「あれ、何お前、今日一人なの?」
授業前の十分休み。購買に向かおうとする友人たちを「俺も行くー」と追い掛けると、珍しそうにそう言われた。
「俺らと居ていいのかよ? 風見がまた拗ねるんじゃねぇの?」
「んー、多分大丈夫……俺、なんか避けられてるっぽいし」
「? なんだそれ」
大地の言葉に友人たちは首を傾げる。
が、それにどう答えたものやら。
大地自身、現状をどう判断して良いものかわからずにいるのである。
週末、草野球の日。
どういうわけか風見の電気は急激に強くなった。
痛みに滅法強い大地でも、迂闊には触る事ができない程に。
「ちょっ……なんだ今の。なんで電気強くなった? 何か心当たりとかあんのか?」
大地は戸惑いながらも問い掛けた。ただでさえ大変な状態だったのが更に悪化するなんてとんでもない。とにかく原因を突き止めて、対処しなければと思ったのだ。
だが、風見は問いには答えなかった。
彼はただ青い顔で、「もしかして……」と言ったきり黙り込む。
そうして暫しの逡巡の後、意を決したように顔を上げると。
「あのさ。三好はなんもしなくていいから」
「……は?」
突き放すような言葉に、大地は思わず顔を顰める。
「なんもしなくていいって……そんなわけにもいかないだろ。俺が痛いって相当だし、一緒に対応考えた方がいいだろ。つか、これからも日課でハグするなら俺にも関わってくる事だし――」
「それももういい」
「え?」
「ハグも、もういい」
風見ははっきりとそう告げた。
「とにかくもう、三好は関わらなくていい……自分でなんとかしてみるから。今まで巻き込んで悪かったな、でも、マジでもういいから」
そう一方的に言い置くと、大地を置いて走り去ってしまったのだ。
そして今日、月曜日。
これまでだったら登校するなり三好三好と纏わりついてきた風見なのだが、今日は全く話し掛けてこなかった。彼は自らの席から動く事なく、それどころか大地に視線を向ける事もなく、気怠そうにスマホをいじる。
これに大地はカチンときた。だって、いきなりこんなにも態度が変わるなんて、どう考えてもおかしいじゃないか。
土曜日は突然の決別宣言に面食らい追い掛ける事ができなかったが、突然の一方的な決別宣言を受け入れられるはずがない。とにかく一度ちゃんと話さないと……そう考え風見の元へと向かったのだが、大地が話し掛ける前に風見はふいと立ち上がって教室を出て行ってしまった。そしてそれ以降も、大地は完全に避けられているというわけだ。
「ふーん……事情はよくわかんねぇけど、解放されたんなら良かったじゃん! 大地、風見と二人でいるの結構ストレスだっただろ?」
「な、風見と居ると惨めな気分になりそうだし」
「住む世界違うと話題にも困りそうだし……大地、よく相手してたよ」
購買へと向かう中、皆はそう言って大地を労う。
うん。大地もそれに同意のはずだ。
風見に一緒に居てくれと言われた時、正直困った。まぁ共に過ごす内、全く毛色の異なる自分達でも意外と話ができるものだとは気付いたが、日課となったハグはやはり妙な気分にさせられるし、口説き文句のような言葉を吐かれるのもどうしていいかわからない。
だから風見が自分を離れ、調子を狂わせる諸々がなくなるのは喜ぶべき事のはずなのだが。
しかし大地は、どうしてもすっきりしなかった。
もう大地はこの件に十分過ぎる程巻き込まれているのだし、何故帯電が強まったのか、どうしたらそれを改善できるのか、共に考えるのが当然だろう。なのにあんな風に突き放すなんて、風見は何を考えているのだろう。それに風見のように異様なまでの寂しがり屋が、自分とまで離れて平気なわけがないじゃないか。
事実、風見の顔色は朝からずっとよろしくない。やはり彼は、一人ではいられない性質なのだ。だというのに頑なに大地を避けるのだから、本当に意味がわからない。
――もしかして、俺も電撃でダメージ食らうようになったから気にしてんのか……?
それは如何にもありそうな話だったが、しかし腑に落ちなかった。
だって、もしそういう理由で避けるなら、はっきり告げれば良かっただろう。だが風見は言葉を濁した。という事は彼の中、他にも何か思うところがあるという事じゃないか。が、それがなんなのか、大地にはさっぱりだ。
「うーん、なんかすっきりしねぇー……」
購買で買った強炭酸を呷っても胸の中のモヤモヤが晴らせない。すると事の顛末を聞いた皆は、呆れたように肩を竦めた。
「ほんとお前って、情に厚いっつぅかなんつぅか……風見の電気が強くなったならお前だって危ないし、風見の方から離れてくれたんなら万々歳じゃん。もしかして一緒に居る内にすっかり情が移ったとか?」
「そりゃ……あんだけ毎日二人でいたら移るだろ。アイツ、絶対一人になりたくない奴なんだよ。それなのに自分から俺の事突き放すとか、本当にそれでいいのかって気になるじゃん」
きっと風見は、物凄く無理をしているはず。
そして大地は、それを見過ごすのを決して良しとできなかった。
だって風見は、大地の危機を救ってくれた恩人なのだ。
まぁそれ以前に大地が風見の孤独を埋める役割を担ってやっていたのだから、貸し借りの面ではイーブンなのかもしれないが、しかしどうしても気になってしまう。風見がしんどい思いをしているなら、手を貸してやりたいと思ってしまう……というような事を口にすると。
「……なぁ大地、もしかしてだけどさぁ。お前って風見に惚れてんの?」
「は?──え、はぁ⁉」
思い掛け無い事を言われ、素っ頓狂な声が出た。
「惚れた⁉ 俺が、風見に⁉」
まさかあり得ないと思って問い返すのだが、他の奴も、「あぁ、俺も思った」と頷いた。
「なんか今の話、急に風見に距離取られて未練たらたらって感じにも聞こえるもんなぁ」
「いやいやいや、違うって!」
思わず大きな声が出て、すれ違う女子生徒の視線を集めてしまう。それに罰が悪くなり、大地は声のトーンを抑えながらも言い募る。
「俺はただ、ここまで散々振り回されたから当事者意識が強くなってるだけ! だから、事態が改善したわけでもないのに、むしろ悪化したタイミングで“もういいです”って言われても納得なんてできないって話で!」
「んー、まぁお前はお人よしだから、本当にそうなのかもしんねぇけど。でも大地が風見にってのもあり得ない話じゃないと思ってさ。風見に惚れてる男子ってのも一定数いるらしいから」
「――え? え、ガチ?」
大地が目を瞬くと、こっくりとした頷きが返された。
「ほら、やっぱ風見ってあの見た目だし。帯電になる前は体育とかで男子同士関わる機会もあったじゃん? で、そういう場面でちょっとでも接触すると落ちちゃう奴ってのがいるんだって」
「あー、なんかたまに聞くよな。風見とストレッチ組んだらいい匂いがしてドキドキしたとか」
「実を言うと俺も、風見の事やっかんではいるし好きではないけど、実験の班が同じになった時はちょっと変な気分になった事ある。勿論本気で好きになるとかじゃなかったけど、それでも近くでアイツ見てると、グラッとくるものがあったんだよなぁ」
そんな言葉に一同は「わかるー」と同意し、大地は大いに驚かされた。なんと彼らは、風見を良く思わないのと同時に、彼の魅力に取り込まれそうにもなっていたというのか。
「えぇ、皆がそういう風に思ってたの、俺全然知らなかった……」
「そりゃこんな誤解招きそうな話、わざわざ自分からしないしな。でも実際、多くの男子が思ってんじゃねぇのかな。鼻には付くけどいざ近付くとドキドキするって」
「な。だからあんだけべったりされたら、大地が風見に落ちるってのも無くはない話かと思ったんだけど」
実際どうなの?
