誰にも本気になれなかった俺が、男友達に本気で恋する話

無事、期末テストも終わり、約束の日となった。約束というのは、そう……一ノ瀬とのデートだ。

「明日、駅前に十時集合な」

昨日、そう言われた。約束の時間は、十時で、別に遅くても八時に起きれば間に合うが、六時には目覚めてしまった。

どうしよう。どの服を着ていけばいいのか……

今まで、付き合った子とデートくらい、何度もしたことはある。だけど、今日はいつもの比にならないくらいドキドキしていた。

そして、一時間くらい部屋で一人ファッションショーを終えると、家を出る。

待ち合わせ三十分前に着いてしまった。一ノ瀬はまだ来ていない。当たり前だ、俺が早く来すぎてしまった。
俺は、いつも通りスマホをいじりながら待つ。いや、正直に言えば、スマホなんて、ほぼ見てないに等しい。適当に画面をスクロールするけど、内容なんて全く頭に入っていない。

「中原、お待たせ」

後ろから、一ノ瀬に声かけられる。

「うわっ」

びっくりした……

「また驚いてるし」
「お前が後ろから来るから」
「いや、知らねーよ」

これまでも、一ノ瀬とはたくさん遊んだことがある。この前だって、藤田と雨宮も含めて四人で学校外で会ったりした。だから、今さら見慣れてないわけがないのに。
それなのに、なんでだろう。いつもよりカッコよく見えてしまう。

別に、服装がいつもと違うわけでもないし、特別なことをしてるわけでもないのに。多分、俺が勝手に意識してるだけなんだろう。分かってるけど、どうしようもない。

「もしかして緊張してる?」

一ノ瀬に顔を覗かれる。

「してない」
「絶対うそ」

こいつ……自分が余裕だからって、からかってくる。

「で、どこ行く?」
「映画とか?」

俺が提案すると、一ノ瀬は同意してくれた。

「いいじゃん、恋人っぽい」

またそれ……

一ノ瀬は、最近、『恋人』という言葉をよく使う。
本人は、特に深い意味で使ってないのだろうけど、その度にドキッとするから、困る。その響きだけで、俺たちは付き合ってるんだ、って実感させられるから。

映画館は、駅前から少し歩いたところにあった。歩いてる間、特に何を話したかは覚えてない。多分、くだらないことだったと思う。一ノ瀬が、道端の変な看板を見て笑って、俺もつられて笑って、みたいな、そんな時間。

俺と一ノ瀬が、映画館の中に入ると、独特の暗さと、ポップコーンの匂いが漂ってくる。しばらく映画見てなかったので、こういうのも、たまにはいい。

「一ノ瀬は何が見たい?」

俺は正直、何でもいいし、一ノ瀬が見たいやつあれば、それにしたい。

「えー、んー……中原が興味あるやつ」
「なにそれ」
「別に。ただ、中原のこともっと知りたいだけ」

そういうこと、サラッと言うの、本当にずるい。俺だけ照れさせられてる気がする。何より、俺のことを知りたいと思ってくれているのは、素直に嬉しかった。

「……じゃあ、これ」

俺は、上映時間を確認して、ちょうどいい時間にある恋愛映画を指でさす。

「中原がこういう恋愛系のやつ好きって意外」

一ノ瀬は、周りに配慮して小さい声で喋る。

「いいだろ、別に」

俺は、意外とこういう恋愛系の映画が好きで、たまに一人で見たりする。キャラじゃないって思われるのが嫌で、あまり言ったことがなかったけど、一ノ瀬なら、変に思ったりしないから。

「一つ中原のこと知れた」

小さい声で嬉しそうに笑う一ノ瀬を見て、なんだかこっちまで嬉しくなった。
チケットを買って、席に座るまでの間も、なんでもない会話をした。ポップコーンは何味にするかとか、どのへんの席がいいかとか。そんな些細なことにまで、一ノ瀬は、俺の意見を聞いてくれる。

