誰にも本気になれなかった俺が、男友達に本気で恋する話

一ノ瀬と恋人になった。その事実が、今でも信じられない。だって、俺と一ノ瀬は、男同士で、友達で、それだけだと思っていたから。そんなことを考えながら通学路を歩いていると。

「何難しい顔してんの?」

一ノ瀬に、突然話しかけられる。

「うわっ」

びっくりした……

思わず肩が跳ねる。
頼むから、背後から急に姿を現さないでくれ。

「そんな驚かなくてもよくね?」
「じゃあ気配なく近づくなよ」
「だって仕方ないじゃん」

一ノ瀬は、ニヤッと笑って、俺の隣まで来る。

「恋人が、前歩いてたから」

その言葉に、思わずむせそうになった。

「お前さぁ……」
「事実だろ」

そうだけど。朝から『恋人』とか、言わないでくれ。

なんか、思ったより普通でムカつく。もっとドキドキしてくれてもいいのに。俺みたいに、どうしたらいいか分からなくなってもいいのに。俺だけが意識してるみたいで、悔しい。なんて、そんなこと考えている自分が気持ち悪い。

それに、一ノ瀬は、俺のために付き合ってくれてるだけだから。ちゃんと分かってる。それは、勘違いしたらダメだ。

教室に入ると、いつも通り騒がしくて、いつも通りクラスメイトに挨拶する。それなのに、何もかもがいつも通りに思えない。

「中原、なんか今日、機嫌よくね?」
「こわ」

ついには、藤田と雨宮にそんなことを言われる始末。

「うぜぇ」

口ではそう言うけど、自分でも分かっている。俺は今、明らかに機嫌がいい。でも、一ノ瀬と付き合ってることは、他の人には秘密だ。だから、バレないようにしないといけない。

