本借りるだけでデートするとかマジですか?

 あいつの態度にHPが削られ、回復の為に突っ伏していると、マイペースな友人・仁科和成(にしなかずなり)の声が降り注いできた。

「んへ?朔也〜?」
「んー?」
「どしたん?腹痛?」
「ちがう」
「ん〜、んじゃ、失恋」
「残念」
「え〜、早柚ちゃんにおっぱい攻撃食らった」
「ちがう。仮に食らったとしてなんでこうなんだよ」
「朔也童貞だから」

 常こんな会話しかしていない。ちなみにお前も童貞だろぉが。仁科。
 いつもより反応が鈍い俺に面白みがないのか、必要以上に顔を覗かせてくる。

「わかったぁ〜、本借りまくって比嘉とデートになったんだ」
「......ビンゴォ」
「うぉ、まじか」

 突如、マジトーンになった仁科が、興味ありげに鼻息を飛ばしながら前席に跨った。そこお前の席じゃないけどな。
 我が物顔で座り込む仁科に、例のチケットを揺すって見せる。すると化石でも見つけたみたいに、目を輝かせた仁科がチケットを分捕ってきた。

「ふぉ〜俺初めて見たこれ」
「俺もだよ。まじいらねぇ」
「てかさ、これデート行ったら掲示板に貼る用の写真撮って来いって言われるらしいよ」
「......も、いいって......次から次にめんどくせぇ情報入れんなよ」

 男二人のデート写真を掲示板に??絶対、オークション始まんじゃん。未来の自分を想像して、身震いする。全身の毛穴が逆立っている気分だ。
 あ〜、出来ることなら行きたくねぇ。


※


「あ、さく......安達く......安達さん」
「いいよ。朔也で」
「じゃあ、朔也くん」

 結局来てしまった。
 昨日までマジで行く気なかったのに、比嘉が待ち合わせ場所で一人立ち尽くす姿が夢に出てきて、居た堪れない気持ちになり、気が付くと俺は全身鏡の前に立っていた。
 比嘉に促されデート券を手渡すと、忙しなくバッグから取り出したファイルに片している。

「え?そんな厳重にすんの?」
「うん。長浜さんに返さなきゃいけないんです」
「は、え?使い回し?」
「はい」
「なんだよ!!ま、まぁ確かに一回目は頑張ってんだろうけど、使い回しかよ。てか、良かった......折ったりしてなくて」

 教室でもあまり話したことない比嘉と何話せばいいのか分からず、余計な口ばかり動いてしまう。そんな俺をただ一直線に眺めてくるこいつはやっぱり何を考えてんのか分かんねぇ。
 気まずくて視線を下げると、比嘉の私服が目に入った。制服姿のノベッとした雰囲気が脳内にこびり付いていたが、私服はモノトーンでスッキリ統一されている。
 ゆとりのある大ぶりなジーンズに、清楚な白いオーバーサイズシャツ。その上から、黒の革ジャンを羽織っている。
 はっきり言ってセンスがいい。

「服かっこいいな〜」
「あぁ、何着たらいいか分からなくて、とりあえずクローゼットからマシなの引っ張って来ました」
「てかさ、同いなんだし敬語いらない。俺そもそも使ってねぇし」
「あ、ありがとう......?」

 疑問形で感謝を述べてきた比嘉に、思わず吹き出す。
 すると、せっかくセットしている前髪を乱雑に、弄りそうになった比嘉の動きに気が付き、迷わず制止しのため腕を掴んだ。
 咄嗟の行動だったにせよ、俺も比嘉も飛び上がり一歩後ろに下がった。

「ご、ごめん!セットしてる髪崩れっぞ」
「あ、あぁ、そうだよね。こちらこそごめん」

 何とも言えない重苦しい空気に耐えかね、比嘉とは反対側を向く。
 何を話せばこの空気から脱却出来る!?
 顎に手を当て、人差し指で下唇を撫でる。
 そうだ。距離を縮めるにはお互いが下の名前で呼び合うところからだよな!
 俺は比嘉の方へ向き直り、出来る限りの笑顔を貼り付けた。

「比嘉の事、賢吾って呼んでいい?俺の事下で呼んでくれるみたいだし!」
「ッ、あ、うん。好きに呼んでくれたら嬉しい」

 こんなことでは縮まるはずもなく、ショルダーバッグの肩掛けを握り締め後ずさる賢吾に、幸先の悪さをひしひしと痛感した。


※


「あー!まじだ!こうすると着せられてる感ねぇのな」
「そう。ここに太いベルト着けても......ほら。いいよ」
「ほんとだ。これ買うわ。サンキュー」

 煌びやかなライトに照らされ、マネキンが格の違いを見せつけてくるここは、モノトーンを主に扱っているメンズ服屋。賢吾の行きつけだという。
 高校生のバイト代では少々苦しいところはあるが、かっこいい店を教えて貰えてちょーありがたい。
 学校内で見ていた賢吾は、無口で、図書室の受付で本を捲っている、人を寄せつけない奴だった。なのに、今こうして外で会ってみると、美容に敏感で案外口数が多い。んで、結構口が上手い。俺が女子なら惚れてるね。
 一時はどうなる事やらと思った今日だが、本当は本屋カフェに行く予定だった。本読ながらだったら暇が潰れるかな、という作戦だ。
 だけど、賢吾の私服への想いが俺にドンピシャで伝わってきて(賢吾は何も言ってきてないけど、俺が勝手にかっけぇって思った)、その上、近くで買ったなんて言うから連れてきてもらった。
 入店して、早二時間。

「ごめんな......!めっちゃ試着しちゃった」
「全然。俺も楽しかった」
「そーかぁ??ならいいんだけど」
「あのさ、これも着てみて欲しい」

 似合うと念押しされたグレーのカーディガンを持って、俺は再び試着室へと吸い込まれていく。カゴに沢山入れているからか、定員さんも嫌な顔せず案内してくれた。
 軽い生地感なのに、暖かそうで、何よりチクチクしない。そんな触り心地を着る前から感じて、胸の高鳴りが収まらない。ワクワクしながらゆっくりと腕に通していく。

「賢吾!!来い!!来い!!!」
「っ......!はい」
「見て!可愛くね?これ制服の上からどうよ??」
「お、いいと思う。可愛い」

 賢吾の目尻が分かりやすく下がった。その顔で俺と服を交互に見やり、満足そうに頷いた後、目が合って勢いよく逸らされる。
 もう、目は合ってないはずなのに、まだ見られているような緊張感が俺をくすぐる。
 え、なにこれ。
 心臓が喉まで上がってきてるみたいに、大きく波打っている。
 忘れそうになっていたけど、可愛いって言ったのも、俺が聞いたからだ。そもそも賢吾が持ってきた服だったし、きっと相当気に入ったカーディガンだったんだろう。

「これ、気に入ったの?俺買うのやめよっか?賢吾が着たくね?」
「いや、朔也くんに似合うと思っただけだから」

 ......服が、服が可愛いんだ。
 カーディガンで籠った熱が、身体中にまとわりついて息苦しい。
 頬まで暑くなってきて、急いでカーディガンを脱いだ。
 値段をみると、八千円もしていて、他の服を買うから買えないなぁなんて自分に言い聞かせた。
 だって、こんなもの着ちゃったら――。

「似合ってたし俺買う、それ。これから寒くなるし、制服の上から着てよ。あ......迷惑じゃ無ければ」

 もうノベッとした雰囲気のお前を忘れてしまう気がする。