オネエの同級生にスキンケアを叩き込まれています



   《SIDE 久礼日向》


 憑りつかれたように、ユウがボディソープのポンプを押す。
 さっきまで表情豊かだったのが嘘みたいに、ユウの瞳が虚ろになっていく。
 一〇回近くは押しただろうか。
 ボディソープをタオルに少しなじませるが、ソープと水分の分量が全然合っていなくて、泡立たない。
 それを、痣のように鬱血した首回りに当てた。
 そして、同じところを何度も何度も擦り続ける。
「ユウ? 聞こえてる? ユウ、やめなさい。手を止めて。ユウ?」
 俺が肩を掴んで揺らしても、ユウを意識がここにないような無表情で擦るのをやめない。
 ユウに何かが起きてるとわかったのは、脱衣場でだった。
 インナーを脱いだユウの首回りや鎖骨辺りが鬱血して、痣みたいになっているのを見て、言葉を失った。
 体育の着替えでインナーを脱がなかったから、全然気づかなかった。
 よく見れば、腕の内側などに細かい内出血を起こしている箇所があり、その痛々しさに思わず顔を歪めた。
 一方で、胸から下は綺麗で、背中や下半身には鬱血はなかった。
 何より異常だったのは、そんな鬱血がありながら、平然と俺の前で脱いだことだ。
 もしかして、気づいてないんじゃないかと思った。
 脱衣場には洗面所があって、大きな鏡がついている。
 なのに、気づかないことはあるだろうか?
 脱衣場は内側から鍵をかけられるタイプだ。
 そして今、鍵が掛けられている。
 掛けたのは俺じゃない。ユウだ。
 ユウが風呂に向かったのを確認して、ユウのパジャマを確認する。首元までしっかりボタンがかけられる水色のパジャマだった。
 これなら、家族は気づかないかもしれない。
 だとしても、夏は薄着になるし、首回りにゆとりがある服も多い。痣が露出しないのは不可能だろう。
 ということは、痣が出来たのは長袖になる去年の秋以降。
 風呂から上がったら、旭さんに報告して確認しようと決めてから、俺は素早く脱いで、ユウの後を追った。
 ユウに洗顔方法を教えながら気づいたのは、シャワーのところに設置された四角い鏡を、ユウが一度も見ないことだった。
 普通、初めての洗顔なら、泡だらけの顔どんなものか気になったりするだろう。さっぱりしたら、どう違うのか鏡を覗き込みたくなるだろう。
 母親のアシスタントとして、時間があるアイドルや俳優のスキンケアを入念に行う時がある。
 大概の人が、違いを感じると鏡を覗き込んだ。そして、むくみが取れたかや、毛穴の状態などを確認していた。
 もしかしたらと、俺は自分の鎖骨や首回りを道具なしで見ようとした。
 そして、核心に変わった。
 ユウは鏡を意図的なのか無意識かはわからないが、見ていない。だから、首回りや鎖骨辺りの皮膚の状態がわからない。
 そう考えると、眉の手入れを一切していないのも、産毛の処理がされていないのもわかる。
「ユウ、その辺にしなさい。ユウ!」
 俺の怒鳴り声が聞こえていないのだろう。痣部分ばかりを擦り続けるのをやめない。
「いい加減にしろ!!」
 俺は風呂から身を乗りだし、ユウの手首を掴んだ。それでも、擦り続けようとするユウをもう一方の片手で後ろから抱きとめる。
 プログラムされた機械みたいに俺に逆らおうとするユウは、俺でも手を焼くほど力が強い。
「タオルを離せ!!」
 俺の怒鳴り声が遠くまで聞こえたのだろう。
 慌てて入ってきた旭さんと始さんが、浴室の半透明なドアを開けて固まった。
 鍵がタイルに落ちた。
「ユウからタオルを奪ってください!」
 俺の叫びに、始さんが靴下のまま入り、タオルを取りあげた。
 途端、ユウが力尽きたように崩れ込んだ。
「なんだこれ⁉ ヌルヌルすぎるだろ」
 始さんが目を白黒させて、旭さんもそのまま入ってきて、濡れるのを厭わず両膝をついた。
「なんだよ。これ……」
 旭さんの手がユウの痣に触れた。
 瞬間、ユウがその手を払いのけた。
 そして、今目覚めたかのように、見回す。
「なんで、始兄と旭兄がいるの? あれ? 俺、体洗ってたんだけど……なんでタオルがないの? あっ」
 ユウが始さんの持つタオルに手を伸ばした。
「始さん、それ持って逃げて!!」
 俺は両腕でユウを後ろから抱きとめると、
「旭さん、かなり正気に戻ってるみたいですけど、俺がユウを捕まえてるんで、ユウのボディソープをシャワーで洗い流してください」
 俺に言われるまま、旭さんがシャワーをユウに掛けた。
「流し終わったら、ユウを連れてってください。説明は後でするんで、今後は当分ユウを一人で風呂に入れず、体は絶対に洗わせないで、洗ってあげてください」
「流しても流しても泡立ってくる」
 洗面所でタオルを洗っているのだろう。始さんの声が聞こえた。
「話は勇が寝てからでいい。キミは早く風呂から出て、最優先でユウのケアをして。勇は風呂で転んだことにして、待ってる母さんに話すから」
 旭さんが濡れた手で顔を覆った。
「悔しいよなあ。部外者でユウと会って間もないキミが、一番ユウの心を開いて、ユウのためになってる」
 旭さんの声が泣いているように聞こえた。
 顔が濡れてしまってわからないが、本当に泣いているのかもしれない。
「たまたまですよ。皆さんはユウが大切だからこそ見守る判断をして、俺は好きになってもらいたくてズケズケ踏み込んでるだけですから」
 遣る瀬無さに溜め息がでた。