皆が興味津々の顔で見詰めてくる。
が、大地には正直よくわからなかった。
確かに風見は、同棲だとしても魅力的だと思う。誰だって綺麗なものは好きだろうし、大地だってそうだ。だから風見の容姿に惹かれているのは否定できない。
それに風見は思い掛けず漢前な面もあり、大地は絶体絶命のピンチを救われた。そうなれば思い入れだって膨らんでくる。
そして、風見にドキドキさせられているのも事実だった。ハグされれば彼のフェロモンに酔わされるし、最近の言動には大いに翻弄されていた。
が、だとしても大地はこれまで、自分が同性を好きになる可能性なんて考えた事すらなかった。というかそれ以前に、色恋の話をする事自体が気恥ずかしくなってきて、「ない!」と強く言い放つ。
「俺は全くそういうんじゃない! ただ単純に、風見の境遇を心配してるだけだから!」
「そう? それならそれで別にいいから、んなムキになんなって」
どうやら皆に大地を揶揄おうという気はなかったようで、「そういやさぁ」とすぐに別の話題へと興味を移す。
が、大地の中ではこの時の気恥ずかしさが蟠りとなって残ってしまった。
嗚呼そうか、あまり風見の事を気にしていると、周りから変な誤解を受けるのか。
だとしたら、あまり気に掛けているのもよくないか……。
そんな風に考えが及ぶと、大地は意識から風見の事を追い出した。というか風見の方から「もういい」と言われたのにいつまでも気にしているのは、皆の言う通り未練があるかのようじゃないか。
そう、自分は解放されたのだ。だとしたら戻って来た日常を有り難く享受すべき──と、思ったが。
数日が経過し、以前のように友人たちとつるみ始めても、やはり何処かでは風見の事を気にし続けるのをやめられなかった。
だってやはり心配だ。
人恋しさを募らせ弱り切る風見を見てきたのだから当然じゃないか。
だが顔色はよろしくないし生気もないが、風見はなんとか倒れずに日々を過ごしていた。もしかしたら彼なりに心の折り合いを付ける術を見出したのかもしれない。だとしたら、自分は本当に不要になったという事だろうが。
──けど、それなら……俺と風見の接点はまたゼロに戻るんだなぁ……
ふとそんな考えが頭を過ぎり、ちくりと胸が痛くなった。
いや、そのちくちくとした感覚は、少し前から味わっていたものだ。
登校しても、風見が「三好ぃー」と寄って来ない。他の誰かと話していても、「三好は俺の専属じゃん」と邪魔して来ない。学校を出る前の、西校舎でのハグがない。
それらはどれも日常を見出す迷惑なものだったはずなのに、失ってみるとなんだか寂しく感じるのだ。
──これってつまり、いつの間にか深いとこまで風見が入り込んでたって事なのか……?
彼に泣きつかれ共に行動していたのは、ほんの一ヶ月弱程だ。だが見た目も境遇も強烈な風見という存在は、想像以上に大地の中で大きく膨らんでいたらしい。
いつの間にか、居る事が当たり前になっていて。
だから居なくなられると、なんとなく空虚な感じがして。
──俺ですらこんな風になってんのに、アイツはホントに平気なのか……? もうホントに俺なんかいらないって……?
そう考えると胸が痛み、それが物凄く癪だった。だってこれでは、自分の方が風見を必要としているみたいじゃないか。
というかそういう心情は抜きにしても、せめて状況の報告くらいあっても良さそうなものなのに。風見は何故か悪化した帯電体質について、自分でなんとかすると言った。果たしてそれはうまくいっているのだろうか。状況を改善する方法は見つかったのか? 進捗くらい教えてくれてもいいじゃないか。
とは思いつつ、大地は自ら聞く事ができずにいた。先日友人達に言われた言葉が引っ掛かったのか、はたまた避けられる事に臆しているのか、風見に話し掛ける事が躊躇われていたのだ。
そうしてただモヤモヤとした気持ちを抱えたままに日々を過ごしていたのだが――そんなある日の事である。
二十二時。バイト終わりの大地が駅へと歩いていたところ、通りの向こうに私服姿の風見を見付けた。
彼はこちらには気付いていない。ガードレールに腰掛けて、人並みを眺めている。その様子、どうやら誰かを待っているようだが。
──……って、誰を?
大地は思わず足を止めて考えた。
だって今の風見は、あの草野球の日から状態が変わっていないとすれば、かなりの電気を纏っている。だとすれば、万が一人と接触すれば相手に大ダメージを与えるはずだ。
だというのに、一体誰と会おうというのか。もしや大地よりも痛みに強い、リスクなく一緒にいられる人間を見付けたとか? だとしたら、それはとても良い事だ……と、思うのに。
――なんかそれって、モヤモヤする……
大地は近くの看板の影に身を隠し、こっそり風見を見守った。何故だかうまくは言えないが、自分の代わりに風見がどんな人物を側に置くようになったのか知っておきたい気がしたのだ。
その人物は、然程待たずに現れた。
それに大地は顔を顰める。
なんとなくのイメージで、その相手とは自分達と同年代だろうと思っていたのだが、風見に声を掛けたのは四十……いや五十代くらいのサラリーマン風の男だったのだ。
──あの人が風見の次の拠り所……? って、どうやって知り合ったんだ……?
自分と風見以上に釣り合わない取り合わせだ。もしやあれは親族だろうか?……いや、そういう感じにはとても見えない。会話が聞こえる距離ではないが、わかる。男の人は風見に何かを問い掛けて、風見が頷く。男が安堵したような笑みを見せる。そのやりとりは、初対面の人間二人が初めて待ち合わせをした時のものに違いない。
その時点でじわじわと嫌な予感がしていたのだが、それが確信に変わったのは次の二人のアクションを見た時だ。リーマンが風見の肩に触れようとし、風見は軽く笑ってその手を避けたのである。
──って……風見が触られるのを避けたって事は、あのおっさん、痛みに強いってわけじゃない……?
だとしたら、何故そんな人物と会う必要があるのだろう。あの男の感じからして、風見が楽しく遊べるような相手だとも思えない……というか、うん、色々な考えが浮かんではくるものの、今一番問題なのは、二人が連れ立って歩き出した先がホテル街方面だという事だ。
「…………っ」
居ても立っても居られずに、大地は看板の影から飛び出した。酔っ払いや大学生のグループを掻き分けて、風見達の後を追う。
周囲の景色は隠微なネオンが光り始め、そこを行き交う人々の雰囲気も高校生の大地にはなんだか怖い。が、怖いからこそ止まっちゃダメだと言い聞かせて走り続ける。
そしていざ、風見と男が一軒のホテルの門を潜ろうとしたところで。
「風見っ!」
大地は風見の腕を掴んだ。
バチっという音と共に痺れるような痛みが弾け、風見が驚きに目を見開いて振り返る。
「三好……⁉ なんで此処に……っ」
「な、なんだキミは⁉」
男も大地の登場に狼狽えていた。が、何かを説明してやる必要も義理もない。大地は風見の腕を引き、男を置き去りに元来た道を駆け戻る。それに引きずられるように走りながら、風見が混乱した声を出す。
「なぁ三好、何してんだよ⁉ ガチで意味わかんねぇ……つかとにかく手ェ離せ! 痛ぇだろ!」
嗚呼、全くその通りだ。今、風見に触れている手はバチバチと強烈に痛んでいる。だが手を離す事のないままに大地は鋭く言い返す。
「何してんだよはこっちの台詞だ! 風見、お前何してんだ! さっきのおっさんなんなんだよ⁉」
「っ!」
風見はグッと言葉に詰まり、その瞬間に電流も強まった。
「痛っっ!」
思わず悲鳴を上げてしまうが、それでも大地は風見の腕を離さずに走る。そうしないと、風見は逃げてしまうような気がしたから。あの男の元へ戻ってしまうような気がしたから。
だが、そんな展開を見過ごせるもんか。半ば意地になりながら痛みを堪えて走り続け、ホテル街を抜けたところで。
「……っ、三好、わかった」
ぐん、と風見が腕を引いた。それから今までは大地主導で走っていたのを、今度は彼が「こっち来て」と走り出す。
「あ⁉ なんだよ、何処に──」
「落ち着いて話せるとこ。だってちゃんと説明しねぇと、お前納得しないだろ」
そうして連れて来られたのは、雑居ビルのエレベーターホールであった。飲食店が入っているわけではないので、この時間にはもう人の出入りがなくしんとしている。他に人の姿がないのを確認すると、風見はこちらを振り向いて。
「ほら。こんなトコまで来て逃げねぇから。とりあえず手離せよ、痛ぇっしょ?」
「…………」
大地は風見の様子を注意深く観察しながら手を離した。が、肩の辺りまでビリビリという痺れが残る。正直かなり無理をして風見の腕を掴んでいたのだ。
