アイドルの卵のクラスメイトが何故か俺にグイグイ迫ってくる話

 俺の高校生活は、穏やかにいく予定だったんだ。

 な の に

「待って洋一、一緒に帰ろうってば!」

 人の輪の中にいる羽鳥樹に見つからないようそそくさと教室を出ようとしたら、ドアを潜った直後に後ろから羽交い絞めされてしまった。

 じたばたと暴れる。

「離せよっ! 俺は暇じゃないの! 参考書を買いに行くんだよ!」
「それ、俺も一緒に行く!」
「なんでだよ!」
「洋一が冷たい! さみしい!」

 羽鳥樹は身長差があるのをいいことに、俺をひょいと抱き上げると、俺の首元に顔をぐりぐり埋(うず)めてきやがった。こ、こら……!

 俺のつま先が宙を掻く。

「はっ、離せ!」
「すうーっ」
「俺の匂いを嗅ぐなっ! お前アイドルなんだろ! 色々練習とかあって忙しいんだろ! そっちに行けよ!」
「今日はオフだから洋一といる! 洋一は俺の活力っ!」
「ぎゃあああーっ! 首に吸い付くなアホー!」

 羽鳥樹は、クラスで唯一こいつに興味を示さなかった俺に、それはもうとんでもなく興味を持ってしまった。

 それからというもの、インプリンティングされた雛鳥のようにずっと俺について回っている。

 こんなことをされたら、女子の目が――! と全力で嫌がっていたところ、「アイドルの卵xツンデレ姫、推せる……!」「ヤバい、壁になって見守りたい……!」と女子たちが揃って悶えているのを聞いてしまった。

 ……て、やっぱり姫になってるし! さらに「ツンデレ」なんていう属性が付け加えられてるんだけど、ふざけんなよーっ!

 中学の時とは違い、女子たちは俺を毛嫌いはしなかった。なんでも「卵とはいえアイドルにリア恋とかないない! その辺は弁えてるから、姫はその壁を乗り越えて頑張ってね☆」と頭を撫でられながら笑顔で言われた。

 そのすぐあと、羽鳥樹が血相を変えて飛んできて「洋一に触っていいのは俺だけ!」と俺を奪い返していった。

 ……いや、お前も普通にダメだぞ? とは、クラスのみんなの生ぬるーい視線の前ではさすがに言えなかった。なんかもう、そろそろ押し切られそうで怖い。

 俺を抱きかかえたまま、羽鳥樹が俺の頭をスンスンしまくりながら学校の外へと向かう。

 ぶつぶつと呟いている内容が、普通に怖い。

「あー可愛い。あー癒し。一家に一台。でも他の奴にはやらねー」
「うるせえ、黙れ」
「ねえ洋一、今日もうちに寄らない?」
「ば……っ、寄らねえよ! だってこの間お前んちに行ったら……あっ」

 しまった、と慌てて口を噤んだけど、遅かった。

 羽鳥樹が、ぎゅう、と俺の身体をきつく抱き締め、耳元で囁く。

「……いきなりキスしちゃってごめん。びっくりしたよね?」
「ぶっ」

 そう。ゲームのラインナップに釣られてこいつがひとり暮らしをしているマンションに行ったら、ゲームしている最中にいきなりキスをされたんだ。しかも、口に。

 俺のファーストキスだったのに……っ!

 羽鳥樹が、やけに熱っぽい声で続ける。

「今度はさ、ちゃんと言ってからするから」
「……っ!」

 途端に全身が火照って真っ赤になってしまった俺の顔を覗き込んできた羽鳥樹が、捕食者の目を細めた。

「かっわい……っ。ね、今ここでするのと、後で俺んちでするのとどっちか選んで?」
「ば……っ! こんなところでできる訳がっ」
「なら後で俺んちで決定ね? 今日は舌を入れてみてもいい?」
「ぶっ」

 目を白黒させている俺を見て嬉しそうに笑った羽鳥樹は、俺の頬にチュッと素早くキスを落とすと。

「じゃあさっさと参考書を買いに行こう! 掴まってて!」
「わっ、おま、いまっ……この馬鹿ああああ――ッ!」

 突然全速力で走り出した羽鳥樹の首に、振り落とされたくなくて慌ててしがみつく。

 と、羽鳥樹が唐突に叫んだ。

「洋一っ、大好きだよー!」
「う、うるせーっ!」

 がくんがくんと揺られながら、俺は「俺、このまま一生彼女ができないかもしれない……」と諦観を覚え始めていた。