俺が痛みに強いばっかりに、寂しがり屋の帯電男にロックオンされてます

「やー、ガチで美味かったわ。俺、豚骨ラーメンってちょっと匂いが苦手だったんだけど、お前んトコのはなんか滅茶苦茶美味かった。なんであんなに食いやすいんだろ?」
「あぁあれな、牛乳入れてるんだって。だから豚骨の癖が抑えられてクリーミーになってんの」
「牛乳⁉ え、そんなんアリ?」
「なしだと思うよな。でも実際美味いだろ?」
「美味いんだよなぁー」
 そんな何気ない会話をしながら、金曜夜の繁華街を駅に向かって並んで歩く。今日、大地は風見をバイト先のラーメン屋へと招いたのだ。
 いつも一人で夕食を取っているという風見は、この誘いに喜々としてやってきた。そしてラーメンを食べ終えると、「なぁ、近くの喫茶店居るからさ、お前が終わるの待ってていい?」と言い出した。

――え、待ってても俺、まっすぐ帰るぞ? 十時になるし、寄り道してる時間もないし。
――それでいーよ。駅まで一緒に帰りたいってだけだから。今帰ってもどうせ暇だし、ちょっとでも予定があんの嬉しいし……駄目?
――や、駄目って事はないけど……

 駅までなんてほんの数分しかないのに、そこを一緒に帰る為に、わざわざバイトが終わるまで数時間も待つというのか? 大地は頭上に疑問符を浮かべる。だって、明らかに労力と対価が見合っていない。
 だが極度の寂しがりの風見ならばそういう事も言い出すかもと、結局大地はこの申し出を受け入れた。が、これが自分でも不思議であった。少し前までだったら、特に親しいわけでもない風見と必要以上に共に過ごすのは面倒だと思っただろうに。
 しかしどうやら大地の中で、心境の変化が起きているようだった。数日前、先輩らに襲われ絶体絶命の状況に陥っていたのを救われた事で、風見に対し思い入れのようなものが生まれたのかもしれない。
 あの時、大地は本当に、人生の危機だった。あのままだったら恥ずかしい写真により口封じされた上でボコボコにされ、その先も奴隷のように扱われたかもしれないのだ。そんな窮地から救われれば、多少の好意が生まれてくるのは当然だろう。
――それにやっぱ、アレが効いちゃったんだよなぁ……
 大地が思い返すのは、風見にぎゅっと抱き締められた事である。
 風見とはもう何度もハグしていたが、あの時は全く感じ方が違っていた。
 いつものように耐え忍ぶ時間ではなく、とにかく心が落ち着いた。
 温かくて、安心して、心地良くて。
 大丈夫、大丈夫と言われる度に、強張っていた心と身体が綻んでいくようで。
 きっとああいうのを包容力と言うのだろう。他人を安心させ、包み込む。あの風見のハグがなかったら、立ち直るのにもっと時間が掛かっていたに違いない。それを思うと、今までよりもずっと、風見の事を近しいものとして扱いたくなるのだ。
「つか、ガチで奢ってもらって良かったわけ? 俺けっこう食ったけど……替え玉したし、トッピングもかなり追加したけど?」
「あぁいーよいーよ。つかラーメン屋での奢りなんて、人生の危機救ってもらったにしては安いくらいだろ」
 風見の問いに、大地はひらひらと手を振った。
「とにかく俺、ホントに危なかったから。お前が来てくれてガチで助かったし、ちゃんとお礼しておきたかったんだよ」
「律儀だなぁ。ホント気にしなくていーのに。そもそもアレはお前の為ってか、ほぼ自分の為にしたようなモンだし」
「へ?――あ、ああ、俺があいつらに脅されてパシリになったら、お前に構う時間が減って困るって話か」
「あー、それもまぁそうなんだけど」
 風見はちょいちょいと前髪をいじりながら。
「嫌なんだわ、お前がちょっかい掛けられてんの。お前が先輩らに囲まれてんの見て気付いたけど、俺的にそれってすげぇ面白くない。三好が俺以外の誰かの為に動くってのもなんか嫌。モヤっとする。だからあれは、自分の為に阻止したの」
「は……はいぃ?」
 淡々と紡がれる言葉に、大地は大きく首を捻った。
 だって今、さらっと物凄い事を言われたような?
