いや、待て。
なんでこんな事になってるんだ……⁉
大地は只管に目を白黒させていた。
帰りのホームルーム後、まだ教室に多くの生徒が残る中、何故自分は熱烈に抱き締められているのだろう。
それも相手は、普段全く絡みのない金髪イケメンの遊び人、風見碧。突如「三好、ちょっと」と声を掛けられ、気付いたらこの展開である。
説明なし。
脈絡もなし。
だから全く意味がわからないが、それに加えて。
「すげぇ……本当に平気なんだ……!」
風見は大地を抱き締めたまま、何やら感激したような声を出す。その意味も不明だし、さっきから身体に走る、ぴりぴりとした感覚もなんなんだ⁉
とにかく大地は混乱していたのだが、周囲は面白がって囃し立てた。
「おいなんだよ、お前らってそういう関係だったわけ⁉」
「ねぇねぇ写真撮っていい⁉」
「風見と三好か、意外な組み合わせではあるけど、こう見るとなかなかお似合いだったり……?」
そんな具合に注目され、じわじわと羞恥心がせり上がる。このままでは皆に誤解されてしまう……どうにかしないと!
「お、おい風見、急になんだよ⁉ 怖いから離してくんない⁉」
大地は藻掻き、風見を引き離そうとするのだが、相手は全く聞く耳を持たなかった。それどころか、
「あー、落ち着く……」
「っ!」
風見は更に大地を抱く力を強め、吐息混じりにそう漏らす。ほぼ身長が変わらない為にその声は耳元に吹き込まれ、カッと顔が赤くなった。風見の放つ強烈な色香にやられたのだ。同性になんて全く興味がないのだが、否応なく心臓の鼓動が早くなる。
それになんとも言えない、いい香り。香水や柔軟剤とは明らかに違う、もっと心を掻き乱すような甘い香り。もしやこれはフェロモンと呼ばれるものだろうか?
うん、きっとそうに違いない。大地は本能的に確信する。風見は校内屈指のイケメンであり、スタイルも良い。学校ではいつもギャルとつるんでいて、学外では年上の女の人達と遊んでいるとか。そういう人間からはきっと、色濃いフェロモンが出ているのだ。そしてそれは、同性であっても妙な気分にさせられるのかも……と、なんにせよ。
「いいから……離せ、って!」
風見の顎をガッと掴むと、元野球部の腕力をフルに使って引き離した。そして転がるように距離を取ると、
「マジで、なんなんだよいきなり!」
大地は力一杯抗議した。たとえ相手がフェロモンむんむんのイケメンだろうと、男に抱き締められて喜ぶ趣味は大地にはないのだ。
とにかくまずは、どうして全く接点のない自分をハグしようなんて思ったのかという説明が欲しい。このままではわけがわからな過ぎる……と思ったが、風見は答えを寄越さなかった。いや、寄越せなかったという方が正しいか。彼は「うっ」と小さく呻きを漏らすと、その場にべしゃりと倒れ込んでしまったのだ。
これにクラスメイト達がざわつく中、
「三好……捨てないで……」
風見は更に誤解を招く、そんな台詞を吐き出した。
「とにかく、よく話し合った方がいいよ」
「そうだよ。風見くん、こんなに弱ってるんだもん。できたら考え直してあげて?」
「私ら教室出てくから、後は二人でちゃんと話しな? ほら男子! いつまでも馬鹿な冷やかししてないで、帰るよ!」
女子達が追い立てると、あっという間に教室から人が消えた。どうやら彼女らは、大地と風見が恋仲であり、別れ話がもつれた挙げ句、風見が縋っているものと理解したらしい。そして気を利かせて退散してくれたという事なのだろうが――いや、待て待て。
倒れた風見と教室内に残された大地は、この展開に全くついて行けてない。というか、いきなり抱き付いてきたような奴と二人きりなんて、割と怖い。怖いのだが。
「うぅ……助けて……」
尚も呻きを漏らしている風見を見ると、放置して立ち去るという事もできなかった。
仕方なし、大地は風見を助け起こして。
「おーい、しっかりしろよぉ。つかなんなのさっきから。ずっと意味わかんねぇんだけど」
「うぅ、悪い……」
上体を起こした風見は、げっそりとした顔で答えた。
