俺が痛みに強いばっかりに、寂しがり屋の帯電男にロックオンされてます

「あ、三好っちー! 聞いたよ、碧のお守り引き受けてくれるんだってー⁉」
 昇降口で上靴へと履き替えていた大地は、派手なギャルの一団に囲まれた。その顔触れは、いつも風見とつるんでいる面々だ。
 派手で賑やかな彼女達と大地とでは、同じ教室に居ながらにして住む世界が違っている。ろくに会話した事もなかったというのに、〝三好っち〟なんて親しげに呼んでくるとは、ギャルのコミュ力とは一体どうなっているのだろう……と考えていると、彼女らは口々に。
「昨日ウチら速攻で帰っちゃったけど、なんかその後大変だったらしいじゃん?」
「碧が暴走したってね⁉ ほんとアイツ、寂しんぼ過ぎだっつの!」
「そういう奴をぼっちにすんのは心苦しいんだけどさぁ、ちょっとぶつかる度に電気ショック食らうのって正直キツくて! だから三好っち、暫く碧の事頼むわ!」
 一方的に捲し立てられ、そのテンポの速さに口を挟む事ができなかった。赤や金やピンクなどの鮮やかな髪色と強すぎる目力、そして甘ったるい香水の香りにも圧倒され、大地はたじたじになってしまう。
 が、そんな中でも聞き捨てならない言葉があった。
「あ、でも三好っち、碧と一緒にいるんならちょっと気を付けた方がいいかもねぇ」
「へ? 気を付けるって……何に?」
 一人が意味ありげに発した台詞。これは流石に気になって問い掛ける。
 するとギャル達は笑って顔を見合わせてから。
「それがさぁ、碧って寂しくなると見境ないの! 年齢も国籍も性別もお構いなし!」
「そうそう、流石にうちらは友達だから手ぇ出さないけど、それ以外にはもう……ねぇ?」
 ギャル達の間に目配せが交わされる。
 くすくすという笑いが大地の不安を駆り立てる。
「って待って、それってつまり、そういう事? 風見はその、男であっても……?」
「そゆ事! アイツはとにかく寂しさを埋めてくれるなら相手なんて選ばないの。だから三好っちにその気がないなら、食われないよう気を付けなね」
「碧って妙に色気あるけど、流されないようにねぇー」
 そんな忠告を残し、ギャル達は「じゃ、よろしくー」とひらひらと手を振って去って行くが――いや、待て待て待て!
 後に残された大地は、一気に顔色を失った。
 だって、寂しくなるとお構いなし?
 風見が相手にするのは女性だけじゃないのか?
 しかも奴は今、猛烈に他者の存在に飢えている。
 だとすれば自分はあっという間に手篭めにされてしまうのでは⁉
 うっかり脳内に怪しげなビジョンを描いてしまい――実際大地は、風見にハグされると妙な気分になっているのだ――それを払拭する為にぶんぶんと頭を振った。
 馬鹿野郎、そんな事があって堪るか。自分はそんな不埒な関係なんて望まないし、第一恋愛の対象は女の子だし……と考えた時である。
「来て」
「っ⁉」
 背後から声がするのと、手首を掴まれるのは同時だった。急な事に一体何かと驚いたが、手を引く人物の姿を確認して一層驚く。大地の手を引きずんずんと歩いていく人物の髪は、金。噂をすればの風見だったのだ。
「なっ、なんだよ、何処行くんだよ⁉」
「いーから、こっち」
 風見は短くそう言うと、他の生徒達の間をすり抜け、教室とは逆の、朝の時間にはほぼ人気の無い特別教室の集まっている西校舎へと大地の事を連行した。そして一階と二階の間の階段の踊り場までやって来るなり、
「あー、やっと触れる……っ!」
 そんな言葉と共に、掴まれた手首を引き寄せられたので、大地は「ぉわっ!」と声を上げつつ、咄嗟に自由な方の手を風見の胸に突っ張った。
「なになになに、何すんだよ⁉」
「何って、ハグに決まってんじゃん。他にある?」
「他にある? じゃねぇって!」
 悪びれない風見の腕を、大地は力一杯振り解いた。
「なんで当然のようにハグしようとしてんだよ! 俺昨日、そういうのはナシだって言ったよな⁉ 風見もそれでいいって言ったよな⁉」
「あー、そうだけど……」
 風見はげんなりと息を吐く。
