『最近、ジャンルの幅広がりましたね......』
『え?』
『す、すみません。今まで、末広先生しか借りてなかったから』
『あぁ、読書に興味出てきて』
『そうなんですね。いいですよね。読書って、別空間に行けるから』
『は、はぁ......』
『ひ、引き止めてすみません。どうぞ』
『ども』
多分賢吾は、俺がモテるために本を借りていたことを知っている唯一の生徒だと思う。厳密に言えば、根本はバレてないと思うが、取っ掛りが本に関心がなかったことは勘づかれていたように思う。
一年の夏頃までは何となく本を借りてて、読まず返していたこともあった。
『うわぁ、活字キツ......この漢字習ったっけ......?んー、やべ、中二の範囲だ』
そんな俺が本にハマりだしたきっかけは、実は賢吾だった。
図書委員おすすめコーナーが造設されているうちの高校は、そのスペースが手書きのポスターで彩られている。結構目立つところに置いてあって、当時の俺はそこから読みやすそうな本(短編集とか、とにかく頭を使わなくても入ってくるやつ)を手に取り、カバンにほりこんで"読書しちゃうんですぜ俺☆"を演出していた。
でも、あれは、ほんの何気ない日常に過ぎなかったように思う。
いつものように返却ボックスに返し、新しい本を借りようとおすすめコーナーを散策していた時、名前と似つかわしくない字が視界に飛び込んできた。
《読書習慣がない方にぜひ読んで頂きたい長編作品です。長編への苦手意識が飛んでいくほど、世界に没頭できます。"比嘉賢吾"》
《愛することは時に苦しく全てを手放せてしまう威力がある。そんな魅力を一番に伝えてくれる作品です。"比嘉賢吾"》
《【伝えられない想いを抱いている】。恋をしている方、失恋した方、成就した方。愛に愛おしさを感じている方に読んでもらいたいです。"比嘉賢吾"》
名前と似つかわしくないと思ったのは、丸字なところだった。賢吾なんてかっけぇ名前で、随分と可愛らしい字を書くななんて数分眺めていた。
そんな時――
『比嘉くーん、こっちの本の移動手伝ってくれない?』
『わかりました』
『まじ助かる〜ありがとうねぇ』
受付からぬぼっと立ち上がった異常に足の長い男。俺の中で比嘉賢吾が、顔と名前で一致した瞬間だった。
それと同時に、ポスターの内容に猛烈に惹かれていった。あんな人との関わりを極限まで遠ざけていそうな、無表情男が、"人を愛する"ことに重きを置いているように見えなかったからだ。
(え、借りてみようかな......)
手に取った本はずっしりと重量があって、俺が今まで持っていたものより、何倍も分厚かった。
なのに俺は、その本を読み切るまで片時も目を逸らすことはしなかった。初めて読み切れたのだ。
その瞬間は泣いていた。
漢字も分からないものは躊躇なく調べ、読む行を飛ばした時はしっかり戻り、忘れないように付箋も挟んだ。本にここまでの愛着を持ったのも初めてだった。
『っ......ひぐっ......っ、』
【伝えられない想いを抱いている】に登場する主人公は、愛を愛して、愛に臆病な女の子だった。好きな人のためにオシャレをして、好きな人のために苦手を克服したいと願うそんな健気な女の子。だが、そんな女の子にも、恐れていることがあった。
人を愛するということ。
何を言っているか分からないだろう。これは、自分の中で留めている愛の蓋を、今開いてしまったらきっと相手は溺れてしまう。だから、少しだけ潮が引いたら開けよう。そうしているうちにも、どんどんどんどん愛が膨らんで、伝えないことの方が愛なんじゃないかと葛藤する話。この中に出てくるキャラは皆、極限まで愛を愛おしく思っている人達ばかりだった。
初めて読み切った本を抱いて俺は、死角になっている図書室の席で、声を殺して泣いた。鼻も喉も擦り切れるほど痛かった。愛で人を怖がらせることなんて思っている以上に簡単なことだって知ってたから。
そうして泣いている俺に、唯一声をかけてきた男がいた。
『だ、大丈夫??あ、一組の』
