誰にも本気になれなかった俺が、男友達に本気で恋する話

放課後、帰るのがめんどくさくて教室に残っていた。別に用事があるわけでもないけど、家に帰っても、どうせすることもない。俺と一ノ瀬を含めて何人かのクラスメイトが残っていて、みんな適当に話しながらスマホをいじっていた。

隣のクラスの女子が、教室のドアから顔を出す。

「中原くん、ちょっといい?」

大人しめの子で、そこまで関わったことはないから、名前もすぐには出てこなかった。
けど多分、告白だろう。

「いーよ」

俺は、スマホの画面を閉じて、席を立ち、その女子のところに行く。

「お?」
「中原、呼ばれてんじゃん」

クラスメイトは、ニヤニヤとしながらこっちを見ているが、知らないふりをして、教室を出た。

「どうしたの?」

俺が聞くと、その女子は、恥ずかしそうに俯く。
急かしたくはなかったから、俺は、何も言わずに待った。

「私、ずっと中原くんのことが好きで……よかったら、私と付き合って欲しい」

いつもなら、ここで『いいよ』と言っていた。

でも、『好き』という言葉を前に、俺には、違う人のことが、頭にあって、その人に、その言葉を届けたいと思っている自分がいて。それに気づいてしまったから。

「ごめん」

それだけ言って、俺は、教室に戻った。

教室に入ると、クラスメイトが「お、戻ってきた(笑)」と、待ってました、とでも言うように、ニヤッと笑う。

「新しい彼女できた感じ?」

自分の席に戻りながら答える。

「断った」

俺がそう言うと、クラスメイトは、意外そうな顔をする。

「え、中原が!?めずらしっ」
「だいたい告られたら付き合ってたじゃん」

言えない。言えるはずがない。友達のことが好きかもしれないから付き合わなかった、とか。

「でも、今日のはなしじゃね?ブスすぎ」

クラスメイトのうちの誰かがそう言うと、何人かが同意するように、ふっ、と吹き出す。

「言えてる。中原と付き合ったとして、月とスッポンって感じで、それはそれで面白かったけどな」
「あの顔でよく告白できるよな」
「モテる男はブスにも好かれて大変(笑)」

違う話だったら、笑えていたかもしれない。でもこれは、なんとなく、笑えなかった。

「別にそうでもなくね?」

気づいたら、俺はさっきの女子を庇っていた。

「そんなことよりさ、俺の魅力について議論しようぜ(笑)」

俺がそう言うと、その場で笑いが起きる。こうすれば、変な空気にならない。

「うわっ、こいつ、女子に告られたからって調子乗ってるんだけど」
「うぜー(笑)」

少しすると、先生が見回りに来た。

「お前らはよ帰れー」

そう言われて、俺らは素直に教室を出る。

「あ。中原、お前ちょっと職員室来て」

帰ろうとしたら、先生に呼ばれる。

「え、俺?なんで?」

心当たりがない。

「中原、お前なんかやらかしたんじゃね?」

クラスメイトに笑いながら言われる。

「女子泣かせたとか?(笑)」
「泣かせてねーよ(笑)」
「俺らバスあるから先帰っとくわ」
「はいはい」

俺は、クラスメイトと別れて先生について行く。

まじで何もしてねーんだけど……

「進路調査の紙、記入漏れがあったから」
「え、マジすか」

先生に、紙を渡されて、その場でペンを動かす。一瞬、本気で何かやらかしたのかと思ったから、そんなことで少し安心してしまった。

「お前、青春してんなぁ」
「はい?(笑)」

何を言われるかと思えば。

「いや、なんか、高校生ってキラキラしてんなぁと」

先生は、遠い目をしている。

「先生も高校時代くらいあったでしょ」
「そうだけどさぁ」
「それに、俺だって悩みくらいありますし」

俺は、何気なくそう言った。すると、先生は意外そうな顔をする。

「意外だな。先生が相談乗ろうか?(笑)」
「遠慮しときます」

俺は即答した。

「失礼だな」

先生は苦笑する。

「まぁいいけど、悩みがあるなら、たくさん悩んだらいい」

俺が顔を上げると、先生は、優しい顔で続ける。

「どれだけ悩んでもいいし、人に相談してもいい。先生にできることなら協力するし、お前には、支えてくれる友達もいる」

先生は、ふっと笑った。

「だから、思う存分悩んで、もがいて、人に迷惑かけて、どれだけ時間かかっても、今の自分にできる最適解を導き出して、前に進めばいい。そういう時間は、きっと、かけがえのないものになる」