「ちょっと色々事情があって……俺、お前に助けてもらわないと……」
「だから、それってなんなんだよ?」
大地は訝しみながら問い掛ける。
風見とは二年になって初めて同じクラスになったが、それから二ヶ月程経ってもほとんど話した事がない。何しろ風見はいつもギャルのグループと一緒なのだ。
片や大地はいつも男友達と一緒であり、スポーツや漫画などに夢中といった、ごくごく普通の男子高生。そんな二人に接点と呼べるものは何もない。
それが何故、名指しで助けを求められたりするのだろう。その疑問に、風見は「ちょっと妙な話になるんだけど……」と前置きしてから話し出す。
「実は俺、一週間くらい前に、雷に打たれてさ……」
「は⁉ 雷⁉」
のっけからとんでもない事を告げられ、大地は素っ頓狂な声を出した。
「って、直撃って事? なんで生きてんの⁉」
「な、医者も奇跡だって言ってたわ……因みに火傷もなんもナシ。ほんとそれについてはラッキーだったと思うんだけどさ、でも代わりにとんでもない事が起きちゃって。俺、その事故以来、帯電体質になっちゃってんの」
「帯電体質? 何それ?」
「要するに、常に身体からちょっと強めの静電気が出続けてるって事……ほら」
風見は手近にあった椅子の脚へと手を伸ばす。そうして指先が触れた瞬間、バチッと派手な音が鳴り、青白い光が弾けた。
「今の俺、常にこういう状態なわけ」
「えぇー、そんな事あんの……?」
生まれてから約十七年、この世界で起きる現象については一通り見聞きしてきたつもりだったが、これは完全に初めてだった。雷に打たれ、電気を帯び続けている奴がいるなんて。
「そりゃ、なんつぅか……大変だな……?」
とりあえずそんな感想を述べてみると、風見は弱り切った声を出した。
「大変なんてモンじゃねぇよ。この電気が嫌がられて、俺、イツメンからハブにされたんだから。ちょっと触っただけでバチッと来るとか無理すぎだから、帯電が治るまで一緒には居たくないって……それが俺には堪えらんねぇの」
風見はハァーッと深く息を吐く。
「俺はさぁ、一人にされんのがマジで無理なの。自分で言うのもなんだけど、極度の寂しがり屋なんだよ。でもこんな状態じゃ誰にも近付く事できねぇじゃん。だから必死で耐えてたんだけど……」
そこで風見の瞳に力が籠もった。彼は大地をしかと見詰め、ずいと身を乗り出して。
「お前って、めちゃくちゃ痛みに強ぇんだろ? さっき体育の時に言ってたもんな、あんなに派手にボールぶつかったのに、全然痛み感じねぇって」
そう言われ、大地は数十分前の出来事を思い返す。
先程、六限の体育にて、バレーボールを行っていた時である。大地は自分のチームの試合まで、友人らと話しながら体育館の隅でだらだらと過ごしていた。そこへ「危ないっ」と鋭い声がして、バレーボールが飛んできた。試合が白熱し過ぎて放たれた、バレー部員の強烈且つコースを外れたスパイクである。
決して運動神経の悪くない大地だが、完全に油断しておりこれを避ける事ができなかった。バァンッと物凄い音がして、顔面にヒット。試合は中断。スパイクを打った奴や体育教師が「大丈夫か⁉」と駆け寄って、一緒にだべっていた友人達も「大地、しっかりしろ!」と声を掛けてくる。体育館は一次騒然となったのだが、
「あ、へーき」
大地は軽く頭を振ってそう答えた。
「俺、昔から頑丈で、やたら痛みに強いんで。これくらいはなんでもねぇの」
だから気にすんな、とスパイクを売った奴に言ってやる。相手は半信半疑だったが、しかし本当に平気だった。大地は生まれつき、痛覚が鈍いのだ。我慢強いというのとも違って、ほとんど身体が痛まない。ブランコから落ちようと、野良猫に引っかかれようと、剛速球がぶつかろうともけろりとしている。これはどうやら大地のギフトであるらしい。
そしてそんな大地を見て、風見は世界に光がさすのを感じたという。
「なぁ三好、お前だったら、俺と一緒に居たところでダメージないだろ? さっきも俺がハグしたところで、悲鳴一つ上げなかったし……なぁ頼むわ、この帯電が治るまで一緒に居て! 人助けだと思ってさぁ!」
