俺が周りの目を気にするようになったのは、中学の頃のことがきっかけなんだと思う。いや、正確には、急にそうなったんじゃなくて、少しずつ。自分でも、よく分からなくなってきてるけど。
中学の時、俺の親は離婚した。さすがの俺でも、ショックだった。今まで当たり前のようにあったものが、突然なくなった感じがした。
けれど、急に俺の環境が変わったからと言って、世の中は何も変わらない。昨日までと同じように学校へ行って、同じように授業を受けて、友達と話す、そんな変わらない日常があった。
表面上は何も変わっていないように見えるのに、自分の中だけが、昨日までとは違う場所に取り残されたような気がしていて、まだ自分でも、何が起きたのかをちゃんと理解できていなかった。
親が離婚するという言葉の意味くらい分かる。むしろ、普通にあることだと思う。テレビでもよく聞くし、友達の親が離婚したという噂を耳にすることだってある。でも、他人事ではなく、それを自分のこととして受け止めるには、少し時間が必要だった。
それなのに、なぜか知らないけど、すぐにクラスメイトに広まった。
『離婚したって本当?』
唐突に聞かれる。
『中原の両親って仲良さそうだったのにー』
そんなふうに言われて、俺は、曖昧に笑うしかなかった。
俺が、クラスでも全然目立たない奴で、大して関わらない奴だったら、放っておいてくれたのだろうか。そもそも、興味を持たれていなかったら、そんなこと知られてすらいなかっただろう。
『え、何が原因で?』
『可哀想』
多分、悪気はないんだと思う。でも、何が原因かなんて聞かれたところで、答えられるわけがない。俺だって、全部を理解しているわけでもないし。それに、可哀想だと言われても、勝手に俺のことを決めつけるなよ、と思ってしまう。
『えー、大変だったね』
『これからどうするの?』
『どっちについていくん?やっぱ母親?』
俺は、苦笑いをして誤魔化す。
『んー、どうなんだろ』
そんなふうに。
そもそも、どう答えればいいのか分からない。と言うよりも、答えたくなかった。
『でも中原って、どっちとも仲良い感じしたから残念だよね』
『え、実は両親で仲悪かった感じ?』
悪気はないと分かっていても、こんなふうに、単なる興味で色々と聞かれるのは、いい気はしない。自分の家のことを、まるで暇つぶしの話題みたいにされている気がする。
こういうのが、離婚してしばらく経った後だったら、対して何も思わなかったのかもしれない。けど、親が離婚して、ショックを受けて、次の日に、自分でもちゃんと整理できていないことを、こんなふうに騒がれて、自分のプライベートのことに首つっこまれて、イライラした。
『もうこの話よくね?』
そもそも、こんなプライベートな話を、なんで他人にしないといけないんだろう。自分の親が離婚した話なんて、人にしたいはずがない。
なんで、聞かれたくないことを、ずっと聞いてくるんだろう。
『いやいや、俺らは心配してるんじゃん』
その言葉を聞いて、胸の奥がざらついた。
俺の気持ちなんて、知らないくせに。俺が今、どんな気持ちかなんて分からないくせに、心配してる、とか、簡単に言うなよ。考えれば考えるほど、苛立ちが膨らんでいった。
『あのさ、お前らに関係なくね?』
気づけば、みんなに対してそう言っていた。さっきまでベラベラと喋っていたヤツらが黙って、一瞬、周りがシーンとなった。多分、自分が思っていたよりも、強い口調になっていたのかもしれない。
『……え、そんなに怒んなくても良くない?』
『こわ』
そんな言葉が、俺の耳に届いた。俺は、何も言い返せなかった。別に、怒ったわけでも、怖がらせようとしたわけでもなくて、ただ、これ以上、踏み込んで欲しくなかっただけ。
なのに、なんで俺が悪者みたいになってるんだろう。じゃあ何。関係ないやつに好き勝手言われて、それでもいつもみたいに笑ってれば、期待通りの反応をすれば良かったのだろうか。こんな時まで、周りの望む自分を演じないといけないのだろうか。
もうすぐ高校受験で、卒業も近い、中三の中頃だったから良かったものの、その日から、なんとなく気まずくなった。別に、無視されるとか、嫌がらせされるわけではないけど、今までとは態度が変わった。それが、俺のせいと言われているように思えてしまった。
