この日は、なんとなく、体調があまり良くなかった。
なんだろう、上手くは言い表せないけど、頭の奥がずきずきと重く、体の芯から力が抜けていくような感覚があった。別に、立てないほどじゃない。熱があるわけでもないし、どこかがものすごく痛いわけでもないから、最初は気のせいかと思ってたけど、さっきから悪化してる気がする。
それでも、周りにはいつも通りにしていた。
昼休みになって、俺は机に突っ伏していた。机に腕を置いて、その上に額を乗せると、冷たい机が、いつもより少しだけ気持ちよく感じた。
「あー……」
小さく息を吐く。
できることなら、このまま次の授業も全部寝ていたい。しかも次の授業、数学だし。
「あれ、中原どしたー?」
近くの席の女子に声かけられる。
俺は顔をあげるのも面倒で、そのまま机に突っ伏したまま答える。
「んー、なんかダリぃ(笑)」
なんだろう、体に力が入んないせいで、全ての気力がなくなる。顔を上げるのすらなんかキツイ。普段なら適当に笑ったり、冗談を返したりするくらいはするのに、今日はそれすら面倒だった。
「えー、大丈夫ー?」
「じゃあ私がパワーを送ってあげようか(笑)?」
「ねーキモイって(笑)」
頭痛いのに、目の前でわいわい騒がれて頭がキンキンする。
「うるさ……」
思わず小さく呟いたけど、聞こえなかったらしい。
それどころか、クラスメイトが、まるで吸い寄せられるように、俺の席の周りに集まって来る。
「あれ、中原が珍しく元気ない(笑)」
「どしたん話聞こか」
「もしかしてまた誰かに振られた(笑)?」
俺は仕方なく顔を上げる。
心配してくれたり、声かけてもらえるのは、ありがたいことはありがたい。
「はぁ……先生に体調不良って言って帰ろーかな。次数学だし」
ため息をつきながら言うと、すぐに返事は返ってくる。
「うわ、サボりだ」
「サボりじゃない。体調不良だから」
「絶対嘘じゃん」
思わず言葉が止まる。
「あー……はは」
なんだろう。この決めつけられる感じ、嫌だな。冗談だと分かっていても、いつもの軽口だって知っていても、少しだけ、傷つく。多分、俺の心が狭いだけ。気にすることじゃない。
「中原」
一ノ瀬の声が聞こえて、顔を上げる。
「ん?」
一ノ瀬は俺の顔を見ると、少しだけ眉を寄せる。
「きついなら保健室行こ。俺もついてく」
え……
思わず言葉が詰まる。
「一ノ瀬までサボんのかよー」
クラスメイトの声が聞こえるけど、一ノ瀬は気にする素振りもない。
「こいつは多分ガチ。まぁ俺はサボりだけど」
一ノ瀬は、真面目な顔で言った。
なんで……俺が何も言わなくても、この人は、気づいてくれるんだろう。
「え、そうなの?なんか悪い」
「てか、お前はサボりなのかよ(笑)」
クラスメイトが突っ込む。
「まぁな」
そう言って笑う一ノ瀬を見て、少しだけ、肩の力が抜ける。一ノ瀬のこういうところに、俺は昔から、何度も助けられていた。深刻になりすぎず、場の空気も壊さず、でも、必要なときは気づいてくれる。俺にはできないことだった。
「行こ」
一ノ瀬が、俺の腕をグイッと引っ張る。
「痛い痛い」
「あ、そうだよな、悪い」
そう言って、一ノ瀬は、すぐに力を緩める。しかも、歩く速さも、俺に合わせて、スピードを落としてくれる。
保健室に入ると、ちょうど先生はいなかった。
「あれ、誰もいないじゃん」
一ノ瀬は、室内を見ながら言う。
「中原、ベッドで寝とけば?」
「そうするー」
俺は、目の前のベッドに横たわった。白い天井が目に映る。
「……はは、めっちゃ楽」
思わず呟いた。
「お前帰んねーの?」
俺は一ノ瀬に聞く。
「授業めんどいからサボる」
「あっそ」
ベッドに横たわったまま、横目で一ノ瀬を見ると、近くの椅子に座って、スマホをいじっている。画面の光が、ぼんやりと一ノ瀬の顔を照らしている。何も聞かない。ジロジロ見るわけでも、「大丈夫?」と、過剰に心配するわけでもない。ただ、そっとしといてくれる。
「一ノ瀬」
俺が呼ぶと、一ノ瀬はスマホから顔を上げた。
「ん?」
「さっきはありがとな」
友達に素直に礼を言うのは、なんだか気恥ずかしくて、視線を少しだけ逸らしながら軽めに言った。
「お前がありがとうって言うのなんか怖い(笑)」
「うぜー」