「え、えぇー……?」
大地は困って頭を掻いた。
勿論、気の毒だとは思う。いつもつるんでいる面子と突如一緒に居られなくなり、ぼっちになってしまうなんて。一人行動が平気な奴も居るには居るが、そうじゃない人間にとって、一人きりの学校生活というのは辛いものだ。少なくとも大地は御免被りたいところである。
が、しかし、一緒に居てと言われても。
再三言うが、大地と風見は全く親しい仲じゃない。何しろ相手は、いつもギャルと一緒のチャラチャラとしたモテ男子。一方の大地は彼女なんて居た事もない非モテ男子だ。クラスの女子からは、「三好はいい奴だし友達としてはいいんだけど、彼氏にするには色気がない!」と、残念な評価をもらっている。そんな二人が一緒に居ても、ウマが合うとは思えない。
「あー、悪いけど……俺には俺の付き合いがあるし……」
大地はそう言い掛けたのだが、途端に風見は口を尖らせ。
「なんだよ、見捨てんの? 俺にはお前以外に頼れる奴いないのに? 言っとくけど俺の寂しがり度合いって半端じゃねぇから。さっきのぶっ倒れ方見ただろ、お前が居てくんないと、マジで寂死ぬと思うけど⁉」
「そ、そんな事言われても……」
「あーあーなんだよ、三好ってもっといい奴だと思ってたわ。友達多いし溌剌としてるし! でも、俺の事は助けてくんないわけね、こんなに弱り切ってんのに! おっけわかった、いーよいーよ。そんじゃ俺が孤独に殺されていく様を見てろよな。ダイイングメッセージには三好の名前残してやるから!」
「って、言ってる事滅茶苦茶過ぎねぇ⁉」
大地は思わず突っ込んだが、それ以上強くは言えなかった。何しろ風見の目が、この上なく必死だからだ。
きっと彼は、本当に困っているのだ。脅しのような台詞を言うのも、それだけ一人になるのが嫌だからだろう。その切実さが伝わると、どうにも断りづらくなる。
それに何より、縋るような顔をされると。
押しに弱い大地としては。
どうしても無視する事が――……嗚呼、もう!
「……わかった。そしたらその帯電体質が治るまで、一緒に行動してやるよ」
「っ、ガチ⁉」
大地が観念して言った途端、風見の顔が輝いた。彼は大地の両肩をガッと掴む。
「ホントに⁉ ホントにいーの⁉ 弁当食うのとか、体育でペア組むのとか、移動教室とか、俺と一緒に居てくれんの⁉」
「いーよ、仕方ねぇし。此処で見捨てて風見がまたぶっ倒れたら、なんか責任感じるし」
「っ、三好ってやっぱいい奴じゃん! めっちゃ助かる!」
感激したらしい風見は、テンションのままに再びガバリと抱き付いてきた。そしてすりすりと頬ずりして。
「あー、人肌……落ち着くぅ……!」
「って、それはナシな⁉」
大地は即座、風見をぐいっと引き剥がした。
「俺が許可すんのは一緒に行動するって事だけ! ハグとかそういうスキンシップは許可しねぇから!」
「えぇ、なんだよケチぃ。減るモンでもねぇのにー」
「減るの! 精神がゴリゴリ削られんの! それに――」
お前のフェロモンをゼロ距離で食らうと妙な扉が開きそうで怖いから――と言いそうになって、ギリギリで踏み止まった。そんな事を言うのはなんだか変態っぽいからだ。大地は慌てて頭を振ると、別の理屈を口にする。
「そ、それに、変な誤解を招くと俺に彼女ができる可能性も急降下するだろ! 俺、高校では絶対彼女作りたいんだよ!」
「えー、そんなのより人助けの方が大事じゃねぇの? 薄情な奴ぅ」
風見はまた口を尖らせたが、すぐに「でも、まぁいっか」と頷いた。
「とにかく一緒に居てくれんならなんでもいーわ。ぼっちにさえなんなければそこまで病まずに済むだろうし……って事で、いつまで掛かるかわかんねぇけど、これから暫くよろしく頼むわ!」
一緒に居てくれる存在を得て安堵したのか、風見はにこっと笑ってみせた。流石はイケメン、その笑みは同性に興味のない大地であっても息を呑むような美しさではあったのだが。
――って、明日からの俺の生活、本当に大丈夫か……?
