誰にも本気になれなかった俺が、男友達に本気で恋する話

付き合って、もう一ヶ月が経つ。

一ノ瀬とは、変わらずで、休みの日にデートしたり、一緒に勉強したり。学校では普通に話すし、休み時間もだいたい一緒にいる。

ただ、一つ気になることがある。
一ノ瀬は、俺のことをどう思っているのだろうか。
俺は、一ノ瀬のことが好きだ。それはもう、めちゃくちゃ好き。でも、一ノ瀬はどうなんだろう。俺はまだ、一ノ瀬に一度も「好き」と言われたことがない。

「そういえば、一ノ瀬って元カノいるっけ?」

一ノ瀬に何気なく聞いた。

「一人いるけど。相原ってやつ」

俺の問に、一ノ瀬は、特に気にした様子もなく言った。

「え、いんの?一ノ瀬のそういう話、初めて聞いたから知らなかった」

思わず声が大きくなる。

「まぁ、結構前だし」

俺も元カノくらいいたし、なんとも思ってなかった。
だから、この時はまだ、気づいていなかったのだ。一ノ瀬の元カノをきっかけに、あんなことになるなんて。

*

「……何あれ」

朝、教室に入ると、一ノ瀬が知らない女子と話してるのが見えた。いや、知らないというか、多分見たことはある。でも、話したことはなかった。

「あれ、中原知らねーの?」

俺の視線に気づいた藤田にそう言われるも、なんのことか分からない。

「あれ、一ノ瀬の元カノの相原。隣のクラスだろ。中三の時、付き合ってた」

あー……

この前、一ノ瀬が言ってた元カノか。

「そういや、藤田と一ノ瀬って同中だったな」

だから、中学の時の一ノ瀬のことも知ってるのか。
俺は、もう一度二人の方を見ると、何を話しているのかはここからじゃ分からないけど、さっきよりも距離が近くなっているような気がした。

「まぁでも、今はお前一筋っぽいし元気だせって」
「落ち込んでねーよ」

本当に。落ち込んでなんかないし……

昼休みになると、一ノ瀬はいつも通り、俺の席まで来た。

「中原、購買行く?」
「……行く」

並んで廊下を歩く。いつもと同じ距離、いつもと同じ歩幅。なのに、聞きたいことが喉につかえて、うまく出てこなかった。

「なぁ」

先に口を開いたのは、一ノ瀬だった。

「今朝のこと、気にしてる?」
「してない」

一ノ瀬は、一瞬だけ黙って、少し笑う。

「即答するとこが怪しいんだけど。お前、まじ分かりやすい」

一ノ瀬が、ふっと笑う。その顔を見て、ますます言葉に詰まった。

「相原、ちょっと相談があるって言ってきただけ」
「……相談?」
「うん。まぁ、大したことじゃない」

大したことじゃないなら、なんで詳しく言わないんだろう。
そう思ったけど、口には出せなかった。だって、言ったら面倒な恋人になってしまう気がしたから。束縛したくないし、重いって思われたくない。

「あっそ」

それだけ言って、俺は購買の列に並んだ。ただ、俺の中に少しだけ、小さな引っ掛かりが残っていた。

放課後。

今日は俺も一ノ瀬も委員会で遅くなった。校舎を出る頃には、空が茜色に染まっている。夕焼けが窓に反射して、いつもとは違って見える。

「一ノ瀬、今日、飯食って帰らね?」

時間的にも夕飯が食べたい頃合だ。

「りょ。放課後デート」
「飯食うだけだろ」
「いや、俺にとってはデートだから」

またそういうこと言う。呆れたように返したけど、本当は、「デート」と言ってくれたことが、嬉しかった。それだけで、相原さんとのことでモヤモヤしていた気持ちも、なんだかどうでもよくなる。

