誰にも本気になれなかった俺が、男友達に本気で恋する話

昼になれば、俺の別れ話に対する関心も、すっかり収まっていた。さすがに、一日中同じ話題で盛り上がれるほど暇じゃないらしい。

……と、安堵していたのも束の間で、昨日別れた美咲が、教室のドアから顔を覗かせる。

「中原、ちょっと」

美咲が俺を呼ぶと、周りは、はやし立てる。

「おー?復縁か?」
「早くね?」

俺は、好き勝手言ってるクラスメイトを無視して、食べていた昼飯を中断して、美咲のところに行く。

「ごめん、昼食中に」

俺と美咲は、教室から出て、適当に歩く。

「……で、何?」

こんなふうに別れてから呼び出されるとは思わなかった。美咲は、良くも悪くも、サバサバしている。言いたいことは、わりとなんでもはっきり言うし、どちらかというとラフな性格だ。

「あのさー、うちら、恋人ではなくなったけど、普通に友達として仲良くしたいんだよね」

何を言われるのかと思えば。

「友達?」
「そう」

美咲は肩をすくめる。

「そりゃ最初は気まずいかもだけど、私、アンタといるの恋愛とか抜きで普通に好きだしさ。一緒にいて、楽しいから」

別れた元カノに、そんなことを言われるとは思ってなかった。

「昨日振られた相手にそんなこと言われるとは(笑)」

冗談ぽく笑った。
でも、なんとなくだけど、嬉しかった。

「うっさい。まぁ私、あんたのこと恋愛的に好きとかではなかったんだけどね。付き合おうと思ったのも、男子に言い寄られるのがめんどかったからだし」

知ってる。

だからきっと、三ヶ月続いたんだろう。変に期待せず、依存せずな関係だったから。

「なー、なんで俺のこと振ったん?」

俺は、昨日聞かなかったことを聞いた。何となくだけど、美咲の場合は、他の元カノとは違う理由な気がしたからだ。

「中原が、分かりやすすぎるから」

言われた意味が分からなかった。

「え、なにそれ(笑)」

思わず笑ってしまう。美咲は、俺の方に一歩近づく。

「この際だから言っておくけどさ、あんまり、ヤケになって恋人作るのやめた方がいいよ。今回は私だったからいいけど、中原のこと本気で好きな人は、普通に傷つくから」
「何が言いたいか分からないんだけど」
「率直に言えば、本命いるくせに、諦めるために恋人作らない方がいいんじゃない?ってこと」

胸が、嫌な音を立てる。

「何それ。本命ってなんの事?(笑)」

やっと言えた言葉はそれだった。

「これ以上は言わないけどさ。分かるよ、これでも一応、好きになりかけてたからね」

最後の言葉は、小さかった。だけど、俺の耳には、しっかりと届いた。否定したくても、できなかった。そんなわけないと思ってるのに、心のどこかで、そうなのかもしれないと、思っていたから。胸の奥が落ち着かなくて、ザワザワする。