風見の笑みに見蕩れるより、そんな不安が勝っていた。
住む世界の違う、極度の寂しがり屋だという帯電男。
そんな奴と共に行動する日々が平穏に過ごせるとは、大地にはどうにも思えないのだった。
なんでこんな事になってるんだ……⁉
大地は只管に目を白黒させていた。
帰りのホームルーム後、まだ教室に多くの生徒が残る中、何故自分は熱烈に抱き締められているのだろう。
それも相手は、普段全く絡みのない金髪イケメンの遊び人、風見碧。突如「三好、ちょっと」と声を掛けられ、気付いたらこの展開である。
説明なし。
脈絡もなし。
だから全く意味がわからないが、それに加えて。
「すげぇ……本当に平気なんだ……!」
風見は大地を抱き締めたまま、何やら感激したような声を出す。その意味も不明だし、さっきから身体に走る、ぴりぴりとした感覚もなんなんだ⁉
とにかく大地は混乱していたのだが、周囲は面白がって囃し立てた。
「おいなんだよ、お前らってそういう関係だったわけ⁉」
「ねぇねぇ写真撮っていい⁉」
「風見と三好か、意外な組み合わせではあるけど、こう見るとなかなかお似合いだったり……?」
そんな具合に注目され、じわじわと羞恥心がせり上がる。このままでは皆に誤解されてしまう……どうにかしないと!
「お、おい風見、急になんだよ⁉ 怖いから離してくんない⁉」
大地は藻掻き、風見を引き離そうとするのだが、相手は全く聞く耳を持たなかった。それどころか、
「あー、落ち着く……」
「っ!」
風見は更に大地を抱く力を強め、吐息混じりにそう漏らす。ほぼ身長が変わらない為にその声は耳元に吹き込まれ、カッと顔が赤くなった。風見の放つ強烈な色香にやられたのだ。同性になんて全く興味がないのだが、否応なく心臓の鼓動が早くなる。
それになんとも言えない、いい香り。香水や柔軟剤とは明らかに違う、もっと心を掻き乱すような甘い香り。もしやこれはフェロモンと呼ばれるものだろうか?
うん、きっとそうに違いない。大地は本能的に確信する。風見は校内屈指のイケメンであり、スタイルも良い。学校ではいつもギャルとつるんでいて、学外では年上の女の人達と遊んでいるとか。そういう人間からはきっと、色濃いフェロモンが出ているのだ。そしてそれは、同性であっても妙な気分にさせられるのかも……と、なんにせよ。
「いいから……離せ、って!」
風見の顎をガッと掴むと、元野球部の腕力をフルに使って引き離した。そして転がるように距離を取ると、
「マジで、なんなんだよいきなり!」
大地は力一杯抗議した。たとえ相手がフェロモンむんむんのイケメンだろうと、男に抱き締められて喜ぶ趣味は大地にはないのだ。
とにかくまずは、どうして全く接点のない自分をハグしようなんて思ったのかという説明が欲しい。このままではわけがわからな過ぎる……と思ったが、風見は答えを寄越さなかった。いや、寄越せなかったという方が正しいか。彼は「うっ」と小さく呻きを漏らすと、その場にべしゃりと倒れ込んでしまったのだ。
これにクラスメイト達がざわつく中、
「三好……捨てないで……」
風見は更に誤解を招く、そんな台詞を吐き出した。
「とにかく、よく話し合った方がいいよ」
「そうだよ。風見くん、こんなに弱ってるんだもん。できたら考え直してあげて?」
「私ら教室出てくから、後は二人でちゃんと話しな? ほら男子! いつまでも馬鹿な冷やかししてないで、帰るよ!」
女子達が追い立てると、あっという間に教室から人が消えた。どうやら彼女らは、大地と風見が恋仲であり、別れ話がもつれた挙げ句、風見が縋っているものと理解したらしい。そして気を利かせて退散してくれたという事なのだろうが――いや、待て待て。
倒れた風見と教室内に残された大地は、この展開に全くついて行けてない。というか、いきなり抱き付いてきたような奴と二人きりなんて、割と怖い。怖いのだが。
「うぅ……助けて……」
尚も呻きを漏らしている風見を見ると、放置して立ち去るという事もできなかった。
仕方なし、大地は風見を助け起こして。
「おーい、しっかりしろよぉ。つかなんなのさっきから。ずっと意味わかんねぇんだけど」
「うぅ、悪い……」
