不登校になって朝は九時に目覚ましをかけるようになった。昼過ぎまでゆっくり寝ていたいけれど、二年しか時間が残されていない私は、それだと逆に損した気持ちになってしまう。だから、高校に行っていた時の起床時間である六時と正午の間をとって九時。
パジャマのまま朝食をとっている私に、お母さんが声をかけた。
「深冬、今日は何する?」
「うーん、テレビゲーム! 今日も私が勝ったら、夕飯は私の好きな物でいい?」
「よし、その勝負お母さん乗った!」
高校に行かなくなった私に両親は何も言わなかった。きっと、私の気持ちも分かるのだろう。今の私は世間体を気にしなくなったし、二年後以降の未来は考える必要すらないから。
「あ、そういえばお母さん。私、もう高校行かないから退学しようと思うの。学費だけかかっても勿体ないでしょ?」
「良いわよ、それくらい。深冬の高校、制服も可愛いじゃない。もし着ようと思う日があった時のために学籍だけ置いときなさい」
「はーい」
そんな日、二度と来ないと思うけど。だって勉強に追われた日々とか、友達のいない休み時間より、ずっと家の方が楽しい。余生を楽しむのに最適だもの。
高校に仲の良い友達もいなかったし。それでも、余命宣告されるまで今の高校生活が楽しいかすら考えなかった。余命宣告されて初めて考えたら、私の高校生活は楽しくなかったと気づいただけ。
「卒業後に未来がないなら通う意味ないもんね」
「深冬? 何か言った?」
「ううん、何でもない! もう食べ終わるから、食器片付けたらすぐにゲームを始めよ」
お母さんと並んでゲームをする。小学生の時もゲームしているとすぐに時間が過ぎたけど、今はもっと早く過ぎてしまう気がする。一日というのは、日が昇れば日が沈むもの。すぐに真っ暗になってしまう外を見て、また余命が一日減ったことを実感するのだ。
お風呂に入って、ごろんと勢いよくベッドに寝転がる。
「あー、今日も楽しかった」
くるっと身体を丸めて、満足感に包まれたまま眠りにつく。壁にかかっている時計は確認しない。カレンダーも時計も余命を知ってからはタイマーに見えてしまうから。
「ちゃんと楽しかったよ、大丈夫」
夢うつつの私が、自分に言い聞かせるようにそう言った気がした。
*
余命宣告されてから二ヶ月、私は高校三年生になった。どうやら二年の冬までで出席日数は足りていたらしい。
「三年の担任は日下部先生という人だったわ」
「そうなんだ」
名前に聞き覚えがない先生だから、新しく赴任してきた先生だろうか。まぁどっちでも良いけど。どうせ会うことのない先生だし。
「それよりお母さん。今日は何のゲームする?」
「昨日と同じゲームが良いわ。今日こそ深冬に勝ちたいもの」
「あははっ、じゃあ今日も勝負だ」
穏やかで楽しい毎日。こんな時間がずっと続いてほしいと思ってしまう。でも、それは無理だとちゃんと理解している。だからこの二年という時間だけはちゃんと大切にしたかった。
「あら、もうこんな時間。お母さん、お昼ご飯作ってくるわね」
「私も手伝うよ」
「いいわよ。今日のお昼は焼きうどんだもの」
「お母さんの得意料理だ」
「そう、だから任せなさい」
お母さんがわざとらしく自信満々に仁王立ちしたので、私はつい笑ってしまう。そんな私の顔を見て、お母さんは釣られて幸せそうに笑った。そんなお母さんの顔をついじっと見つめてしまう。そんな私にお母さんが気づいたので、私はすぐにまたニコッと笑顔を作る。
「じゃあ、ここでゲーム進めながら焼きうどん待ってる!」
お母さんが台所に向かったのを見て、ほっと胸を撫で下ろす。
(なんでお母さんの顔をじっくり見ちゃったんだろう)
いや、本当は考えなくても分かっている。ただお母さんの幸せな笑顔を目に焼き付けておきたかっただけ。でも、そんな感傷じみた心には気付かないフリをした。
その時、プルルルルと家の固定電話が鳴る。お母さんは料理中で手が離せそうにないし、お父さんは二階でリモートワーク中。私は仕方なく受話器を持ち上げた。
「はい、天音です」
「霧野高校 三年二組担任の日下部です」
「あ……」
「天音さん、ご本人ですか?」
ああ、この電話、絶対に出なきゃ良かった。どうせ碌なことを言われない。聞きたくない。
あれ、ちょっと待って。じゃあ、切っても良くない?