しかしそれに構っている場合じゃない。大地は険しい顔をして。
「で? なんなんだよさっきのは。なんでお前はおっさんとラブホなんか入ろうとしてたわけ?」
なんとなく、その意図はわかっている。だがちゃんと風見の口から説明がほしい。
風見はきっと気まずさを感じているのだろう。大きく一度息を吐いたが、それから観念したようにぽつぽつと語り出す。
「……あのおっさんと会ったのは、帯電をなんとかする為だよ。ここまで酷くなったのはきっと、ストレスが溜まり過ぎたせいなんだ」
風見は自らの手を見詰めながらそう話す。
「帯電について色々調べる内に知ったんだけど、ストレスも原因になり得るんだって。三好の先輩らと喧嘩したとき明らか電流強かったから、多分これは俺のメンタルが影響して強くなんだよ。で、とにかくここまでになっちゃったら危ねぇし、早急にストレス解消しなきゃと思って。それにはハグが必要だなって思ったけど、もう三好には頼れねぇじゃん? この電気に堪えられる奴もきっといない……だからマチアプで変態のおっさん引っ掛ける事にしたんだよ。そういう奴なら痺れさせても罪悪感ねぇし。むしろ世直しにもなるし」
そうして風見は、夜な夜な知らないおっさんとホテルに行き、ハグを繰り返していたのだという。寂しさを埋め、ストレスを和らげる為に。
「つっても勿論、部屋入って抱き付けば相手は気ぃ失っちゃうから、それ以上の事はしてねぇよ? 俺もそんなのしたくねぇし」
「あぁうん、そこはまぁ良かったけど。でも全然納得はできねぇわ」
大地は額を抑えて息を吐く。
全くこいつは、なんと馬鹿な事をしていたのか。
「なぁ、聞くけどさ。そんなんやってて、お前のストレスは減ったのか? 普通に考えて変態のおっさんとハグなんて逆にストレス溜まんだろ。そもそもお前、草野球ん時言ってたじゃん、誰でもいいわけじゃなくなってきたって。それなのによりにもよっておっさんって」
「でも他にどうしようもなかったんだよ。つか実際、人肌に触れられる事自体は効果あったし。劇的にストレスが減るわけじゃなくても、ぶっ倒れずに済んでたじゃん?」
「だとしても、やっぱお前にとっていい事ではなかっただろ。というかそもそも、なんでそんな急激にストレスが……」
そう言い掛けたところで、大地はハッと思い至った。
「もしかして、俺のせいか……?」
帯電が強まったのは草野球の時で、風見は途中から不機嫌だった。きっとそこにストレスの理由があるのだろうが、あの場に風見の知り合いは大地しかいなかった。ならばストレスの原因は自分にあると考えるのが自然だろう。
「なんだよ、俺がなんかしちゃったのか……? そのせいでお前――」
「あぁ、いーの」
風見はひらと手を振った。
「別にお前のせいってわけじゃねぇよ。どっちかっつぅと俺自身のせいっていうか。俺が大それた事望んだからっつか」
「は? なんだよそれ」
大地は問い掛けるのだが、風見は答えを寄越さなかった。
彼は軽く肩を竦め、「とにかく」と話をまとめに掛かる。
「心配掛けたのは悪かったけど、俺は特に問題ねぇから。ホテル入るっつっても私服なら誰に見咎められるでもないし、帯電してる限り悪さされる事もないし。これで解決はできなくとも、低空飛行でなんとかやっていけそうだし?」
風見はそう言って笑って見せた。これでいいのだというように。
だが、まだ大地は納得ができなかった。たとえ風見自身が大丈夫だと言っていても、やはり知らないおっさんとホテルに行くというのは看過できるやり方ではなかったのだ。
というか、そんな事をするくらいなら。
「…………っ」
大地は決意を固めると、風見の前にバッと腕を広げて見せた。
これに風見は「……は?」と小さく声を漏らし、それから引き攣った笑みを浮かべて。
「え、何それ。なんのつもり?」
「何ってハグだよ。それ以外ねぇだろ。今まで通り、俺とハグすりゃいーんじゃねぇの?」
「いや……いやいやいや」
風見は呆れ顔で首を振った。
「俺がお前を選んでたのは、お前が痛みに強いからだよ? 今の状況じゃお前だって痛いじゃん。それなのに」
「いーよ別に」
大地は風見の言葉を遮って言ってやった。
「痛いったって堪えられない程じゃねぇし。知らないおっさんよりかは俺との方がストレス緩和になるんじゃねぇの? リスクだってないし、俺を使うのが一番合理的だと思うけど」
「合理的って……」
大地の言い分に風見は呆気に取られたようだが、それから再び首を振った。
「……や、無理。俺もそんな鬼畜じゃねぇし。つかもしお前が堪えられるとしても、俺が堪えられる気がしない」
「なんだそれ。俺じゃ不満だって言いてぇの?」
「そうじゃなくて……あーもう」
風見はガシガシと頭を掻いた。それからキッとこちらを睨むと。
「なぁ、さっきからなんなのお前は。男とハグすんの嫌だったはずだろ? それに俺から解放されて清々しただろうに、なんでわざわざ構ってくんだよ。実は痛いのが癖になってましたとかそういう事?」
それはやけに突っかかるような言い方だった。
普通、こんな事を言われればカチンとくる。折角親切にしてやろうというのになんなんだと、もう知るかと背を向けてしまうだろう。
が、大地はそうしなかった。風見が心にもない事を言っているとわかるから。
風見は基本的にいい奴なのだ。
強引で寂しがり屋で、困った事の多い奴ではあるのだが、故意に人を傷付けるような真似はしない。そんな奴が敢えてこちらを貶めるような言い方をするのには、きっと何か理由があるはず。恐らくそれは、こちらを気遣っての事だろう。
勿論直感に過ぎないが、大地はそうだと確信していた。
だから引かない。
むしろずいと前に出て。
「確かに俺、お前と居るのしんどかったよ。けどそれは、ただ他の奴らとつるめなくなるのがちょっとなぁとか、ハグすると妙な気分になって怖かったってだけだから。お前が嫌いだったわけじゃない」
「ん? なんだよその妙な気分って」
「だってお前、フェロモンダダ漏れなんだもん。そんなもん毎日ゼロ距離で食らってたら、流石にちょっと変な気になるっつぅか……ってそんなのはどうでもよくて!」
この局面に気が昂ぶっているのか、言わなくてもいい事が口を突いた。
大地はぶんと頭を振って、「とにかく」と話の軌道を修正する。
「俺はお前が嫌いじゃないし、お前に助けられた事もある。要するにもう情が湧いてる状態なの! だからお前が困ってんなら助けてやりたいし、その為なら多少痛い思いするのは全然いーよ。つか正直、今更蚊帳の外に置かれんのは気持ち悪いし、お前が変態とハグしてんのもなんかやだ! それくらいなら俺を使ってもらった方がずっと――ンっ⁉」
言葉はそこで途切れてしまった。
大地の唇は、風見のそれにより塞がれてしまったからだ。
「――……っ」
突然の、それも全く思い掛けない事態により、大地は自らの意識が宇宙まで吹っ飛んでいくような感覚がしたのだが、それをビリリという電流が引き留めた。
「っ!」
痛みにより反射的に頭を逸らし、唇が離れる。しかし風見は逃がしてはくれなかった。彼はがっちりと大地の身体を抱き竦めて。
「くっそ……なんなんだよマジで……折角逃がしてやろうとしてたのに! そんな風に言われたら、もう離せなくなんじゃんよ!」
「って待って風見、今、想定以上にめっちゃ痛い、一旦離し――」
「いやだ!」
風見はきっぱり言い切った。先程までの遠慮はどこへやら、一層強く大地の身体を掻き抱く。
そうして食らう電流は相当な強さであった。全身がバチバチと弾けるようで、更には先程のキスの事も相俟って、大地は混乱状態だ。
だがそんな中でも、耳元で吐き出される風見の声ははっきりと届く。
彼は大地よりも苦しげに、掠れた声で吐き出す――三好が好きだ、と。
「俺……今まで寂しいのを埋めたいだけで、誰かを特別に想う事なんてなかった。一緒に居てくれんなら誰でも良かった。相手もどうせ遊びだし、お互いに気持ち良ければいいじゃんって。真剣に向き合う事なんてなくて……でも」
風見はぐっと腕に力を込める。
「でもお前は、そういうのとは全然違った。メリットなんてなんもないのに、善意とか優しさだけで俺に付き合ってくれただろ。なんかそれが……すげぇグッときたんだよ。そんでお前の事知りたいとか、他の奴に取られたくないとか思うようになって……だから草野球とかまでついてって。少しでも一緒に居て、俺の事意識してもらえればって……でも」
そこでぎゅうぎゅうと締め付けていた風見の腕から力が抜けた。彼は我に返ったように、ふらふらと数歩退く。
そうすると電流からは解放されるが、大地はなんとも言えない息苦しさに喘いでいた。
だって――風見が、自分を好き?
