誰にも本気になれなかった俺が、男友達に本気で恋する話

次の日、学校に行くと、教室はいつも通りだった。たまに、「昨日大丈夫だった?」って声かけてくれるクラスメイトがいるくらい。

そして、一ノ瀬とも、変わらずだった。

良かった、昨日のこと……変に思われてたら、どうしようかと思った。

あんな風に自分のことを話したのは、初めてだった。こんなこと、絶対誰にも言いたくなかったはずなのに、なぜか、一ノ瀬にだけは、知って欲しくなった。

廊下を歩いていると、前を歩いている美咲の姿が目に入った。美咲は、多分クラスで回収したのだろうノートを大量に抱えていて、職員室に向かっているようだった。
その背中を見ながら、少しだけ迷うも、気がつけば、歩幅を速めていた。

「……貸して。半分持つ」

俺は、美咲が持ってるノートを、勝手に半分取った。

「え、中原?」

美咲が驚いたように振り返る。

「なに、復縁しないからね?」

なんでそうなるんだよ……

「狙ってねえよ」
「じゃあなによ?」

こいつ、俺のこと見返りがないと親切しないヤツって思ってる。

「別に、何も求めてねえよ。まぁ、強いて言うなら……なんで俺に本命がいるって思ったか聞きたかったくらい」

本当に、ただ、それだけだった。

「あーね(笑)」

美咲は、意味深な様子で、ニヤッと笑った。

「なんだよ?」
「この前も言ったけどさ、中原って、結構分かりやすいよ」
「だから、その『分かりやすい』ってどういうことだよ」
「そのまんま。中原が一ノ瀬くんを……あ、言っちゃった。まぁいいや」
「おい」

俺が軽く睨むと、美咲は肩をすくめる。

「あんたが一ノ瀬くんを見る目は、他の誰とも違うから。そう思っただけ。なんていうか、好き好きオーラが出てる感じ(笑)」

顔が熱くなる。

「てか何、私にそんなこと聞いてくるってことは、やっと認めた感じ?」
「そんなんじゃないし。気になっただけ」
「ふーん?」

美咲はニヤニヤする。

「おい、その顔やめろ」
「やーだね(笑)」

美咲は、ノートを持ったまま逃げる。

「あ、おい」

俺は、追いかけようとして、やめた。廊下の先で、美咲が笑っていて、それがなんだか、変な感じだった。

ついこの間から、俺と美咲は、『元カレ』と『元カノ』の関係で、気まずくなる理由なんて、いくらでもあって。

それなのに、気がつけば、気まずい雰囲気はなくて、『元カノ』と言うよりも、『友達』として、関われているような気がした。

それは、美咲のおかげなのかもしれない。美咲が俺に恨んでる部分だって、あるかもしれないのに、俺が気を遣わなくていいように、『友達』のノリで、関わってくれるから、俺はそれに助けられた。

ほんと、俺って助けられてばかりだな……

*

教室に戻ると、一ノ瀬と目が合った。
昨日、体調悪くて気が緩んでたせいで普段絶対言わないようなこと言っちゃったし、さっき美咲にあんなこと言われたせいで、変に意識してしまう。