映画が始まると、辺りが暗くなる。
さっきまで普通に話していた一ノ瀬の顔も、暗闇の中ではよく見えない。スクリーンの光が、時々横顔を照らす。

……なんか、変な感じだ。

隣に一ノ瀬がいる。ただそれだけなのに、妙に意識してしまう。

「中原」

小さい声で呼ばれ、俺は一ノ瀬の方を見る。

「……手、繋いでいい?」

いつもの余裕のある感じじゃなくて、少しだけ緊張してるような声だった。
その声を聞いた瞬間、胸がドクンと鳴る。

「……別に、いいけど」

俺も、一ノ瀬にだけ聞こえるくらいの小さい声で返す。
すると、一ノ瀬の指が、そっと俺の指に触れ、そのままゆっくりと手のひらが重なり合う。

なんだこれ。今まで、手繋ぐことくらい普通にあったのに、めちゃくちゃ緊張する。

一ノ瀬の手は、俺より少しだけ大きくて、少しだけ温かい。

「中原の手、小さい」
「うっせ」

やば。今、映画館が暗くてよかったかもしれない。だって俺、今絶対に見せられないような顔してる。頬が熱くて、心臓も、さっきからずっとうるさいくらい鳴っている。
自分が興味ある映画を選んだはずなのに、映画の内容なんて、全然頭に入ってこない。さっきから、一ノ瀬と繋いだ右手ばかりが気になって仕方ない。

映画が終わって、館内が明るくなった。

「……終わった」

隣から一ノ瀬の声がする。

「うん」

俺はそう返してから、ふと自分の手を見る。さっきまで、一ノ瀬と繋いでいた手。映画が終わったから、当然もう離している。

……なのに。

なんだか、手のひらだけまだ熱い気がした。なんだか、そこにあった温度が、まだ残っている感じがする。

「中原さ、絶対、映画ちゃんと見てないでしょ」
「は?見たし」

俺は、ムキになって答える。

「いや、ずっと手見てた」

一ノ瀬に、笑いながら言われる。

……最悪。バレてたのかよ。

映画館を出ると、外の明るさに一瞬目がくらんだ。館内があまりに暗かったせいで、普通の昼の光が、やけに眩しく感じる。

「……次どこ行く?」

俺は、照れ隠しで無理やり話題を変えて、一ノ瀬に聞く。

「ゲーセン行こうぜ」
「あり」

歩きながら、さっきの映画の感想を軽く話した。一ノ瀬は、意外とちゃんと内容を覚えていて、俺がほとんど何も覚えていないことに、また笑われた。

「マジで手しか見てなかったんだな」
「うるさい」

そんな会話をしながら、俺らは近くのゲーセンに入る。中はゲームの音や、音楽で騒がしく、さっきまで静かな映画館の中にいたからか、余計に明るく感じる。
すると、俺は、よくやってるゲームのキャラクターのキーホルダーを見つけた。