先生の言葉は、妙に俺の胸に残った。何に悩んでるかなんて言ってないのに、まるで、全部見透かされてるような感じがする。

「先生も、たまにはいいこと言いますね」

俺は、照れ隠しでそう言った。

「一言余計だ」

悩んでもいいのかもしれない。そう思えた。

進路調査の紙を先生に渡すと、俺は職員室を出た。
帰りながら、俺はさっきの先生の言葉を思い出していた。『今の自分にできる最適解』、そんなの、まだ分からない。だけど、急がなくていいのかもしれない。

昇降口につくと、そこには見慣れた姿があった。

「一ノ瀬?」

もう帰ったと思っていた。一ノ瀬は、開いていたスマホを閉じる。

「お前のこと待ってた」
「なんで?」
「別に。暇だったから」
「めずらしっ」

口ではそう言うけど、待っててくれたのは、嬉しかった。

「ありがとな、待っててくれて」
「まぁ、暇だったし」

一ノ瀬は、照れくさそうに笑った。
別に特別なことは、何もしてない。でも、その瞬間、俺は思ってしまった。

ああ。好きだな、こいつのこと。

理由なんて、分からない。いつからかなんて、もっと分からない。けど、今、本当に、好きだと感じた。

「中原、さっきの続き」

一ノ瀬にそう言われるも、何のことか分からない。

「さっきのって?」

何かしてたっけ……?

首を傾げると、一ノ瀬は、呆れたように笑った。

「自分で言ったんじゃん、『俺の魅力について議論しようぜ』って(笑)」

なんかそんなこと言ったような気がする。でもあれを真に受けられるとは思ってなかった。

「え。さすがに冗談なんだけど」
「いーから」

何が『いい』のか分からない。

「じゃあまず一つ目」

よく分かんないけど、突然始まってしまった。

「マジでやるの?」
「やる」
「はいはい」

仕方なく付き合う。

「んー……顔?」

一ノ瀬は、迷いながら言う。

「おい。そこはもっと自信もって言え」
「じゃあ、自分のことイケメンって自覚してるとこ」

褒め言葉と言うよりも、嫌味にしか聞こえない。

「それ褒めてなくね?」
「褒めてる」

絶対褒めてない。

「次、二つ目」

一ノ瀬は、考える素振りをする。

「プライドが高そうに見えて意外と素直」

……はい?

「何それ」
「中原って、見た目はプライドが高そうだけど、案外、素直にお礼したり、自分が間違ってたら謝るから」

プライド高いは微妙に失礼だな。

「いや、そんなの普通だろ」
「それを、普通って言えるのも、いいよね」

こいつ、まじで今日どうした?
こんなこと言うやつだっけ。なんか、褒められ慣れてないせいで恥ずい。

「お前、頭でも打った?」
「正常だけど」
「いや、普通じゃねーよ」

こいつ、絶対こんなに恥ずいこといつも言わねーし。

「えー、ひど。せっかくお前が言ったことに乗ってあげたのにー」
「うざ」
「俺、お前のそういう、照れ隠しで悪口言うところも好きだわ(笑)」

やばい。一ノ瀬が、思ったより直球すぎる。
しかも、どう反応したらいいから困る。

「調子乗んな、バーカ」

とりあえずそれだけ言った。

「で、三つ目」

まだ続くのか。もういい。恥ずかしいから、正直もう終わって欲しい。
一ノ瀬は、そんな俺の気持ちなんて、知らないように、少し考える。

「普通に優しい」

意外な答えだった。

「……そう?」

言い返そうと思ったけど、思わず聞き返す。だって、自分で自分のこと優しいとか、思ったこともない。

「うん」
「どこが?」
「空気壊したくなくて、自分のことは蔑ろにするくせに、人のことは平気で庇うとことか?」

そんなこと言われると思ってなくて、少し驚いた。

「過剰評価しすぎ」

別に俺、大したことしてねーのに。

「そう?」
「そうだろ」
「でもさ。中原は普通のことだと思ってても、それって案外、普通じゃねーよ。だってそもそも、気づかねーもん」

一ノ瀬は、俺の方を見る。

「さっきもそうだったけどさ、アイツらも、別にあの女子を傷つけようとしたわけじゃなくて、その場のノリで喋ってただけだから俺も対してなんとも思ってなかったけど、お前だけは違ったじゃん」