……俺、単純だ。

そして俺たちは、駅近くのカフェに入った。
夕飯には少し早い時間だったけれど、店内には同じように学校帰りらしい学生も多い。
俺たちは、窓際に座った。

「何にする?」

一ノ瀬にメニュー表を渡された。

「んー、俺、オムライス」

写真を見ながらオムライスを指でさす。

「じゃあ俺も」
「なんで一緒なんだよ」

結局、二人ともオムライスを頼んだ。
注文を終えてしばらくすると、オムライスが二つ運ばれてくる。

「「いただきます」」

向かい合って、ふわふわの卵を、スプーンですくって食べ始める。

「うま」
「それな。結構当たり。また来ようぜ」

一ノ瀬は、何気なく言う。俺は、『また』があることが、嬉しくなって小さく頷いた。

今日あったことを話したり、委員会の愚痴を言ったり。

「今日の委員会、まじで長すぎ」
「それな。仕事っていうより先生の雑用だろ、あれは」

そんなくだらない話をしているうちに、朝から抱えていた嫌な感情が少しずつ薄れていった。一ノ瀬と話していると、いつの間にか、自然に笑っている。

「あ、ケチャップついてる」

一ノ瀬の指が、俺の口元をさっと拭う。そのまま、自分の指をぺろっと舐めた。
俺は、顔がぶわっと熱くなるのを感じた。

「ちょ、何してんの!」
「もったいないから」
「意味分かんない!」

周りの席の人にまで聞こえそうで、俺は両手で顔を覆った。指の隙間から見えた一ノ瀬は、楽しそうに笑っていた。
こいつ、なんでこんな恥ずいことできるんだろ。

「……お前さ、いつもそういうの平気でやるよな」
「そういうのって?」
「だから、その、指とか」
「中原にしかやんないけど」

さらっと言われて、俺はオムライスにスプーンを突っ込んだ。熱い。顔も熱い。
悔しいから、無言でひと口ぶん多めにすくって食べた。一ノ瀬はそれを見て、また笑った。

「照れてる?」

からかうように言われる。

「うざ」
「はいはい。素直じゃないですねー(棒)」

絶対、分かっててからかってる。だけど、そんな一ノ瀬も、好きだった。すぐからかってくるところも、簡単に俺のことを嬉しくさせるところも、どうしようもないくらい、好きだった。

店を出ると、外はもうすっかり暗くなっていた。駅に向かう人達の姿が増えていて、街の灯りも多く感じる。

「ん」

一ノ瀬は、俺に手を差し出す。俺は、一ノ瀬の手に、そっと自分の手を重ねた。指が触れ、そのまま自然に繋ぐ。
こうして、手を繋ぐことにも少し慣れた。いや、今でも少しはドキドキするけど……でも、最初ほどではない。

駅までの道を並んで歩く。昼間より少しだけ風が冷たくて気持ちいい。

そのとき、一ノ瀬のスマホが震えた。

「……ごめん、ちょっと待って」

画面を確認した一ノ瀬の表情が、ほんの一瞬だけ固まる。
覗き見をしたわけではないけど、一ノ瀬のスマホに、『相原』という名前が表示されているのが見えた。

「出なよ」

自分でも驚くくらい、するっと言葉が出た。一ノ瀬が目を見開く。

「いいん?」
「いや、そのくらい別にいいだろ。無視するのもかわいそうじゃん」

本当は全然よくない。でも、ここで「出るな」と言ったら、それこそ面倒な恋人だ。

「……すぐ戻る」

一ノ瀬は俺の手を一度ぎゅっと握ってから離して、少し離れた柱の陰で電話に出た。
聞くつもりはなかったのに、距離が近かってせいか、途切れ途切れに声が届いた。

「……うん、……いや、今日は無理。……そうじゃなくて」

少し声を落として、

「今、大事な用事の最中だから」

大事な、用事。
その言葉だけが、やけにはっきり聞こえた。
数分して、一ノ瀬が戻ってきた。

「ごめん、待たせた」
「ん」

本当は、一ノ瀬が元カノと話したり、電話したりしてるのを見るのは嫌だった。だけど、今は、そこまで気にしていなかった。

一ノ瀬は、委員会が終わるのが遅くなって、一緒に飯を食う、ただそれだけの時間も、「大事」だと、言ってくれたから。
それだけで、救われた気がしたんだ。

*

とはいえ、気になるもんは気になる。

それから何日か経つが、日に日に一ノ瀬と相原さんの距離が近くなっているような気がする。俺が気にしすぎなのかもしれないけど、相原さんが、最近、たびたび一ノ瀬に絡んでるのを見かける。

例えば、体育館の脇を通りかかった時。

「一ノ瀬ー、ちょっと聞きたいことあるんだけど」

相原さんが、部活帰りらしい一ノ瀬を呼び止めているのが見えた。俺は、少し離れたところで、自販機で飲み物を買うふりをする。

「なに?」
「進路のことなんだけどさ、一ノ瀬って理系だっけ?」
「そうだけど」
「私も理系にしようか迷っててさ、今度、勉強教えてよ」

たったそれだけの会話。内容自体は、本当に他愛もないものだった。でも、相原さんが一ノ瀬の腕に軽く触れながら話しているのを見て、俺の中で、何かがざわついた。

「まぁ、気が向いたらな」

一ノ瀬は、いつもの調子で軽く流していた。それだけで、たいした話じゃない。分かってる。分かってるのに。
俺は、買うつもりもなかった炭酸水のボタンを押していた。
そして今日も。

「一ノ瀬いるー?」

朝、相原さんが教室のドアから顔を覗かせる。教室を見回すと、一ノ瀬はまだ来ていないようだった。

「あー、まだ来てねーな」

俺は、愛想笑いをしながら答える。

「そっかぁ」

相原さんは、少し残念そうな顔をした。

「一ノ瀬に用事?」

変に意識しないように、なるべく普通に聞く。

「用事って言うか、話したいだけ」
「へー」
「あ、そうだ。一ノ瀬って今、恋人とかいるのかなぁ?」

その質問に、ドキッとする。

「……さぁ。俺ら、そんな話しねーから、分かんねーわ(笑)」
「たしかに。一ノ瀬が恋バナとかしてるイメージない」
「狙ってんの?」
「狙ってるって言うか、復縁したいなー、みたいな?」

