結局昨日は、『遅くなりそうだから』とメールして、一ノ瀬とは一緒にならなかった。
あれから、あの時の自分の声が、頭から離れない。
───もっと俺のことを好きになって欲しい。
───自分ばかりは嫌だ。
そんなふうに。
元カノたちに、散々ぶつけられてきた言葉。そんなこと言われても困る、って割り切っていた言葉。それを今、自分が、心の中で叫んでる。
そのことに気づいたときの気持ち悪さは、うまく言葉にできない。
「はー……」
俺は、机に突っ伏してため息をついた。
「なーにため息ついてんだよ」
顔を上げると、藤田と雨宮が立っていた。
「別にー」
「お前、最近、相原が一ノ瀬に絡むから嫉妬してんだろ」
藤田がからかうように言った。
「は?ちげーし」
「大丈夫だって。一ノ瀬の今の恋人はお前なんだし」
「お前らウザイ」
そんなの、いつまで続くかなんて、分かんねーじゃん。今、恋人って言うだけで、一ノ瀬がやっぱり相原さんの方と付き合いたいって思えば、恋人の座なんて一瞬で奪われる。
「てかさ、一ノ瀬、今日休みだってよ」
雨宮がスマホを見ながら言った。
「ガチ?」
俺はスマホを確認すると、確かに一ノ瀬から、『体調不良で今日休む』と連絡が来ていた。
「ドンマイ、中原」
藤田が、俺の肩をポンと叩く。
「だる」
まぁでも、ある意味よかったのかもしれない。いや、あっちは体調不良かもしれないから良くはないけど。
でも、今会ってれば、また最低なこと考えてたかもしれないから。
授業中も、なぜだかずっと上の空だった。どうしても、一ノ瀬のことばかり考えてしまう。
「一ノ瀬って今日休みー?」
休み時間に、相原さんに聞かれた。
「うん」
「そっかー、残念」
相原さんは、そのまま自分の教室に帰ってしまった。
一ノ瀬は、俺なんかより、ああいう可愛い子の方がいいのだろうか。そもそも俺、男だし。
それに、相原さんは、ちゃんと一ノ瀬が好きになった相手だ。対して俺は、一ノ瀬に好きになってもらったわけではなくて、俺が一ノ瀬のことを好きだから、付き合ってくれた。
そんなの、叶わねーじゃん、俺……
「中原、お前、お見舞い行けば?」
雨宮に提案される。
「は?なんで」
「はいはい、行きたいんだろ、本当は」
こいつら……
文句を言いつつも、下校時間になると、結局、一ノ瀬の家の方面に向かっていた。
別に、ちょっと顔見るだけだし……
だけど、一ノ瀬の家に行こうとして、少し距離のあるところで、俺は足を止めた。
「は……?」
そこでは、もうだいぶ回復した様子の一ノ瀬と、相原さんが玄関前で話していた。
俺は、急いで電柱の影に隠れる。
なんなんだよ……俺が、一ノ瀬の恋人なのに。
余計なこと、すんなよ。
一ノ瀬と相原さんが、何を話しているのかまでは聞こえない。
てか、別に聞く必要なんてねーし。
そう心の中で吐き捨ててみても、足は電柱の陰から動かなかった。強がったところで、視線は勝手に二人を追ってしまう。
二人の距離が近いように見えて、それだけで胸がぎゅっと締めつけられる。
もういいや、帰ろう。
そう思うのに、足が動かない。電柱の陰から、二人の様子をじっと見てしまう。最低だと分かっているのに。
しばらくすると、相原さんが小さく手を振って、一ノ瀬の家から離れていった。一ノ瀬は玄関先でそれを見送ると、家の中に戻っていく。
……それだけ。本当に、それだけだったのかもしれない。
お見舞いに来てくれた相原さんに、お礼を言っていただけかもしれない。
分かってる。分かってるのに。
気づけば、スマホを握る手に力が入っていた。一ノ瀬に、何て送ればいいのか分からなくて、結局、何も送れないまま、俺は来た道を戻り始めた。
「……ただいま」
家に着いても、誰も出迎えてくれない声に、自分でそう呟く。靴を脱ぎながら、スマホの画面を何度も点けたり消したりした。
ベッドに倒れ込んで、天井を見上げる。
───余計なこと、すんなよ。
さっき心の中で吐き捨てた言葉が、そのまま自分に返ってくるような気がした。余計なことをしているのは、相原さんじゃなくて、俺なのかもしれない。
俺が一ノ瀬と付き合ってるという事実が、一ノ瀬の恋路の邪魔をしてるんじゃないか、って、考えてしまう。
スマホが震えた。一ノ瀬からだった。
『ごめん、だいぶよくなった。心配かけてたらごめんな。明日は学校行けそう』