いくら色恋沙汰に疎い大地でも、その告白を「友達として」と解釈する事はできなかった。
それくらい風見は真剣だったから。
そして今、一歩離れた風見の顔を見ると、彼の想いの強さだってひしひしと伝わってくる。
彼は切なそうに眉間に深い皺を刻み、言葉を続ける。
「でもそういうの、押し付けでしかないって気付いた。だからもう、お前に頼るのはやめようって思ったんだよ。だってお前には、みのりさんが居るんだから……」
「………………へぁ?」
その瞬間、張り詰めた雰囲気にそぐわない、なんとも間抜けな声が出た。
が、仕方ない。大地は頭上に疑問符を飛ばしながら。
「へ、あの、なんでそこでみのりさんが出てくんの?」
「いーよ別に、誤魔化さなくて。お前、あの人が好きなんだろ?」
風見は自嘲混じりにそう言った。
「だって二人、滅茶苦茶仲良さそうだったし。お前、みのりさんの事やけに守ろうとしてただろ。重たいモン持ったり、俺が近付かないようにわざわざ釘刺してきたし……あの日って他にも女の人居たのに、明らかにあの人だけ特別扱いしてた。そんなん見せ付けられたらさ、アピールすんのも馬鹿らしくなんじゃんよ。お前は男なんて興味もねぇのに……それに失恋すんのがわかってる相手にハグさせてもらうってのも、俺のメンタルに良くねぇから。だからもうお前に頼るのはやめようって……あーもう、こんなん言うつもりじゃなかったのに」
風見は弱り切ったようにハァーッと大きく息を吐いた。どうやらこの告白は全て、彼の中では全く予定になかったらしい。
だが、改めてこちらの瞳を見詰めてくる風見の瞳は強かった。
彼はしっかり意思を固めたように宣言する。
「でももう、ここまでぶちまけちゃったら引けねぇわ。三好、俺、お前が好きだよ。お前に好きな相手が居ようと関係ない。お前がこっち向くように、この先は遠慮無く行かせてもらうから」
「や、あの」
「つかお前だって、俺とハグしてて妙な気分になってたんだろ? なら全く脈がないでもねぇもんな。それでお前の事落とせんなら、痛い思いさせてでも毎日抱く。お前がみのりさんの事忘れるように――」
「や、あの、みのりさんって既婚者だぞ?」
「………………は?」
大地が放り込んだ言葉に、風見は一瞬理解が追い付かなかったらしい。怪訝な顔で大地を見詰め。天を仰ぎ。それからもう一度大地を見て。
「え、は? 既婚者? だってあの人、まだ大学生じゃ……」
「そう見えるよな。でも実際は三十四だって」
「三十四⁉」
風見は目を見開いた。お手本のようなびっくり顔だ。
「え、あれで三十四? ガチ? あの見た目で?」
「そうなんだよ。俺も最初に聞いた時はびっくりした。雰囲気も若いから俺も仲良くしてるけどさ、流石にそこまで年上の、しかも既婚者となると、好きとかそういう対象にはなんないよ」
「え、でも……」
風見は未だ衝撃が抜けきらないのか、頻りに瞬きを繰り返す。
「それじゃなんであんな特別扱い……って、もしかして」
「そう。あの人、妊娠してんの」
大地はこっくりと頷いた。
「妊婦さんがお前の電流食らったら、赤ちゃんに影響出るかもしんねぇじゃん。だから絶対近付かせるわけにいかなかったの」
「あぁ、大事にしてるって、そういう……」
風見はそう呟くと、一気に力が抜けたようにしゃがみ込んだ。そして頭を抱え込み。
「なんだ……俺めっちゃ勘違いでストレス溜めて、馬鹿みたいじゃん……」
呻くようにそう吐き出す。
ああ、やっぱりか。
どうやら風見は、大地に好きな人が居るという勘違いからストレスを募らせ、放電を強くしていたらしい。
「なんかお前って、思ってたよりずっとピュアな奴なんだな」
大地はぽつりとそんな感想を口にした。そして風見と目線を合わせ、相手の顔を覗き込む。
「たくさん遊んで来た奴でも、こんな風に暴走すんの?」
「……仕方ないだろ、好きンなんの初めてだし」
風見は恨めしげにこちらを睨み、それから口を尖らせる。
「つぅか、お前の方はなんでそんな普通なんだよ? 俺、お前に告った上にちゅーまでかましてんだけど? 気持ち悪いとか思わねぇの?」
「あー……それが不思議と、思わないんだよなぁ」
大地は少し考えながらそう答えた。
「そりゃ勿論びっくりしてるし、勝手にキスなんてすんじゃねぇよとは思ってる。困るか困んないかで言えば困る寄りではあるんだけど、別にそれでお前を気持ち悪いとかは思ってない」
「はぁ? じゃぁなに、付き合ってくれんの?」
「や、そういうわけでもないんだけど」
大地が首を横に振ると、「なんだよ期待させんなよ!」と風見は文句を言うのだが、仕方ないだろう。大事な決断ができる程には、まだ色々と追い付けていないのだ。
だがその割にこんなにも落ち着いていられるのは、散々電撃を食らったせいで頭が麻痺しているのかもしれなかった。いつもの大地ならば、もっと取り乱したような気がする。
なんにせよ、今は落ち着いていられるのが有り難かった。お陰で色恋に惑わされず、大事な話ができるからだ。
大地は改めて風見の顔を見据えると。
「なぁ、さっきの話だけど。お前の帯電が悪化したの、ストレスが原因なんだよな?」
「あ? あーまぁ、そうだけど……今その話に戻るわけ?」
風見は苦々しい顔をする。きっと彼としては、今は告白についてフォーカスしてほしいのだろう。が、それについて大地はまだ答えが出せない。だからここは別の話を片付けたい。
「あのさ、ちょっと思ったんだけど。もしかして風見の気が済むまでハグしたらストレスそのものがなくなって、帯電体質直ったりすんじゃねぇのかな? いつもは十秒だけだったけど、もっと長く、お前が満たされきるまでハグしたらさ」
「……は?」
この提案に、風見は呆気に取られたようだ。
「ってお前、本気で言ってる? 告白してきた奴相手に思う存分ハグさせるって、お前的にどうなのよ。しかもやっぱ痛ぇだろうし……」
「でも流石にこのままにはしておけねぇじゃん。それにやっぱ、ハグって好きな人とすんのが一番癒やし効果あんじゃねぇの? だったら俺がやるしかないだろ。だから、ん」
大地はまた、風見に向けて腕を広げた。もう帯電についてのすったもんだは片を付けたかったのだ。
これに風見は眉根を寄せて。
「お前ってホントそういう事するよな。どこまでも優しいっつか、自己犠牲精神があり過ぎっつか。そういうのが俺にはグッときちゃうんだって……!」
何処か苛立たしげに言ったかと思うと、風見は大地を思い切り抱き締めた。瞬間バチッと電気が走る。が、先程よりはずっと程度がマシだった。大地に好きな人がいないとわかり、かなりストレスが緩和されていたようだ。
――つぅかそこまで如実に影響出るって、コイツって本当に俺の事が好きなんだ……
むくむくとそんな実感が湧いてくる。
と、なんだろう。風見の事がなんだか可愛く思えるような。
こんなにも全力で愛情を向けられると、絆されていくような。
勿論大地の恋愛対象は男ではないし、今はまだそこまで風見との関係を前向きに考えられてもいないのだが。
それでも心の何処か深い部分が動き出していくような……と、思ったが。
「あー……やっば、堪んない」
耳元に熱っぽい声が吹き込まれ、大地の思考は遮られた。
「久々に好きな奴を自分の腕に閉じ込めてんの、多幸感やばいわ……ドーパミンめちゃくちゃ出てる感じする。こんなの知ったら戻れねぇ、絶対手に入れてやりたくなんじゃん……っ」
「わ、ちょっ⁉」
大地は素っ頓狂な声を出す。辛抱堪らんというように、風見ががぶりと大地の耳を噛んだのだ。大した痛みはないものの、くすぐったさに似た初めての感覚が全身を駆け巡る。
「お、お前、それはナシだろ⁉ 何してんだいきなり!」
抗議と共に、大地は風見から距離を取ろうと身を捩ったが、すっかり抱き込まれた姿勢ではそれもうまくいかなかった。風見は容赦なく大地の耳を甘噛みする。いや、それでは飽き足らず、こめかみに、頬に、首筋に、ちゅ、ちゅ、と唇を寄せてくる。
「ちょっ、やめ、やめろってぇ!」
