気まずそうにバッグの紐をギューギューに握りしめている賢吾を見つめる。
後......二分、足を動かさないでくれ。
手のひらをぎゅっと握りしめる。
こんな事思うとか俺どうかしてんな。
「と、突然家とかどうした?」
「......週末のお礼がしたくて。看病、助かったから」
「あぁ、そんなのいいのに」
「...........ん"ー、朔也くんの前だと吐かなくていい嘘吐いちゃうな」
「え?」
「家に呼びたいから、それをこう何とか、口実にならないかな......?と思いました」
眉を下げて変わらず気まずそうに頬を掻く賢吾に、俺も不格好に右口角をあげた。
ポケットからスマホを取り出し時刻を確認する。
《8:30》
あ、
――キーンコーンカーンコーン
少し先にある高校から微かにチャイム音が、聞こえてきた。
その音に反応した賢吾が慌てた様子で俺の手首を掴んでくるから、思いっきり全体重を後ろにかけてやった。進みたかった方向と逆に力がかかった賢吾が、案の定俺目掛けて重心を崩す。
せめてもの思いで、右足を一歩後ろに出し、力を入れる。
「ちょっ......!さくっ、」
目を見開き焦った顔がわかりやすい賢吾に、巻き込まれるみたいに、体が後ろに倒れていく。痛っ......――くない。
ゆっくり目を開くと、地面に片手を付いて、もう片方の手を俺の頭の下に入れて不安そうに眉を歪める賢吾が上にいた。
「賢吾、だいじょ――」
「朔也くん大丈夫!?怪我してない!?この角度的に腰打ってない!?」
絶対自分の手の方が痛いのに、真っ先に俺の心配をしてくる。その事に、酷く不安になる。
あぁ......そうか。愛されすぎて怖いとか、大事にされすぎて不安とか、そんなの物語の中だけだと思ってた。もっと美しいもので、愛おしいものだと思ってたのに。
現実は、胸が張り裂けそうな程苦しくて仕方がない。
それが恋って言うなら、俺、――《賢吾が好きなんだ》。
「俺は大丈夫。それより手、大丈夫か?ごめんな。引っ張ったりして」
「僕は大丈夫だよ......!朔也くんに怪我がなくて良かった」
「ん、ありがとう」
「ううん。ほら、学校行こう」
「......俺も吐かなくていい嘘吐きたくないから、はっきり言っていい?」
「え、うん」
「チャイム鳴ったし今行ったら怒られる。賢吾の手も冷やした方がいいし。......この二つ、賢吾の家行くの早める口実に使っていいか......?」
もう引き返せない。口から出た言葉も無かったことには出来ない。
手が俺の意志とは関係なく、震えて仕方がない。人を愛することはもう怖くて怖くて、でも、こんなに愛してもらってて、受け入れてしまっているのに、俺からは返さないなんて。そっちの方が怖くて仕方ない。
「チャイム鳴るの待ってた。鳴った時、もしかしたら賢吾も立ち止まってくれるかもって思った。でも、案の定走ろうとするからムカついて引き止めた。可愛い女の子ならここで可愛くか弱く連れてかれるんだろうけど、俺男だし、見ての通りデケェ賢吾倒すくらい力あるし、それに――」
カーディガンよりも、甘くて石鹸みたいな香りが強くて、安心する温かさが俺に勢いよく抱きついてきた。
チャイムの音なんてもうとっくに俺たちを置き去りにして、今日という1日だけ、居ないものとして扱ってくる。学校ズル休みして、道端で尻もちつきながら男二人で抱き合ってる。なぁにやってんだか。
きっと体の震えは、賢吾に伝わってる。クソダサいな。俺。
やっぱり【付き合いたい男No.1】よりも【結婚したい男No.1】の方がかっけぇか。
首にきつく巻き付く賢吾の腕をペシペシ叩くけれど、一向に動く気配がない。
「なぁ、けんごぉ」
「......震えてる。寒いよね!?家戻る??朔也くんの家すぐ後ろだよ!!!」
「は?」
「温めてあげたいけど、僕の体温じゃまだ無理かな......」
「あ、いや」
「あっ!嫌!?ご、ごめん!」
「嫌じゃない!!ん"もぉ"ー!!!」
今の雰囲気でなんで伝わんねぇんだよ!!!俺自分だけなんかしんみりしててそっちの方がだせぇじゃねぇか!!!!