もちろん、全部俺の思い込みで、考えすぎていただけなのかもしれないし、誰も気にしていなかったのかもしれない。
だけど、一度気になってしまえば、そうとしか思えなくなって、急に居場所がなくなった気がして、なんだか少しキツかった。
だから俺は、高校は、同中の人があまり行かないところを選んだ。今度は、失敗しないようにしないとって思った。今度こそ、誰も自分のことを知らない場所に行きたかった。
*
一ノ瀬と仲良くなったのは、高校に入学して、すぐの頃だった。
中学の人がほとんどいない高校を選んだから、教室は知らない人だらけだった。普通なら、不安になるのかもしれない。だけど俺は、逆に安心してしまっていた。だって、ここには、俺のことを何も知らない人だらけだから、最初からやり直せる気がしたのだ。
そして、席替えが終わって、自分の席に着いて、教科書を机の中に入れていた時。
『中原だっけ?イケメンが後ろの席とか、俺がかすむんだけど(笑)』
振り返って、そこにいたのが一ノ瀬だった。
それまで話したことはなくて、一ノ瀬との初めての会話がそれだった。
普通、初対面でそんなこと言うか?と思ったけど、なんとなく面白くて。それが、一ノ瀬の第一印象だった。
『こわ。いきなりダル絡みしてくるじゃん(笑)』
気づけば俺も笑っていた。
『なんか話しやすそうだったから』
なんだよ、それ。つーか、話しやすそうとか、初めて言われたし。
『あー、威厳が足りなかったか(笑)』
『もしかして遠回しに話しかけるなって言ってる?』
『そこまでは言ってねえよ(笑)』
そんなくだらないやり取りをして、二人で笑った。
何かを探られてる感じも、変に気を遣われている感じもなくて、ただ普通に話してくれる。それが、心地よかった。
俺は、人と仲良くするのはわりと得意な方で、一ノ瀬とも、すぐに親しくなった。その後、藤田とか、雨宮とか……他のクラスメイトとも、簡単に打ち解けて、気づけば、周りには、いつも人がいるようになった。授業中、先生に見つからないように小さい声で話したり、くだらないことで笑ったり。昼休みも、移動教室も、放課後も、一人になることはあまりなかった。
『なー、中原ってどこ中?』
ある日の昼休みに、一ノ瀬に聞かれた。
『急になんだよ?』
『いや、特に意味はないけど』
『〇〇中だけど』
素直に答えると、一ノ瀬は、少し驚いた表情をした。
『え、遠くね?なんでここ選んだの?』
なんて答えればいいか分からなかった。本当の理由なんて、言いたくなかった。踏み込まれたく、なかった。
『あー……』
俺は、なんて答えるべきか迷ったけど、何も考えていなかったせいで、適当な理由なんてすぐには思いつかなかった。
『なんとなく?(笑)』
どう考えても違うけど、そう答えるしかなかったから、俺は、笑って誤魔化した。こんな言い方したら、多分、何かしら聞かれるんだろうな、と思っていた。でも、一ノ瀬は、それ以上のことは聞かなかった。
『へぇ、まぁいいや。俺としては中原がこっちに来てくれてラッキーだし』
いつもの軽い感じで、それだけ言って笑った。本当に興味なさそうな感じだったから、詮索されないことに、安心してしまった。
『はは、なにそれ(笑)』
『だって俺、中原のこと好きだし』
『急に告んな(笑)』
『友達としてだろ。勘違いすんなバカ』
『はいはい(笑)』
それだけ。本当にそれだけのことだった。多分、一ノ瀬にとっては、ただの会話の一部で、気にも止めていないことなのかもしれない。だから、たったそれだけのことで、俺がどれだけ助けられたかなんて、多分、こいつは分からないんだろうな。
「なんとなく」と笑って誤魔化した俺に、それ以上踏み込まなかったこと、無理に理由を聞かなかったこと、俺が話したくないことを、話さなくてもいいものとして、そのまま受け入れてくれたことも。
それは、一ノ瀬にとっては、本当に何でもないことだったのだろう。
でも、俺にとっては違った。
俺は、あの時のことを思い出す。
勝手に踏み込まれて、答えたくないのに答えることを求められて、それでも笑っていなきゃいけないような気がしていたこと。
そういうものから、ほんの少しだけ離れられた気がした。
だから俺は、高校に来て、一ノ瀬と仲良くなれてよかったと思っている。