「でもさ、思ってたよりキツいんだよ。俺はもう人の温もりなしには生きてけない身体なの。もう人肌恋しくてしんどくて……だから三好、な、ちょっとだけ」
「い! や! だ!」
 大地としては、風見とのハグは絶対に避けたかった。
 だってこいつとの接触は危険だと、昨日で十分に思い知った。近付くと濃密なフェロモンによって妙な気分にさせられる。
 しかもさっきのギャル達の「見境無し」発言もあった為に警戒心はマックスだ。もしこちらがフェロモンに惑わされて隙を見せたら、どうなってしまうかわからない。
 故に大地が断固として譲らずにいると、風見はムッと唇を尖らせた。
「なんだよ、そうやって拒否られると、俺、他の奴を犠牲にしなきゃなんなくなるんですけど?」
「うん? なんだよそれ」
「お前がハグさせてくんないなら、俺は他の奴に抱き付くしかなくなるって事! ギャル達曰く、俺の電気食らうのって結構痛いらしいけど、仕方ねぇよな。俺もこれ以上人肌に触れずにいるのはしんどいし……あーあ、お前が犠牲になってくれたら一番丸く収まるんだけどなぁ? ハグさせてくれんのは女の子だろうけど、女の子に電流はキツいだろうなぁー」
「ってお前、悪役みたいな脅し方を……」
 大地は眉間に皺を寄せた。
 昨日もそうだったが、この男はなかなか小狡い交渉術を使ってくる。これで本当に風見とハグした女の子が電流の餌食になったら、大地が責任を感じる事になるじゃないか。
「あー……わかった」
 逡巡の末、大地は渋々頷いた。
 それから改めて風見を見据えて確認する。
「とにかくお前は、人肌が恋しくて仕方ねぇんだよな?」
「うん、そう。人の温もり感じられなきゃ寂しさで死ぬ」
「オッケオッケ……それなら別に、ハグじゃなくても大丈夫だな?」
「へ? それって――」
 と風見が言葉を言い終える前に、大地はバッと腕を伸ばして相手の頭を抱え込んだ。これに風見は驚いて。
「ちょっ――いきなり何すんだよ⁉」
「わかんねぇの? ヘッドロックだよ! ほら、ご所望の人肌だ、しっかり味わえ!」
 そのままぎりぎりと締め上げると、風見はギャーギャーと悲鳴を上げて大地の足をタップした。うん、こんなものか。大地はパッと手を離すと。
「いいか、確認するけどな⁉ お前の帯電が治るまで、一緒に行動するのはいい! でも昨日も言った通り、ハグはなし! 俺は男に抱き付かれて喜ぶ趣味はねぇから! どうしても人肌恋しくなったらヘッドロックだからな!」
 大地はそう言い捨てると、「なんだよそれぇ」と抗議する風見を置いて教室へと向かった。
 このまま風見のペースに乗せられて堪るか。その果てにはフェロモンむんむんの怪しい世界が広がっているような気がして、大地は慄いていたのである。
 
 
 さて、朝に釘を刺しておいたのが効いたのか、風見がその日、再びのハグを試みてくる事はなかった。
 が、それで大地が平和に過ごせたかというと決してそんな事はない。
 何しろ考えていた以上に、風見がべったりだったからだ。
 授業が終わる度に大地の席までやってきては「なぁ今のわかった?」「やべー、ずっと寝てたわ」「次って移動だろ、行こ」と話し掛けてくる。
 授業中も、二人一組でレポートをと言われれば即座に手を上げ、「三好は俺と組むんで」とクラスメイトを牽制する。
 昼休みも当然ながら二人で一緒に……となると、たとえハグが含まれなくとも、流石に大地も疲れてくるというものだ。
 大地は友人の多い方だし、他人に対してオープンな性格ではあるものの、気心の知れない、しかも色々と油断のならない相手とずっと一緒に過ごすのはメンタルが削られる。
 この日、風見と初めて離れられたのは、最後のコマとなる選択授業の時間であった。風見は美術、大地は音楽選択なのだ。
「あー、やっと解放されたぁ……」
 音楽室までやってくると、大地は大きく息を吐いた。
 するとそこへ。
「あ、大地! マジでお前どうなってんの?」
「朝からずっと風見と一緒じゃん。いつの間にアイツと仲良くなったん?」
 そう声を掛けてきたのは、後から音楽室にやってきた友人達だ。
 ああ、安心安全のイツメン達!