「もしかして俺のおかげ?」

隣から一ノ瀬が、からかうように言う。
こいつ、絶対分かって言ってる。

「お前まじでダルい」
「ひど」

そう言って笑う一ノ瀬の顔は、いつもより少しだけ、嬉しそうに見えた。

「……あれ、中原どこ行くん?」

教室から出ようとすると、一ノ瀬に聞かれる。

「んー、ちょっとな」

俺は、曖昧に答えた。詳しいことは言わなかった。だけど、一ノ瀬は、それ以上聞かなかった。

「じゃ、また後で」
「ん」

小さく手を上げて、一ノ瀬に背を向ける。
俺は、人があまり通らない廊下に向かう。歩きながらスマホを確認すると、『まだ?』という連絡通知が目に入った。

「中原」

顔を上げると、美咲がすでにそこに立っている。

「急に呼び出してなんなわけ?報告って」

そう。俺が、スマホで美咲をこの場所に来るよう連絡したのだ。わざわざ呼び出して言うほどのことか、少し迷ったけど。

「俺さ、一ノ瀬と付き合うことになった」

照れながら言った。

「えっ、マジで!?」

美咲は目を見開いて、めちゃくちゃ驚いている。

「マジ。だから、美咲には報告しときたくて。たくさん背中押してもらったから」

きっと、美咲がいなかったら、自分の気持ちにまだ気づいていなかったかもしれない。

「え、告ったの?」
「いや、告ってはない」

少しだけ気まずくなって答える。

「……一ノ瀬に気づかれて、付き合ってくれた」

思い出すと、自分がダサすぎて恥ずかしい。なんとも言えない気持ちになる。

「あー、あんた分かりやすいしね」

美咲は納得したように笑った。

「……そんなに?」

思わず聞き返す。
美咲は毎回そう言うし、一ノ瀬は実際に俺の気持ちに気づくし、俺ってそんなに分かりやすいのだろうか。

「でもまぁ、良かったじゃん」

美咲は、優しく笑った。それを見ると、自然と胸の奥が温かくなる。

「ありがとな。俺に、自分の気持ち気づかせてくれて」

俺が、こんなこと言う資格なんて、ないと思うけど。美咲には、どうしても直接伝えたかった。

「別にいいよ、そんなの」

美咲は、少しだけ真面目な顔をする。

「そんなに好きになった相手なら、大切にしなよ」

その言葉に、一瞬だけ黙った。

「分かってる」
「初めてじゃない?あんたが、本気で好きで付き合ったの」

確かにそうである。いつもは、これから好きになるかな、とか、その程度だったから。

「……まぁ。多分、初めて」

そう言うと、美咲は、優しく笑った。なんだか照れくさい。俺は、教室にいる一ノ瀬を思い出してしまった。

「そろそろ戻る?」
「だな」

俺は時計を確認すると、もうすぐ授業が始まる時間だ。

「……ほんと、良かったね」

美咲がもう一度言う。
さっきと同じ言葉なのに、今度は少しだけ違って聞こえた。

「ああ」

良かった、本当に。
教室に戻ると、一ノ瀬は、雨宮と藤田と話していた。

「お。中原帰ってきた」

俺も、自然とその輪に入る。

「そういえばさ、もうすぐ期末テストじゃん」

藤田は、思い出したように言った。
一気に現実に引き戻される。

「でさ、次の土曜日、四人で勉強会しようぜ」
「それいいな」

藤田の提案に、雨宮も同意する。

「みんなでやる方がやる気出るし」

勉強会ねえ……

「それ、絶対勉強しないやつじゃん」

俺は、思わずツッコんだ。

「いや、俺、やる時はやるやつだから」
「信用ねえ」
「ひでえ」

藤田は、笑いながら抗議する。

「それにさ、頭良い一ノ瀬に教えてもらえばいいじゃん。ってことで一ノ瀬は強制な」

雨宮の言う通り、一ノ瀬は意外と頭が良い。顔よし、頭よし、お金持ち、しかも優しいっていう、本当に俺にはもったいないくらいだ。そう思った瞬間、自分で自分にツッコミを入れたくなった。何考えてんだ、俺。これだと、付き合った瞬間、彼氏バカになってるみたいだ。絶対言えない。

「俺は、中原が行くなら行く」

一ノ瀬は、サラッと俺の名前を出す。

「は?なんで俺なんだよ。まぁ、俺は別に行ってもいいけど」
「じゃあ行く」

本当に、そういうこと簡単に言うの、無駄に照れるからやめて欲しい。こっちは必死で平気を装っているというのに。

「じゃ、決まりな」

めんどくさいけど、少しだけ、楽しみだった。

*

土曜日。

勉強会は、藤田の家ですることになった。

「お邪魔しまーす」
「お邪魔します」
「お前ら、ちゃんと勉強しろよ」

藤田に言われて、俺は靴を脱ぎながら笑う。

「お前が言うなよ」

絶対一番うるさいだろ。
藤田の部屋に入ると、問題集を開いて、ノートを広げる。

「ここ分かんねえ」

一ノ瀬が俺の隣から問題を見る。

「これ、公式使えばいいだけだよ」

一ノ瀬は簡単に言う。

「……公式?」
「昨日授業でやったじゃん」

俺は、昨日のことを頑張って思い出そうとする。

「覚えてねえ」

身に覚えがなさすぎる。

「お前、ちゃんと授業聞いてる?」

一ノ瀬が、呆れたように言う。

「聞いてる。聞いてるけど頭に入ってない」
「それ聞いてないのと一緒じゃん」
「うるせえ」

一ノ瀬が笑いながら、俺のノートに途中式を書く。
その横顔を見ていると、こんな時なのに、この人が俺の彼氏なのか、と余計な考えが頭をよぎる。
そう思うと、なんだか変な気分になってしまうのだ。

嬉しいけど、でも、少し怖い。
こんなに誰かを好きになったことがないから。それに、一ノ瀬は、俺のことが好きで付き合ってるわけではないって、ちゃんと分かってるつもり。