どうせもう二度と高校にも行かないし、この担任にも会わない。楽しくない時間は過ごしたくない。だって、私はもう二年しか生きられない。
気づいたらブチっと通話が切れる音が耳に響いていた。いつの間にか受話器を置いていた。なぜか、スゥっと心が冷めていくのを感じる。
「深冬、どうしたの?」
お母さんが台所から顔を出した。
「担任から電話があったの。絶対面倒臭いこと言われるし、もう二度と会うこともないし…なんなら私は二年後には死ぬでしょ? だから、電話を切ったの、だけど……」
「うん、それで?」
「なんか悪いことをした気持ちになった。いや、実際失礼なことしたんだけど、なんか……」
私のそんな歯切れの悪い言葉を聞いて、お母さんは嬉しそうに微笑んだ。
「ねぇ、深冬。お母さん、人生で後悔は付きものだと思うの。でも、人生で後悔しないコツを一つだけ知ってるわ」
「なに?」
「その時その時で自分が最善だと思うことを選ぶこと。そうすれば後で後悔する結果になっても、あの時最善を選んだから気にしない、と思える。そこからの解決策を考えるようになるわ……今の深冬にとって最善策はなに?」
「電話を掛け直して謝りたい、かも……?」
「じゃあ、そうすればいいわ」
それだけ言うと、お母さんは台所に戻って行った。私はもう一度受話器を持って高校の電話番号を打ち込む。その時、久しぶりに自分の手が震えているのを見た気がした。
「はい、霧野高等学校です」
「三年二組の天音 深冬です。日下部先生はいらっしゃいますか?」
「はい、今お電話をお繋ぎします」
待機中の電話から流れる音楽がとても長く感じた。
「はい、代わりました。日下部です」
「あ、あの……私、天音 深冬……で、あの……」
上手く言葉が出て来ない。私はこんなにも口下手な人間だっただろうか。
「ゆっくりで大丈夫よ、天音さん」
日下部先生は優しい声色でそう言った。
「えっと、先ほどは電話を下さったのに切ってしまってすみません……」
「……天音さん。私、天音さんのお母さんから天音さんの状況を聞いたわ。その上で在籍を続けさせて欲しい、とも」
お母さんはいつの間に、そんなことをお願いしていたのだろう。
「ねぇ、天音さん。学校には来たくない?」
「……はい。残りの少ない人生を楽しく過ごしたいので」
「つまり学校は楽しくない、と?」
「あ、えっと……」
「はっきり言って良いのよ」
「……はい、私は学歴のために高校に行っていたので。仲良い友達もいなかったし」
「そうね、じゃあ、来ない方が良いわね。あ、これは高校の先生として言っちゃ不味かったかしら」
日下部先生は「やってしまったわ」とわざとらしく反省している。冗談めかして楽しそうに話す日下部先生は、この短い会話だけでも素敵な先生だと分かった。
「私だって天音さんの状況だったら一番したいことをするわ。お金だって使い切るし、可愛い服だって買っちゃうもの……天音さん、私との電話は天音さんの人生に必要かしら?」
「えっと……」
「ここで、はっきり『要らない』と答えないのは天音さんの優しさね。分かったわ。じゃあ、もう電話もかけない。でも、最後に一つだけ。楽しい行事だけ来るって言うのはどう?」
「楽しい行事、ですか?」
日下部先生は、自信満々に話し始める。
「そう! 今度、新クラスのオリエンテーションがあるの。オリエンテーションと言う名のただの体育館での遊び大会ね。うちのクラスでは、フットサルをする予定なの……楽しくなさそうでしょう? 友達もいなかったら、そんなの楽しいはずがないわ。問題はここから。クラスのみんなは体育館。つまり、教室には誰もいない。一人きりの教室って最高じゃない? 本当は施錠するんだけど、特別に開けてあげるわ。確か、天音さんは美術部だったわよね。しかもとっても上手で、賞もたくさんとってる……ねぇ、黒板アートを描いてくれないかしら?」