 彼らの顔を見ると、大地は安堵から弱り切った顔になる。
「仲良くなったわけじゃねぇよぉ……やむを得ない事情があんだって」
 大地はこうなってしまった理由をつらつらと説明した。これは自らの意思で起きている事ではないのだと。
 帯電体質なんて突拍子もない話だが、大地が懸命に説明すると、素直な仲間達は頷いて。
「はぁー、なるほどなぁ。ちょっと前からアイツ、ギャルとつるまなくなったと思ったらそういう事かぁ」
「なんで急に風見が大地に構うようになったのか不思議だったけど、確かにそういう事なら大地しかいねぇわなぁ。お前ってホント痛みに強いし、適材適所ってやつ?」
「そう……そうなんだけどさぁー……」
 大地はガシガシと頭をかいた。
「風見の状況は気の毒だと思うし、困ってんのを放置する事もできねぇよ? でもだからってずっと引っ付かれてるってのは思ってたよりキツイわ! しかもアイツ、他の奴が近付くと威嚇すんだもん!」

 そうなのだ。
 風見は大地が友人達と会話しようとする度に、間に割り込んでくるのである。そして「三好、購買行こ」だとか言って、強引に大地を連れ出して行くのだ。
 そうして二人きりになると、ぶすくれた顔で風見は言った。
「三好さぁ、帯電が治るまで俺に付き合うって言ったじゃん。それならあんま他の奴と喋んなよ。その間俺ぼっちになんじゃんか」
「は? なんだそれ、束縛彼氏みたいな事言って……お前も会話に加わればいいだけじゃねぇの?」
 何も大地は、風見を置いて何処かに行こうとしたわけじゃない。ただ、いつもの面子と話そうとしただけだ。それに仲間内でしか分からないような話題だったわけでもないのだから、普段絡みがないとは言え、会話に入れないという事はないだろうに。
「つかさぁ、確かに痛みを感じないのは俺だけだけど、男相手ならもし接触して多少痛い思いさせても問題なくね? だから風見さ、暫くは俺がいつもつるんでるメンツの中に加わったらいーじゃん。ずっと俺と二人でいたって楽しくないだろうし」
 これは、風見の為というよりも大地自身がそうしたいという為の提案である。自分一人で風見の相手をし続けるより、誰かと負担を分け合えた方がいい。
 だから風見がこの提案を飲んでくれる事を期待したが。
「や、無理だろ」
 見事にばっさり切り捨てられ、大地は即座「なんでだよ!」と突っ込んだ。
「てか前から思ってたけど、風見さ、もっと男子とも絡んだら? 女子と居るのが悪いとは言わねぇけど、仮にもクラスメイトだろ。今回の事をいい機会だと思ってさ、少しくらい──」
「だから無理だって。俺じゃなくて向こうが嫌ってんだから」
 風見はそう言い捨てた。
 なんとも苦々しい顔をして――……

「――なぁ、どう思う? 確かに俺らも積極的に風見と絡もうとはしてこなかったけどさ、でもそれは住む世界が違うってか、何話していいかわかんないからじゃん。それなのに嫌ってるっつぅのは被害妄想じゃね? ちゃんと話してみりゃ、それなりに仲良くなれるかもしんねぇのに」