たったそれだけの文章に、さっきまでのモヤモヤが、少しだけ薄れる。単純すぎる自分に、また嫌気がさす。
『大丈夫か?ちゃんと寝てなよ』
そう返しながら、相原さんのことは聞けなかった。聞く勇気も、聞かない強さも、俺には足りない。
ただ、画面の向こうの一ノ瀬が、今、何を考えているのか。それだけが、どうしようもなく知りたかった。
そして、一ノ瀬のことが好きになればなるほど、自分のことが嫌いになっているような気がした。
翌朝。
教室に入ると、一ノ瀬はもう来ていた。
「おはよ」
いつも通りの声。
「……おはよ」
俺も、いつも通り返す。
たったそれだけなのに、昨日までとは何かが違って見えた。
「昨日、ありがとな。心配してくれて」
「別に。恋人なんだから、それくらいするだろ」
口にした瞬間、自分で嫌になった。
恋人なんだから。
その言葉を、自分が一番意識している。
一ノ瀬は、そんな俺のことなんて気にした様子もなく笑った。
「今日、放課後どうする?」
「……ごめん。今日、用事ある」
「そっか」
本当は何もない。
ただ、一緒に帰ったら、また余計なことを考えそうだった。
「じゃあ、また明日な」
「おう」
一ノ瀬が離れていく。
その背中を見ているだけで、胸が苦しくなる。
俺、何やってんだろ。
付き合えたことが、一ノ瀬が俺を選んでくれたことが、あんなに嬉しかったのに。
今は、その事実だけじゃ足りなくなっている。
もっと好きになってほしい。
もっと俺だけを見てほしい。
相原さんと話さないでほしい。
俺以外の誰かを好きにならないでほしい。
そんなことばかり考える。
……最低だ、俺。自分がされて嫌だったことを、一ノ瀬にしようとしている。自分が他人に踏み込まれるのが嫌なくせに、一ノ瀬のことに、踏み込もうとしている。
そんな自分が、嫌いだった。
昼休みに、一ノ瀬が俺の席まで来た。
「中原、なんか今日、変じゃない?」
「別に」
「昨日からちょっと距離ある気がする」
「気のせいだろ」
一ノ瀬は不思議そうに俺を見る。
その目から逃げるように、俺は弁当箱を開いた。
「ほら、食べろよ。もう元気なんだろ」
「うん」
それ以上、一ノ瀬は何も言わなかった。
それが逆に苦しかった。
俺のことをもっと聞いてほしいと思う自分と、聞かれたくないと思う自分がいる。
もし、俺が一ノ瀬と別れたら。
別れれば、こんなふうに苦しくならなくて済むのかな。
一ノ瀬が誰と話しても気にしなくていい。誰のことを好きになっても、俺には関係ない。
今までみたいに、他人のことに踏み込まない自分に戻れる。
そう考えると、少しだけ楽になれる気がした。
だけど、想像した瞬間、胸の奥が、ものすごく痛かった。
「……嫌だろ」
小さく呟く。
別れたいわけじゃない。一ノ瀬が嫌いになったわけでもない。むしろ逆だ。好きすぎるから、苦しくて、独占したくなって、自分の知らないところで誰かと笑っているだけで不安になる。
そんな自分になってしまったことが、怖くて、気持ち悪い。
そして、帰り際。
「中原」
背後から呼ばれて、足が止まる。
「……何?」
「今日、ちゃんと話したい」
俺は、何も言えなかった。
「俺、何かした?」
その言葉に、胸が詰まった。
違う、一ノ瀬は何もしてない。悪いのは、全部俺だ。
「……してない」
「じゃあ、なんで避けるの?」
言えない。だって、こんなことを言ったら、一ノ瀬に嫌われるかもしれない。こんな自分を、知られたくない。
だから、俺は何も言えなかった。
「なんか言えよ」
一ノ瀬に言われる。
「あのさ」
俺は口を開いた。
本当は言いたくない。でも、ここで言わなかったら、たぶん俺はずっと一ノ瀬を縛ろうとする。
「もう、終わりにしたい」
言葉にした瞬間、胸の奥が、ぐしゃっと潰れた。
「なんで?」
「なんでも」
「あのさ、相原のこと気にしてるんだったら、違うから」
「そうじゃなくて。俺が別れたいだけ」
自分の口から出た言葉なのに、他人事みたいに聞こえた。一ノ瀬は、何か言いかけて、でも結局、何も言えないみたいだった。
「じゃ」
それだけ言って、俺は逃げるようにその場を離れた。振り返ったら、絶対に泣きそうだったから。
好きなのに、離れたいなんて、変な話だと思う。でも、これ以上一緒にいたら、自分がもっと嫌いになる。一ノ瀬のことを好きになればなるほど、自分の中の醜い部分ばかり見えてくる。それが、たまらなく怖かった。