 だって要約すると、「お前を独占したい」「他の誰にも渡したくない」という事になってしまうような……?
 そしてこの男からそんな事を言われると、ハグされているわけでもないというのに、なんだか心臓が妙な騒ぎ方をするような――と、思っていると。

 ブーッ、ブーッ

 不意にスマホが震え始め、大地はハッと我に返った。そして妙な気分を払拭しようと、「ごめん、電話!」と敢えて大きな声で断り、通話ボタンをタップする。
「は、はいもしもし?」
『よぉ大地、お疲れ! 今って電話大丈夫か?』
「あ……お疲れ様です! はい、少しなら……あ、明日の……あぁわかりました。十時に変更ですね。はい、はい、了解です。それじゃ!」
 短いやり取りを終えて電話を切る。その瞬間、
「今の誰から? 敬語使ってたって事はクラスの奴らとかじゃねぇよな。明日、そいつとどっか行くの?」
 風見が矢継ぎ早に尋ねてきた。
 いや、なんなんだその圧は……思いつつ大地は答える。
「草野球だよ。ほら、俺、学外でたまに野球やってるって言ったじゃん? 俺のおじさんが草野球チームに入ってて、そこで一緒にやらせてもらってんの。で、明日はその試合があるから、キャプテンから集合時間についての業務連絡」
「ふーん……」
 これに風見は思案顔になり、かと思うとパッと顔を上げて、
「なぁ、それって部外者も行っていーの?」
「へ? え、草野球?」
「うん。流石にこの体質じゃぁ他人と接触の可能性がある試合には出れないけどさ。見学って事でベンチに座っとくとか駄目?」
「え、えぇー……」
 この問いに、大地の中では二つの感情がせめぎ合った。
 一つは、風見が来たいというならば叶えてやりたいという思いだ。大地は風見に対し、大いに恩を感じているから。
 だが同時に、臆してもいる。先程の独占欲めいたセリフが引っ掛かっているからだ。
 一体コイツは今、何を考えているのだろう?
 それが全く読み取れず、警戒してしまうのだが。
「俺さぁ、土日はずっと一人なの。流石にお前呼び出すのは負担掛け過ぎだから頼らないようにしてんだけど、でもやっぱしんどいんだよね。SNS開くとみんな楽しそうに出掛けたりしてんのに、俺だけ一人で何してんだろって……だからさ、その草野球ってのがもしオープンな集まりなんだったら、行ってみたいと思ったんだけど……ごめん、やっぱ迷惑だよな」
 そこで風見はふっと笑う。その表情は寂し気で、否応にも哀れを誘った。
 ただでさえ押しに弱い大地である、それがこんな顔をされたら――しかも相手が恩人ともなれば、なんとかしてやらねばという想いが膨れ上がる。警戒心はその影にすっかり隠され。
「あー……わかった。いーよ、来て」
 大地は観念したように息を吐いた。
「実際、チームの人の家族とかも見学来てるから問題ないよ。皆にはお前の帯電体質の事も話しとく。そうすりゃ接触する事もないはずだから」
「ってホントにチョロいんだよなぁ……」
「ん? なんて?」
 風見が小さく呟いた言葉が聞き取れずに問い掛けるも、彼は「いや?」と首を振った。
「とにかくありがと。久々に週末に予定があんの嬉しいわ」
 そうして笑顔を見せられると、大地は一瞬言葉に詰まった。風見があまりにも嬉しそうにするので、なんだかグっと来てしまったのだ。
――って、なんか俺、さっきから振り回され過ぎてないか……?