「はい?」
「楽しくなかったら、途中で帰ってもいいわ。なんなら、始めから来なくてもいい。まぁ、考えておいて。来週の金曜日だから」
「えっと、あの……」
「あ、私は天音さんと話すの楽しかったわよ。じゃあね」
そう言うと、日下部先生は電話を切ってしまった。電話が終わったことに気づいて、お母さんがもう一度台所から顔を出す。
「深冬、どうだった?」
「黒板アートを描いて欲しいって……」
「良いじゃない! 深冬は嫌なの?」
「描いてみたかったけど、でも」
「仕方ないわねぇ。もし、行くならお母さんが高校まで送ってあげる。あ、そうだ! 帰り道、一緒にプリクラ撮りに行かない?」
「プリクラ!? お母さん、撮ったことないでしょ?」
「撮ってみたかったの! 制服の深冬とプリクラ!」
お母さんがノリノリで高校の近くでプリクラが撮れる場所を調べている。その時、二階からお父さんも降りてきた。
「お、お父さんも深冬とプリクラ撮りた……」
「あら、お父さんは仕事でしょ?」
お母さんがお父さんを軽くあしらって、お父さんがしょげている。嬉しそうなお母さんとつまらないことでしょげているお父さんを見ていたら、少しだけ元気が出てきた気がした。
先ほどの日下部先生の言葉が頭によぎる。
『私は天音さんと話すの楽しかったわよ』
(先生、私も今の時間は嫌じゃなかったです)
そんな短い言葉すら伝えられなかった。それでも、余命宣告されてこんな生活を送っている私にも一つだけ決めていることがある。
伝えたいことはちゃんと伝える。
この世界に後悔を残したくないから。もし……もし、来週の金曜日に高校に行けたら。職員室に寄ってから帰ろう。そう心の中で決めた。
パジャマのまま朝食をとっている私に、お母さんが声をかけた。
「深冬、今日は何する?」
「うーん、テレビゲーム! 今日も私が勝ったら、夕飯は私の好きな物でいい?」
「よし、その勝負お母さん乗った!」
高校に行かなくなった私に両親は何も言わなかった。きっと、私の気持ちも分かるのだろう。今の私は世間体を気にしなくなったし、二年後以降の未来は考える必要すらないから。
「あ、そういえばお母さん。私、もう高校行かないから退学しようと思うの。学費だけかかっても勿体ないでしょ?」
「良いわよ、それくらい。深冬の高校、制服も可愛いじゃない。もし着ようと思う日があった時のために学籍だけ置いときなさい」
「はーい」
そんな日、二度と来ないと思うけど。だって勉強に追われた日々とか、友達のいない休み時間より、ずっと家の方が楽しい。余生を楽しむのに最適だもの。
高校に仲の良い友達もいなかったし。それでも、余命宣告されるまで今の高校生活が楽しいかすら考えなかった。余命宣告されて初めて考えたら、私の高校生活は楽しくなかったと気づいただけ。
「卒業後に未来がないなら通う意味ないもんね」
「深冬? 何か言った?」
「ううん、何でもない! もう食べ終わるから、食器片付けたらすぐにゲームを始めよ」
お母さんと並んでゲームをする。小学生の時もゲームしているとすぐに時間が過ぎたけど、今はもっと早く過ぎてしまう気がする。一日というのは、日が昇れば日が沈むもの。すぐに真っ暗になってしまう外を見て、また余命が一日減ったことを実感するのだ。
お風呂に入って、ごろんと勢いよくベッドに寝転がる。
「あー、今日も楽しかった」
くるっと身体を丸めて、満足感に包まれたまま眠りにつく。壁にかかっている時計は確認しない。カレンダーも時計も余命を知ってからはタイマーに見えてしまうから。
「ちゃんと楽しかったよ、大丈夫」
夢うつつの私が、自分に言い聞かせるようにそう言った気がした。
*