あれから、あの時の自分の声が、頭から離れない。
───もっと俺のことを好きになって欲しい。
───自分ばかりは嫌だ。
そんなふうに。
元カノたちに、散々ぶつけられてきた言葉。そんなこと言われても困る、って割り切っていた言葉。それを今、自分が、心の中で叫んでる。
そのことに気づいたときの気持ち悪さは、うまく言葉にできない。
「はー……」
俺は、机に突っ伏してため息をついた。
「なーにため息ついてんだよ」
顔を上げると、藤田と雨宮が立っていた。
「別にー」
「お前、最近、相原が一ノ瀬に絡むから嫉妬してんだろ」
藤田がからかうように言った。
「は?ちげーし」
「大丈夫だって。一ノ瀬の今の恋人はお前なんだし」
「お前らウザイ」
そんなの、いつまで続くかなんて、分かんねーじゃん。今、恋人って言うだけで、一ノ瀬がやっぱり相原さんの方と付き合いたいって思えば、恋人の座なんて一瞬で奪われる。
「てかさ、一ノ瀬、今日休みだってよ」
雨宮がスマホを見ながら言った。
「ガチ?」
俺はスマホを確認すると、確かに一ノ瀬から、『体調不良で今日休む』と連絡が来ていた。
「ドンマイ、中原」
藤田が、俺の肩をポンと叩く。
「だる」
まぁでも、ある意味よかったのかもしれない。いや、あっちは体調不良かもしれないから良くはないけど。
でも、今会ってれば、また最低なこと考えてたかもしれないから。
授業中も、なぜだかずっと上の空だった。どうしても、一ノ瀬のことばかり考えてしまう。
「一ノ瀬って今日休みー?」
休み時間に、相原さんに聞かれた。
「うん」
「そっかー、残念」
相原さんは、そのまま自分の教室に帰ってしまった。
一ノ瀬は、俺なんかより、ああいう可愛い子の方がいいのだろうか。そもそも俺、男だし。
それに、相原さんは、ちゃんと一ノ瀬が好きになった相手だ。対して俺は、一ノ瀬に好きになってもらったわけではなくて、俺が一ノ瀬のことを好きだから、付き合ってくれた。
そんなの、叶わねーじゃん、俺……
「中原、お前、お見舞い行けば?」
雨宮に提案される。
「は?なんで」
「はいはい、行きたいんだろ、本当は」
こいつら……
文句を言いつつも、下校時間になると、結局、一ノ瀬の家の方面に向かっていた。
別に、ちょっと顔見るだけだし……
だけど、一ノ瀬の家に行こうとして、少し距離のあるところで、俺は足を止めた。
「は……?」
そこでは、もうだいぶ回復した様子の一ノ瀬と、相原さんが玄関前で話していた。
俺は、急いで電柱の影に隠れる。
なんなんだよ……俺が、一ノ瀬の恋人なのに。
余計なこと、すんなよ。
一ノ瀬と相原さんが、何を話しているのかまでは聞こえない。
てか、別に聞く必要なんてねーし。
そう心の中で吐き捨ててみても、足は電柱の陰から動かなかった。強がったところで、視線は勝手に二人を追ってしまう。
二人の距離が近いように見えて、それだけで胸がぎゅっと締めつけられる。
もういいや、帰ろう。
そう思うのに、足が動かない。電柱の陰から、二人の様子をじっと見てしまう。最低だと分かっているのに。
しばらくすると、相原さんが小さく手を振って、一ノ瀬の家から離れていった。一ノ瀬は玄関先でそれを見送ると、家の中に戻っていく。
……それだけ。本当に、それだけだったのかもしれない。
お見舞いに来てくれた相原さんに、お礼を言っていただけかもしれない。
分かってる。分かってるのに。
気づけば、スマホを握る手に力が入っていた。一ノ瀬に、何て送ればいいのか分からなくて、結局、何も送れないまま、俺は来た道を戻り始めた。
「……ただいま」
家に着いても、誰も出迎えてくれない声に、自分でそう呟く。靴を脱ぎながら、スマホの画面を何度も点けたり消したりした。
ベッドに倒れ込んで、天井を見上げる。
───余計なこと、すんなよ。
さっき心の中で吐き捨てた言葉が、そのまま自分に返ってくるような気がした。余計なことをしているのは、相原さんじゃなくて、俺なのかもしれない。
俺が一ノ瀬と付き合ってるという事実が、一ノ瀬の恋路の邪魔をしてるんじゃないか、って、考えてしまう。
スマホが震えた。一ノ瀬からだった。
『ごめん、だいぶよくなった。心配かけてたらごめんな。明日は学校行けそう』
たったそれだけの文章に、さっきまでのモヤモヤが、少しだけ薄れる。単純すぎる自分に、また嫌気がさす。