 独占欲めいたセリフに動悸を乱され、かと思えば哀れを誘われ同情し、最後には心臓を掴まれて……
 そう思うと、明日の草野球もなんだか不安になってくるが、今更断る事もできなかった。ずるずると風見のペースに引きずられていく現状に、大地は小さく息を吐いた。


 翌日は雲一つない快晴だった。いつも草野球を行っているのは近くの河原のグラウンドで、開けた視界に青い空が清々しい。
 そんな中で朝から野球ができるのは最高の気分だ。元野球部の仲間には「大会があるわけでもないのにやる意味ある?」と言われもしたが、大会で結果を残したり技術を高めたりするよりも皆で楽しく野球をするのが好きな大地は草野球でも大満足だ。キンという軽快な音と共にヒットを打ち、悠々と塁に出ると、もう何度も対戦している相手チームのおじさん選手から「このぉ」とおどけてどつかれる。
「全くお前、本当に容赦ねぇなぁ。俺らはもうそこまで走れねぇんだから、もっと思いやりをもって打てっての!」
「って、ホントに手加減なんかしたらそれはそれで怒るじゃないスか!」
 そんなじゃれ合いがあるのも良いところだ。大地はいつものように、この長閑で平和な草野球を堪能していたのだが……しかし気になる事が一つあった。試合が進み、無事にホームまで戻ってくると、ベンチの端の風見の横にどっかり座り。
「あのなぁ、ちょっと見過ぎだから!」
 顔を顰めて言ってやった。
 そう、気になる事とは風見の視線だ。
 彼はプレイ中の大地をじっと見詰めてくるのである。
「そりゃ知り合いが俺だけだから、自然と目で追うってのはわかるんだけどさぁ。そこまでじっと見られてたら流石に集中しにくいって!」
「そう? その割にしっかり点とってんじゃん。やー、やっぱ三好って運動神経いーんだな。お前が活躍してんの、見てて気持ちいい」
「っ」
 そうしてにっこり笑われると、それ以上文句が言えなくなった。本当に美形というのは恐ろしい。笑顔一つで空気を支配してしまうのだから。
 もしや自分は、風見の顔に弱いのか? ふとそんな事まで考えるが、悟られるのはなんだか癪で、大地は平静を装って「つぅか」と続ける。
「風見って野球とか興味あんの? スポーツのイメージ全くないけど」
「ああ、野球に限らずスポーツ全般特に見ない。俺の遊び相手は女の子だし、女子が興味ないモンにはほぼノータッチ。やるとしても精々ダーツくらいかな」
「ダーツ! それはまたオシャレなモンを……」
「大学生のお姉さんとかと遊ぶとなると、そういうトコ連れてかれんだよ。あとはそうだな、ビリヤードとか?」
 それまたオシャレなワードであった。大地はダーツもビリヤードも未経験だし、ルールさえよくわからない。
 このギャップに、改めて風見と自分では住む世界が違っているのだと実感した。風見は今日の予定を楽しみだと言ってはいたが、しかし彼が真に望んでいる場所はきっとここではないだろう。
「ほんとさぁ、お前も早く日常に戻れるといいよなぁ」
 大地は試合を見守りながら、ぽつりと呟く。
「やっぱ俺じゃしてやれる事に限界あるし……お前に本当に必要なのは、女子達とのもっと密な触れ合いだろ? 早いトコそっちの生活に戻りたいよなぁ」
 人には居場所が必要だ。
 自らの望む、安心できる居場所が。
 それがないと如何に人が不安定になるのか、大地は身をもって知っている。
 だからこそ風見に同情するのだが。
「んー……なんか最近、そうでもなくなってきてんだよなぁ」
 風見は組んだ足の先を揺らしながらそう言った。
「確かにお姉さんらの柔らかさとか、濃密なスキンシップはいいものではあったんだけどさ。なんか段々、いらなくなってきた気がして」
「へ?」
 思いがけない言葉に大地はぱしぱしと瞬きした。
「それって、寂しがり克服したって事? 暫くスキンシップできずにいたのが荒療治になったとか?」
「や、そういうわけじゃない。今でも俺は過度な寂しがり屋だし、いつでも誰かと居たいとか、触れてたいって気持ちは変わらねぇよ。でもなんか、誰が相手でもいいってわけじゃなくなってきたっつか」
「って、なんで?」
「さぁ、なんでだと思う?」
 風見は大地の顔を覗き込むようにして尋ねてきた。
 そうしてじっと見詰められると、大地はなんだか落ち着かなくなる。なんとなく風見の顔を見ていられずに視線を落とすが、それでもまだ風見はこちらを見詰めている。その視線には、いやに熱が込められているような……
 いや、なんだ。
 なんなんだこれは。
 大地は徐々にうるさくなる心臓を感じながら考える。
 少し前とは明らかに、風見の態度が違う気がする。
 ターニングポイントは、あの先輩らの暴挙の夜か?