『え、っ......』
『あ、長浜さんと同じクラス......でしたよね?毎日話題に上がってるので......』
でかい図体をこれでもかと曲げて、気遣いを見せてくるのに、表情はこれっぽっちも変わらない。低くて地鳴りする声は、図書室で聞くにはちょうど良くて、むしろ良すぎて聞き逃しちゃう不快感のない音だ。
『良かったらこれ、あ、持ってますか......?』
『持ってきてない。ありがとう』
手渡されたシワひとつないハンカチは、賢吾の性格を現しているみたいだった。
涙を拭き始めると、賢吾は会釈して図書委員の業務をしにその場を気だるげに離れていった。
満足するまで浸って、泣いて、ようやく気持ちが切り替えられた時、受付に向かった。
『この本、すげぇ良かったです』
『ぇ、......良かったです。その先生の作品読みやすいんで他も読んでみてください。あ、ハンカチもらいます』
『洗濯してから返す』
『もう全然!お気遣いなく......』
『じゃあ、助かりました』
すぐに顔を逸らしてしまう賢吾に、軽く感謝を告げて、その日は図書室を後にした。
図書室に通いつめて一年弱が経過した、二年の春。
新学期早々、余計な企画が定番化された。
【読書スタンプカードチェキ会】
ただ静かに本を読んでいたいだけなのに、なんで有名人でも作家でもない学校の奴らとチェキ撮らねぇといけねぇんだよ。そう思ってはいたけど、だからといって本を読むペースが落ちることもなく、スタンプが溜まっていってしまった。
早柚ちゃんと陽菜乃ちゃんの奇声が巻き起こったあと、トントン拍子にチェキ担とやらを選ばされ、ただ目の前に居ただけの賢吾を指さした。賢吾が動くと早柚ちゃんが隣でギャーギャー言ってて、その反応が楽しかった反面、チェキ撮るっつってんのに表情筋を動かすことなくピースだけ業務的にこなす賢吾にも面白くなった。
表情を崩さないやつが何回指名したら、戸惑うのか。知りたくなった。
まぁ、そしたらデートだのなんだの面倒なことになって、結果恋人になったわけだけど――。
無表情の賢吾を思い出すと、ココ最近どれだけ賢吾が表情豊かだったかを思い出す。ただ、体力温存とかならいいんだけどさ。ほら、体でかいと消費激しそうじゃん。
目の前で着信音を眺める賢吾を、眉が寄っていくのを感じながら見つめる。
「切って」
「ん?」
「電話切って」
「え、あ、ごめんね。......切った。うるさかったよね。出るならまだしも」
「別にうるさくはなかった。賢吾が嫌そうだったから、俺といる時くらい無視でいいんじゃね?って思っただけ」
あ"ー、愛想ねぇな〜。もっと寄り添うとかあったろ。女の子にはできんのに、賢吾相手になるとどーも付き合いたい男No.1にすらなれてないみたいでイライラする。一応こっちにもプライドってのがあんだわ。
頭をガシガシ搔いて賢吾を見ると、お菓子を与えられたわんこみたいに目を輝かせていた。何に??
ソワソワしてしまいそうな手を固く握って耐える。
賢吾は、さっきまでの無表情を無かったことにしたみたいで、頬を丸くしていく。
「そうだね、ありがとう。朔也くんの前では朔也くん以外見ないようにするねっ」
「あ"!?そうじゃな......それでいこう」
賢吾の電話相手は正直気になるけど、俺にも言えてないことあるし、お互いゆっくりでいい。
立ち上がろうと地面に手を着く前に、先回りして賢吾に手を差し出され、有難く受け取る。
制服についた砂を払うため視線を外す。想像では手も賢吾から離れてるはずなのに、どうも動かない。
ゆっくり目線を賢吾に移し見てると、一本一本恋人繋ぎに変えていってるのが目に入った。目が飛び出るかと思った。
「道端で何してんだ!」
「どうせ誰もいないよ」
「そういう問題じゃない!」
手をブンブン振り回しても賢吾の体格に比例する握力じゃ到底勝てっこない。
策を考えるため目を閉じた。力で勝てないなら頭脳で勝つまでだ。いや、頭脳も賢吾の方が上じゃないか......?