こいつといるのは楽だ。何も考えなくていいから。無理に喋らなくても、変に気を遣わなくても、ただそこにいるだけでいい。そういう空気を、一ノ瀬はいつも作ってくれる。
「一ノ瀬、暇なら俺の話し相手になってくんね?」
「お前そんなに喋れるほど元気ねーじゃん」
「いーから」
一ノ瀬は、少しだけ俺を見ると、スマホの画面を消して机の上に置いた。
「はいはい。何話す?」
「なんでもいい」
「誘っといて雑かよ(笑)」
一ノ瀬が言ったように、いつもみたいに喋れるほど元気ではなかったけど、こいつとなら、なんとなく会話したかった。
「俺さー、怖いことばっかなんだ」
自分でも、何を言ってるか分からなかった。でも、一ノ瀬は、口を挟まずに黙って聞いてくれる。
「俺のことに、深く踏み込まれるのも怖い。場の空気を壊すのも怖い。勝手に俺のこと決めつけられて、それを否定するのも、期待に応えられないのも、嫌われるのも、全部怖い」
こんなこと、本当は言いたくないのに。体調があまりよくなくて、気が緩んでるからかもしれない。一度言葉にすれば、どんどん溢れてくる。
「周りは何も悪くないのに勝手にイライラして、でも、俺は臆病だから笑うしかできなくて、今だって、一ノ瀬が連れ出してくれなかったら、多分、あのまま無理して笑ってた」
弱い。情けない。ビビって、逃げてばっかで、こんな自分が、すごく嫌だ。
誰も悪くないし、誰も傷つけようとしてるわけでもないのに、勝手に被害者みたいな気持ちになって、勝手に傷ついて、イライラして。
「はは、ほんと笑える」
俺は、自嘲するように笑った。
「誰かに気づいてもらわないと自分の気持ちも言えないとか、俺、クソだせーじゃん……」
こんなこと言ったところで、一ノ瀬のこと困らせるって分かっているのに。自分で自分を、止められなかった。
それに、言葉にすると、余計に情けなく感じてしまう。自分のことなのに、自分でどうしたらいいのか分からなくて。
誰かに気づいてもらわないと、自分が苦しいことすら認められない。そんな自分が、すごく嫌だ。
こんなこと言ったところで、一ノ瀬のこと困らせるって分かっているのに。自分で自分を、止められなかった。
「ごめん、多分、体調悪いからヒスってるだけ。気にしないで」
自分で言っておいて、逃げるような言葉だと思った。
一ノ瀬は、すぐには何も言わなくて、ただ、俺が、言いたいことを全部言い終わったか確認する感じで、ただ俺の方を見ていた。
「急に変なこと言って悪い。今言ったこと忘れて」
一ノ瀬は、少しの間黙っていた。
「はぁ……悪いけど、それは無理。俺、そんな記憶力悪くねーし」
いや、それはそうだけど。そうではあるけど、そこじゃねーだろ。
思わず心の中で突っ込む。
「別に俺は、同情するつもりも、慰めるつもりもないけどさ」
一ノ瀬は、言葉に迷う感じで、一回区切る。
「俺は、お前のノリがいい所とか、そういう所が好きで一緒にいるわけじゃないよ」
その言葉に、少しだけ目を見開いた。
「そりゃ、そういう所も好きだけど。でも、別にお前が嫌がろうがヒスろうが、ただ、『そうなんだな』って思うだけ」
一ノ瀬は、少しだけ笑った。
「そもそも、お前がめんどくさい奴ってことくらい知ってるし、それでも一緒にいたいからいる。だから、そこは勘違いすんな」
こいつの真っ直ぐな言葉が、考え方が、俺の頭の中にあった重たいものを、少しだけ軽くする。
「……ありがと」
気づけば、またお礼を言っていた。今度は、軽い言い方じゃなくて、ちゃんと、目を見て言った。
「だから、お前にお礼言われるとか怖いって(笑)。鳥肌立ちそう」
「うざ(笑)」
笑ってみせるけど、なぜか泣きそうになる。
俺は、誤魔化すように、目を伏せた。
なんで、この人はこんなに優しいんだろう。俺が欲しい言葉を、簡単にくれるんだろう。
俺は、矛盾している。俺の事なんて、深入りして欲しくないと思うのに、こいつには、知って欲しいと思う。気づいて欲しいと思ってしまう。
その時、ふと、美咲の『本命いるくせに』という言葉を思い出した。
俺は、ため息をつく。
最悪。なんで、今そんなこと思い出すんだよ。
違う。俺は、そんなんじゃない。今は、ただ、優しくされたから、勘違いしそうになってるだけ。
そう思ってるのに。心の中で否定すればするほど、逆に認めてしまっているような気がしてきて、なんだか怖かった。