 あの夜以来、なんだか言動が甘いような……?
 それにどうしていいかわからずにいると、風見が「……三好、俺さぁ」と切り出して――その時である。
「おーい、大地くーん!」
 一気に空気を変えるような高い声が割り込んだ。
 それにパッと顔を上げると、「えっ、みのりさん⁉」土手の上から階段を降りてくるワンピース姿の女性が、こちらへと手を振っていた。
「ねぇー、ちょっと大荷物なのー! 運ぶの手伝ってくれるー⁉」
「あ、はーい! っと、風見悪い、俺ちょっと行ってくる!」
 そう断ると、大地は即座に駆け出した。
 そしてその胸の内で、
――た、助かったぁぁ……!
 思い切りそう叫んでいた。
 なんなんだ、本当になんなんだ。
 大地は混乱を極めていた。
 先程の風見の言葉。
 寂しさを埋める相手が誰でもいいわけではない、と。
 そんな言葉の後にあんな風に見詰められたら、変な誤解をしてしまうじゃないか!
 が、そう考える自分自身が信じられない。いくら風見が見境ない奴だとしても、それはあくまで寂しさを埋める為だ。自分みたいに平凡な人間に特別な感情を持つわけがないというのに!
 だが、その可能性を完全に否定しきれない。
 何故って、昨夜の事があるからだ。
 昨夜、風見は大地に対し独占欲を滲ませた。
 その上でさっきのような事を言われたら、やっぱり動揺してしまう。
 ともかく今は自分を立て直したかった。故に目の前の事に集中する事にした。大地は階段を一気に駆け上ると。
「それ、もらいます!」
 即座に女性からクーラーボックスを引き受ける。すると相手は肩を竦めて。
「ごめんねぇ、ちょっと張り切り過ぎちゃって。自分が持てる重さ超えちゃって……」
「もう、ほんと無茶するんだからなぁ。もっとキャパ考えてくださいよ!」
「ほんとにねぇ」
 そう言って苦笑するその人は、この草野球チームのマネージャー役を務めているみのりという人だ。いつもポニーテールを揺らしながら皆のケアに走り回る。
 ぱっちりとした瞳と明るい性格が評判の、チームのアイドルのような存在だ。彼女が来ると、チームの空気がぱっと華やぐ。聞いた話では、みのり目当てで試合の申し込みすらあるらしい。
「つぅか、今日は来られないんじゃなかったんですか? 俺、叔父さんからそう聞いてましたけど」
「そのつもりだったんだけど、思ってたより検診が早く終わったから。それに結構暑くなってきたし、皆の健康守らなきゃって、冷たいもの買ってきたんだ。きっと他の人じゃ、そういう気が回らないだろうからね」
 ずっしりと重たいクーラーボックスには、冷えたスポーツドリンクが大量に入っているようだ。確かに今日集まっている面々の中、そういう準備をした者は一人もいない。マネージャーの細やかな気配りを大地はとても有難いと思うものの。
「でもやっぱ、無茶すんのはやめてくださいね。言ってもらえたら、買い物くらい俺行くんで」
「うん、ありがと。じゃぁ次回からそうするね」
 そうしてベンチまで歩いて行くと、チームの面々が「おぉ、みのりちゃん!」と集まって来た。
「どうしたの、今日は来ないって聞いてたけど」
 大地と同じ質問をする皆に、みのりは先程の説明を繰り返す。大地はクーラーボックスを下ろし蓋を開けて。
「これ、みのりさんからの差し入れですって! 暑いから皆で飲めって!」
「おぉ、流石みのりちゃん、気が利くねぇ!」
 ボックスの中のスポーツドリンクはあっという間になくなっていく。大地も早々に自分の分を確保したが、「あ」とみのりを振り返り。
「あの、みのりさん、これもう一本もらってもいいッスか。クラスメイトが見に来てて」
「うん、いいよいいよー……って、もしかしてあの子?」
 みのりはベンチの向こう端に座っている風見を見やる。そして彼女ははしゃいだ声で。
「ねぇ、すっごいイケメンじゃない! しかも金髪って! 大地くんのお友達としては意外なタイプ!」
「あぁ、あいつは友達ってわけじゃ……」
「えぇ、何それ? 休みの日に会ってるくらいなんだから、お友達でしょ。しかもわざわざこんなとこまで会いに来てくれるんだから、相当仲良しなんじゃないの? いいなぁーあんなイケメンと仲良しって! 一緒にいるだけで目の保養になりそう!」
「って何言ってんですか!」
 大地は軽くみのりの頭にチョップするフリをした。それからくれぐれも風見には近づかないようにと釘を刺すと、二本目のスポドリを持って風見の元へ向かう。未だ先程のやり取りについて多少の戸惑いが残るものの、自然に、自然にと自分自身に言い聞かせ、
「ほら、これ差し入れだって。見てるだけでも暑いだろうし、お前も飲めよ」
 と、ペットボトルを差し出すのだが。
「……あぁ、どーも」
 ――うん?
