本借りるだけでデートするとかマジですか?

 今朝寝坊して、そのままにしていた掛け布団が床に散乱している。

「ちょ......!ごめん!も"ー、朝の俺っ"」
「......全然ゆっくりで大丈夫だよ」

 母さんに連絡を入れ、賢吾を無事保護して帰ってきた。
 ハイスピードで整えたベッドに賢吾を誘導すると、大人しく布団に丸まってしまった。あれだけの熱があったら、そりゃそうなるよ。カーテンを閉めて、小声で賢吾に一声かける。

「水とか持ってくる。欲しいものあるかぁ?」
「................大丈夫。ありがとう」

 保健室で貰ってきたマスクをつけている賢吾の声は、いつにも増して小さい。俺の家族は全員声が大きいから、ちょっと頑張って聞こうとしないと取りこぼしてしまいそうだ。
 足音に気を使い、階段を降りる。
 冷蔵庫を開けると、母さんが俺のために買ってくれていたみかんゼリーが目に入った。これなら、食べれるかな?
 頭痛薬もあるし、飲めそうなら飲ませるか。お盆なんて洒落たものはないから、大き目の皿に乗せて部屋に戻る。

「賢吾?頭痛薬あるけど飲むか......おっと」

 リビングにいた数分の間だけで眠ってしまっていた賢吾を、起こさないように床に腰を下ろす。顔色を確認のため覗き込むと、カーディガンを着たまま寝ていることに気がついた。暑くないのか??
 そんなことが頭を過ぎったけれど、熱がこの後上がる予兆かもしれない。今はそっとして、課題でもして自然に目が覚めるのを待つとしよう。
 ベッド前にあるローテーブルに課題を広げ、集中力をあげるためイヤホンをはめ込んだ。


※


「うし。おわったー」

 凝り固まった腰や肩をほぐすために伸びをする。節々が呼吸を取り戻していくのが伝わり心地いい。
 後ろを振り向くと、穏やかな寝息を立てた賢吾が、丸まって寝ている。黒く光る前髪が、目元に落ちてきている。

「染めたことないのか......?」

 前髪を軽く手に添わせ、そのまま後頭部までサラリと撫でる。
 目元にかかった前髪が後ろへ行き満足したけれど、まだ手を離せないでいた。ほら、だって、また前髪が落ちてきたら......寝苦しいだろ。
 高校に入って、即金髪にした俺とは違って、賢吾の黒髪は一本一本がしっかりしている。今は茶髪が一番手入れが楽で垢抜けることを知り、一年派手色は入れてないが、それでも染めてるから俺の髪は傷みまくりだ。

「ずっと染めないで欲しいな......」
「......わかった」
「っうわ!?!?」

 つい口から溢れ出た言葉に、まさかの返答があって、飛び上がる。こいつ、いつから起きてた!?!?
 心臓が口から飛び出そうで、何度も胸を撫でる。

「い、いつから起きてた!?」
「......頭撫でられてた辺りから」
「あれは頭撫でてたんじゃなくて、前髪がかかって寝苦しそうだったからで!!」
「あぁ、寝やすかったよ」
「嘘つけ!!」

 まだ少し覇気のない瞳は、笑うためにくしゃっと形を崩した。まぁ、笑えるくらいになったなら良しとしよう。さっき持ってきたけど聞けなかった、水やら頭痛薬やらを差し出そうと立ち上がる。
 すると、服の裾がなにかに引っかかって動きを封じられた。不思議に思って振り返ると、賢吾の手に捕まっていたみたいだ。

「はーなーせー」
「......もうちょっと」
「はぁ......しゃーねーなー」

 ベッド脇に腰掛け、そのまま賢吾の腹の上に背を預けて寝転がる。座っていて凝り固まった背中が心地よく伸びていく。
 病人の上に寝転がるのはどうなのかとも思うが、当の本人はなんだか嬉しそうだ。ほんとに俺のこと好きなんだなー。
 寝返りをうち、賢吾の横に出来ている隙間に寝転ぶ。一瞬驚いた顔をした賢吾だったが、何やらモゾモゾ動いたあと、そっと掛け布団が持ち上がった。

「は、入る?寒くないの......?」
「それ俺の布団なー???さみぃーわ。失礼」
「え、」
「自分から言い出したくせになんだよ。そっち寄れ寄れ」
「あ、あぁ、うん」

 賢吾に開けてもらった隙間に潜り込む。一人で寝てる時よりも暖かい布団は、極上だ。人間湯たんぽとはこのことか。
 暖かさに目を瞑りながら、俺はぽつりと呟いた。

「賢吾はさ、どういう時に人を好きだって確信する?」
「え?んー」
「俺はさ、それが分からないんだよな。いつ好きになってて、いつ好きになりすぎてて、いつ引き返せなくなるのかが分からない」
「そ、そうなんだ」
「うん。賢吾は?」
「ぼ、俺は......」
「......ずっと気になってたけど、一人称ホントは僕??」

 みるみる顔が茹で上がっていく賢吾を、目に焼き付けたいと思ってしまった。
 賢吾はどんな時に顔を赤くするっけ?どうして一人称が、僕なのに俺って言ってるの?どうして俺が好きなの?いつ好きになったの?

「......そう」
「いーじゃん。僕。ギャップ萌えってやつだな」
「俺の方がかっこいい」
「だから、ギャップになんだろぉ」

 あー、ダメだ。俺のカーディガンを着る賢吾が、どんな女の子よりも愛おしく見える。

 全部知りたい。
 知っていたい。
 答えたい。
 応えたい。

 家にあげるんじゃなかった。家知られちゃったじゃん。思考を整理したくて、手のひらを目に当てる。
 深く息を吐く出すと、体の中の重たさが解放されていく気がした。

「だ、大丈夫?」
「うん、聞いたのに止めてごめん。賢吾は、どんな時に好きだって確信する?」
「その話かぁ......俺は――学校では見せない姿を知りたいと思った時......かな」
「なら〜、俺が賢吾はどうして僕って言うのかなって知りたいのは、そういうことなのかな......あ、」

 口を抑えた時にはもう遅かった。
 賢吾の感情がスコンと抜け落ちてしまった表情が全てを物語っている。まずい。病人に何言ってんだ。それに、俺は恋愛は――

「ぼ、おれっ、んー......ぼ、僕の熱下がったら、もう一回あの一年生の女の子から貰った券使ってくれないかな......?」
「あー、デート券?ん?それって......」
「う、うん。デートしたい......」

 熱のせいなのか、緊張してくれているのか、頬が真っピンクに染まる賢吾の目は死ぬほど泳いでいる。
 後者であって欲しいと思うのは、熱を心配する善良な心と認定されるだろうか。それとも、恋愛に怯えているくせに意識はしていて欲しいと願う傲慢な心と認定されるだろうか。

「それっきりでもいい......」
「え?」
「俺の気持ち聞いてくれただけで十分幸せなんだ。だから、あの子に貰った今回で最後でいいから、もう一着だけ私服見て欲しい」

 ベッドの中の熱気が、俺にまで熱を移してくるみたいで体がだるくなってきた。
 賢吾は、どうして俺にそこまでの愛をくれるんだ。俺はそれにどう返せば、台無しにしなくて済む?

「わかった。俺もマシなの着ていく」