 まぁそう言いつつ、今日一日引っ付かれていても、大地はまだ風見と打ち解けてはいないのだが、少なくとも毛嫌いしているわけではない。だとすれば何かのきっかけで距離が縮まる可能性だってあるだろう。そう思い、大地は同意を求めてみたが。
「あー、どうだろ……?」
 皆の反応は思っていたものとは違っていた。
 これに大地は目を丸くし。
「え、待って。皆って風見の事嫌いなの?」
「いや、嫌いっつか……ぶっちゃけると気に食わないってのは確かだよ。俺らみたいに彼女ナシで、女子との交流もない人間からしたら、一人で何人もの女子を相手にしてる風見見てると劣等感刺激されるじゃん」
 一人が言うと、他の皆もうんうんと頷く。
 なんと、皆はそんな風に思っていたのか。
「えぇ、そんなの全然知らなかった……や、俺もやっかんではいたけど、気に食わないとまでは……」
「そりゃ大地はなぁ。お前ってピュアだもんなぁ」
「どろどろしてないっつぅか、いつまでも少年のままっつぅか」
「ん? 馬鹿にしてる?」
 大地がむっとして見せると、皆は「褒めてんだよ」とフォローした。
「でも実際さ、俺らだけじゃなくて、この学校の男子の多くは、風見の事はうっすら苦手だと思うよ。だってアイツ、俺らとは違い過ぎるもん。あそこまでイケメンだと異物でしかないっつぅかさ。つるめって言われても、正直お前みたいにはできないと思う」
「えぇ、マジかぁ……」
 初めて知る皆の心情に大地は驚かされてしまった。
 そして思い出すのは、風見の苦々しい表情である。
 もしかしたらイケメンに生まれるというのは、良い事ばかりではないのかもしれない……と思い至ったところで教室のドアが開き、音楽の担当教師が入ってきた。皆は話を中断し、慌ただしく各々の席につく。大地もいつもの席に座り、教科書を開いたのだが、そこで小さく息を吐いた。
──今の話、皆が風見を好きじゃないなら……やっぱりアイツの事は俺一人で相手しなきゃいけないって事だよな……
 そんな結論に行き着くと、頭を抱え込みたくなった。
 だが大地の性格上、一度引き受けてしまった件を半端に投げ出すという事もできない。だとしたらもう、腹を括り直すより他にない。
 大地はぐっと気合いを入れ――若干力が入り過ぎ、しっとりとした合唱曲を元気溌剌と歌ってしまい、音楽教師から「三好くんはあれだな、情緒ってモンがないね」と呆れられた。


 帰りのホームルームを終えると、大地は「うしっ」と弾みを付け、風見の席まで赴いた。そして、
「風見、帰ろ。どうせ駅まで一緒に行けって言うんだろ?」
 そう声を掛けてやると、風見よりも先に隣の席の女子が、「えぇ、やっぱり二人って⁉」と興味津々で問いかけてきた。
 昨日の帰りの件があり、まだクラスのほとんどが大地と風見の関係を誤解しているのだ。
 これに大地は「違うから!」と間髪入れずに否定した。それから風見を振り返り、
「んでお前も否定しろよ! お前は誰と噂立てられようと今更かもしんないけど、こっちはそうじゃねぇんだから!」
 そう文句を言ってやるのだが、風見は応じようとしなかった。寝ぼけてでもいるのだろうか、彼は「んー」と曖昧な声を返すのみだ。
 全くコイツは、人の事を散々振り回しておきながら、こちらの為に何かしようという気がないのか?