美咲は、そんな俺に気づいたのか、ふっと笑った。

「てことで、これからは普通に仲良くしよ」

その後は、何を話したか、あまり覚えてない。ただ、美咲の『本命いるくせに』という言葉が、頭の中でぐるぐると回っていたのに、気づいていないフリをしただけだった。

*

その日は、グループワークの授業があった。

「なー、これめんどくさい」

俺は、パソコンで資料作成をしながら呟く。
俺の班は、俺と一ノ瀬と、他のクラスメイトが三人。

「中原、お前なー、ちゃんとやれって」

一ノ瀬が、俺の隣から資料を覗き込む。

「やってるって」
「それ、さっきから一文字も増えてないけど」

言い返せない。

「ほら、これやって」

一ノ瀬が俺がめんどくさがっていた資料を目の前に置く。

「えー、めんどくさ」

渋々、ペンを持つ。

「なぁ、一ノ瀬」

向かいに座っていた男子が、一ノ瀬の手元を覗き込んだ。

「これ、お前がやった?」
「うん」
「めっちゃ凄くね?普通に。センスあるっつーか」

俺も気になって、一ノ瀬が作成した資料の一つを見る。

「確かに」

これは、めちゃくちゃ見やすい。グラフとか、色使いとか、そういうのも含めて、分かりやすい。

「いや、別に普通じゃね?」

普通じゃねーよ……

「てかさ、これもやってよ。絶対一ノ瀬がやった方がキレイにできるじゃん」

同じ班のクラスメイトの一人が言う。

「いや、俺ばっかになるじゃん」

一ノ瀬は文句を言う。

「だって一ノ瀬の方が早いしキレイだし」
「いや普通にだるい。俺だけに押しつけんなよ」
「えー、いいじゃん」

俺はため息をつく。

「……いや」

自分でも驚くくらい、自然に口から言葉が出た。

「それ、一ノ瀬にやらせすぎじゃね?」
「え?」
「さっきから一ノ瀬ばっかやらせようとしてんじゃん。かわいそー」

わざとふざけた口調で言う。

「それ、一番サボってるお前が言う?(笑)」
「俺は今からやろうとしてたんだよ(笑)」

言ったあとで、自分でも少し驚いた。
俺、何でこんなこと言ってんだ。

「中原、珍し」

別の女子が、くすっと笑う。

「何が?」
「いや、一ノ瀬のこと庇うんだと思って。いつもなら『いいじゃん、やらせとけば』とか言うじゃん」

確かに、そう言われれば、そうかもしれない。

「別に。普通に見てて可哀想だっただけ」
「ふーん?」

その女子が意味ありげに笑う。

「その顔やめろ」
「はいはい(笑)」

隣で、一ノ瀬は、いつものように笑っていた。

「ありがと」

その笑顔を見て、ドキッとする。なんだ、今の。たったそれだけなのに、胸の奥が、変に熱くなる。

「……別に」

俺は、目を逸らした。

さっきまで『本命』という言葉でざわついていた胸が、今度は別の意味で落ち着かない。

なんだろう。これじゃ、本当に、美咲の言った通りみたいじゃないか。
考えれば考えるほど、怖くなってきて、考えるのをやめた。今は、グループワークを終わらせることだけ考えればいい。
そう思って、俺は再び資料に視線を落とした。
けれど、隣から聞こえる一ノ瀬の笑い声が、妙に心地よかった。

「中原、これあげる」

昼休みに、一ノ瀬が自販機で買ったらしい飲み物を机に置く。

「急だな。なんで?(笑)」
「いいから」

一ノ瀬が笑う。

「俺が奢りたいだけ」
「……そ」

さっきのお礼のつもりなのかもしれない。
律儀かよ、と笑いそうになる。別に、気にしなくてもいいのに。だって、俺の方がいつも、一ノ瀬に助けられているから。

「中原ー」

俺が机の上の飲み物を眺めていると、今度は別のクラスメイトが俺の席に来る。

「なんだよ?」
「いや、大した話じゃないんだけどさー、この前、部活の練習試合で中原と同中のやつがいてさー」
「……は?」

なんだか、嫌な予感がする。

「中原の名前だしたら、気まずい顔されたんだけどさー、中原って中学の時なんかあったん?」

クラスメイトは、特に深く考えていない様子で俺に聞く。

「いや、ないけど」
「こいつ。知ってる?」

そう言って、クラスメイトは俺にスマホの画面を見せる。俺はその写真を見ると、見覚えのある顔が映っていた。

「あー……、確か中三のクラスメイトだった気がする」
「ふうん」
「仲良かった?」
「えー、普通」

あまり覚えていない、ということは、多分そこそこの仲だったんだと思う。

「てか、気まずい顔されたってどゆこと(笑)」
「いや、なんか……中原と同中って言うから、流れで、中原ってどんなやつだったん?みたいに聞いたら、気まずくなった」
「え。そういうの聞く?」

思わず眉を寄せる。

「何が?」
「いや……」

そういう、俺が知らないところで俺のこと知ろうとされるの、苦手だ。まだ、めちゃくちゃ親密な関係、とかだったら分かるけど、そこまでではないからな……

「わざわざ他の人通さなくても良くね?って思っただけ」

別に、俺に直接聞いてくれればいいのに。

「だって中原、結構秘密主義じゃん」
「そう?」
「そうだろ」

言われてみれば、そうなのかもしれない。人に言いたくないことも多いし、秘密ってほどではないけど、知られたくないことは話さない。

「一ノ瀬もそう思わね?」

机に座ってスマホをいじっていた一ノ瀬は、突然話を振られて、少しびっくりした様子で顔をあげる。

「え、俺は別に」

自分でもよく分からないけど、その答えに、少しだけ安心してしまった。

「よく分かんないけど、秘密主義って言うか……余計なこと聞きすぎなんだろ」

一ノ瀬は少し考えるように言った。

「秘密にするってことは、他の人を通してでも聞かない方がいいってことなんじゃね?」
「えー、そうかなー」
「そうだって」

一ノ瀬は、それ以上は何も言わずに、またスマホをいじる。

「まぁいいや。悪いな、中原。変なこと聞いて」

クラスメイトは、あっさりと引き下がった。

「別に」

クラスメイトが離れていくその背中を見ながら、俺は机に肘を付く。

「一ノ瀬って、変わんねーよな」

俺は一ノ瀬を見る。

「何が?」
「いや、なんて言うか……良い意味で人に興味ないって言うか。なんか、他のクラスメイト見てたら余計にそう思う」

それが、なんとも心地よい。

「ん?つまりどういうこと」

一ノ瀬は、よく分かってない様子で首を傾げる。

「つまりは、さっきは助かったってこと」

俺が一ノ瀬にもらった飲み物を見ながらそう言うと、一ノ瀬は、一瞬だけ目を丸くして、ふっと笑う。

「意味わかんね」
「バカじゃん」

俺は照れ隠しにそう言った。

「お前より成績いいんだけど」
「ウザ。俺は本気出してないだけだし」
「じゃあ次、勝負する?」
「無理」

即答すると、一ノ瀬がからかうように笑う。

「ほら。素直じゃない」
「ウザイ」

そう言いながらも、俺は少しだけ笑っていた。