それを狙ってるって言うんだろうが……

「ほら、一ノ瀬って、適当に見えて結構優しいんだよ?そういうとこ、好きなんだよね〜」

知ってる、そのくらい。相原さんに言われなくても、とっくに知ってる。俺だって、そんな一ノ瀬のことが、好きになったんだから。

すると、扉が開いて一ノ瀬が入ってくる。相原さんは、すかさず一ノ瀬のところに行く。

二人が話している様子を遠目で見ていると、

「ねー、一ノ瀬、今度遊びに行こーよー」

という相原さんの声が聞こえてきた。俺は、少し離れたところから、何気ないフリをして耳を傾ける。

「いや、遠慮しとく(笑)」
「えー、なんでよ。中学の時は二人でよく遊びに行ってたじゃん」

その言葉に、胸がズキっと痛む。

「無理なもんは無理ー」

その返事に、少しだけ安心してしまった。
一ノ瀬が相原さんと仲良くしてるだけで、早く離れて欲しいとか、俺の方を見て欲しいとか、思ってしまう。

これ、結構最悪じゃね……?

別に、相原さんは何も悪いことはしていない。ただ、元カレに話しかけているだけ。それなのに、俺が勝手に一ノ瀬のことを独占したいと思ってしまう。

一ノ瀬は、どう思ってるんだろう。俺のこと、相原さんのこと。

そんなことを考えてしまっている自分が、嫌だった。
この状況が、俺が元カノにしてきたことと、同じような感じがしたからだ。今まで、俺は好きじゃなくても告白されたら付き合っていた。付き合ってたら、そのうち好きになるかも、とか考えていた。

その結果、相手と同じ気持ちにはなれなくて、『私ばっかり』とか、『全然私のこと好きじゃない』って言って振られてきた。でも、それはそれで仕方がないと、割り切って考えていた。

だけど、いざ自分がその立場に立つと、相手に「好き」と言ってもらえないことが、俺と同じ熱量で想ってもらえないことが、こんなにも悔しい。
俺のことを好きになって欲しい。もっと見て欲しい。俺と同じくらい、夢中になって欲しい。

勝手に不安になって、勝手に相原さんに当たりそうになって。自分がされていたはずの「一方的な好き」を、今度は自分が振りかざしそうになっている。

そのことに気づいて、余計に、自分が嫌になった。

その日の放課後。

俺は、いつもより少しだけ一ノ瀬と距離を取ろうとしていた。
別に、喧嘩をしたわけじゃないし、一ノ瀬に何かされたわけでもない。

「中原、帰る?」
「あー……、ごめん。ちょっと用事あるから、先帰ってて」

嘘ではなかった。出し忘れた提出物を職員室に持っていく必要があったから。

「いや、待っとく」
「でも……」
「いいから」
「……分かった。けど、遅くなったら、先帰ってていいからな」

そう言うと、一ノ瀬は、ふっと優しく笑った。その顔を見て、また、好きだと思ってしまった。

本当に、どうしようもないな……

距離を置こうとしても、離れようとしても、離れられない。だって、好きだから。

結局、提出物を急いで出して、教室に戻った。
けど、教室の扉を開けようとした時、中で、一ノ瀬と相原さんの声が聞こえた。

「一ノ瀬、帰んないのー?」

相原さんが一ノ瀬に聞く。その声で、俺の手が、扉の取っ手のところで止まった。

「人待ってる」
「ふーん。ねぇ、一ノ瀬ってさ、中三で付き合ってた時、私のこと好きだった?」

その言葉を聞いた時、心臓で、嫌な音がした。指先が、冷たくなるのを感じる。

「なんだよ急に(笑)」

一ノ瀬は、少し笑う。

「だってさー、うちら、高校受験があるからって別れちゃったじゃん。だから、一ノ瀬は私のこと、どう思ってたのかなーって」

俺は、教室の扉を開けられなかった。

「あー……」

一ノ瀬の、考えるような声が聞こえる。

「好きだったよ、お前のこと」

その言葉が聞こえた時、胸が苦しいくらい痛くなった。息ができないくらい、苦しい。俺以外の人に向けた「好き」なんて、聞きたくない。

なにそれ。俺には、「好き」なんて、一言も言ってくれないくせに。

それに……受験で別れた、って、そんなの、まだ好きな可能性、あるってことじゃん。

悔しい。一ノ瀬の恋人は、俺のはずなのに、『恋人』という肩書き以上のものが、欲しくなる。ただ『付き合っている』という事実だけじゃなくて、一ノ瀬も、俺のことが好きで、もっと、俺だけを見て欲しい。

俺は、耐えられなくなって、その場を逃げた。

廊下を走る。
悔しい。苦しい。色んな感情が混ざって、何が何か分からない。

「なんでだよ……」

誰もいないところで、小さく呟いた。