一ノ瀬は、真剣な顔で続ける。

「普段はお前、空気読みなところあるけど、さっきみたいに自分以外のことになると、ノリに流されずに、普通に庇うし。簡単なことかもしれないけど、あれだけ人がいて、あの子のこと守ったのは、お前だけだった」

やば。顔熱い。今、絶対変な顔してる。他の誰かだったら、褒められても、対して何も思わないけど、こいつだから。

俺は、顔を見られたくなくて、少し下を向く。
一ノ瀬は、それ以上何も言わなかった。ただ、黙って俺の顔を見ていた。

「……なに」

気まずくなって聞くと、一ノ瀬は、少し考えるように視線を落とす。スマホを持ったまま、画面はつけずに、指だけが所在なさげに動いている。

何か言おうとして、やめて。また言おうとして。そういうのを、何回か繰り返してから、ようやく口を開いた。

「そういう顔、されるとさぁ……」

一ノ瀬は、俺のことをジッと見る。

「なんだよ?」

俺が聞き返すと、一ノ瀬は、言いづらそうに視線を逸らしたから、余計に気になる。

「前から思ってたんだけど、お前……俺のこと、そういう意味で好き?」

一瞬、何を言われたのか分からなかった。

「……は?」

驚いて顔を上げると、一ノ瀬と目が合った。

「……そういう意味って?」

聞いたけど、本当は、何を言いたいかくらい、分かっていた。

「恋愛的に、ってこと」

直球に言われる。

「言わないつもりだったけど、そんな反応されると……」

お前が照れさせたんだろうが、といつもならツッコミたいところだけど、今はそれどころじゃない。

「別に、そんなんじゃ……っ」

否定しようとする。

「違う?」
『違う』って、言えばいい。『そんなんじゃない』って、『友達としか思ってない』って。
そう、分かっているのに。

「……違わない」

知って欲しいと、思ってしまったんだ。小さい声だったけど、一ノ瀬には、しっかり届いた。一ノ瀬は、笑ったり、からかったりもしなかった。

「そう」

ただ、一言そう言った。
怖い。一ノ瀬が、何を考えているのか、分からない。
俺は、手をぎゅっと握りしめた。

「じゃあさ、付き合う?」
「は?」

こいつ何言ってんの?

「だから、俺のこと好きなら付き合お」
「俺、男だけど」
「そのくらい知ってるけど」

『何言ってんの?』って言うみたいに、平然と言われる。

「で、付き合うの?付き合わないの?」

俺は黙った。そして、少し経ってから、

「付き合う」

小さい声で、そう言った。
そんなこと言われて、『付き合わない』とか言えるわけない。
一ノ瀬は、少しだけ笑う。

「ん。じゃあこれからは、恋人としてよろしく」

あっさりしたその言い方に、少しだけ、拍子抜けした。
だって、今の流れだと、俺が勝手に照れて、勝手に墓穴を掘って、一ノ瀬がそれに気づいて、聞いてきただけだ。一ノ瀬から、好きだとか、そういう言葉は、一言も出てない。

きっと、一ノ瀬は困ったんだと思う。急に友達が自分のことを好きだと分かって、それを無下にもできなくて。だから、こういう形に収めた。

一ノ瀬は、優しいから、きっと俺が傷つかないように、付き合おって言ってくれたのは分かってる。だって、俺も、そんなふうに女子と付き合っては別れてを繰り返していたから。でも、普通なら、同性の友達にこんなこと言われて、気持ち悪いとか、騙されたとか、そういう、嫌悪感を抱いても仕方ないくらいなのに。

やっぱり、この人が好きだ。

そして、これが優しさだと分かっていても、この人と付き合えたことが、どうしようもないくらい、嬉しかった。