余命宣告されてから二ヶ月、私は高校三年生になった。どうやら二年の冬までで出席日数は足りていたらしい。
「三年の担任は日下部先生という人だったわ」
「そうなんだ」
名前に聞き覚えがない先生だから、新しく赴任してきた先生だろうか。まぁどっちでも良いけど。どうせ会うことのない先生だし。
「それよりお母さん。今日は何のゲームする?」
「昨日と同じゲームが良いわ。今日こそ深冬に勝ちたいもの」
「あははっ、じゃあ今日も勝負だ」
穏やかで楽しい毎日。こんな時間がずっと続いてほしいと思ってしまう。でも、それは無理だとちゃんと理解している。だからこの二年という時間だけはちゃんと大切にしたかった。
「あら、もうこんな時間。お母さん、お昼ご飯作ってくるわね」
「私も手伝うよ」
「いいわよ。今日のお昼は焼きうどんだもの」
「お母さんの得意料理だ」
「そう、だから任せなさい」
お母さんがわざとらしく自信満々に仁王立ちしたので、私はつい笑ってしまう。そんな私の顔を見て、お母さんは釣られて幸せそうに笑った。そんなお母さんの顔をついじっと見つめてしまう。そんな私にお母さんが気づいたので、私はすぐにまたニコッと笑顔を作る。
「じゃあ、ここでゲーム進めながら焼きうどん待ってる!」
お母さんが台所に向かったのを見て、ほっと胸を撫で下ろす。
(なんでお母さんの顔をじっくり見ちゃったんだろう)
いや、本当は考えなくても分かっている。ただお母さんの幸せな笑顔を目に焼き付けておきたかっただけ。でも、そんな感傷じみた心には気付かないフリをした。
その時、プルルルルと家の固定電話が鳴る。お母さんは料理中で手が離せそうにないし、お父さんは二階でリモートワーク中。私は仕方なく受話器を持ち上げた。
「はい、天音です」
「霧野高校 三年二組担任の日下部です」
「あ……」
「天音さん、ご本人ですか?」
ああ、この電話、絶対に出なきゃ良かった。どうせ碌なことを言われない。聞きたくない。
あれ、ちょっと待って。じゃあ、切っても良くない?
どうせもう二度と高校にも行かないし、この担任にも会わない。楽しくない時間は過ごしたくない。だって、私はもう二年しか生きられない。
気づいたらブチっと通話が切れる音が耳に響いていた。いつの間にか受話器を置いていた。なぜか、スゥっと心が冷めていくのを感じる。
「深冬、どうしたの?」
お母さんが台所から顔を出した。
「担任から電話があったの。絶対面倒臭いこと言われるし、もう二度と会うこともないし…なんなら私は二年後には死ぬでしょ? だから、電話を切ったの、だけど……」
「うん、それで?」
「なんか悪いことをした気持ちになった。いや、実際失礼なことしたんだけど、なんか……」
私のそんな歯切れの悪い言葉を聞いて、お母さんは嬉しそうに微笑んだ。
「ねぇ、深冬。お母さん、人生で後悔は付きものだと思うの。でも、人生で後悔しないコツを一つだけ知ってるわ」
「なに?」
「その時その時で自分が最善だと思うことを選ぶこと。そうすれば後で後悔する結果になっても、あの時最善を選んだから気にしない、と思える。そこからの解決策を考えるようになるわ……今の深冬にとって最善策はなに?」
「電話を掛け直して謝りたい、かも……?」
「じゃあ、そうすればいいわ」
それだけ言うと、お母さんは台所に戻って行った。私はもう一度受話器を持って高校の電話番号を打ち込む。その時、久しぶりに自分の手が震えているのを見た気がした。
「はい、霧野高等学校です」
「三年二組の天音 深冬です。日下部先生はいらっしゃいますか?」
「はい、今お電話をお繋ぎします」
待機中の電話から流れる音楽がとても長く感じた。
「はい、代わりました。日下部です」
「あ、あの……私、天音 深冬……で、あの……」
上手く言葉が出て来ない。私はこんなにも口下手な人間だっただろうか。