「お、これしようかな」

俺はお金を取り出す。

「何これ。ゲーム?」

一ノ瀬は、知らないようで、そのキャラクターを見ながら聞いた。

「知らねーの?結構はやってんぞ」

俺は、お金をクレーン機に入れると、アームの操作をする。一ノ瀬は、それをジッと見ている。

「あー、ダメだ」

アームは、掴んだキーホルダーを、持ち上げはしたものの、キーホルダーはアームをするりと抜けて、見事にその場に落とす。

「ダメじゃん(笑)」

一ノ瀬に、からかうように言われて、少しムッとする。

「難しいんだよ」
「貸して。俺もしたい」

俺は、一ノ瀬と場所を交代する。
一ノ瀬は、お金を入れてアームを操作する。

「もう少し右じゃね?」

俺がそう言うと、一ノ瀬は、レバーを少しだけ右に動かす。そして、ストップボタンを押して、アームが降りる。

「あー、惜しい」
「でも、落とし口にちょっと近づいたよ」
「次俺な」

そうして、交代で、クレーンゲームをした。
三回目。四回目。
最初は、ただ軽い気持ちで始めたはずなのに、気づけば、俺も一ノ瀬も本気になっていた。

「横から見たら、前すぎる気がする」
「あと少しだけ後ろにずらしたら?」
「重心がこっちにあるからそのくらいでいいと思う」

俺と一ノ瀬は、一つのキーホルダーを取るためだけにこのクレーンゲームの色んな方位から見ながら動かす。

「この辺?」
「うん」

そして、ストップボタンを押して、キーホルダーを持ち上げる。すると、一つのキーホルダーにもう一つのキーホルダーが引っかかって、二個同時に持ち上げられる。

「待って、二つ持ち上がってる!」
「行け!」

そして、キーホルダーが取り出し口に落ちる音が聞こえた。見事その二つをゲットすることに成功した。

「うお、すげぇ!二つ取れた!」
「おっしゃ!」

俺は、一ノ瀬と反射でハイタッチをする。

「二個取れるってすごくね!?」
「俺も、初めて見たかも」

ただ、キーホルダーが取れただけなのに、めちゃくちゃ嬉しい。
一ノ瀬は、下からキーホルダーを二つ取り、一つを俺に差し出す。

「はい、これ」
「お、サンキュー」
「中原とおそろい」
「はいはい」

適当に返事をしたものの、一ノ瀬との『おそろい』は、嬉しくて、キーホルダーを手の中でじっと見つめてしまう。
さっきまで、二人で必死になって取っていたものを、一つずつ持っている。それが、特別感に溢れて、こういうのいいな、と思う。

その後もしばらく、他のゲームを冷やかしたり、意味もなくプリクラの機械を覗いてみたりした。

「二人でプリクラ撮る?」
「絶対嫌」
「なんでよ」
「さすがに男二人でプリクラは無理」

結局プリクラは撮らなかった。

特に何をするでもなく、ただ一緒にいるだけの時間だったけど、それがなんだか心地よかった。
気が付けば、結構時間が経っていた。

「え、雨?」

室内だから分からなかったけど、外は雨が降っている。

「結構強くね?」

来た時はあんなに晴れていたのに、空はすっかり曇っていて、雨が勢いよく地面を叩いている。一気に土砂降りになったようだった。

「これ……帰れるか?」

傘持ってねーし……

「俺、折り畳み傘一つあるから、中原ん家まで送るわ」

一ノ瀬は、カバンから折り畳み傘を取り出して、慣れたように広げる。

「いや、さすがに悪いだろ。遠回りになるし」
「大丈夫だって、そっちの道からでも帰れるし。それに、俺だってもう少し一緒にいてーし、口実みたいなもん」

なんだそれ。優しすぎ。そんなこと言われたら、断れねーじゃん。

「……じゃあ、お言葉に甘えて」

一ノ瀬の傘の中に入る。一本の傘に二人で入るから、いつも以上に距離が近い。さっきまでゲーセンで笑っていたのに、急に意識してしまう。

雨音が、思ったよりも大きい。傘を叩く音に混じって、遠くで車の走る音がする。それ以外は、なんだか世界に二人だけしかいないみたいな、そんな錯覚がした。

あー……好きだ。どうしようもないくらい、この人が好きだ。

まだ一ノ瀬のことが好きだと気づいてなかった時でさえ、一ノ瀬に対して、好感はあった。一緒にいて楽しいとか、心地よいとか。けど、好きだと気づいて、実際に付き合えた今としては、どんどん好きという気持ちが大きくなる。

「中原、もっとこっち」

緊張するから、無意識に、距離を取ってしまっていたらしく、一ノ瀬に肩を抱き寄せられる。

「ちょ……」
「濡れるだろ」

今まで俺たちの間にあった僅かな隙間がなくなって、距離がさらに近くなる。
肩や腕が触れる。友達だった時には、特に気にならなかったのかもしれないけど、恋人だと、めちゃくちゃ意識してしまう。

一ノ瀬の方をチラッと見ると、いつも通りの顔で、こんなにドキドキしてるのは、俺だけなのだろうと思うと、なんだか悔しい。

「ここだよね」

一ノ瀬の声で、ふと我に返る。気がつけば、俺の家に着いていた。もう少し一緒にいたかったなんて、口が裂けても言えない。そんなこと言ったら、自分がどれだけ一ノ瀬のことが好きか、バレてしまいそうだ。

「またデートしような」

一ノ瀬の言葉に、またドキドキさせられる。

「……はいはい」

本当は、もっと何が言いたかったけど、結局それだけ言って、一ノ瀬に手を振る。

今は、俺が一ノ瀬のことを好きで、一ノ瀬は、それに付き合ってくれて、恋人になれた。そのくらい、分かってる。でも、一ノ瀬も、少しくらい意識してくれたらいいのに。俺ばかり、勝手にドキドキしてて、一ノ瀬の一つ一つの仕草や行動、言葉に振り回されて、ムカつく。

「……俺のこと、好きになれよ」

小さく呟いた声は、雨の音にかき消される。
俺が一ノ瀬のことを好きなくらい、一ノ瀬も俺のことを、好きになってくれたらいいのに。俺といて、もっとドキドキしてくれたらいいのに。

雨の中、恋人の後ろ姿を見ながら、密かにそう願った。