上体を起こした風見は、げっそりとした顔で答えた。
「ちょっと色々事情があって……俺、お前に助けてもらわないと……」
「だから、それってなんなんだよ?」
大地は訝しみながら問い掛ける。
風見とは二年になって初めて同じクラスになったが、それから二ヶ月程経ってもほとんど話した事がない。何しろ風見はいつもギャルのグループと一緒なのだ。
片や大地はいつも男友達と一緒であり、スポーツや漫画などに夢中といった、ごくごく普通の男子高生。そんな二人に接点と呼べるものは何もない。
それが何故、名指しで助けを求められたりするのだろう。その疑問に、風見は「ちょっと妙な話になるんだけど……」と前置きしてから話し出す。
「実は俺、一週間くらい前に、雷に打たれてさ……」
「は⁉ 雷⁉」
のっけからとんでもない事を告げられ、大地は素っ頓狂な声を出した。
「って、直撃って事? なんで生きてんの⁉」
「な、医者も奇跡だって言ってたわ……因みに火傷もなんもナシ。ほんとそれについてはラッキーだったと思うんだけどさ、でも代わりにとんでもない事が起きちゃって。俺、その事故以来、帯電体質になっちゃってんの」
「帯電体質? 何それ?」
「要するに、常に身体からちょっと強めの静電気が出続けてるって事……ほら」
風見は手近にあった椅子の脚へと手を伸ばす。そうして指先が触れた瞬間、バチッと派手な音が鳴り、青白い光が弾けた。
「今の俺、常にこういう状態なわけ」
「えぇー、そんな事あんの……?」
生まれてから約十七年、この世界で起きる現象については一通り見聞きしてきたつもりだったが、これは完全に初めてだった。雷に打たれ、電気を帯び続けている奴がいるなんて。
「そりゃ、なんつぅか……大変だな……?」
とりあえずそんな感想を述べてみると、風見は弱り切った声を出した。
「大変なんてモンじゃねぇよ。この電気が嫌がられて、俺、イツメンからハブにされたんだから。ちょっと触っただけでバチッと来るとか無理すぎだから、帯電が治るまで一緒には居たくないって……それが俺には堪えらんねぇの」
風見はハァーッと深く息を吐く。
「俺はさぁ、一人にされんのがマジで無理なの。自分で言うのもなんだけど、極度の寂しがり屋なんだよ。でもこんな状態じゃ誰にも近付く事できねぇじゃん。だから必死で耐えてたんだけど……」
そこで風見の瞳に力が籠もった。彼は大地をしかと見詰め、ずいと身を乗り出して。
「お前って、めちゃくちゃ痛みに強ぇんだろ? さっき体育の時に言ってたもんな、あんなに派手にボールぶつかったのに、全然痛み感じねぇって」
そう言われ、大地は数十分前の出来事を思い返す。
先程、六限の体育にて、バレーボールを行っていた時である。大地は自分のチームの試合まで、友人らと話しながら体育館の隅でだらだらと過ごしていた。そこへ「危ないっ」と鋭い声がして、バレーボールが飛んできた。試合が白熱し過ぎて放たれた、バレー部員の強烈且つコースを外れたスパイクである。
決して運動神経の悪くない大地だが、完全に油断しておりこれを避ける事ができなかった。バァンッと物凄い音がして、顔面にヒット。試合は中断。スパイクを打った奴や体育教師が「大丈夫か⁉」と駆け寄って、一緒にだべっていた友人達も「大地、しっかりしろ!」と声を掛けてくる。体育館は一次騒然となったのだが、
「あ、へーき」
大地は軽く頭を振ってそう答えた。
「俺、昔から頑丈で、やたら痛みに強いんで。これくらいはなんでもねぇの」
だから気にすんな、とスパイクを売った奴に言ってやる。相手は半信半疑だったが、しかし本当に平気だった。大地は生まれつき、痛覚が鈍いのだ。我慢強いというのとも違って、ほとんど身体が痛まない。ブランコから落ちようと、野良猫に引っかかれようと、剛速球がぶつかろうともけろりとしている。これはどうやら大地のギフトであるらしい。
そしてそんな大地を見て、風見は世界に光がさすのを感じたという。
「なぁ三好、お前だったら、俺と一緒に居たところでダメージないだろ? さっきも俺がハグしたところで、悲鳴一つ上げなかったし……なぁ頼むわ、この帯電が治るまで一緒に居て! 人助けだと思ってさぁ!」
「え、えぇー……?」