頭の中で小さい賢吾が沢山出てきて俺を取り囲ってくる幻想が見える。辞めてくれ。
相変わらず手を離さない賢吾を睨みつける。
そんな俺に臆することなく、幸せそうに目尻を下げる賢吾に、もう負けを認めるしかないと腹を括る。
諦めて前に進もうと一歩踏み出したその時。
――ちゅ
額に、熱を感じて、そこから全身に血液を張り巡らせていく。ぶわっと何かが溢れ出そうな高揚感に包まれ、状況を受け入れることに時間がかかる。
触れ合っているはずの手のひらから、賢吾の熱を感じなくなって、確認してみるけれど繋いだままだ。
「朔也くん手熱いね」
......熱が無くなったんじゃない。俺の熱が賢吾の熱を上回ったんだ。その現実を受け入れたくなくて、とりあえず口を噤む。
何も言い返してこないと思ったのか、ニヤニヤしながら顔を覗き込んでくる賢吾に、どんな顔をしたらいいのか分からない。
「可愛い。好きだよ。顔見せてよ」
「......むーりー!!!」
「あ!手離すのは無しっ!!待って!!」
「追いついてみろぉ!!」
「ちょっ、病み上がりなんだから手加減して......!」
ちょっと危うかったけど、主導権なんて譲ってやるもんか。
『え?』
『す、すみません。今まで、末広先生しか借りてなかったから』
『あぁ、読書に興味出てきて』
『そうなんですね。いいですよね。読書って、別空間に行けるから』
『は、はぁ......』
『ひ、引き止めてすみません。どうぞ』
『ども』
多分賢吾は、俺がモテるために本を借りていたことを知っている唯一の生徒だと思う。厳密に言えば、根本はバレてないと思うが、取っ掛りが本に関心がなかったことは勘づかれていたように思う。
一年の夏頃までは何となく本を借りてて、読まず返していたこともあった。
『うわぁ、活字キツ......この漢字習ったっけ......?んー、やべ、中二の範囲だ』
そんな俺が本にハマりだしたきっかけは、実は賢吾だった。
図書委員おすすめコーナーが造設されているうちの高校は、そのスペースが手書きのポスターで彩られている。結構目立つところに置いてあって、当時の俺はそこから読みやすそうな本(短編集とか、とにかく頭を使わなくても入ってくるやつ)を手に取り、カバンにほりこんで"読書しちゃうんですぜ俺☆"を演出していた。
でも、あれは、ほんの何気ない日常に過ぎなかったように思う。
いつものように返却ボックスに返し、新しい本を借りようとおすすめコーナーを散策していた時、名前と似つかわしくない字が視界に飛び込んできた。
《読書習慣がない方にぜひ読んで頂きたい長編作品です。長編への苦手意識が飛んでいくほど、世界に没頭できます。"比嘉賢吾"》
《愛することは時に苦しく全てを手放せてしまう威力がある。そんな魅力を一番に伝えてくれる作品です。"比嘉賢吾"》
《【伝えられない想いを抱いている】。恋をしている方、失恋した方、成就した方。愛に愛おしさを感じている方に読んでもらいたいです。"比嘉賢吾"》
名前と似つかわしくないと思ったのは、丸字なところだった。賢吾なんてかっけぇ名前で、随分と可愛らしい字を書くななんて数分眺めていた。
そんな時――
『比嘉くーん、こっちの本の移動手伝ってくれない?』
『わかりました』
『まじ助かる〜ありがとうねぇ』
受付からぬぼっと立ち上がった異常に足の長い男。俺の中で比嘉賢吾が、顔と名前で一致した瞬間だった。
それと同時に、ポスターの内容に猛烈に惹かれていった。あんな人との関わりを極限まで遠ざけていそうな、無表情男が、"人を愛する"ことに重きを置いているように見えなかったからだ。
(え、借りてみようかな......)
手に取った本はずっしりと重量があって、俺が今まで持っていたものより、何倍も分厚かった。
なのに俺は、その本を読み切るまで片時も目を逸らすことはしなかった。初めて読み切れたのだ。
その瞬間は泣いていた。
漢字も分からないものは躊躇なく調べ、読む行を飛ばした時はしっかり戻り、忘れないように付箋も挟んだ。本にここまでの愛着を持ったのも初めてだった。
『っ......ひぐっ......っ、』
【伝えられない想いを抱いている】に登場する主人公は、愛を愛して、愛に臆病な女の子だった。好きな人のためにオシャレをして、好きな人のために苦手を克服したいと願うそんな健気な女の子。だが、そんな女の子にも、恐れていることがあった。
人を愛するということ。
何を言っているか分からないだろう。これは、自分の中で留めている愛の蓋を、今開いてしまったらきっと相手は溺れてしまう。だから、少しだけ潮が引いたら開けよう。そうしているうちにも、どんどんどんどん愛が膨らんで、伝えないことの方が愛なんじゃないかと葛藤する話。この中に出てくるキャラは皆、極限まで愛を愛おしく思っている人達ばかりだった。
初めて読み切った本を抱いて俺は、死角になっている図書室の席で、声を殺して泣いた。鼻も喉も擦り切れるほど痛かった。愛で人を怖がらせることなんて思っている以上に簡単なことだって知ってたから。
そうして泣いている俺に、唯一声をかけてきた男がいた。
『だ、大丈夫??あ、一組の』