なんだろう、上手くは言い表せないけど、頭の奥がずきずきと重く、体の芯から力が抜けていくような感覚があった。別に、立てないほどじゃない。熱があるわけでもないし、どこかがものすごく痛いわけでもないから、最初は気のせいかと思ってたけど、さっきから悪化してる気がする。
それでも、周りにはいつも通りにしていた。
昼休みになって、俺は机に突っ伏していた。机に腕を置いて、その上に額を乗せると、冷たい机が、いつもより少しだけ気持ちよく感じた。
「あー……」
小さく息を吐く。
できることなら、このまま次の授業も全部寝ていたい。しかも次の授業、数学だし。
「あれ、中原どしたー?」
近くの席の女子に声かけられる。
俺は顔をあげるのも面倒で、そのまま机に突っ伏したまま答える。
「んー、なんかダリぃ(笑)」
なんだろう、体に力が入んないせいで、全ての気力がなくなる。顔を上げるのすらなんかキツイ。普段なら適当に笑ったり、冗談を返したりするくらいはするのに、今日はそれすら面倒だった。
「えー、大丈夫ー?」
「じゃあ私がパワーを送ってあげようか(笑)?」
「ねーキモイって(笑)」
頭痛いのに、目の前でわいわい騒がれて頭がキンキンする。
「うるさ……」
思わず小さく呟いたけど、聞こえなかったらしい。
それどころか、クラスメイトが、まるで吸い寄せられるように、俺の席の周りに集まって来る。
「あれ、中原が珍しく元気ない(笑)」
「どしたん話聞こか」
「もしかしてまた誰かに振られた(笑)?」
俺は仕方なく顔を上げる。
心配してくれたり、声かけてもらえるのは、ありがたいことはありがたい。
「はぁ……先生に体調不良って言って帰ろーかな。次数学だし」
ため息をつきながら言うと、すぐに返事は返ってくる。
「うわ、サボりだ」
「サボりじゃない。体調不良だから」
「絶対嘘じゃん」
思わず言葉が止まる。
「あー……はは」
なんだろう。この決めつけられる感じ、嫌だな。冗談だと分かっていても、いつもの軽口だって知っていても、少しだけ、傷つく。多分、俺の心が狭いだけ。気にすることじゃない。
「中原」
一ノ瀬の声が聞こえて、顔を上げる。
「ん?」
一ノ瀬は俺の顔を見ると、少しだけ眉を寄せる。
「きついなら保健室行こ。俺もついてく」
え……
思わず言葉が詰まる。
「一ノ瀬までサボんのかよー」
クラスメイトの声が聞こえるけど、一ノ瀬は気にする素振りもない。
「こいつは多分ガチ。まぁ俺はサボりだけど」
一ノ瀬は、真面目な顔で言った。
なんで……俺が何も言わなくても、この人は、気づいてくれるんだろう。
「え、そうなの?なんか悪い」
「てか、お前はサボりなのかよ(笑)」
クラスメイトが突っ込む。
「まぁな」
そう言って笑う一ノ瀬を見て、少しだけ、肩の力が抜ける。一ノ瀬のこういうところに、俺は昔から、何度も助けられていた。深刻になりすぎず、場の空気も壊さず、でも、必要なときは気づいてくれる。俺にはできないことだった。
「行こ」
一ノ瀬が、俺の腕をグイッと引っ張る。
「痛い痛い」
「あ、そうだよな、悪い」
そう言って、一ノ瀬は、すぐに力を緩める。しかも、歩く速さも、俺に合わせて、スピードを落としてくれる。
保健室に入ると、ちょうど先生はいなかった。
「あれ、誰もいないじゃん」
一ノ瀬は、室内を見ながら言う。
「中原、ベッドで寝とけば?」
「そうするー」
俺は、目の前のベッドに横たわった。白い天井が目に映る。
「……はは、めっちゃ楽」
思わず呟いた。
「お前帰んねーの?」
俺は一ノ瀬に聞く。
「授業めんどいからサボる」
「あっそ」
ベッドに横たわったまま、横目で一ノ瀬を見ると、近くの椅子に座って、スマホをいじっている。画面の光が、ぼんやりと一ノ瀬の顔を照らしている。何も聞かない。ジロジロ見るわけでも、「大丈夫?」と、過剰に心配するわけでもない。ただ、そっとしといてくれる。
「一ノ瀬」
俺が呼ぶと、一ノ瀬はスマホから顔を上げた。
「ん?」
「さっきはありがとな」
友達に素直に礼を言うのは、なんだか気恥ずかしくて、視線を少しだけ逸らしながら軽めに言った。
「お前がありがとうって言うのなんか怖い(笑)」
「うぜー」