『大丈夫か?ちゃんと寝てなよ』
そう返しながら、相原さんのことは聞けなかった。聞く勇気も、聞かない強さも、俺には足りない。
ただ、画面の向こうの一ノ瀬が、今、何を考えているのか。それだけが、どうしようもなく知りたかった。
そして、一ノ瀬のことが好きになればなるほど、自分のことが嫌いになっているような気がした。
翌朝。
教室に入ると、一ノ瀬はもう来ていた。
「おはよ」
いつも通りの声。
「……おはよ」
俺も、いつも通り返す。
たったそれだけなのに、昨日までとは何かが違って見えた。
「昨日、ありがとな。心配してくれて」
「別に。恋人なんだから、それくらいするだろ」
口にした瞬間、自分で嫌になった。
恋人なんだから。
その言葉を、自分が一番意識している。
一ノ瀬は、そんな俺のことなんて気にした様子もなく笑った。
「今日、放課後どうする?」
「……ごめん。今日、用事ある」
「そっか」
本当は何もない。
ただ、一緒に帰ったら、また余計なことを考えそうだった。
「じゃあ、また明日な」
「おう」
一ノ瀬が離れていく。
その背中を見ているだけで、胸が苦しくなる。
俺、何やってんだろ。
付き合えたことが、一ノ瀬が俺を選んでくれたことが、あんなに嬉しかったのに。
今は、その事実だけじゃ足りなくなっている。
もっと好きになってほしい。
もっと俺だけを見てほしい。
相原さんと話さないでほしい。
俺以外の誰かを好きにならないでほしい。
そんなことばかり考える。
……最低だ、俺。自分がされて嫌だったことを、一ノ瀬にしようとしている。自分が他人に踏み込まれるのが嫌なくせに、一ノ瀬のことに、踏み込もうとしている。
そんな自分が、嫌いだった。
昼休みに、一ノ瀬が俺の席まで来た。
「中原、なんか今日、変じゃない?」
「別に」
「昨日からちょっと距離ある気がする」
「気のせいだろ」
一ノ瀬は不思議そうに俺を見る。
その目から逃げるように、俺は弁当箱を開いた。
「ほら、食べろよ。もう元気なんだろ」
「うん」
それ以上、一ノ瀬は何も言わなかった。
それが逆に苦しかった。
俺のことをもっと聞いてほしいと思う自分と、聞かれたくないと思う自分がいる。
もし、俺が一ノ瀬と別れたら。
別れれば、こんなふうに苦しくならなくて済むのかな。
一ノ瀬が誰と話しても気にしなくていい。誰のことを好きになっても、俺には関係ない。
今までみたいに、他人のことに踏み込まない自分に戻れる。
そう考えると、少しだけ楽になれる気がした。
だけど、想像した瞬間、胸の奥が、ものすごく痛かった。
「……嫌だろ」
小さく呟く。
別れたいわけじゃない。一ノ瀬が嫌いになったわけでもない。むしろ逆だ。好きすぎるから、苦しくて、独占したくなって、自分の知らないところで誰かと笑っているだけで不安になる。
そんな自分になってしまったことが、怖くて、気持ち悪い。
そして、帰り際。
「中原」
背後から呼ばれて、足が止まる。
「……何?」
「今日、ちゃんと話したい」
俺は、何も言えなかった。
「俺、何かした?」
その言葉に、胸が詰まった。
違う、一ノ瀬は何もしてない。悪いのは、全部俺だ。
「……してない」
「じゃあ、なんで避けるの?」
言えない。だって、こんなことを言ったら、一ノ瀬に嫌われるかもしれない。こんな自分を、知られたくない。
だから、俺は何も言えなかった。
「なんか言えよ」
一ノ瀬に言われる。
「あのさ」
俺は口を開いた。
本当は言いたくない。でも、ここで言わなかったら、たぶん俺はずっと一ノ瀬を縛ろうとする。
「もう、終わりにしたい」
言葉にした瞬間、胸の奥が、ぐしゃっと潰れた。
「なんで?」
「なんでも」
「あのさ、相原のこと気にしてるんだったら、違うから」
「そうじゃなくて。俺が別れたいだけ」
自分の口から出た言葉なのに、他人事みたいに聞こえた。一ノ瀬は、何か言いかけて、でも結局、何も言えないみたいだった。
「じゃ」
それだけ言って、俺は逃げるようにその場を離れた。振り返ったら、絶対に泣きそうだったから。
好きなのに、離れたいなんて、変な話だと思う。でも、これ以上一緒にいたら、自分がもっと嫌いになる。一ノ瀬のことを好きになればなるほど、自分の中の醜い部分ばかり見えてくる。それが、たまらなく怖かった。