「中原ー」

一ノ瀬はニヤッと笑う。

「人助けお疲れ(笑)」
「ダル。見てたん」
「珍しいことやってんなーって思って」

微妙に失礼なやつ。

「なに、惚れた?(笑)」

俺は、冗談でそう言った。

「はいはい、もうベタ惚れだわ(笑)」
「……お前、変なとこ乗ってくんなよ」
「は?なにが」
「別にー」

簡単に『惚れた?』とか、聞かなきゃ良かった。
完全に冗談だって分かってるのに、一瞬、本気にしたじゃん。

「お前、なんか顔赤くね?」
「……え」

反射的に頬を触った。

「まだ体調悪い感じ?」

一ノ瀬は、心配そうに俺を見る。

「いや、別にそれは大丈夫」
「じゃあ何。俺がかっこよすぎて見惚れてた?(笑)」

だからさ。本当にやめて欲しい、そういうの。冗談だって分かってるのに、俺だけ勝手に意識して、恥ずかしくなるから。

「自意識過剰こわ」

なんとか笑って返す。
冗談でそんなこと言われて、こんなに動揺してるとか、絶対バレたくない。

「お前さー……」

一ノ瀬は、俺をじっと見る。

「なんだよ」
「……やっぱりなんもねー」

一ノ瀬はそれ以上何も言わず、自分の席に戻る。

授業が始まっても、俺は一ノ瀬のことばかりが頭にあった。授業の内容なんて、入ってこない。
笑った顔とか、からかってる時の顔とか、そういうのばかり、頭に浮かぶ。

俺、気持ち悪いな……

そう思って視線を黒板に移すも、数分も経てば一ノ瀬の方を見ている。

「中原!」

その時、先生に名前を呼ばれる。

「……ん?」

俺は、我に返って先生の方を見る。

「『ん?』じゃなくて、ちゃんと話を聞け」
「あー、すんません(笑)」

俺がそう言うと、教室に笑い声が響く。

「じゃー中原、この問題、答えろ」

先生が、黒板に書かれた問題を指さす。

やっべー、聞いてなかったせいで全く分かんねぇ……

その時、斜め前の席の一ノ瀬が、自分のノートを俺に見える位置にずらしてノートの端をトントンと叩く。
そこには、今出された問題の答えが書かれていた。

「えーっと、③です」

俺は、一ノ瀬のノートに書かれていた通りに答えた。

「正解だ、座りなさい」

俺は、ホッとしながら席に座る。
座ると、一ノ瀬が一瞬、俺の方を見て、「バーカ」と口パクで言われる。
いつもなら、適当に睨み返したりするのに、今は、それどころじゃなかった。心臓が、痛いくらい鳴っている。

これはやばい。まじで、授業どころじゃねえ……

頭の中が、さらに一ノ瀬でいっぱいになる。
授業が終わると、一ノ瀬が俺の席に来る。

「お前な、先生の話ちゃんと聞けよー(笑)」
「聞いてたし」

うそだけど。本当は、全然頭に入ってなかったし。

「うそつけ。答え教えてあげた俺に感謝しろよなー(笑)」
「はいはい。ありがとうございましたー」

俺は、わざと棒読みで言う。
今までなら何とも思わなかったはずの一ノ瀬の一言や表情が、今日は全部引っかかる。
それが、なんだか怖かった。
もし本当に、美咲の言った通りで、俺が、一ノ瀬のことを友達以上に見ているんだとしたら。

───じゃあ、俺はこれからどうすればいいんだ。

「……中原?顔、また赤い」
「……うそ」

慌てて頬を押さえる。
一ノ瀬が不思議そうに俺を見る。

「……暑いだけ」
「今日そんな暑くないけど」
「うるさい」

俺は顔を伏せた。
これ以上、考えたくなかった。
斜め前から聞こえる一ノ瀬の笑い声が、やけに近く感じた。

*

時間が経てば、少しずつ戻ってくると思っていた。けど実際は、次の日になっても、その次の日になっても、一ノ瀬のことばかり考えている自分がいた。むしろ、悪化している気がする。

「どうするんだよ、これ……」

俺は、誰にも聞こえないように呟く。
友達にこんなこと思われてるなんて知ったら、ドン引きされるじゃん……
俺は、気を紛らわすように、藤田と雨宮の会話に混ざる。

「なー、中原ってまだ彼女作んねーの?」

藤田に聞かれる。

「さあ?」

俺は、わざと濁す。
やめてくれ。せっかく気を紛らわせようと思ってきたのに、その話題されると、一ノ瀬のことを考えてしまう。

「俺も混ぜてー」

そこに、一ノ瀬が乱入してくる。

「げ」

俺は思わず顔をしかめた。

考えないようにしようとしてるのに、なんで本人が来るんだよ……

「え、中原ひどくね?俺かわいそー」

一ノ瀬は、わざとらしく胸を押さえる。

やば。一ノ瀬はいつものノリで返してくれるけど、さすがに嫌な態度だったよな……

「あー、悪い」
「中原が謝った(笑)」

一ノ瀬は楽しそうに笑いながら、俺の隣の席を引いて座った。
近い。それだけで、胸が高鳴る。

「一ノ瀬も今彼女いなかったよな?」
「まあな」
「タイプとかねーの?」

だから、なんでその話題なんだよ……

俺は心の中で文句を言う。

「タイプねぇ……」

一ノ瀬は考えるような素振りをする。

「俺、意外とそういうのあんまりないんだよなー。好きになった人が好きなタイプっていうか」
「おい、なに硬派っぽいこと言ってんだよ(笑)」

そう言ってツッコむ雨宮を横目に、俺は一ノ瀬の答えを聞いて、思わずホッとしていた。
可愛い子、とか言われなくて良かった。言われてたら、多分落ち込んでいたと思う。

でも、そう思っている自分に気づいてしまったことで、なんとも言えない感情になった。