本借りるだけでデートするとかマジですか?

「これなに?別の人でも使えんの??」

 廊下に出て早々、問い詰めると賢吾は、硬い真顔をピクリと動かした。
 右足が半歩後ろに下がったことで確信を得た。この券は他人に譲ることも可能だということを。
 視界を遮り、ため息をつく。なんの嘘だったんだ。折れないように、借りた本の中に券を挟み込む。

「なんで嘘ついたんだ?」
「......怒ってるよ、ね?」
「別にまだ怒ってない。回答次第ではぶん殴る」

 イタズラをした子供みたいに指先をいじいじしている賢吾は、分かりやすく俺から視線を逸らした。
 逆に俺は、中々話し出さない分表情から汲み取ってやろうと、賢吾を目で追う。それが良くなかったのか、賢吾の目が徐々に赤くなっていくことに気がついた。

「は......?な、泣いてんのか!?」
「な、泣いてない。かゆい」
「い、いやいや。それは無理あんだろ」
「ほんとにかゆい」
「えぇ〜......」

 あちらを向いてしまった背中が、ゴソゴソと動いている。まずい。泣かすとは思わなかった。
 とにかく今は人が来ないことを願って、辺りを伺うことしかできない。

「へぇ??比嘉どしたん〜?」

 まっっっずい!!!よりにもよって仁科じゃねぇか!?
 半分スキップ混じりの浮くような独特な歩き方と、語尾が伸びるナマケモノみたいな話し方。それだけで仁科だと分かるのだから、あいつは相当キャラが濃い。
 とりあえず、賢吾を泣かせたことに関して穏便に済ませたい。俺は賢吾の前に回り込み、いつも通り頭上で手を振った。

「よ、よぉ。仁科何してんの?」
「お〜朔也じゃん〜。比嘉に隠れて見えなかったぁあ」
「それお前俺にチビって言ってる??」
「いやいや、俺よりは高いからチビとは言ってないですぜぇ?比嘉よりはチビぃ」

 こめかみの血管が切れそうだ。いや、いやいや。今はそんなこと関係ない。
 横目で後ろを見ると、充血した目で瞬きが多くなっている賢吾がいる。
 うわぁ、ほんとに申し訳ない。

「って、比嘉泣いてんのぉ?朔也になんかされた〜?」
「ぁ゚ッ!?」

 思わず、喉から変な声が出た。声帯に空気穴ができたみたいなクソダサい声。
 それを聴き逃してくれるはずもなく、仁科は口に手を添えて清楚に笑う。

「くふふ、何その声え」
「聞き逃せよ」
「無理無理、それで比嘉どうしたの〜?」

 俺を押しのけて、ポケットティッシュを手渡している仁科は、びっくりするくらい比嘉の顔を覗き込んでいる。もう腰から入っている。あんま泣いてるやつのこと、そんなガッツリ見ないだろ。
 すると、我慢の限界が来たのか、賢吾は真顔のまま下瞼で支えていた涙を、地面へと一直線に落とし始めた。
 それには、仁科も狼狽え、俺の後ろに飛んで逃げてくる。盾にすんなよ。
 俺は仁科を背中に連れながら、ゆっくりと腰を低くして、泣いている賢吾に近づいた。

「け、賢吾......?」
「比嘉ぁ、な、何泣いてんのぉ?大丈夫?具合悪いのぉ?」

 普段感情を表に出さない賢吾が、ここまで境界線を作ってこないことに男二人が怯えている。傍から見たらなんとシュールな絵面なんだ。

「朔也くんごめんっ......!券がっ......っ......つ、使えるのに......俺、嘘っ......で、キモいよねっ!っ......俺きもい......うぅ......」

 頭で思ったことを、理性というフィルターすっ飛ばして出してくる賢吾の言葉を、なんとか理解しようと務める。
 だけど、だけど――
 普通に情報が少なすぎて分かんねぇ......!!!
 ただ、自虐してることしか伝わってこない。でも、そんなこと伝えたいわけじゃないはずだ。
 綺麗にアイロンがけされた賢吾の制服の裾が、涙でヘタってどんどん皺を作っていく。

「け、賢吾、言い方キツかったならごめんな?俺ほんとに怒ってないから。キモイとか言わなくていい。てか、言わないでほしいし」
「そうだぞぉ!朔也はたまに何言ってんのか分かんないのに、正論って信じてやまない時に理詰めしてくる時あんだからぁ!」
「仁科うるせぇ!」
「ひぅ......っ......」

 とうとうしゃくり始めた賢吾の姿に、俺の戸惑いまくった頭がフル回転する。
 泣かせたのは俺だけど、このままここにいたら、賢吾の泣き顔見る人が増える。それだけは避けてやりたい。
 賢吾を第二校舎の空き教室へ誘導するため、背中に手を当てた。
 お、基礎体温高いな。

「賢吾、とりあえずあっちい――」
「僕っ、朔也くんがすき......なんだ......っ、ッ......」

 この世の音全てが消えた気がした。
 賢吾の息遣いも、自分の心音も、遠くで聴こえる生徒の声も、何もかも。
 俺と同じタイミングで同じ顔をしている仁科が、一瞬止まった息を生きるために吐き出した。

「わ、わぁお」
「仁科、一旦学校の奴らには黙っててくれ」
「わかってるよぉ」

 俺の目を見て頷く仁科からは、口だけではない事がはっきりと見て取れた。こういう時の仁科は、本当に言わないから信頼している。

「好きなんだ......ほんとにすきでっ......だからっ......だからッ、」
「わかったから。わかってる」

 何も分からない。何も理解できてない。
 なのに、目の前で必死に何も悪くないのに、まるで罪であるかのような口ぶりで縋ってくるから、嘘でも受け入れた素振りをしてやりたくなった。
 無責任なことなのかもしれないけれど、今の俺にはこんな事しかできない。

「あぁ!カーズーまた来たの!?私のチェキ何枚貯まったよ?ん〜??」
「早柚ちゃん〜今八枚家にあるよぉ」
「デート券まであとちょっとじゃん!!本読む習慣はいいことだ〜!!」
「だよねぇ〜。最近俺頭良くなってきた気がするよ」
「まじ!?今日何借りてくの?」

 何も知らない早柚ちゃんが図書室から、仁科を手招きしている。
 独特なスキップで吸い寄せられて行った仁科に手を振ると、早柚ちゃんから腕に抱きついてくれたらしく、幸せそうな笑顔を向けられた。あいつが本読んでっとこ見たことないぞ。
 静かになった廊下には、泣き疲れたのか呼吸が乱れた賢吾の呼吸音が響いている。
 俺は背中を擦りながら、顔を覗き込んだ。

「落ち着いたか?」
「ん......んん、」
「お?まだかかりそうか......ほんとごめんな」
「ちがう......あたまいたい」
「へ?......へ!?」

 よく見ると頬がリンゴ見たく赤い。ふと、背中に触れる手に伝わる温かさへ意識を向けた。
 基礎体温じゃなくて、、、。

「賢吾、お前具合悪い??」
「ん〜......分からないけど、ふわふわする」
「はい。熱確だわ。保健室行くぞ」

 状況を理解し、とぼとぼ歩き出した賢吾の肩を支えながら、ペースを合わせる。
 賢吾の心配をしたいのに、さっきの言葉が宙を舞っていて気が散ってしまう。
 きっと、熱が出たことによる気の迷いだ。体調悪いと人肌恋しいとかあんじゃん。そういう分類の話。


※


 賢吾を連れて保健室に来てみたはいいものの、出入口には保健室不在票がかけられていた。

「うっわ。笠原っちも久保っさんもいねぇ」