 というかわざわざこちらから帰りの誘いに来てやったのに、それについても無反応とはどういう事だ。
 此処はもっと喜んだり感謝したりして然るべきだろうに。
「おい、風見ってば」
 大地は未だ立ち上がろうともしない風見の肩を軽く揺らしてみるのだが、まともなリアクションは返らなかった。風見は気怠そうに大地の顔を見上げるだけで、動こうとしない。
――あれ、これって……
 そこで大地はピンときた。そうして改めて風見の様子を観察すると、彼の目は虚ろである。それに顔色もよろしくないような。
 これは。
 もしかしなくとも。
「――風見、行くぞ」
 大地は風見の腕を掴むと、強引に立ち上がらせた。それはどうやら親密な距離感に見えたようで、先程の女子がキャーッと囃し立てるような声を上げたが、もう構っている場合じゃない。
 大地は生徒たちの間をすり抜けつつ風見の手を引き、朝と同じ西校舎の階段の踊り場まで連れて来た。
 そして周りに人がいないのを確認すると、観念するようにハァッと大きく息を吐き。
「……ほら、これだろ?」
 風見に向けて両腕を広げてやった。
 風見のへろへろ具合は、昨日の放課後に倒れた時と同じであった。きっとこの男は、長時間人肌を感じずにいると弱り切ってしまうのだ。そんな馬鹿げた話があるかとは思うものの、現に風見は昨日一度倒れているし、今だって限界ギリギリといった様子である。
 そんな切実な様子を見せ付けられたらもう、「ほらヘッドロックしてやるよ、それも人肌だろ」なんて言えそうもない。
「う、うぅ……」
 風見は最早まともに話す事もできないのか、そんな呻き声を漏らすと、大地の広げた腕に吸い寄せられるように、ぎゅっと強く抱き付いてきた。そして大きく深呼吸してから、ようやく。
「あぁー……生き返るぅ……」
 心底安堵したように、そう吐き出す。
 うん、それなら良かった。
 が、しかし。
 反対に大地の方は気が気じゃなかった。
 やはり風見とゼロ距離になると、妙な気分にさせられるのだ。
 弱り切っているのを回復させる為にはある程度の時間こうしていてやるべきだとは思うものの、どんどんと動悸が早くなる。フェロモンの甘い香りにくらくらと酔わされる。
 このままだと新たな世界の扉がこじ開けられてしまいそうで、だがそうなってはいけないだろうと、必死で己を保っていた大地だが。
「三好……もっと近く……」
 掠れた声で囁くと、背中に回った風見の腕にぐっと力が込められた。そうなると一層密着度が増し――そこが大地の限界だった。
「お、終わり終わり終わり! はいここまで!」
 大地は濃密な空気を払拭するように捲し立て、強引に風見を引きはがした。これに風見は「えぇ」と不満げな声を出す。
「なんだよ、もうちょっといーじゃん。俺まだ満足してねぇんだけど」
「つってももう喋れるくらいは回復しただろ! 贅沢言うな!」
 妙な気分にさせられ掛けたのを気取られないよう、大地はわざと厳しめの態度を取る。これに風見はまだブーブーと文句を言ったが、すぐに気分を切り替えたようで。
「あー、でも実際助かったわ。俺ガチで人肌なしに生きていけなくなってたっぽい。長時間触れ合いがないと、メンタルが死ぬ」
「いや、なんだそれ。帯電以上にそっちの方が問題じゃねぇの……? つか、なんでそこまでの寂しがりになったわけ?」
 それについて聞かずにはいられなかった。一人でいるのが苦手な奴は大勢いるし、大地だってできれば仲間とつるんでいたい。が、風見の寂しがり具合は異常である。人肌不足で倒れるなんて。
 すると風見は、壁にとんと背中を預けて語り出した。