こいつといるのは楽だ。何も考えなくていいから。無理に喋らなくても、変に気を遣わなくても、ただそこにいるだけでいい。そういう空気を、一ノ瀬はいつも作ってくれる。
「一ノ瀬、暇なら俺の話し相手になってくんね?」
「お前そんなに喋れるほど元気ねーじゃん」
「いーから」
一ノ瀬は、少しだけ俺を見ると、スマホの画面を消して机の上に置いた。
「はいはい。何話す?」
「なんでもいい」
「誘っといて雑かよ(笑)」
一ノ瀬が言ったように、いつもみたいに喋れるほど元気ではなかったけど、こいつとなら、なんとなく会話したかった。
「俺さー、怖いことばっかなんだ」
自分でも、何を言ってるか分からなかった。でも、一ノ瀬は、口を挟まずに黙って聞いてくれる。
「俺のことに、深く踏み込まれるのも怖い。場の空気を壊すのも怖い。勝手に俺のこと決めつけられて、それを否定するのも、期待に応えられないのも、嫌われるのも、全部怖い」
こんなこと、本当は言いたくないのに。体調があまりよくなくて、気が緩んでるからかもしれない。一度言葉にすれば、どんどん溢れてくる。
「周りは何も悪くないのに勝手にイライラして、でも、俺は臆病だから笑うしかできなくて、今だって、一ノ瀬が連れ出してくれなかったら、多分、あのまま無理して笑ってた」
弱い。情けない。ビビって、逃げてばっかで、こんな自分が、すごく嫌だ。
誰も悪くないし、誰も傷つけようとしてるわけでもないのに、勝手に被害者みたいな気持ちになって、勝手に傷ついて、イライラして。
「はは、ほんと笑える」
俺は、自嘲するように笑った。
「誰かに気づいてもらわないと自分の気持ちも言えないとか、俺、クソだせーじゃん……」
こんなこと言ったところで、一ノ瀬のこと困らせるって分かっているのに。自分で自分を、止められなかった。
それに、言葉にすると、余計に情けなく感じてしまう。自分のことなのに、自分でどうしたらいいのか分からなくて。
誰かに気づいてもらわないと、自分が苦しいことすら認められない。そんな自分が、すごく嫌だ。
こんなこと言ったところで、一ノ瀬のこと困らせるって分かっているのに。自分で自分を、止められなかった。
「ごめん、多分、体調悪いからヒスってるだけ。気にしないで」
自分で言っておいて、逃げるような言葉だと思った。
一ノ瀬は、すぐには何も言わなくて、ただ、俺が、言いたいことを全部言い終わったか確認する感じで、ただ俺の方を見ていた。
「急に変なこと言って悪い。今言ったこと忘れて」
一ノ瀬は、少しの間黙っていた。
「はぁ……悪いけど、それは無理。俺、そんな記憶力悪くねーし」
いや、それはそうだけど。そうではあるけど、そこじゃねーだろ。
思わず心の中で突っ込む。
「別に俺は、同情するつもりも、慰めるつもりもないけどさ」
一ノ瀬は、言葉に迷う感じで、一回区切る。
「俺は、お前のノリがいい所とか、そういう所が好きで一緒にいるわけじゃないよ」
その言葉に、少しだけ目を見開いた。
「そりゃ、そういう所も好きだけど。でも、別にお前が嫌がろうがヒスろうが、ただ、『そうなんだな』って思うだけ」
一ノ瀬は、少しだけ笑った。
「そもそも、お前がめんどくさい奴ってことくらい知ってるし、それでも一緒にいたいからいる。だから、そこは勘違いすんな」
こいつの真っ直ぐな言葉が、考え方が、俺の頭の中にあった重たいものを、少しだけ軽くする。
「……ありがと」
気づけば、またお礼を言っていた。今度は、軽い言い方じゃなくて、ちゃんと、目を見て言った。
「だから、お前にお礼言われるとか怖いって(笑)。鳥肌立ちそう」
「うざ(笑)」
笑ってみせるけど、なぜか泣きそうになる。
俺は、誤魔化すように、目を伏せた。
なんで、この人はこんなに優しいんだろう。俺が欲しい言葉を、簡単にくれるんだろう。
俺は、矛盾している。俺の事なんて、深入りして欲しくないと思うのに、こいつには、知って欲しいと思う。気づいて欲しいと思ってしまう。
その時、ふと、美咲の『本命いるくせに』という言葉を思い出した。
俺は、ため息をつく。
最悪。なんで、今そんなこと思い出すんだよ。
違う。俺は、そんなんじゃない。今は、ただ、優しくされたから、勘違いしそうになってるだけ。
そう思ってるのに。心の中で否定すればするほど、逆に認めてしまっているような気がしてきて、なんだか怖かった。