「やーだ。あのなぁ、お前の事好きって言ってる男にハグさせるってこういう事だから……つかお前のそういう反応、結構いいかも。めっちゃストレスに効くっぽい」
「はぁ⁉ 何言ってんだ⁉」
大地は思い切り突っ込んだが、風見が好き勝手する程に、身体に伝わる電気の量は確かに軽減されていった。
その代わりに、大地は毎秒風見に翻弄され、心の余裕をごっそりと奪われていくのだった。
授業前の十分休み。購買に向かおうとする友人たちを「俺も行くー」と追い掛けると、珍しそうにそう言われた。
「俺らと居ていいのかよ? 風見がまた拗ねるんじゃねぇの?」
「んー、多分大丈夫……俺、なんか避けられてるっぽいし」
「? なんだそれ」
大地の言葉に友人たちは首を傾げる。
が、それにどう答えたものやら。
大地自身、現状をどう判断して良いものかわからずにいるのである。
週末、草野球の日。
どういうわけか風見の電気は急激に強くなった。
痛みに滅法強い大地でも、迂闊には触る事ができない程に。
「ちょっ……なんだ今の。なんで電気強くなった? 何か心当たりとかあんのか?」
大地は戸惑いながらも問い掛けた。ただでさえ大変な状態だったのが更に悪化するなんてとんでもない。とにかく原因を突き止めて、対処しなければと思ったのだ。
だが、風見は問いには答えなかった。
彼はただ青い顔で、「もしかして……」と言ったきり黙り込む。
そうして暫しの逡巡の後、意を決したように顔を上げると。
「あのさ。三好はなんもしなくていいから」
「……は?」
突き放すような言葉に、大地は思わず顔を顰める。
「なんもしなくていいって……そんなわけにもいかないだろ。俺が痛いって相当だし、一緒に対応考えた方がいいだろ。つか、これからも日課でハグするなら俺にも関わってくる事だし――」
「それももういい」
「え?」
「ハグも、もういい」
風見ははっきりとそう告げた。
「とにかくもう、三好は関わらなくていい……自分でなんとかしてみるから。今まで巻き込んで悪かったな、でも、マジでもういいから」
そう一方的に言い置くと、大地を置いて走り去ってしまったのだ。
そして今日、月曜日。
これまでだったら登校するなり三好三好と纏わりついてきた風見なのだが、今日は全く話し掛けてこなかった。彼は自らの席から動く事なく、それどころか大地に視線を向ける事もなく、気怠そうにスマホをいじる。
これに大地はカチンときた。だって、いきなりこんなにも態度が変わるなんて、どう考えてもおかしいじゃないか。
土曜日は突然の決別宣言に面食らい追い掛ける事ができなかったが、突然の一方的な決別宣言を受け入れられるはずがない。とにかく一度ちゃんと話さないと……そう考え風見の元へと向かったのだが、大地が話し掛ける前に風見はふいと立ち上がって教室を出て行ってしまった。そしてそれ以降も、大地は完全に避けられているというわけだ。
「ふーん……事情はよくわかんねぇけど、解放されたんなら良かったじゃん! 大地、風見と二人でいるの結構ストレスだっただろ?」
「な、風見と居ると惨めな気分になりそうだし」
「住む世界違うと話題にも困りそうだし……大地、よく相手してたよ」
購買へと向かう中、皆はそう言って大地を労う。
うん。大地もそれに同意のはずだ。
風見に一緒に居てくれと言われた時、正直困った。まぁ共に過ごす内、全く毛色の異なる自分達でも意外と話ができるものだとは気付いたが、日課となったハグはやはり妙な気分にさせられるし、口説き文句のような言葉を吐かれるのもどうしていいかわからない。
だから風見が自分を離れ、調子を狂わせる諸々がなくなるのは喜ぶべき事のはずなのだが。
しかし大地は、どうしてもすっきりしなかった。
もう大地はこの件に十分過ぎる程巻き込まれているのだし、何故帯電が強まったのか、どうしたらそれを改善できるのか、共に考えるのが当然だろう。なのにあんな風に突き放すなんて、風見は何を考えているのだろう。それに風見のように異様なまでの寂しがり屋が、自分とまで離れて平気なわけがないじゃないか。
事実、風見の顔色は朝からずっとよろしくない。やはり彼は、一人ではいられない性質なのだ。だというのに頑なに大地を避けるのだから、本当に意味がわからない。
――もしかして、俺も電撃でダメージ食らうようになったから気にしてんのか……?
それは如何にもありそうな話だったが、しかし腑に落ちなかった。
だって、もしそういう理由で避けるなら、はっきり告げれば良かっただろう。だが風見は言葉を濁した。という事は彼の中、他にも何か思うところがあるという事じゃないか。が、それがなんなのか、大地にはさっぱりだ。
「うーん、なんかすっきりしねぇー……」
購買で買った強炭酸を呷っても胸の中のモヤモヤが晴らせない。すると事の顛末を聞いた皆は、呆れたように肩を竦めた。
「ほんとお前って、情に厚いっつぅかなんつぅか……風見の電気が強くなったならお前だって危ないし、風見の方から離れてくれたんなら万々歳じゃん。もしかして一緒に居る内にすっかり情が移ったとか?」
「そりゃ……あんだけ毎日二人でいたら移るだろ。アイツ、絶対一人になりたくない奴なんだよ。それなのに自分から俺の事突き放すとか、本当にそれでいいのかって気になるじゃん」
きっと風見は、物凄く無理をしているはず。
そして大地は、それを見過ごすのを決して良しとできなかった。
だって風見は、大地の危機を救ってくれた恩人なのだ。
まぁそれ以前に大地が風見の孤独を埋める役割を担ってやっていたのだから、貸し借りの面ではイーブンなのかもしれないが、しかしどうしても気になってしまう。風見がしんどい思いをしているなら、手を貸してやりたいと思ってしまう……というような事を口にすると。
「……なぁ大地、もしかしてだけどさぁ。お前って風見に惚れてんの?」
「は?──え、はぁ⁉」
思い掛け無い事を言われ、素っ頓狂な声が出た。
「惚れた⁉ 俺が、風見に⁉」
まさかあり得ないと思って問い返すのだが、他の奴も、「あぁ、俺も思った」と頷いた。
「なんか今の話、急に風見に距離取られて未練たらたらって感じにも聞こえるもんなぁ」
「いやいやいや、違うって!」
思わず大きな声が出て、すれ違う女子生徒の視線を集めてしまう。それに罰が悪くなり、大地は声のトーンを抑えながらも言い募る。
「俺はただ、ここまで散々振り回されたから当事者意識が強くなってるだけ! だから、事態が改善したわけでもないのに、むしろ悪化したタイミングで“もういいです”って言われても納得なんてできないって話で!」
「んー、まぁお前はお人よしだから、本当にそうなのかもしんねぇけど。でも大地が風見にってのもあり得ない話じゃないと思ってさ。風見に惚れてる男子ってのも一定数いるらしいから」
「――え? え、ガチ?」
大地が目を瞬くと、こっくりとした頷きが返された。
「ほら、やっぱ風見ってあの見た目だし。帯電になる前は体育とかで男子同士関わる機会もあったじゃん? で、そういう場面でちょっとでも接触すると落ちちゃう奴ってのがいるんだって」
「あー、なんかたまに聞くよな。風見とストレッチ組んだらいい匂いがしてドキドキしたとか」
「実を言うと俺も、風見の事やっかんではいるし好きではないけど、実験の班が同じになった時はちょっと変な気分になった事ある。勿論本気で好きになるとかじゃなかったけど、それでも近くでアイツ見てると、グラッとくるものがあったんだよなぁ」
そんな言葉に一同は「わかるー」と同意し、大地は大いに驚かされた。なんと彼らは、風見を良く思わないのと同時に、彼の魅力に取り込まれそうにもなっていたというのか。
「えぇ、皆がそういう風に思ってたの、俺全然知らなかった……」
「そりゃこんな誤解招きそうな話、わざわざ自分からしないしな。でも実際、多くの男子が思ってんじゃねぇのかな。鼻には付くけどいざ近付くとドキドキするって」
「な。だからあんだけべったりされたら、大地が風見に落ちるってのも無くはない話かと思ったんだけど」
実際どうなの?