未だ、単純に俺が凍えてると思って温める為だけにハグしてくる賢吾に、軽い殺意が湧いてくる。これも賢吾なりの愛なんだろうけど。なら、俺なりの愛を返すか。
賢吾と俺で愛が重くて怖くなる側はきっと俺なんだ。......なら、俺が壊してしまうことはない。
「賢吾」
「ん!大丈夫!?カーディガン着る?」
「いいから、顔見して」
「顔?はいっ」
凛々しい眉に、切れ長なのに優しい目。しっかり通った鼻筋。
今思えば俺の中には、賢吾の目元の印象が強く残っている。
唇は、スっと薄く上唇の方が厚い。乾燥はひとつもなくて、確か俺の後ろに回ってる手もささくれがなかったように思う。手入れしてんだな。
自分の唇に触れると、少し硬くなっていて手入れの差をひしひしと感じる。
「......萎えんなよ?」
「萎える?萎えないよ?何に?」
俺は賢吾の制服のネクタイを引っ張り、自分の唇を賢吾の唇に当てた。想像通り賢吾の唇には、リップクリームが塗られていて、少しだけ俺の唇も潤った気がした。
目が合った賢吾の表情は、今にものっぺらぼうになりそうな程、顔面蒼白になっている。一々リアクションがでかいヤツ。
図書委員のふざけた券がなかったら、賢吾がここまで感情を出す奴ってことに気が付かなかった。
俺は少しだけ、視線を逸らす。
「どっちが言う......?俺が言っていいの?」
「ぇ......あ、ダメ」
「わかった」
俯きがちになった状態でも、賢吾の顔が見たくて、目線だけもう一回あげた。賢吾は一直線に俺を見ていて、思わず顔が綻ぶ。
覚悟を決めたように息を吐いた賢吾が、地面で正座してかしこまる。俺の背筋も共鳴するみたいにピンと伸びた。
「朔也くん」
「はい」
「ぼ、っ、俺と、つ、つき、」
「...........」
「俺と......」
「うん」
「......〜〜あ"ー!!無理だ......!顔見ては無理だ!」
俺が声を上げるよりも先に、賢吾の体重が再びのしかかってくる。
頬が、賢吾の首筋に当たった時、今が冬だって忘れてしまうくらい熱かった。熱ぶり返してんじゃねぇか?
抱きしめる力が強まったのを感じて、俺も賢吾の背中に手を回す。
「朔也くん......俺と、付き合ってください......!!っ、」
好きになるまで一瞬だった。俺の人生に賢吾が飛び込んできて、久しぶりに色んな感情に触れた。
きっとこいつは俺より何倍も何倍も時間をかけて好きになってくれて、その気持ちをずっと抱えててくれてたんだと思う。そんな賢吾に少しくらい身を委ねてみてもいいのかなって、余白を作った自分からも目を背けることが出来なかった。
まだ吹っ切れるには時間がかかるかもしれないけれど、怖かった愛するということを、愛されるということで乗り越えることは出来るんだろうか。
「......っ、よろしくお願いします」
いつか、俺の過去聞いてよ。
賢吾。
お前になら、話せる気がするんだ。
「え、僕たち付き合ったの?恋人?」
「ん」
「あ、へへ、好き。大好き。愛してる」
「な、なんだよ急に」
「付き合ったなら、気軽に言っていいのかなって」
「......っ、そだな。特権だな」
「朔也くん好きだよ」
「俺も、告白の時にカッコつけて俺って言っちゃう賢吾が可愛くて好きだよ」
「カッコつけさせてよ......!!!」
泣き真似をする賢吾を見て、思わず声を出す。二人で腹を抱えて笑い、ただ口約束で肩書きを作っただけなのに、世界を遮るバリアができたんじゃないかなと思ってしまう。世界に二人だけなんじゃないかと思いたくなる。
――プルルルルプルルルル
そんな俺たちのテレパシーをぶった斬る着信音が鼓膜を揺さぶった。空気読めよ。
それは賢吾に向けてだったようで、賢吾は俺に断りを入れてからポケットの中を探り、スマホを取りだした。液晶画面を見た途端、賢吾の瞳から光が失われ、見たことない表情を浮かべている。まだ表情にレパートリーあったのかよ......怒りでも焦りでも失望でもない。悲しみとも言い難い、とにかく俺には分からない感情を抱いている。
あ、一つ近い表情があるかもしれない。
