誰にも本気になれなかった俺が、男友達に本気で恋する話

「なー、一ノ瀬って、俺のどこが好きなん?」

学校からの帰り道。夕方の空は、昼間よりも淡い色になっていた。校門を出てからしばらく歩いたところで、中原が、隣を歩く俺にふと思いついたように尋ねてくる。

「えー、存在?(笑)」

笑いながらそう言うと、中原は、きょとんとして、眉を寄せた。

「こわ」
「ひどくね?」

なんて、冗談っぽく言ったけど、本音だった。

中原のどこが好きかと聞かれて、パッとは答えられない。いや、答えられないことはない。顔も良いし、性格も良いし……でも、結局はこの人の存在自体に俺は惚れているんだと思う。理由を並べれば並べるほど、どれも一番じゃない気がしたのだ。

中原のことは、初めの頃、ただのノリの合うやつという認識だった。話していて楽しい。冗談も言い合える。一緒にいて楽。

だから、中原のことを好きになったのも、きっかけと言えるほどのきっかけは、多分なくて。ただ、少しずつ、『ノリの合う存在』から、『唯一もっと知りたいと思う存在』に変わったんだと思う。その境目がどこだったかなんて、分からない。

「存在って何だよ。真面目に答えろよ」

中原が、不満そうに口を尖らせる。

「真面目に答えてんだけど」
「絶対適当じゃん」
「適当じゃないって」

笑って誤魔化しながら、俺は歩くスピードを、ほんの少しだけ落とした。こいつと並んで歩く時の歩幅は、いつの間にか、体に染みついている。

中原は、知れば知るほど、意外性の塊だった。

例えば、誰とでも仲良くなれて、クラスでも目立って、冗談にも即座に返せるくせに、多分、自分が思っている以上に繊細なこととか。

自分のことは後回しにするくせに、人のことは、さりげなく守るとことか。

きっと、本人は守ってるつもりなんてなくて、当たり前のことみたいにしているんだと思う。

それが、「気になる」ことの始まりだったのかもしれない。いや、それすら分からない。だけど、気がつけばいつも目で追っていた。教室にいる時も、廊下ですれ違った時も、無意識に中原のことを見てしまったり、探してしまったり。人がたくさんいても、中原の声だけは、しっかり聞こえたり。

まだ、恋でもなんでもなくて、ほんの少しの好奇心。
だけど、俺が「好奇心」と思っていたものは、日を追うごとに、形を帰ることになる。

保健室の日に、俺は、一つ分かったことがある。

中原は、人より繊細で、敏感で、人より優しいからこそ、ずっと、怖がっていたんだ。
それを知った時、心のどこかで、ほっとした自分がいた。中原が、ちゃんと人間だったことに。完璧に見える笑顔の裏に、ちゃんと、弱さがあったことに。

そして、その弱さを、俺の前でだけ見せてくれたことに、どうしようもなく、胸が熱くなった。

同情じゃない。慰めたいわけでもない。

ただ、この人の隣にいたい。この人が、怖がらなくて済む場所に、俺がなれたらいいのに。
そう思ってしまった時点で、多分もう、友達ではなかった。

「……おい、聞いてる?」

中原に肩を小突かれて、我に返る。

「聞いてる聞いてる」
「絶対聞いてなかった」

中原は、ムッとした様子で言う。その表情が、また少し可愛かった。付き合ってからの中原は、なんというか、分かりやすくて可愛い。男子に対して「可愛い」と思うのは失礼なのかもしれないけど、その意外性も、好きだった。

「ちょっと昔のこと思い出してた」
「昔って?」
「んー、お前のどこが好きかなって」
「え、そんなに考えるほど?」

中原は目を丸くする。

「で、結局答え出たの?」

中原は、冗談っぽく言った。けれど、そんな軽い口調にはそぐわない、少し期待するような、それでいて不安そうな目で、俺を見る。

その目を見て、俺は、笑うのをやめた。
中原に、「好き」ってちゃんと伝えなかったことを、俺は、ずっと後悔している。俺なりに、態度で伝えているつもりだった。相原のことも、割り切っていたし、未練なんて一ミリもなかったから。だから、不安にさせていることに、気づいていなかった。

たった一言、「好きだ」って言えていたら。中原は、あんなに一人で抱え込まなくて済んだのかもしれない。あの夕方の中庭で、あいつが、震える声で「一ノ瀬に好きだって言って欲しかった」と言った時、俺は、心の底から、自分を殴りたくなった。

───俺は、何をやってたんだ、と。

「……あのさ」

俺は、足を止めた。中原も、つられて止まる。

「なに?」

中原は不思議そうに俺のことを見る。

「さっきの質問、ちゃんと答える」
「お、おう」

急に真面目な顔をされて、中原が、少し身構える。さっきまでの軽い空気が、少しだけ変わる。

「顔とか、優しいとか、そういうのも好きなんだけど」
「うん」
「一番は、多分、自分がしんどくても、当たり前に周りを見て、誰かのことを守れるところ」

中原の目が、丸くなる。

「……それ、前も言われた気がする」
「前も言ったな」
「でもさ、俺、別にそんな大したことしてねーよ」
「大したことしてるよ、中原は」

俺は、即答した。

「お前は、自分のことだけ、すごく低く見積もるんだよな。だから、代わりに俺が、何回でも言う」

中原は、ちゃんとすごい。前に、こいつは、自分のことを、「ダサい」って言ってたけど、そんなこと、全くない。

人が簡単にできないことを、気づかないようなことも、当たり前にできるのは、こいつの「強さ」だと思う。
中原は、何も言い返せないみたいに、俯いた。
耳が、ほんのり赤い。

「あと、こういうところも好き」
「……何が」
「褒められると、すぐ赤くなるとこ。耳真っ赤だし」
「うるせー!」

中原が、慌てて耳を押さえる。その仕草が、たまらなく愛おしくて、俺は、声を出して笑ってしまった。
そして、笑いながら、思った。

中原と出会えて、よかった。

本当に、それだけのことなんだ。特別な出来事なんて、実はなかった。ただ、毎日の中で、少しずつ、少しずつ好きになって、気づいたら、もう戻れなかった。

きっかけなんて、後付けだ。

本当は、「この人がいてくれてよかった」という気持ちが、ずっと、俺の中で、育ち続けていただけ。

「なぁ、中原」
「ん?」
「好きだよ」

突然の言葉に、中原が固まる。

「……急に言うなよ」
「だって、前は言えなかったから。今のうちに、その分、言っとく」

もう、この人を不安にさせたくないから。ちゃんと、俺の気持ちを伝えたい。

「いや、多すぎても、困るんだけど……」
「大丈夫。まだまだあるから」
「お前、恥ずかしいって気持ちないの?」
「あるけど、それより、言わなかった後悔の方が、でかいから」

そう言うと、中原は、ぐっと言葉に詰まった。それから、小さく、聞こえるか聞こえないかの声で、呟いた。

「……俺も、好き」

その声を聞いて、また、胸の奥が、じんわりと温かくなる。

「知ってる」
「うざ」
「はいはい」

夕焼けの中、俺たちは、また並んで歩き出した。
歩幅を合わせる必要なんて、もうない。俺たちは、自然と、同じ速さで歩けるようになっていた。