皆が興味津々の顔で見詰めてくる。
が、大地には正直よくわからなかった。
確かに風見は、同棲だとしても魅力的だと思う。誰だって綺麗なものは好きだろうし、大地だってそうだ。だから風見の容姿に惹かれているのは否定できない。
それに風見は思い掛けず漢前な面もあり、大地は絶体絶命のピンチを救われた。そうなれば思い入れだって膨らんでくる。
そして、風見にドキドキさせられているのも事実だった。ハグされれば彼のフェロモンに酔わされるし、最近の言動には大いに翻弄されていた。
が、だとしても大地はこれまで、自分が同性を好きになる可能性なんて考えた事すらなかった。というかそれ以前に、色恋の話をする事自体が気恥ずかしくなってきて、「ない!」と強く言い放つ。
「俺は全くそういうんじゃない! ただ単純に、風見の境遇を心配してるだけだから!」
「そう? それならそれで別にいいから、んなムキになんなって」
どうやら皆に大地を揶揄おうという気はなかったようで、「そういやさぁ」とすぐに別の話題へと興味を移す。
が、大地の中ではこの時の気恥ずかしさが蟠りとなって残ってしまった。
嗚呼そうか、あまり風見の事を気にしていると、周りから変な誤解を受けるのか。
だとしたら、あまり気に掛けているのもよくないか……。
そんな風に考えが及ぶと、大地は意識から風見の事を追い出した。というか風見の方から「もういい」と言われたのにいつまでも気にしているのは、皆の言う通り未練があるかのようじゃないか。
そう、自分は解放されたのだ。だとしたら戻って来た日常を有り難く享受すべき──と、思ったが。
数日が経過し、以前のように友人たちとつるみ始めても、やはり何処かでは風見の事を気にし続けるのをやめられなかった。
だってやはり心配だ。
人恋しさを募らせ弱り切る風見を見てきたのだから当然じゃないか。
だが顔色はよろしくないし生気もないが、風見はなんとか倒れずに日々を過ごしていた。もしかしたら彼なりに心の折り合いを付ける術を見出したのかもしれない。だとしたら、自分は本当に不要になったという事だろうが。
──けど、それなら……俺と風見の接点はまたゼロに戻るんだなぁ……
ふとそんな考えが頭を過ぎり、ちくりと胸が痛くなった。
いや、そのちくちくとした感覚は、少し前から味わっていたものだ。
登校しても、風見が「三好ぃー」と寄って来ない。他の誰かと話していても、「三好は俺の専属じゃん」と邪魔して来ない。学校を出る前の、西校舎でのハグがない。
それらはどれも日常を見出す迷惑なものだったはずなのに、失ってみるとなんだか寂しく感じるのだ。
──これってつまり、いつの間にか深いとこまで風見が入り込んでたって事なのか……?
彼に泣きつかれ共に行動していたのは、ほんの一ヶ月弱程だ。だが見た目も境遇も強烈な風見という存在は、想像以上に大地の中で大きく膨らんでいたらしい。
いつの間にか、居る事が当たり前になっていて。
だから居なくなられると、なんとなく空虚な感じがして。
──俺ですらこんな風になってんのに、アイツはホントに平気なのか……? もうホントに俺なんかいらないって……?
そう考えると胸が痛み、それが物凄く癪だった。だってこれでは、自分の方が風見を必要としているみたいじゃないか。
というかそういう心情は抜きにしても、せめて状況の報告くらいあっても良さそうなものなのに。風見は何故か悪化した帯電体質について、自分でなんとかすると言った。果たしてそれはうまくいっているのだろうか。状況を改善する方法は見つかったのか? 進捗くらい教えてくれてもいいじゃないか。
とは思いつつ、大地は自ら聞く事ができずにいた。先日友人達に言われた言葉が引っ掛かったのか、はたまた避けられる事に臆しているのか、風見に話し掛ける事が躊躇われていたのだ。
そうしてただモヤモヤとした気持ちを抱えたままに日々を過ごしていたのだが――そんなある日の事である。
二十二時。バイト終わりの大地が駅へと歩いていたところ、通りの向こうに私服姿の風見を見付けた。
彼はこちらには気付いていない。ガードレールに腰掛けて、人並みを眺めている。その様子、どうやら誰かを待っているようだが。
──……って、誰を?
大地は思わず足を止めて考えた。
だって今の風見は、あの草野球の日から状態が変わっていないとすれば、かなりの電気を纏っている。だとすれば、万が一人と接触すれば相手に大ダメージを与えるはずだ。
だというのに、一体誰と会おうというのか。もしや大地よりも痛みに強い、リスクなく一緒にいられる人間を見付けたとか? だとしたら、それはとても良い事だ……と、思うのに。
――なんかそれって、モヤモヤする……
大地は近くの看板の影に身を隠し、こっそり風見を見守った。何故だかうまくは言えないが、自分の代わりに風見がどんな人物を側に置くようになったのか知っておきたい気がしたのだ。
その人物は、然程待たずに現れた。
それに大地は顔を顰める。
なんとなくのイメージで、その相手とは自分達と同年代だろうと思っていたのだが、風見に声を掛けたのは四十……いや五十代くらいのサラリーマン風の男だったのだ。
──あの人が風見の次の拠り所……? って、どうやって知り合ったんだ……?
自分と風見以上に釣り合わない取り合わせだ。もしやあれは親族だろうか?……いや、そういう感じにはとても見えない。会話が聞こえる距離ではないが、わかる。男の人は風見に何かを問い掛けて、風見が頷く。男が安堵したような笑みを見せる。そのやりとりは、初対面の人間二人が初めて待ち合わせをした時のものに違いない。
その時点でじわじわと嫌な予感がしていたのだが、それが確信に変わったのは次の二人のアクションを見た時だ。リーマンが風見の肩に触れようとし、風見は軽く笑ってその手を避けたのである。
──って……風見が触られるのを避けたって事は、あのおっさん、痛みに強いってわけじゃない……?
だとしたら、何故そんな人物と会う必要があるのだろう。あの男の感じからして、風見が楽しく遊べるような相手だとも思えない……というか、うん、色々な考えが浮かんではくるものの、今一番問題なのは、二人が連れ立って歩き出した先がホテル街方面だという事だ。
「…………っ」
居ても立っても居られずに、大地は看板の影から飛び出した。酔っ払いや大学生のグループを掻き分けて、風見達の後を追う。
周囲の景色は隠微なネオンが光り始め、そこを行き交う人々の雰囲気も高校生の大地にはなんだか怖い。が、怖いからこそ止まっちゃダメだと言い聞かせて走り続ける。
そしていざ、風見と男が一軒のホテルの門を潜ろうとしたところで。
「風見っ!」
大地は風見の腕を掴んだ。
バチっという音と共に痺れるような痛みが弾け、風見が驚きに目を見開いて振り返る。
「三好……⁉ なんで此処に……っ」
「な、なんだキミは⁉」
男も大地の登場に狼狽えていた。が、何かを説明してやる必要も義理もない。大地は風見の腕を引き、男を置き去りに元来た道を駆け戻る。それに引きずられるように走りながら、風見が混乱した声を出す。
「なぁ三好、何してんだよ⁉ ガチで意味わかんねぇ……つかとにかく手ェ離せ! 痛ぇだろ!」
嗚呼、全くその通りだ。今、風見に触れている手はバチバチと強烈に痛んでいる。だが手を離す事のないままに大地は鋭く言い返す。
「何してんだよはこっちの台詞だ! 風見、お前何してんだ! さっきのおっさんなんなんだよ⁉」
「っ!」
風見はグッと言葉に詰まり、その瞬間に電流も強まった。
「痛っっ!」
思わず悲鳴を上げてしまうが、それでも大地は風見の腕を離さずに走る。そうしないと、風見は逃げてしまうような気がしたから。あの男の元へ戻ってしまうような気がしたから。
だが、そんな展開を見過ごせるもんか。半ば意地になりながら痛みを堪えて走り続け、ホテル街を抜けたところで。
「……っ、三好、わかった」
ぐん、と風見が腕を引いた。それから今までは大地主導で走っていたのを、今度は彼が「こっち来て」と走り出す。
「あ⁉ なんだよ、何処に──」
「落ち着いて話せるとこ。だってちゃんと説明しねぇと、お前納得しないだろ」
そうして連れて来られたのは、雑居ビルのエレベーターホールであった。飲食店が入っているわけではないので、この時間にはもう人の出入りがなくしんとしている。他に人の姿がないのを確認すると、風見はこちらを振り向いて。
「ほら。こんなトコまで来て逃げねぇから。とりあえず手離せよ、痛ぇっしょ?」
「…………」
大地は風見の様子を注意深く観察しながら手を離した。が、肩の辺りまでビリビリという痺れが残る。正直かなり無理をして風見の腕を掴んでいたのだ。