俺が賢吾を、図書委員の受付としてしか知らなかった頃の顔だ。
後......二分、足を動かさないでくれ。
手のひらをぎゅっと握りしめる。
こんな事思うとか俺どうかしてんな。
「と、突然家とかどうした?」
「......週末のお礼がしたくて。看病、助かったから」
「あぁ、そんなのいいのに」
「...........ん"ー、朔也くんの前だと吐かなくていい嘘吐いちゃうな」
「え?」
「家に呼びたいから、それをこう何とか、口実にならないかな......?と思いました」
眉を下げて変わらず気まずそうに頬を掻く賢吾に、俺も不格好に右口角をあげた。
ポケットからスマホを取り出し時刻を確認する。
《8:30》
あ、
――キーンコーンカーンコーン
少し先にある高校から微かにチャイム音が、聞こえてきた。
その音に反応した賢吾が慌てた様子で俺の手首を掴んでくるから、思いっきり全体重を後ろにかけてやった。進みたかった方向と逆に力がかかった賢吾が、案の定俺目掛けて重心を崩す。
せめてもの思いで、右足を一歩後ろに出し、力を入れる。
「ちょっ......!さくっ、」
目を見開き焦った顔がわかりやすい賢吾に、巻き込まれるみたいに、体が後ろに倒れていく。痛っ......――くない。
ゆっくり目を開くと、地面に片手を付いて、もう片方の手を俺の頭の下に入れて不安そうに眉を歪める賢吾が上にいた。
「賢吾、だいじょ――」
「朔也くん大丈夫!?怪我してない!?この角度的に腰打ってない!?」
絶対自分の手の方が痛いのに、真っ先に俺の心配をしてくる。その事に、酷く不安になる。
あぁ......そうか。愛されすぎて怖いとか、大事にされすぎて不安とか、そんなの物語の中だけだと思ってた。もっと美しいもので、愛おしいものだと思ってたのに。
現実は、胸が張り裂けそうな程苦しくて仕方がない。
それが恋って言うなら、俺、――《賢吾が好きなんだ》。
「俺は大丈夫。それより手、大丈夫か?ごめんな。引っ張ったりして」
「僕は大丈夫だよ......!朔也くんに怪我がなくて良かった」
「ん、ありがとう」
「ううん。ほら、学校行こう」
「......俺も吐かなくていい嘘吐きたくないから、はっきり言っていい?」
「え、うん」
「チャイム鳴ったし今行ったら怒られる。賢吾の手も冷やした方がいいし。......この二つ、賢吾の家行くの早める口実に使っていいか......?」
もう引き返せない。口から出た言葉も無かったことには出来ない。
手が俺の意志とは関係なく、震えて仕方がない。人を愛することはもう怖くて怖くて、でも、こんなに愛してもらってて、受け入れてしまっているのに、俺からは返さないなんて。そっちの方が怖くて仕方ない。
「チャイム鳴るの待ってた。鳴った時、もしかしたら賢吾も立ち止まってくれるかもって思った。でも、案の定走ろうとするからムカついて引き止めた。可愛い女の子ならここで可愛くか弱く連れてかれるんだろうけど、俺男だし、見ての通りデケェ賢吾倒すくらい力あるし、それに――」
カーディガンよりも、甘くて石鹸みたいな香りが強くて、安心する温かさが俺に勢いよく抱きついてきた。
チャイムの音なんてもうとっくに俺たちを置き去りにして、今日という1日だけ、居ないものとして扱ってくる。学校ズル休みして、道端で尻もちつきながら男二人で抱き合ってる。なぁにやってんだか。
きっと体の震えは、賢吾に伝わってる。クソダサいな。俺。
やっぱり【付き合いたい男No.1】よりも【結婚したい男No.1】の方がかっけぇか。
首にきつく巻き付く賢吾の腕をペシペシ叩くけれど、一向に動く気配がない。
「なぁ、けんごぉ」
「......震えてる。寒いよね!?家戻る??朔也くんの家すぐ後ろだよ!!!」
「は?」
「温めてあげたいけど、僕の体温じゃまだ無理かな......」
「あ、いや」
「あっ!嫌!?ご、ごめん!」
「嫌じゃない!!ん"もぉ"ー!!!」
今の雰囲気でなんで伝わんねぇんだよ!!!俺自分だけなんかしんみりしててそっちの方がだせぇじゃねぇか!!!!