 大地は小さく首を傾げた。こちらはなんとか自然に振る舞ったというのに、風見の態度がどうにもおかしかったのだ。何故か彼は、ろくに大地の顔を見ようとしない。スポドリを受け取ると、そのままふいとそっぽを向く。いや、何故だ。
「おぉいなんだよ。なんかあった?」
「別に」
「別にって態度じゃないだろ。もしかして俺なんかした?」
「してない。つかマジでなんでもないから」
 いやいや、なんでもないならそんな態度にならないだろ……!
 大地は顔を顰めるが、しかしそれ以上追求する事ができなかった。グラウンドに歓喜と落胆の声が同時に上がる。味方が打ち上げたフライが捕られてスリーアウトとなったのだ。
「大地ー! 守備付けー!」
「あ、はーい!」
 チームメイトから呼ばれ、大地は慌ただしく頷いた。
「じゃぁ、俺また行ってくるけど……あ、お前さ、くれぐれもみのりさん……あそこの女の人には近付くなよ?」
 なんにせよこれだけは言っておかねばと注意する。すると風見はじっとりとした目でこちらを見て。
「別に、誰にも近付く気ねぇけど……なんでわざわざあの人に関しては釘刺すわけ?」
「なんでって、そりゃあの人は――」
「おい大地、早くしろ! 相手チーム待たせるんじゃねぇ!」
 説明の言葉はキャプテンの大声に遮られた。相手チームを引き合いに出されるとゆっくりはしていられない。
「とにかく、そういう事だから!」
 大地はそれだけ言い置くと、急かされるままにバタバタと駆け出した。
 そしてそれ以降、風見の機嫌は治らなかった。
 一体何があったんだか、大地が話し掛けてもむっすりとしたままで、ろくにこちらを見ようとせず……だというのに、相変わらず試合中は痛い程の視線を感じるのだから本当に意味がわからない。
「ねぇ大地くん、お友達もしかして退屈してる……?」
 どうにも調子が出なくなり三振してベンチへと戻ってきたところで、みのりがひそひそ尋ねてきた。
「さっきからずっと険しい顔してるし……体質のことで大地くん以外は近寄れないんだよね? だとしたらほとんどの時間一人だしつまんない思いしてるかも。私、ちょっと話し相手しようかな。触らないように気を付けて……」
「は⁉ ちょ、駄目ですって!」
 大地はぶんぶんと首を振った。
「みのりさんの性格上気になっちゃうのはわかりますけど、流石に危ないんで! いーんです、あいつの事はちゃんと俺が見ておくんで!」
「そーお? それならいいけど……」
 みのりが納得したように言うのでホッとした。万が一にも風見とみのりが接触したら大変だ。チームの面々を守るのは、風見を連れてきた自分の務め……と、思っていると。
「にしても大地くん……いい男になったねぇ」
「え? なんですか急に」
 突如の思い掛け無い言葉に、大地は目を丸くする。
 みのりは「だってぇ」とくすくす笑う。
「半年前くらいに初めてここに来た時はもっと子供っぽかったもん。私と話すのも緊張しててさ? それが今じゃ、立派に守ってくれようとするんだもん! なんかドキドキしちゃうじゃん!」
 そう言って肘でうりうり小突いてくる。
「ちょっと、揶揄わないでくださいよ!」
「えーだって嬉しいんだもん! お姫様扱いみたいでさぁ」
「何がお姫様ですか、みのりさんは――」
 そう言い掛けたところで、言葉を切った。みのりの肩越し、風見がベンチから立ち上がるのが見えたからだ。そして彼はこちらへとやってきて、目の前でぴたりと立ち止まると。