「俺がこうなっちゃった原因ね、まずは子どもの頃から一人で過ごす事が多かったって事だな。うちは母親しかいないし、そんな稼ぎのある人でもないからさ、一人で俺を育てる為に、とにかく時間使って働いてたの。家に居る時間も少ないし、帰って来ても疲れ切ってるし、甘えるとかできなくて」
「あぁ、成程……そんで寂しがりになったって事か? でも、だからって長時間人肌に触れないとぶっ倒れるようなレベルになるか?」
「いーや、勿論それだけじゃこんな仕上がりにはならねぇよ。俺も寂しいなーとは思ってたけど、俺の人生はこういうモンかって受け入れてもいたし……けど、俺ってこういう見た目じゃん? そのせいで色々複雑になっちゃってさ」
 風見は軽く肩を竦めた。
「別に自慢がしたくて言うんじゃないけど、俺、昔からまぁモテんだよ。幼稚園でも小学校でも女の子達が俺の取り合いで、毎日喧嘩するくらいで」
「え、何それ怖……」
「怖いだろ? でもガチなんだよな。まぁたまたま気が強い女の子が揃ってたっていうのもあるんだろうけど、そりゃぁもう大変でさ。で、その内に争いに疲れたんだろうね、ある時、女子達の間に協定ができた。〝風見くんは皆のものだから、抜け駆け禁止〟って。んで女子は俺に全く近寄らなくなって……そんな悪目立ちする奴、男子にだって受け入れられるわけもねぇじゃん? だから俺、家でも学校でも孤独だったの」
 当時を思い返しているのか、風見は暗い笑みを零した。
 大地も眉間に皺を寄せる。
 一人ぼっちで過ごす幼少期は、どれだけ寂しかった事だろう。
「まぁそんな感じで、俺の寂しがりの土台ができあがったわけなんだけど。そっから更に俺の感覚をぶっ壊す事が起きたわけ」
「え、まだもう一展開あるって事?」
 だとしたらどんだけ数奇な人生だ。大地は目を丸くしたが、風見はこっくり頷いてみせた。
「そりゃここまで病的な寂しがりになったんだから、それなりの展開があって当然だろ。あのな、中学に入ったら俺、派手なギャルの先輩達にめちゃくちゃ可愛がられるようになったんだよ。で、その先輩達ってのが、めちゃくちゃ距離感が近かったの」
 曰く、その先輩達はとにかくスキンシップが激しかったという。何かというとハグするし、一緒に居る時は常に誰かしらが風見の肩にもたれている。移動する時には腕を組むのが当たり前だったのだとか。
 そしてギャル達は、風見が孤独を感じる暇もないくらいに、とにかく一緒に居てくれた。昼休みも放課後も構ってくれて、夜だって遅くまで共に過ごしてくれた。ギャルというものは物凄く関係性が密らしく、これに風見はすっかり感覚を狂わされてしまったのだと。
「ほら、子どもの内に手に入らなかったものは大人になってから拗らせるっていうじゃん? 誰かが傍にいてくれんのってこんなにいいものなんだ、人の体温ってこんなにもあったかくて安心すんだってその年になってようやく知ったら、そりゃぁハマっちゃうわけよ。で、同時にさ、人との繋がりをなくすのが物凄く怖くなった。一人でいる時間が長くなると、また昔みたいに孤独になるんじゃねぇかって不安になんだよ。だから俺は、誰でもいいから傍に居て欲しくてたまんねぇの」
「ああ、成程……」
 そこまで聞いて、大地は深く頷いた。
 風見碧という男は、母子家庭という環境と、見た目の良さ故の孤立にて過度な孤独を味わった。そうしてすっかり人間関係に対する飢餓状態に陥ったところへ、先輩ギャル達との密過ぎるコミュニケーションを経験し、他者の存在に依存するようになってしまったという事だ。
 その経緯を知ってしまうと、風見への同情が膨らんだ。これまでは風見について、ただの遊び人のモテ男と見做していたが、彼はきっと、必死で孤独を埋めてきたのに違いない。それに先程の音楽室での友人達の言葉を思い返せば、女子に救いを求めるしかないというのも納得だ。