しかしそれに構っている場合じゃない。大地は険しい顔をして。
「で? なんなんだよさっきのは。なんでお前はおっさんとラブホなんか入ろうとしてたわけ?」
なんとなく、その意図はわかっている。だがちゃんと風見の口から説明がほしい。
風見はきっと気まずさを感じているのだろう。大きく一度息を吐いたが、それから観念したようにぽつぽつと語り出す。
「……あのおっさんと会ったのは、帯電をなんとかする為だよ。ここまで酷くなったのはきっと、ストレスが溜まり過ぎたせいなんだ」
風見は自らの手を見詰めながらそう話す。
「帯電について色々調べる内に知ったんだけど、ストレスも原因になり得るんだって。三好の先輩らと喧嘩したとき明らか電流強かったから、多分これは俺のメンタルが影響して強くなんだよ。で、とにかくここまでになっちゃったら危ねぇし、早急にストレス解消しなきゃと思って。それにはハグが必要だなって思ったけど、もう三好には頼れねぇじゃん? この電気に堪えられる奴もきっといない……だからマチアプで変態のおっさん引っ掛ける事にしたんだよ。そういう奴なら痺れさせても罪悪感ねぇし。むしろ世直しにもなるし」
そうして風見は、夜な夜な知らないおっさんとホテルに行き、ハグを繰り返していたのだという。寂しさを埋め、ストレスを和らげる為に。
「つっても勿論、部屋入って抱き付けば相手は気ぃ失っちゃうから、それ以上の事はしてねぇよ? 俺もそんなのしたくねぇし」
「あぁうん、そこはまぁ良かったけど。でも全然納得はできねぇわ」
大地は額を抑えて息を吐く。
全くこいつは、なんと馬鹿な事をしていたのか。
「なぁ、聞くけどさ。そんなんやってて、お前のストレスは減ったのか? 普通に考えて変態のおっさんとハグなんて逆にストレス溜まんだろ。そもそもお前、草野球ん時言ってたじゃん、誰でもいいわけじゃなくなってきたって。それなのによりにもよっておっさんって」
「でも他にどうしようもなかったんだよ。つか実際、人肌に触れられる事自体は効果あったし。劇的にストレスが減るわけじゃなくても、ぶっ倒れずに済んでたじゃん?」
「だとしても、やっぱお前にとっていい事ではなかっただろ。というかそもそも、なんでそんな急激にストレスが……」
そう言い掛けたところで、大地はハッと思い至った。
「もしかして、俺のせいか……?」
帯電が強まったのは草野球の時で、風見は途中から不機嫌だった。きっとそこにストレスの理由があるのだろうが、あの場に風見の知り合いは大地しかいなかった。ならばストレスの原因は自分にあると考えるのが自然だろう。
「なんだよ、俺がなんかしちゃったのか……? そのせいでお前――」
「あぁ、いーの」
風見はひらと手を振った。
「別にお前のせいってわけじゃねぇよ。どっちかっつぅと俺自身のせいっていうか。俺が大それた事望んだからっつか」
「は? なんだよそれ」
大地は問い掛けるのだが、風見は答えを寄越さなかった。
彼は軽く肩を竦め、「とにかく」と話をまとめに掛かる。
「心配掛けたのは悪かったけど、俺は特に問題ねぇから。ホテル入るっつっても私服なら誰に見咎められるでもないし、帯電してる限り悪さされる事もないし。これで解決はできなくとも、低空飛行でなんとかやっていけそうだし?」
風見はそう言って笑って見せた。これでいいのだというように。
だが、まだ大地は納得ができなかった。たとえ風見自身が大丈夫だと言っていても、やはり知らないおっさんとホテルに行くというのは看過できるやり方ではなかったのだ。
というか、そんな事をするくらいなら。
「…………っ」
大地は決意を固めると、風見の前にバッと腕を広げて見せた。
これに風見は「……は?」と小さく声を漏らし、それから引き攣った笑みを浮かべて。
「え、何それ。なんのつもり?」
「何ってハグだよ。それ以外ねぇだろ。今まで通り、俺とハグすりゃいーんじゃねぇの?」
「いや……いやいやいや」
風見は呆れ顔で首を振った。
「俺がお前を選んでたのは、お前が痛みに強いからだよ? 今の状況じゃお前だって痛いじゃん。それなのに」
「いーよ別に」
大地は風見の言葉を遮って言ってやった。
「痛いったって堪えられない程じゃねぇし。知らないおっさんよりかは俺との方がストレス緩和になるんじゃねぇの? リスクだってないし、俺を使うのが一番合理的だと思うけど」
「合理的って……」
大地の言い分に風見は呆気に取られたようだが、それから再び首を振った。
「……や、無理。俺もそんな鬼畜じゃねぇし。つかもしお前が堪えられるとしても、俺が堪えられる気がしない」
「なんだそれ。俺じゃ不満だって言いてぇの?」
「そうじゃなくて……あーもう」
風見はガシガシと頭を掻いた。それからキッとこちらを睨むと。
「なぁ、さっきからなんなのお前は。男とハグすんの嫌だったはずだろ? それに俺から解放されて清々しただろうに、なんでわざわざ構ってくんだよ。実は痛いのが癖になってましたとかそういう事?」
それはやけに突っかかるような言い方だった。
普通、こんな事を言われればカチンとくる。折角親切にしてやろうというのになんなんだと、もう知るかと背を向けてしまうだろう。
が、大地はそうしなかった。風見が心にもない事を言っているとわかるから。
風見は基本的にいい奴なのだ。
強引で寂しがり屋で、困った事の多い奴ではあるのだが、故意に人を傷付けるような真似はしない。そんな奴が敢えてこちらを貶めるような言い方をするのには、きっと何か理由があるはず。恐らくそれは、こちらを気遣っての事だろう。
勿論直感に過ぎないが、大地はそうだと確信していた。
だから引かない。
むしろずいと前に出て。
「確かに俺、お前と居るのしんどかったよ。けどそれは、ただ他の奴らとつるめなくなるのがちょっとなぁとか、ハグすると妙な気分になって怖かったってだけだから。お前が嫌いだったわけじゃない」
「ん? なんだよその妙な気分って」
「だってお前、フェロモンダダ漏れなんだもん。そんなもん毎日ゼロ距離で食らってたら、流石にちょっと変な気になるっつぅか……ってそんなのはどうでもよくて!」
この局面に気が昂ぶっているのか、言わなくてもいい事が口を突いた。
大地はぶんと頭を振って、「とにかく」と話の軌道を修正する。
「俺はお前が嫌いじゃないし、お前に助けられた事もある。要するにもう情が湧いてる状態なの! だからお前が困ってんなら助けてやりたいし、その為なら多少痛い思いするのは全然いーよ。つか正直、今更蚊帳の外に置かれんのは気持ち悪いし、お前が変態とハグしてんのもなんかやだ! それくらいなら俺を使ってもらった方がずっと――ンっ⁉」
言葉はそこで途切れてしまった。
大地の唇は、風見のそれにより塞がれてしまったからだ。
「――……っ」
突然の、それも全く思い掛けない事態により、大地は自らの意識が宇宙まで吹っ飛んでいくような感覚がしたのだが、それをビリリという電流が引き留めた。
「っ!」
痛みにより反射的に頭を逸らし、唇が離れる。しかし風見は逃がしてはくれなかった。彼はがっちりと大地の身体を抱き竦めて。
「くっそ……なんなんだよマジで……折角逃がしてやろうとしてたのに! そんな風に言われたら、もう離せなくなんじゃんよ!」
「って待って風見、今、想定以上にめっちゃ痛い、一旦離し――」
「いやだ!」
風見はきっぱり言い切った。先程までの遠慮はどこへやら、一層強く大地の身体を掻き抱く。
そうして食らう電流は相当な強さであった。全身がバチバチと弾けるようで、更には先程のキスの事も相俟って、大地は混乱状態だ。
だがそんな中でも、耳元で吐き出される風見の声ははっきりと届く。
彼は大地よりも苦しげに、掠れた声で吐き出す――三好が好きだ、と。
「俺……今まで寂しいのを埋めたいだけで、誰かを特別に想う事なんてなかった。一緒に居てくれんなら誰でも良かった。相手もどうせ遊びだし、お互いに気持ち良ければいいじゃんって。真剣に向き合う事なんてなくて……でも」
風見はぐっと腕に力を込める。
「でもお前は、そういうのとは全然違った。メリットなんてなんもないのに、善意とか優しさだけで俺に付き合ってくれただろ。なんかそれが……すげぇグッときたんだよ。そんでお前の事知りたいとか、他の奴に取られたくないとか思うようになって……だから草野球とかまでついてって。少しでも一緒に居て、俺の事意識してもらえればって……でも」
そこでぎゅうぎゅうと締め付けていた風見の腕から力が抜けた。彼は我に返ったように、ふらふらと数歩退く。
そうすると電流からは解放されるが、大地はなんとも言えない息苦しさに喘いでいた。
だって――風見が、自分を好き?
