なしに色々暴走しちゃって、後で勇ちゃんと久礼くんも先生から呼びだしがあると思うけど、一人で行かせないからね。これからみんなと始さんも加わって、まだ何も知らないオバサンとオジサンの耳に入る前に説明して、乱闘にならないように頑張るからね」
「ありがとう」
「それとね。勇くんには病院に行って、診断書を貰ってきてほしいの。もちろん、みんなでつきそうわよ。だって……勇ちゃん……」
 涙ぐんだ瑞月ちゃんが、俺の肩に顔を押しつけた。
「泣くな泣くな。泣くのが早いって。瑞月は剣道部があるだろう。昨日は施設点検で休みだったけど、今日は行ってきなさい」
 俺に張りつく瑞月ちゃんを、旭兄が両手で剥がした。
「俺、コイツを部活まで送り届けてから帰るわ」
 瑞月ちゃんが旭兄に背中を押されて、去っていく。何度もこっちを見る瑞月ちゃんに、俺は手を振った。
「俺は放送部に寄ってから行くわ。また後でな」
 啓司くんが手を振って去っていく。
 今のは一体なんだったのだろう。
「みんな、ユウのことが心配なのよ。愛されてるわね」
 日向が俺の肩に手をのせた。


 その日、俺は旭兄と風呂に入る前に、始兄立ち合いの元に鏡に向き合わされた。
 そこで、俺は日向が使った魔法のカラクリを知った。
 明日、母さんと一緒に病院に行くことになった。
 この痣みたいな内出血が消える前に……。