本借りるだけでデートするとかマジですか?

 玄関を開け外に出ると、冷気が肌を突き刺してきた。
 感染症対策兼寒さ対策でもあるマスクをグイッと持ち上げる。肩を縮こませ手をポケットに入れれば、少しは耐えれる気がする。いや、全然寒いな。
 自然と俯きがちになる視界に、突如黒柴が映り込んできた。同時に、物腰柔らかそうな女性が眉を八の字に下げて、リードを引っ張っているのが見えた。

「あ〜!こら、お兄さんびっくりするでしょ!突然ごめんねぇ」
「......いえ!可愛いっすね。触ってもいいですか?」
「もぉ、ぜひぜひ!ポチ、よかったねぇ〜」

 舌を垂れさせ、楽しそうに口呼吸をするポチの息が白く空気中に姿を表した。毛皮一枚でこんな極寒の地へと出てきているのに、触れる部分は全部暖かい。小さな黒い耳をこれでもかと垂れさせ、撫でるスペースを確保する黒柴の誘惑にまんまと乗せられ、頭にまで手を乗せる。プリプリ揺れ動くしっぽが愛らしくて堪らない。

「寒くないのかぁ??可愛いなぁ〜」
「犬好きなの?」
「そうっすね!動物全般好きっす」
「癒されるよねぇ〜可愛がってくれてありがとうねぇ」

 朝日のような優しい笑顔の飼い主さんと、陽だまりのように暖かいワンコに癒される。
 あー、学校行きたくねぇ。
 しゃがみこんで撫でる俺の膝に嬉しそうに突進し続ける黒柴を、時間も忘れて構っていると、後ろから聞き覚えのある声が聞こえた。

「あぇ、さ、朔也くん」
「ん?えっ!賢吾!?」

 いるはずのない賢吾の姿に思わず立ち上がり体ごと振り返った。
 ポチの飼い主さんと目が合った賢吾が、慌てて会釈をし、俺の方へ駆け寄ってくる。

「じゃあ、お兄さんありがとうねぇ。学校行ってらっしゃい」
「あ、ありがとうございました!散歩楽しめよぉ〜またなぁ〜」

 名残惜しそうに目を丸くして連れられるポチに手を振る。
 可愛い黒柴が去ってしまうと、俺の隣にはでかい黒髪だけが残った。何故かニマニマ口角を緩めた賢吾が、こちらを見てくる。

「......お、おはよう。久しぶり」
「おはよ。久しぶりって、たったの四日だろ」
「そうだね。久しぶり」
「圧すげぇ。......久しぶり。体調は?」
「もうすっかり良くなった。ありがとう。......っと、これ」

 スクールバッグを漁った後に、出てきた紙袋を受け取る。なんだ?
 視線を送ると頷かれたので、中を開けると、賢吾に貸したカーディガンが綺麗に洗濯されて入っていた。これ、アイロンもかけてあるのか......?

「遅くなってごめんね。ちゃんと洗濯したから安心して」
「サンキュー。早速今日学校で着るわぁ。もぉ、寒くて寒くて」

 畳まれた状態のカーディガンに軽く頬を擦り付ける。相変わらず触り心地がチクチクしてなくて好きだ。
 ん?
 突然、賢吾の匂いが鼻腔をくすぐって、思わず顔をあげるけれど、さほど距離感が変わっていない。むしろ突然目が合ったことに、驚いて後ずさりされるくらいには離れている。
 なら、何からこんな......。腕の中に収まっているカーディガンを見つめる。

「これか......!!!!!」
「っ!な、何が?」
「い、いや!?何もないけど!?」

 そりゃそうだわ。賢吾の家にずっとあって、洗濯までされてたら、そりゃ賢吾の家の匂いするわ。心臓が大きく脈打って、居場所を認識してくれと訴えてくる。そんな主張しなくても、俺の中心にあることはもう知ってんだよ!!!!俺の心臓よぉ!!!!
 どうして賢吾本人からじゃなくて、俺の私物からもこんなに動揺しなきゃならないんだ。
 これ以上心拍数をあげられても困るから、紙袋に戻しバッグの中へ突っ込む。
 ......賢吾を介してないと、あんな軽い匂いなんだな。

「ねぇ、朔也くん。このまま一緒に行ってもいい?」
「んぁ?あ、あぁ、もちろん」
「ありがとう」

 そそくさ隣へと並んだ賢吾の腰を見るけど、やっぱりしっぽは生えてないな。振ってるように見えなくもないけど。賢吾が犬になったら、ボーダー・コリー辺りか?

「きょ、今日!ウチ来ない......!?ですか......?」
「うん。..........は!?なんて?」
「出来れば、その、券は使わずっていうか......券は外行く時に使いたいっていうか......!!」
「いやいやいや!待て待て待て、まず何??家?賢吾の?なんで?」
「嫌なら全然いいんだよ......!!僕が呼びたかっただけだから!!」
「嫌なんて言ってないだろ!?」

 一気に空気までも静かになった。
 お互いに上がった息を整える。
 いきなりなんてこと言うんだ。反射で一回うんとか言っちゃったし。さっきまで勝負でも仕掛けてやろうかなんて思っていた寒さが、今ばかりは有難いかもしれない。
 こんなに熱い体を心地よく冷ましてくれる。
 だって今――券使わず、家行っていいって言われたんだろ......?