未だ、単純に俺が凍えてると思って温める為だけにハグしてくる賢吾に、軽い殺意が湧いてくる。これも賢吾なりの愛なんだろうけど。なら、俺なりの愛を返すか。
賢吾と俺で愛が重くて怖くなる側はきっと俺なんだ。......なら、俺が壊してしまうことはない。
「賢吾」
「ん!大丈夫!?カーディガン着る?」
「いいから、顔見して」
「顔?はいっ」
凛々しい眉に、切れ長なのに優しい目。しっかり通った鼻筋。
今思えば俺の中には、賢吾の目元の印象が強く残っている。
唇は、スっと薄く上唇の方が厚い。乾燥はひとつもなくて、確か俺の後ろに回ってる手もささくれがなかったように思う。手入れしてんだな。
自分の唇に触れると、少し硬くなっていて手入れの差をひしひしと感じる。
「......萎えんなよ?」
「萎える?萎えないよ?何に?」
俺は賢吾の制服のネクタイを引っ張り、自分の唇を賢吾の唇に当てた。想像通り賢吾の唇には、リップクリームが塗られていて、少しだけ俺の唇も潤った気がした。
目が合った賢吾の表情は、今にものっぺらぼうになりそうな程、顔面蒼白になっている。一々リアクションがでかいヤツ。
図書委員のふざけた券がなかったら、賢吾がここまで感情を出す奴ってことに気が付かなかった。
俺は少しだけ、視線を逸らす。
「どっちが言う......?俺が言っていいの?」
「ぇ......あ、ダメ」
「わかった」
俯きがちになった状態でも、賢吾の顔が見たくて、目線だけもう一回あげた。賢吾は一直線に俺を見ていて、思わず顔が綻ぶ。
覚悟を決めたように息を吐いた賢吾が、地面で正座してかしこまる。俺の背筋も共鳴するみたいにピンと伸びた。
「朔也くん」
「はい」
「ぼ、っ、俺と、つ、つき、」
「...........」
「俺と......」
「うん」
「......〜〜あ"ー!!無理だ......!顔見ては無理だ!」
俺が声を上げるよりも先に、賢吾の体重が再びのしかかってくる。
頬が、賢吾の首筋に当たった時、今が冬だって忘れてしまうくらい熱かった。熱ぶり返してんじゃねぇか?
抱きしめる力が強まったのを感じて、俺も賢吾の背中に手を回す。
「朔也くん......俺と、付き合ってください......!!っ、」
好きになるまで一瞬だった。俺の人生に賢吾が飛び込んできて、久しぶりに色んな感情に触れた。
きっとこいつは俺より何倍も何倍も時間をかけて好きになってくれて、その気持ちをずっと抱えててくれてたんだと思う。そんな賢吾に少しくらい身を委ねてみてもいいのかなって、余白を作った自分からも目を背けることが出来なかった。
まだ吹っ切れるには時間がかかるかもしれないけれど、怖かった愛するということを、愛されるということで乗り越えることは出来るんだろうか。
「......っ、よろしくお願いします」
いつか、俺の過去聞いてよ。
賢吾。
お前になら、話せる気がするんだ。
「え、僕たち付き合ったの?恋人?」
「ん」
「あ、へへ、好き。大好き。愛してる」
「な、なんだよ急に」
「付き合ったなら、気軽に言っていいのかなって」
「......っ、そだな。特権だな」
「朔也くん好きだよ」
「俺も、告白の時にカッコつけて俺って言っちゃう賢吾が可愛くて好きだよ」
「カッコつけさせてよ......!!!」
泣き真似をする賢吾を見て、思わず声を出す。二人で腹を抱えて笑い、ただ口約束で肩書きを作っただけなのに、世界を遮るバリアができたんじゃないかなと思ってしまう。世界に二人だけなんじゃないかと思いたくなる。
――プルルルルプルルルル
そんな俺たちのテレパシーをぶった斬る着信音が鼓膜を揺さぶった。空気読めよ。
それは賢吾に向けてだったようで、賢吾は俺に断りを入れてからポケットの中を探り、スマホを取りだした。液晶画面を見た途端、賢吾の瞳から光が失われ、見たことない表情を浮かべている。まだ表情にレパートリーあったのかよ......怒りでも焦りでも失望でもない。悲しみとも言い難い、とにかく俺には分からない感情を抱いている。
あ、一つ近い表情があるかもしれない。
俺が賢吾を、図書委員の受付としてしか知らなかった頃の顔だ。