「ゆっくりで大丈夫よ、天音さん」
日下部先生は優しい声色でそう言った。
「えっと、先ほどは電話を下さったのに切ってしまってすみません……」
「……天音さん。私、天音さんのお母さんから天音さんの状況を聞いたわ。その上で在籍を続けさせて欲しい、とも」
お母さんはいつの間に、そんなことをお願いしていたのだろう。
「ねぇ、天音さん。学校には来たくない?」
「……はい。残りの少ない人生を楽しく過ごしたいので」
「つまり学校は楽しくない、と?」
「あ、えっと……」
「はっきり言って良いのよ」
「……はい、私は学歴のために高校に行っていたので。仲良い友達もいなかったし」
「そうね、じゃあ、来ない方が良いわね。あ、これは高校の先生として言っちゃ不味かったかしら」
日下部先生は「やってしまったわ」とわざとらしく反省している。冗談めかして楽しそうに話す日下部先生は、この短い会話だけでも素敵な先生だと分かった。
「私だって天音さんの状況だったら一番したいことをするわ。お金だって使い切るし、可愛い服だって買っちゃうもの……天音さん、私との電話は天音さんの人生に必要かしら?」
「えっと……」
「ここで、はっきり『要らない』と答えないのは天音さんの優しさね。分かったわ。じゃあ、もう電話もかけない。でも、最後に一つだけ。楽しい行事だけ来るって言うのはどう?」
「楽しい行事、ですか?」
日下部先生は、自信満々に話し始める。
「そう! 今度、新クラスのオリエンテーションがあるの。オリエンテーションと言う名のただの体育館での遊び大会ね。うちのクラスでは、フットサルをする予定なの……楽しくなさそうでしょう? 友達もいなかったら、そんなの楽しいはずがないわ。問題はここから。クラスのみんなは体育館。つまり、教室には誰もいない。一人きりの教室って最高じゃない? 本当は施錠するんだけど、特別に開けてあげるわ。確か、天音さんは美術部だったわよね。しかもとっても上手で、賞もたくさんとってる……ねぇ、黒板アートを描いてくれないかしら?」
「はい?」
「楽しくなかったら、途中で帰ってもいいわ。なんなら、始めから来なくてもいい。まぁ、考えておいて。来週の金曜日だから」
「えっと、あの……」
「あ、私は天音さんと話すの楽しかったわよ。じゃあね」
そう言うと、日下部先生は電話を切ってしまった。電話が終わったことに気づいて、お母さんがもう一度台所から顔を出す。
「深冬、どうだった?」
「黒板アートを描いて欲しいって……」
「良いじゃない! 深冬は嫌なの?」
「描いてみたかったけど、でも」
「仕方ないわねぇ。もし、行くならお母さんが高校まで送ってあげる。あ、そうだ! 帰り道、一緒にプリクラ撮りに行かない?」
「プリクラ!? お母さん、撮ったことないでしょ?」
「撮ってみたかったの! 制服の深冬とプリクラ!」
お母さんがノリノリで高校の近くでプリクラが撮れる場所を調べている。その時、二階からお父さんも降りてきた。
「お、お父さんも深冬とプリクラ撮りた……」
「あら、お父さんは仕事でしょ?」
お母さんがお父さんを軽くあしらって、お父さんがしょげている。嬉しそうなお母さんとつまらないことでしょげているお父さんを見ていたら、少しだけ元気が出てきた気がした。
先ほどの日下部先生の言葉が頭によぎる。
『私は天音さんと話すの楽しかったわよ』
(先生、私も今の時間は嫌じゃなかったです)
そんな短い言葉すら伝えられなかった。それでも、余命宣告されてこんな生活を送っている私にも一つだけ決めていることがある。
伝えたいことはちゃんと伝える。
この世界に後悔を残したくないから。もし……もし、来週の金曜日に高校に行けたら。職員室に寄ってから帰ろう。そう心の中で決めた。