いくら色恋沙汰に疎い大地でも、その告白を「友達として」と解釈する事はできなかった。
それくらい風見は真剣だったから。
そして今、一歩離れた風見の顔を見ると、彼の想いの強さだってひしひしと伝わってくる。
彼は切なそうに眉間に深い皺を刻み、言葉を続ける。
「でもそういうの、押し付けでしかないって気付いた。だからもう、お前に頼るのはやめようって思ったんだよ。だってお前には、みのりさんが居るんだから……」
「………………へぁ?」
その瞬間、張り詰めた雰囲気にそぐわない、なんとも間抜けな声が出た。
が、仕方ない。大地は頭上に疑問符を飛ばしながら。
「へ、あの、なんでそこでみのりさんが出てくんの?」
「いーよ別に、誤魔化さなくて。お前、あの人が好きなんだろ?」
風見は自嘲混じりにそう言った。
「だって二人、滅茶苦茶仲良さそうだったし。お前、みのりさんの事やけに守ろうとしてただろ。重たいモン持ったり、俺が近付かないようにわざわざ釘刺してきたし……あの日って他にも女の人居たのに、明らかにあの人だけ特別扱いしてた。そんなん見せ付けられたらさ、アピールすんのも馬鹿らしくなんじゃんよ。お前は男なんて興味もねぇのに……それに失恋すんのがわかってる相手にハグさせてもらうってのも、俺のメンタルに良くねぇから。だからもうお前に頼るのはやめようって……あーもう、こんなん言うつもりじゃなかったのに」
風見は弱り切ったようにハァーッと大きく息を吐いた。どうやらこの告白は全て、彼の中では全く予定になかったらしい。
だが、改めてこちらの瞳を見詰めてくる風見の瞳は強かった。
彼はしっかり意思を固めたように宣言する。
「でももう、ここまでぶちまけちゃったら引けねぇわ。三好、俺、お前が好きだよ。お前に好きな相手が居ようと関係ない。お前がこっち向くように、この先は遠慮無く行かせてもらうから」
「や、あの」
「つかお前だって、俺とハグしてて妙な気分になってたんだろ? なら全く脈がないでもねぇもんな。それでお前の事落とせんなら、痛い思いさせてでも毎日抱く。お前がみのりさんの事忘れるように――」
「や、あの、みのりさんって既婚者だぞ?」
「………………は?」
大地が放り込んだ言葉に、風見は一瞬理解が追い付かなかったらしい。怪訝な顔で大地を見詰め。天を仰ぎ。それからもう一度大地を見て。
「え、は? 既婚者? だってあの人、まだ大学生じゃ……」
「そう見えるよな。でも実際は三十四だって」
「三十四⁉」
風見は目を見開いた。お手本のようなびっくり顔だ。
「え、あれで三十四? ガチ? あの見た目で?」
「そうなんだよ。俺も最初に聞いた時はびっくりした。雰囲気も若いから俺も仲良くしてるけどさ、流石にそこまで年上の、しかも既婚者となると、好きとかそういう対象にはなんないよ」
「え、でも……」
風見は未だ衝撃が抜けきらないのか、頻りに瞬きを繰り返す。
「それじゃなんであんな特別扱い……って、もしかして」
「そう。あの人、妊娠してんの」
大地はこっくりと頷いた。
「妊婦さんがお前の電流食らったら、赤ちゃんに影響出るかもしんねぇじゃん。だから絶対近付かせるわけにいかなかったの」
「あぁ、大事にしてるって、そういう……」
風見はそう呟くと、一気に力が抜けたようにしゃがみ込んだ。そして頭を抱え込み。
「なんだ……俺めっちゃ勘違いでストレス溜めて、馬鹿みたいじゃん……」
呻くようにそう吐き出す。
ああ、やっぱりか。
どうやら風見は、大地に好きな人が居るという勘違いからストレスを募らせ、放電を強くしていたらしい。
「なんかお前って、思ってたよりずっとピュアな奴なんだな」
大地はぽつりとそんな感想を口にした。そして風見と目線を合わせ、相手の顔を覗き込む。
「たくさん遊んで来た奴でも、こんな風に暴走すんの?」
「……仕方ないだろ、好きンなんの初めてだし」
風見は恨めしげにこちらを睨み、それから口を尖らせる。
「つぅか、お前の方はなんでそんな普通なんだよ? 俺、お前に告った上にちゅーまでかましてんだけど? 気持ち悪いとか思わねぇの?」
「あー……それが不思議と、思わないんだよなぁ」
大地は少し考えながらそう答えた。
「そりゃ勿論びっくりしてるし、勝手にキスなんてすんじゃねぇよとは思ってる。困るか困んないかで言えば困る寄りではあるんだけど、別にそれでお前を気持ち悪いとかは思ってない」
「はぁ? じゃぁなに、付き合ってくれんの?」
「や、そういうわけでもないんだけど」
大地が首を横に振ると、「なんだよ期待させんなよ!」と風見は文句を言うのだが、仕方ないだろう。大事な決断ができる程には、まだ色々と追い付けていないのだ。
だがその割にこんなにも落ち着いていられるのは、散々電撃を食らったせいで頭が麻痺しているのかもしれなかった。いつもの大地ならば、もっと取り乱したような気がする。
なんにせよ、今は落ち着いていられるのが有り難かった。お陰で色恋に惑わされず、大事な話ができるからだ。
大地は改めて風見の顔を見据えると。
「なぁ、さっきの話だけど。お前の帯電が悪化したの、ストレスが原因なんだよな?」
「あ? あーまぁ、そうだけど……今その話に戻るわけ?」
風見は苦々しい顔をする。きっと彼としては、今は告白についてフォーカスしてほしいのだろう。が、それについて大地はまだ答えが出せない。だからここは別の話を片付けたい。
「あのさ、ちょっと思ったんだけど。もしかして風見の気が済むまでハグしたらストレスそのものがなくなって、帯電体質直ったりすんじゃねぇのかな? いつもは十秒だけだったけど、もっと長く、お前が満たされきるまでハグしたらさ」
「……は?」
この提案に、風見は呆気に取られたようだ。
「ってお前、本気で言ってる? 告白してきた奴相手に思う存分ハグさせるって、お前的にどうなのよ。しかもやっぱ痛ぇだろうし……」
「でも流石にこのままにはしておけねぇじゃん。それにやっぱ、ハグって好きな人とすんのが一番癒やし効果あんじゃねぇの? だったら俺がやるしかないだろ。だから、ん」
大地はまた、風見に向けて腕を広げた。もう帯電についてのすったもんだは片を付けたかったのだ。
これに風見は眉根を寄せて。
「お前ってホントそういう事するよな。どこまでも優しいっつか、自己犠牲精神があり過ぎっつか。そういうのが俺にはグッときちゃうんだって……!」
何処か苛立たしげに言ったかと思うと、風見は大地を思い切り抱き締めた。瞬間バチッと電気が走る。が、先程よりはずっと程度がマシだった。大地に好きな人がいないとわかり、かなりストレスが緩和されていたようだ。
――つぅかそこまで如実に影響出るって、コイツって本当に俺の事が好きなんだ……
むくむくとそんな実感が湧いてくる。
と、なんだろう。風見の事がなんだか可愛く思えるような。
こんなにも全力で愛情を向けられると、絆されていくような。
勿論大地の恋愛対象は男ではないし、今はまだそこまで風見との関係を前向きに考えられてもいないのだが。
それでも心の何処か深い部分が動き出していくような……と、思ったが。
「あー……やっば、堪んない」
耳元に熱っぽい声が吹き込まれ、大地の思考は遮られた。
「久々に好きな奴を自分の腕に閉じ込めてんの、多幸感やばいわ……ドーパミンめちゃくちゃ出てる感じする。こんなの知ったら戻れねぇ、絶対手に入れてやりたくなんじゃん……っ」
「わ、ちょっ⁉」
大地は素っ頓狂な声を出す。辛抱堪らんというように、風見ががぶりと大地の耳を噛んだのだ。大した痛みはないものの、くすぐったさに似た初めての感覚が全身を駆け巡る。
「お、お前、それはナシだろ⁉ 何してんだいきなり!」
抗議と共に、大地は風見から距離を取ろうと身を捩ったが、すっかり抱き込まれた姿勢ではそれもうまくいかなかった。風見は容赦なく大地の耳を甘噛みする。いや、それでは飽き足らず、こめかみに、頬に、首筋に、ちゅ、ちゅ、と唇を寄せてくる。
「ちょっ、やめ、やめろってぇ!」
「やーだ。あのなぁ、お前の事好きって言ってる男にハグさせるってこういう事だから……つかお前のそういう反応、結構いいかも。めっちゃストレスに効くっぽい」
「はぁ⁉ 何言ってんだ⁉」
大地は思い切り突っ込んだが、風見が好き勝手する程に、身体に伝わる電気の量は確かに軽減されていった。
その代わりに、大地は毎秒風見に翻弄され、心の余裕をごっそりと奪われていくのだった。