『え、っ......』
『あ、長浜さんと同じクラス......でしたよね?毎日話題に上がってるので......』
でかい図体をこれでもかと曲げて、気遣いを見せてくるのに、表情はこれっぽっちも変わらない。低くて地鳴りする声は、図書室で聞くにはちょうど良くて、むしろ良すぎて聞き逃しちゃう不快感のない音だ。
『良かったらこれ、あ、持ってますか......?』
『持ってきてない。ありがとう』
手渡されたシワひとつないハンカチは、賢吾の性格を現しているみたいだった。
涙を拭き始めると、賢吾は会釈して図書委員の業務をしにその場を気だるげに離れていった。
満足するまで浸って、泣いて、ようやく気持ちが切り替えられた時、受付に向かった。
『この本、すげぇ良かったです』
『ぇ、......良かったです。その先生の作品読みやすいんで他も読んでみてください。あ、ハンカチもらいます』
『洗濯してから返す』
『もう全然!お気遣いなく......』
『じゃあ、助かりました』
すぐに顔を逸らしてしまう賢吾に、軽く感謝を告げて、その日は図書室を後にした。
図書室に通いつめて一年弱が経過した、二年の春。
新学期早々、余計な企画が定番化された。
【読書スタンプカードチェキ会】
ただ静かに本を読んでいたいだけなのに、なんで有名人でも作家でもない学校の奴らとチェキ撮らねぇといけねぇんだよ。そう思ってはいたけど、だからといって本を読むペースが落ちることもなく、スタンプが溜まっていってしまった。
早柚ちゃんと陽菜乃ちゃんの奇声が巻き起こったあと、トントン拍子にチェキ担とやらを選ばされ、ただ目の前に居ただけの賢吾を指さした。賢吾が動くと早柚ちゃんが隣でギャーギャー言ってて、その反応が楽しかった反面、チェキ撮るっつってんのに表情筋を動かすことなくピースだけ業務的にこなす賢吾にも面白くなった。
表情を崩さないやつが何回指名したら、戸惑うのか。知りたくなった。
まぁ、そしたらデートだのなんだの面倒なことになって、結果恋人になったわけだけど――。
無表情の賢吾を思い出すと、ココ最近どれだけ賢吾が表情豊かだったかを思い出す。ただ、体力温存とかならいいんだけどさ。ほら、体でかいと消費激しそうじゃん。
目の前で着信音を眺める賢吾を、眉が寄っていくのを感じながら見つめる。
「切って」
「ん?」
「電話切って」
「え、あ、ごめんね。......切った。うるさかったよね。出るならまだしも」
「別にうるさくはなかった。賢吾が嫌そうだったから、俺といる時くらい無視でいいんじゃね?って思っただけ」
あ"ー、愛想ねぇな〜。もっと寄り添うとかあったろ。女の子にはできんのに、賢吾相手になるとどーも付き合いたい男No.1にすらなれてないみたいでイライラする。一応こっちにもプライドってのがあんだわ。
頭をガシガシ搔いて賢吾を見ると、お菓子を与えられたわんこみたいに目を輝かせていた。何に??
ソワソワしてしまいそうな手を固く握って耐える。
賢吾は、さっきまでの無表情を無かったことにしたみたいで、頬を丸くしていく。
「そうだね、ありがとう。朔也くんの前では朔也くん以外見ないようにするねっ」
「あ"!?そうじゃな......それでいこう」
賢吾の電話相手は正直気になるけど、俺にも言えてないことあるし、お互いゆっくりでいい。
立ち上がろうと地面に手を着く前に、先回りして賢吾に手を差し出され、有難く受け取る。
制服についた砂を払うため視線を外す。想像では手も賢吾から離れてるはずなのに、どうも動かない。
ゆっくり目線を賢吾に移し見てると、一本一本恋人繋ぎに変えていってるのが目に入った。目が飛び出るかと思った。
「道端で何してんだ!」
「どうせ誰もいないよ」
「そういう問題じゃない!」
手をブンブン振り回しても賢吾の体格に比例する握力じゃ到底勝てっこない。
策を考えるため目を閉じた。力で勝てないなら頭脳で勝つまでだ。いや、頭脳も賢吾の方が上じゃないか......?
頭の中で小さい賢吾が沢山出てきて俺を取り囲ってくる幻想が見える。辞めてくれ。
相変わらず手を離さない賢吾を睨みつける。
そんな俺に臆することなく、幸せそうに目尻を下げる賢吾に、もう負けを認めるしかないと腹を括る。
諦めて前に進もうと一歩踏み出したその時。
――ちゅ
額に、熱を感じて、そこから全身に血液を張り巡らせていく。ぶわっと何かが溢れ出そうな高揚感に包まれ、状況を受け入れることに時間がかかる。
触れ合っているはずの手のひらから、賢吾の熱を感じなくなって、確認してみるけれど繋いだままだ。
「朔也くん手熱いね」
......熱が無くなったんじゃない。俺の熱が賢吾の熱を上回ったんだ。その現実を受け入れたくなくて、とりあえず口を噤む。
何も言い返してこないと思ったのか、ニヤニヤしながら顔を覗き込んでくる賢吾に、どんな顔をしたらいいのか分からない。
「可愛い。好きだよ。顔見せてよ」
「......むーりー!!!」
「あ!手離すのは無しっ!!待って!!」
「追いついてみろぉ!!」
「ちょっ、病み上がりなんだから手加減して......!」
ちょっと危うかったけど、主導権なんて譲ってやるもんか。