何も知らなくても、何も聞かなくても、普通に隣にいてくれる。
それだけで、俺には十分だった。
中学の時、俺の親は離婚した。さすがの俺でも、ショックだった。今まで当たり前のようにあったものが、突然なくなった感じがした。
けれど、急に俺の環境が変わったからと言って、世の中は何も変わらない。昨日までと同じように学校へ行って、同じように授業を受けて、友達と話す、そんな変わらない日常があった。
表面上は何も変わっていないように見えるのに、自分の中だけが、昨日までとは違う場所に取り残されたような気がしていて、まだ自分でも、何が起きたのかをちゃんと理解できていなかった。
親が離婚するという言葉の意味くらい分かる。むしろ、普通にあることだと思う。テレビでもよく聞くし、友達の親が離婚したという噂を耳にすることだってある。でも、他人事ではなく、それを自分のこととして受け止めるには、少し時間が必要だった。
それなのに、なぜか知らないけど、すぐにクラスメイトに広まった。
『離婚したって本当?』
唐突に聞かれる。
『中原の両親って仲良さそうだったのにー』
そんなふうに言われて、俺は、曖昧に笑うしかなかった。
俺が、クラスでも全然目立たない奴で、大して関わらない奴だったら、放っておいてくれたのだろうか。そもそも、興味を持たれていなかったら、そんなこと知られてすらいなかっただろう。
『え、何が原因で?』
『可哀想』
多分、悪気はないんだと思う。でも、何が原因かなんて聞かれたところで、答えられるわけがない。俺だって、全部を理解しているわけでもないし。それに、可哀想だと言われても、勝手に俺のことを決めつけるなよ、と思ってしまう。
『えー、大変だったね』
『これからどうするの?』
『どっちについていくん?やっぱ母親?』
俺は、苦笑いをして誤魔化す。
『んー、どうなんだろ』
そんなふうに。
そもそも、どう答えればいいのか分からない。と言うよりも、答えたくなかった。
『でも中原って、どっちとも仲良い感じしたから残念だよね』
『え、実は両親で仲悪かった感じ?』
悪気はないと分かっていても、こんなふうに、単なる興味で色々と聞かれるのは、いい気はしない。自分の家のことを、まるで暇つぶしの話題みたいにされている気がする。
こういうのが、離婚してしばらく経った後だったら、対して何も思わなかったのかもしれない。けど、親が離婚して、ショックを受けて、次の日に、自分でもちゃんと整理できていないことを、こんなふうに騒がれて、自分のプライベートのことに首つっこまれて、イライラした。
『もうこの話よくね?』
そもそも、こんなプライベートな話を、なんで他人にしないといけないんだろう。自分の親が離婚した話なんて、人にしたいはずがない。
なんで、聞かれたくないことを、ずっと聞いてくるんだろう。
『いやいや、俺らは心配してるんじゃん』
その言葉を聞いて、胸の奥がざらついた。
俺の気持ちなんて、知らないくせに。俺が今、どんな気持ちかなんて分からないくせに、心配してる、とか、簡単に言うなよ。考えれば考えるほど、苛立ちが膨らんでいった。
『あのさ、お前らに関係なくね?』
気づけば、みんなに対してそう言っていた。さっきまでベラベラと喋っていたヤツらが黙って、一瞬、周りがシーンとなった。多分、自分が思っていたよりも、強い口調になっていたのかもしれない。
『……え、そんなに怒んなくても良くない?』
『こわ』
そんな言葉が、俺の耳に届いた。俺は、何も言い返せなかった。別に、怒ったわけでも、怖がらせようとしたわけでもなくて、ただ、これ以上、踏み込んで欲しくなかっただけ。
なのに、なんで俺が悪者みたいになってるんだろう。じゃあ何。関係ないやつに好き勝手言われて、それでもいつもみたいに笑ってれば、期待通りの反応をすれば良かったのだろうか。こんな時まで、周りの望む自分を演じないといけないのだろうか。
もうすぐ高校受験で、卒業も近い、中三の中頃だったから良かったものの、その日から、なんとなく気まずくなった。別に、無視されるとか、嫌がらせされるわけではないけど、今までとは態度が変わった。それが、俺のせいと言われているように思えてしまった。
もちろん、全部俺の思い込みで、考えすぎていただけなのかもしれないし、誰も気にしていなかったのかもしれない。