「中原?」

そんなことを考えていると、一ノ瀬が俺の顔をのぞき込む。

「聞いてる?」
「聞いてる」
「じゃあ、これ解いてみて」

一ノ瀬は、さっきの問題を指でさす。
俺は、解こうとしてシャーペンを持つも、分からなくて途中で止まる。

「ほら聞いてないじゃん」
「……それは」

言い返せない。
俺が黙っていると、一ノ瀬は小さく笑って、俺の手元をのぞき込んだ。

「何が分かんねーの?」
「まず、なぜ点Pが動くのか分からない」

真顔で俺がそう言うと、違う問題を解いている雨宮と藤田も吹き出す。

「それ言い出したら終わりなやつだから」

一ノ瀬は、呆れたように笑う。

「しかもこの点P、移動するの異常に速くね?」
「やべー、ダメだ俺ら終わってる(笑)」

俺ら三人がバカなことで騒いでいると、一ノ瀬は、シャーペンを持って図を指す。

「ここ。まず、この数字をこっちに移して公式代入」
「……これ?」
「それ」

一ノ瀬が指で示したところを、俺はノートに写す。
けど、途中でまた分からなくなった。

「待って。今どこ?」
「もう一回最初からやろうか」

俺は、勉強があまり得意ではないから、何回も聞いてしまう。めんどくさいだろうに、一ノ瀬は、何も嫌な顔せずに分かるまで教えてくれる。

こんなの、惚れるなって言う方が無理だろ……

すると雨宮が問題集を持ち上げた。

「じゃあ一ノ瀬先生、こっちもお願いします」
「先生じゃねえよ」
「俺もお願いします」
「お前ら……」

一ノ瀬はため息をつきながらも、結局二人のところへ移動する。
その隙に、俺はもう一度自分の問題を見る。
さっき説明されたばかりなのに、また分からなくなっていた。

「……なんでだよ」

小さく呟いて、頭を抱える。
すると隣から藤田が覗き込んできた。

「中原、そこ、数字の位置違う」
「……ほんとだ」
「お前、一ノ瀬に教えてもらった意味ある?」
「うるさい」

思わず笑ってしまう。
さっきまで難しく感じていた問題も、こうしてみんなでやっていると少しだけ楽だった。
しばらくして、一ノ瀬が戻ってくる。

「中原、見せて」

ノートを渡すと、一ノ瀬は途中式を確認する。

「ここまでは合ってる」
「……おお」

さっきまで何も分からなかったのに、答えが少しずつ見えてくる。
今度こそ、とシャーペンを握る。
一つずつ計算していくと、最後までたどり着いた。

「……できた」
「正解」

思わず顔を上げると、一ノ瀬はいつものように笑っていた。
そのやり取りを見ていた藤田が、呆れたように言う。

「なんかお前ら、先生と生徒みたいだな」
「なんか恥ずいからやめろ」

雨宮まで笑い出す。俺もつられて笑ってしまった。

「なぁ藤田」

一ノ瀬が、申し訳なさそうに藤田を呼ぶ。

「悪いんだけど、トイレ借りていい?」
「いいぜ、部屋出て右に行けばあるから」
「りょ」

そう言って、一ノ瀬が席を外す。すると、藤田と雨宮が、何か言いたげな感じで俺のことを見る。

「なんだよ」

俺が聞くと、言いづらそうな感じで二人で顔を見合わせる。

「……なぁ、お前らってもしかして、付き合ってる?」
「……は?」

心臓がドクンと鳴ったのが分かる。

なんでバレて……

「いや、違ったら悪いんだけど……なんか、そう見えるって言うか……空気が甘いって言うか……」
「特にお前が」

雨宮に指さされる。俺の頭は、困惑していた。まさか、付き合ってこんなに早くバレるとは思っていなかったからだ。しかも、俺はちゃんと隠してるつもりなのに、特に俺が分かりやすいとか言われて、一ノ瀬に申し訳なさも感じてしまう。