 そして、そんなにも他者との繋がりを必要としている奴が、迂闊に人に近付けなくなってしまうなんて。
 いつ治るかもわからない帯電体質。このままではまた一人になってしまいかねない。そんな思いが余計に彼を不安定にさせるのだろう。
 そして唯一傍に置いておける大地に縋り付かずにいられない……そう思うと。
「あー……わかった」
 大地はガシガシと頭を掻いてそう言った。
「お前が人肌を恋しがるのにそこまで切実な理由があるなら……そんで俺しか頼れないって言うんなら、いーよ」
「? いいって?」
「だから、ハグさせてやるって言ってんの!」
 大地はそう言い放った。
 本当はちっとも良くはない。風見のフェロモンは強烈で、毎度おかしな気分になる。それをあまり浴びていたら、自分がどうなるかわからないという怖さがある。
 だが、本気で困り弱っている人間に手を差し伸べないなんて、大地にはできなかった。フェロモンの誘惑くらい、きっと気合いでなんとかなる。ぐっと腹に力を入れ、己をしっかり保っていれば、流されずに済むはずだ。
「三好……ガチで言ってる……?」
 風見は大きく目を見開いた。
「だってお前、俺とハグすんのはメンタル削られるって言ってたのに……彼女作る為の弊害にもなるって。俺とハグしても、お前にとっていい事なんて一つもねぇのに……」
 彼はじっと大地を見詰め、一つ一つ確かめるように尋ねてくる。まさか大地から――というか、男子からという方が正しいだろうか――優しくされる事があるなんて信じられないというように。
 嗚呼そうか、だからコイツは強引に事を進めようとするのかもしれない。真っ当な交渉では、良い結果が得られないと考えているから……そう思うと、より一層救いの手を差し伸べなければという気になってしまうじゃないか。
「まぁ、そうだよ。俺にメリットなんて一つもないけど、ハグがなきゃお前またぶっ倒れんだろ? 毎度それじゃ大変だろうし、少しくらい我慢してやる。つっても変な噂立てられるから人前でのハグはなしな? それから一日に一度、十秒だけ! それでいいなら――ぅわっ」
 言葉の最後は驚きの声に飲まれてしまった。
 何故なら風見が大型犬かのように勢いよく飛び付いてきた為だ。
 彼は大地をぎゅうぎゅうと抱き竦め。
「えー待って……三好っていい奴過ぎない……? 俺めっちゃ感動してる……つかなんだろ、なんかすげぇ変な気持ちなんだけど……」
「いや、変ってなんだよ、そこは感謝でいいんじゃねぇの――つか何抱き付いてんだよ、ハグは一日一回って言ったばっかなんですけど⁉」
「そんな硬い事言うなって、感激したらハグするもんだろ? あぁでもなんだろ、自分でもよくわかんねぇけど、感激ってだけじゃねぇかも。なんか今、物凄く、三好に対して変な気持ちが……」
「何それ怖ぇわ! いいから離せ!」
 ずどんと脇腹にチョップを入れると、風見は「ぐっ」と不細工な呻きを漏らして腕を緩めた。
「痛ってぇ……三好さぁ、すぐ暴力に走んのよくねぇって! 流石に男ノリが過ぎるってか……」
「まずお前が同意のないハグなんてしてこなければ、こっちも暴力なんてしねぇから! とにかくルールは絶対守れよ、一日一回、人前NG、一ハグにつき十秒まで! いいな!」
 大地は厳しく言い放ったが、速くも後悔が始まっていた。
 気合いでどうにかと思っていたが、やはり風見のハグは強烈で、今も心臓の動悸を悟られないよう必死なのだ。
 これを毎日となると、どれだけの気合いが必要になる事だろう。
 この先の日々を思うと、目の前が暗くなる思いだった。