だけど、一度気になってしまえば、そうとしか思えなくなって、急に居場所がなくなった気がして、なんだか少しキツかった。
だから俺は、高校は、同中の人があまり行かないところを選んだ。今度は、失敗しないようにしないとって思った。今度こそ、誰も自分のことを知らない場所に行きたかった。
*
一ノ瀬と仲良くなったのは、高校に入学して、すぐの頃だった。
中学の人がほとんどいない高校を選んだから、教室は知らない人だらけだった。普通なら、不安になるのかもしれない。だけど俺は、逆に安心してしまっていた。だって、ここには、俺のことを何も知らない人だらけだから、最初からやり直せる気がしたのだ。
そして、席替えが終わって、自分の席に着いて、教科書を机の中に入れていた時。
『中原だっけ?イケメンが後ろの席とか、俺がかすむんだけど(笑)』
振り返って、そこにいたのが一ノ瀬だった。
それまで話したことはなくて、一ノ瀬との初めての会話がそれだった。
普通、初対面でそんなこと言うか?と思ったけど、なんとなく面白くて。それが、一ノ瀬の第一印象だった。
『こわ。いきなりダル絡みしてくるじゃん(笑)』
気づけば俺も笑っていた。
『なんか話しやすそうだったから』
なんだよ、それ。つーか、話しやすそうとか、初めて言われたし。
『あー、威厳が足りなかったか(笑)』
『もしかして遠回しに話しかけるなって言ってる?』
『そこまでは言ってねえよ(笑)』
そんなくだらないやり取りをして、二人で笑った。
何かを探られてる感じも、変に気を遣われている感じもなくて、ただ普通に話してくれる。それが、心地よかった。
俺は、人と仲良くするのはわりと得意な方で、一ノ瀬とも、すぐに親しくなった。その後、藤田とか、雨宮とか……他のクラスメイトとも、簡単に打ち解けて、気づけば、周りには、いつも人がいるようになった。授業中、先生に見つからないように小さい声で話したり、くだらないことで笑ったり。昼休みも、移動教室も、放課後も、一人になることはあまりなかった。
『なー、中原ってどこ中?』
ある日の昼休みに、一ノ瀬に聞かれた。
『急になんだよ?』
『いや、特に意味はないけど』
『〇〇中だけど』
素直に答えると、一ノ瀬は、少し驚いた表情をした。
『え、遠くね?なんでここ選んだの?』
なんて答えればいいか分からなかった。本当の理由なんて、言いたくなかった。踏み込まれたく、なかった。
『あー……』
俺は、なんて答えるべきか迷ったけど、何も考えていなかったせいで、適当な理由なんてすぐには思いつかなかった。
『なんとなく?(笑)』
どう考えても違うけど、そう答えるしかなかったから、俺は、笑って誤魔化した。こんな言い方したら、多分、何かしら聞かれるんだろうな、と思っていた。でも、一ノ瀬は、それ以上のことは聞かなかった。
『へぇ、まぁいいや。俺としては中原がこっちに来てくれてラッキーだし』
いつもの軽い感じで、それだけ言って笑った。本当に興味なさそうな感じだったから、詮索されないことに、安心してしまった。
『はは、なにそれ(笑)』
『だって俺、中原のこと好きだし』
『急に告んな(笑)』
『友達としてだろ。勘違いすんなバカ』
『はいはい(笑)』
それだけ。本当にそれだけのことだった。多分、一ノ瀬にとっては、ただの会話の一部で、気にも止めていないことなのかもしれない。だから、たったそれだけのことで、俺がどれだけ助けられたかなんて、多分、こいつは分からないんだろうな。
「なんとなく」と笑って誤魔化した俺に、それ以上踏み込まなかったこと、無理に理由を聞かなかったこと、俺が話したくないことを、話さなくてもいいものとして、そのまま受け入れてくれたことも。
それは、一ノ瀬にとっては、本当に何でもないことだったのだろう。
でも、俺にとっては違った。
俺は、あの時のことを思い出す。
勝手に踏み込まれて、答えたくないのに答えることを求められて、それでも笑っていなきゃいけないような気がしていたこと。
そういうものから、ほんの少しだけ離れられた気がした。
だから俺は、高校に来て、一ノ瀬と仲良くなれてよかったと思っている。
何も知らなくても、何も聞かなくても、普通に隣にいてくれる。
それだけで、俺には十分だった。