どうしよう……これ、言ってもいいのだろうか。

バカにされるかもしれないし、男同士って、変に思われるかもしれない。

その時、先生に言われた、『どれだけ時間かかっても、今の自分にできる最適解を導き出して、前に進めばいい』という言葉を思い出した。
俺は、怖がりで、人目を気にしてばかりで、そんな自分が嫌いだ。でも、時間がかかってもいいと言うのなら、少しだけでも、友達を、ちゃんと信じるところから、始めていきたい。

「……そうだけど」

声は小さかったけど、雨宮と藤田には、ちゃんと聞こえている。

「でも、俺が勝手に好きになって、一ノ瀬は優しいから付き合ってくれただけだから、変に思うなら、俺だけにして」

俺は、いつもとは違って、真剣な声で言った。だけど、藤田も雨宮も、笑わなかった。

「あのさぁ、変に思うわけねーじゃん。つか、普通にお似合いだし」
「今の時代、そう珍しくもないっしょ」

変に思われるかも、と思っていたから、二人のことばに救われた。

その時、部屋の扉が開いて、一ノ瀬が戻ってくる。

「ん?何してんの?」

聞こえてるかと思ったけど、聞かれてないようだった。

「一ノ瀬ごめん」

俺は一ノ瀬に謝る。

「何が?」
「その……勝手にこいつらにバラしてしまった」

なんだか申し訳ない。

「ああ。別にいいけど。だって、普通にバレてると思ってたし。中原が分かりやすいから」

一ノ瀬は笑いながら答えた。

また、分かりやすいって言われてしまった……

「俺、そんなに?」
「うん」

藤田と雨宮も頷く。

マジかよ……

でも、バレることを、そんなに怯えなくてもいいのかもしれないと、思えた。

その後も、普通に勉強会を続けて、帰る時間になる。

「疲れた……」

俺は、机に突っ伏しそうになりながら、問題集を閉じる。

「お前、ほとんど一ノ瀬に教えてもらってたじゃん」

藤田がそう言って、教科書で俺の頭を軽く叩いてくる。

「痛え。ちゃんと勉強したんだからいーだろ」
「普段からしろ」

四人で笑う。いつも通りの、何気ない時間だけど、なんだか心が軽かった。

「じゃあ、またな」

藤田の家を出る。俺と一ノ瀬と雨宮の三人で帰っていたけど、途中で別れることになって、俺と一ノ瀬の二人になる。
なんか気まずい。いや、気まづいというよりも……意識する。一ノ瀬は、なんでもないような顔で、隣を歩く。

「中原、お前さぁ」

俺が振り向くと、一ノ瀬は、優しく笑う。

「二人なだけで、そんなに意識する?」

言われた途端、顔がぶわっと熱くなる。

「なっ、してないし……!」

こいつ、エスパーか何かなのだろうか。なんか、全てを見透かされてるような感じがして、気が気じゃない。

「はいはい。お前、本当に分かりやすい」
「うざ」

俺は歩くスピードを上げた。

「ちょ、待てって。怒んなよ」

一ノ瀬が、隣から追いついてくる。

「一ノ瀬、さっきからしつこい」
「でも好きだろ?俺のこと」
「自意識過剰」
「えー、好きじゃねーの?」

一ノ瀬は、口を尖らせる。

「……まぁ、好きだけど」

それだけは、素直に言ってしまった。すると、一ノ瀬は、ふっと笑う。

「ツンデレかよ」
「やっぱウザイ」

俺は、そう言って前を向いて歩く。

「なぁ中原、次の期末テストが終わったらさ、デートしようぜ」

突然の『デート』というワードに、胸がドキッとする。

「……まぁ、いいけど」
「おっしゃ、決まりな」

夕方の空は、少しずつ暗くなっている。だけど、一ノ瀬が隣にいるだけで、景色が少しだけ、明るく感じた。