大地は困って頭を掻いた。
勿論、気の毒だとは思う。いつもつるんでいる面子と突如一緒に居られなくなり、ぼっちになってしまうなんて。一人行動が平気な奴も居るには居るが、そうじゃない人間にとって、一人きりの学校生活というのは辛いものだ。少なくとも大地は御免被りたいところである。
が、しかし、一緒に居てと言われても。
再三言うが、大地と風見は全く親しい仲じゃない。何しろ相手は、いつもギャルと一緒のチャラチャラとしたモテ男子。一方の大地は彼女なんて居た事もない非モテ男子だ。クラスの女子からは、「三好はいい奴だし友達としてはいいんだけど、彼氏にするには色気がない!」と、残念な評価をもらっている。そんな二人が一緒に居ても、ウマが合うとは思えない。
「あー、悪いけど……俺には俺の付き合いがあるし……」
大地はそう言い掛けたのだが、途端に風見は口を尖らせ。
「なんだよ、見捨てんの? 俺にはお前以外に頼れる奴いないのに? 言っとくけど俺の寂しがり度合いって半端じゃねぇから。さっきのぶっ倒れ方見ただろ、お前が居てくんないと、マジで寂死ぬと思うけど⁉」
「そ、そんな事言われても……」
「あーあーなんだよ、三好ってもっといい奴だと思ってたわ。友達多いし溌剌としてるし! でも、俺の事は助けてくんないわけね、こんなに弱り切ってんのに! おっけわかった、いーよいーよ。そんじゃ俺が孤独に殺されていく様を見てろよな。ダイイングメッセージには三好の名前残してやるから!」
「って、言ってる事滅茶苦茶過ぎねぇ⁉」
大地は思わず突っ込んだが、それ以上強くは言えなかった。何しろ風見の目が、この上なく必死だからだ。
きっと彼は、本当に困っているのだ。脅しのような台詞を言うのも、それだけ一人になるのが嫌だからだろう。その切実さが伝わると、どうにも断りづらくなる。
それに何より、縋るような顔をされると。
押しに弱い大地としては。
どうしても無視する事が――……嗚呼、もう!
「……わかった。そしたらその帯電体質が治るまで、一緒に行動してやるよ」
「っ、ガチ⁉」
大地が観念して言った途端、風見の顔が輝いた。彼は大地の両肩をガッと掴む。
「ホントに⁉ ホントにいーの⁉ 弁当食うのとか、体育でペア組むのとか、移動教室とか、俺と一緒に居てくれんの⁉」
「いーよ、仕方ねぇし。此処で見捨てて風見がまたぶっ倒れたら、なんか責任感じるし」
「っ、三好ってやっぱいい奴じゃん! めっちゃ助かる!」
感激したらしい風見は、テンションのままに再びガバリと抱き付いてきた。そしてすりすりと頬ずりして。
「あー、人肌……落ち着くぅ……!」
「って、それはナシな⁉」
大地は即座、風見をぐいっと引き剥がした。
「俺が許可すんのは一緒に行動するって事だけ! ハグとかそういうスキンシップは許可しねぇから!」
「えぇ、なんだよケチぃ。減るモンでもねぇのにー」
「減るの! 精神がゴリゴリ削られんの! それに――」
お前のフェロモンをゼロ距離で食らうと妙な扉が開きそうで怖いから――と言いそうになって、ギリギリで踏み止まった。そんな事を言うのはなんだか変態っぽいからだ。大地は慌てて頭を振ると、別の理屈を口にする。
「そ、それに、変な誤解を招くと俺に彼女ができる可能性も急降下するだろ! 俺、高校では絶対彼女作りたいんだよ!」
「えー、そんなのより人助けの方が大事じゃねぇの? 薄情な奴ぅ」
風見はまた口を尖らせたが、すぐに「でも、まぁいっか」と頷いた。
「とにかく一緒に居てくれんならなんでもいーわ。ぼっちにさえなんなければそこまで病まずに済むだろうし……って事で、いつまで掛かるかわかんねぇけど、これから暫くよろしく頼むわ!」
一緒に居てくれる存在を得て安堵したのか、風見はにこっと笑ってみせた。流石はイケメン、その笑みは同性に興味のない大地であっても息を呑むような美しさではあったのだが。
――って、明日からの俺の生活、本当に大丈夫か……?
風見の笑みに見蕩れるより、そんな不安が勝っていた。
住む世界の違う、極度の寂しがり屋だという帯電男。
そんな奴と共に行動する日々が平穏に過ごせるとは、大地にはどうにも思えないのだった。
