本借りるだけでデートするとかマジですか?

「とりあえず、熱測るか」

 保健室に入ってすぐ横にある二人用ソファに賢吾を座らせ、体温計を探す。
 俺が通う高校には、養護教諭が二人いる。丸メガネをつけていつも猫背で物腰柔らかい男性が、笠原っち。黒髪ストレートでハーフアップが定番の知的でクールな女性が、久保っさん。男女共にいる事で、生徒が悩み相談を打ち明けやすくなったり、怪我や体調不良の処置がスムーズだったりする。
 だから、二人同時に保健室を空にする事は今までなかったんだけど、保健室不在票には【会議】と記されていた。多分、四日前の月曜日に起きた、バスケ部の生徒の大怪我に関する会議中だろう。三年が怪我をしたみたいだけど、二年である俺達の元にも噂が流れてきたレベルだ。
 勝手に保健室使っちゃうけど、こっちだって緊急だし許してもらえるだろ。
 ソファでぐでぇと溶けている賢吾に体温計を渡すと、すぐさま服の中へと消えていった。

「そんなに高くないといいけど、結構体熱いな」
「ん、」
「いつから具合悪かったんだ?」
「ぇ〜、んー、朝から?でも、気圧かなって思って」
「あー、土砂降りだもんな」

 カーテンをめくると、地面の砂がドロドロに熟れている。十一月半ばになり、本格的に寒くなってきたし、免疫系による風邪だとは思うけど。
 体温計の電子音が耳を叩き、カーテンから手を離す。
 賢吾から体温計を受け取ると、液晶画面には、"38.5℃"と表示されていた。
 結構高い。

「帰った方がいいかもな......ここから家どんくらい?」
「電車で三駅くらい」
「電車か......お母さんとかお父さんは?」
「今日仕事」
「仕事かぁ」

 家に帰った方が楽だろうけど、この状態で電車はきつくないか?
 腕を組んで唸っていると、複数人が廊下をゲラゲラ笑いながら駆け抜けていく声が聞こえた。その声を目を閉じながら、眉を寄せる賢吾。頭痛いって言ってたっけ。

「親御さんいつ頃仕事終わる?」
「父さんが二十三時くらいで、母さんが二十時くらい」
「遅めなんだなぁ」
「父親がデザイナーで、あ、洋服の。母親が友達のところのケーキ屋で働いてる」
「おぉ、すげぇ」

 体温計を元の場所に戻し、賢吾の目の前にしゃがみこむ。
 強引な手段だとは思うけれど。俺も早退コースだし。

「俺ん家来るか?」
「え?」
「母さんパートから帰んの十四時くらいだし、俺ん家ここから徒歩八分」

 自転車通学が許されないくらい近い距離に家がある。この高校を選んだのも、どれだけ朝寝れるかをモットーに生きる俺が、近い。合格。そう評価したからだった。ほんとにそれだけが判断基準だった。
 とりあえず、今から二時間くらい俺の家で寝てもらって、その後母さんに車で送ってもらおう。
 そういう計画でいるが、賢吾はどうしたいだろう。
 計画を説明し終わると、賢吾は床に目線を落とし、遠慮がちに声を上げた。

「......有難いけど、さっきあんなこと言って、......その、嫌じゃないの?」

 胸が小さな針で刺されたような錯覚を覚える。
 あんなこと......
 気の迷いな訳、ない......よな。
 なんとも言えない空気が俺たち二人の隙間を埋める。気まずさを打ち消したくて、ガシガシ頭を搔いた。
 別に嫌だったわけじゃない。嬉しいかと言われたらまだ分からないけど。

――『ねぇ、さっくん!!私の何がダメなの!?』
『みきちゃんは何も悪くないよ』
『なら、もっと私の事愛してよ!!なんでも知っててよ!!私の事わかってよ!!』
『うん。なんでも知りたいよ。教えて』
『さっくんを愛したのが間違いだった。さっくんは私を愛してくれない。もう恋愛はいいや』

 中二の夏。初めて深く付き合ったみきちゃん。
 なんでも話してくれる子で、過去の会話を覚えてる事が愛情表現になるような子だった。俺は出来る限り覚えようとした。でも、応えきれなかった。


『さくくんは私の事好き?』
『うん。好きだよ』
『嘘だよね。私疲れたよ』
『りのさんの事好きだよ?』
『私恋愛向いてないかも。こんなにしんどいならもうしたくない』

 中三の春。高校一年生の塾が同じだったりのさん。
 りのさんは、言葉とメッセージの即答が愛情表現になる人だった。だから、聞かれたら何度でも好きだと言った。メッセージでなんでも答えた。でも、愛を伝えきれなかった。


『朔也ぁ、ちょっと重い』
『なんで?俺、かんなちゃんのために調べたんだよ』
『いや、怖い怖い』
『これ、愛じゃないの?ちゃんと好きだよ』
『や、やめて欲しいかも。......別れよ』

 中三の冬。明るくフラットな同級生のかんなちゃん。
 今までは女の子をちゃんと愛せてなかったから、今度こそはと少し張り切りすぎてしまった。かんなちゃんが、聞いてきたことはなんでも答えられるようにならないと。かんなちゃんが求める前に好意を伝えないと。
 どんどんどんどん、自分が焦って狂っていくのがわかった。

――結局、かんなちゃんはそのまま一時的に恋愛が怖くなってしまったみたいだった。厳密には俺に怯えていたようにも見えたけど。
 俺を好きになってくれて、それに応えようと振り向くと、どうもみんな不幸になってくんだよな。愛し方が分かっていない。そんな単純な理由じゃないはずだ。きっと向いてない。
 だけど今目の前にいる男は少し特殊だった。あんなに俺への好意に自信がない人は初めてだった。何度も謝って来る人は初めてだった。

「嫌じゃないよ。......まだ、共感は出来ないけど」
「っ......」
「ありがとう。好きって言ってくれて」

 俺を好きになっちゃダメだよ。
 そうは言えなかった。
 返したくなる前に、なんとか距離を置かないとな。
 カーディガンを脱ぎ、賢吾の肩にそっとかける。
 不思議そうに見つめられた瞳が、どうも心臓を掴んで離さない。
 どうしたら、人を好いてもいい人間になれるんだろうか。