「帰る」
「えっ」
 急な宣言に大地は目を見開いた。なんで急に……と尋ねる間もなく、風見はすたすたと土手へ上がる階段へと向かって行く。これに動揺し咄嗟に反応できずにいると、みのりに背中を叩かれた。
「大地くん、行って行って!」
 彼女はやらかしたという顔で言う。
「ごめん、私が大地くん引き留めちゃったから、余計に彼に退屈な思いさせちゃったかも……これで二人が気まずくなったりしたらやだから、追い掛けて!」
「って、追い掛けてどうするんスか⁉」
「そこはなんかこう、うまくやるの!」
 なんだそりゃ!
 思いつつ、大地はすぐさま走り出した。風見が何を考えているのか、ちゃんと知りたかったのだ。
「風見! 急にどうしたんだよ⁉」
 土手の上まで追い掛けて、大地は風見の後ろ姿に声を掛ける。
「なんか急に用事できた? それか一人で退屈したのか?」
「別に、そういうんじゃねぇけど」
「じゃぁなんだよ、さっきから明らか態度おかしいぞ? 何か不満があるんじゃねぇの?」
 すると風見は足を止めて振り返った。
 そして子どものように口を尖らせ、「……あの人」と漏らす。
「あのみのりって人、随分と仲良いのな」
「は? みのりさん?」
 なんでここでみのりさんが出てくるんだ。そう思いつつ、風見の強い視線に気圧され、大地は首を摩りながら。
「あーまぁ……仲良いっていうか、世話になってるっていうか……。ほら、あのチームって年上だらけだし、最初は俺もどうしていいかわかんなくてさ。そしたらみのりさんが他のみんなと繋いでくれたの。チームで最初に気軽に話せるようになったのもみのりさんだし」
「ふーん、だからあの人は特別なんだ? 特別優しくしてるもんな?」
「ん? あぁまぁ、大事にしようって思ってるけど」
 だってあの人は――と、続けようとしたところで。
「あー、そういう事……」
 風見はぽつりと呟くと、再びこちらに背を向けて歩き出した。どうやら彼は何かに納得したらしい。
 が、こちらは何一つ納得できてなんかいない。
 大地はまた小走りで風見を追い掛ける。
「って待てよ、そんな話はどーでも良くて! 俺が聞きたいのはお前がなんで不機嫌になってんのかって事なんだけど」
「いーよそんなの気にしなくて……つかこんなとこまで押し掛けてきて悪かったな。流石に空気読めてなかった」
「はぁ? 何言ってんだよ?」
 大地は風見が来た事を迷惑がってなんていない。
 なのに何故彼はこんな事を言い出すのか。
「おい風見、いいからちょっと待てってば」
 大地は風見の肩へと手を伸ばす。とにかくこのままはよろしくない。一度落ち着いて話をしなければと思ったのだ。そうして指先が触れた瞬間――

 バチンッ!

 大きな音と共に、弾けるような痛みが走り手を引いた。
 そして一瞬遅れて驚きがやってくる。
「え……なんで……?」
 びりびりと痺れの残る手を押さえ、大地は茫然と立ち竦んだ。
 今の痛みは明らかに、風見の電気を食らった故のものだろうが……何故?
 これまで大地は、大地だけは、その痛みに耐えられたはずじゃないか。
「…………っ」
 この事態に風見も目を見張っていた。
 足を止め、信じられないといった顔で大地を、そして己の手を見詰める。
「もしかして……俺の電気、強くなってる……?」
 そう呟く風見の声は、戸惑いに小さく震えていた。