「息子のボディーガード?」
花子は聞き返した。
ミロクセキュリティの事務所。来客用のソファにテーブルを挟んで座っている奥村修司は頷いた。
奥村はミロクセキュリティが入居している雑居ビルの3階で、法律事務所を営んでいる。
ミロクセキュリティが2階、奥村法律事務所が3階で上下の関係ということもあるが、二つの事務所は親密な関係にある。
奥村の事務所に持ち込まれた怪異が絡むトラブルをミロクセキュリティが秘かに解決したり、一般常識に欠けている花子が経営するミロクセキュリティの顧問弁護士を奥村が務めたりしている。
そんな奥村が、珍しくアポを取って、ミロクセキュリティにやってきて花子に言ったことが、
「大学生の息子、悠司のボディガードをしてほしい」
だったのだ。
反社会的勢力のブレインをしています…というような容貌で公私の別に厳しい奥村から出た言葉に、冒頭、花子は思わず聞き返していた。
「大学生の息子さん、ストーカー被害とかですか?」
花子の横に座っている礼真が聞いた。
「ヤ○ザの子どもに喧嘩しかけたとかー?」
少し離れた事務机にだらっと座ったマキシが軽い口調で言う。
「いいえ、そんな簡単なことなら、花子さんのところに来ませんよ」
奥村はマキシのふざけた言葉を気にする風もなく眼鏡をくいっと上げた。
「怪異から悠司を守っていただきたい」
「ま?」
「は?」
マキシと礼真が同時に声を上げた。
怪異という言葉に驚いたわけではない。
ミロクセキュリティはむしろそっちが専門だ。
しかも、奥村自身も霊や怪異が見える体質で、かなり苦労してきた経験がある。そういう体質、性質を持っていると、自分なりに回避方法を身につけているものなのだ。
その奥村が、ミロクセキュリティに依頼するということは、奥村の息子にかなり危険な怪異が絡んでいるということになる。
「息子の悠司はかなり見えるタチで」
「奥村先生より?」
礼真が聞く。
礼真が人間だったころ怪異が見えていた苦労と、奥村の苦労が似ていたこともあり、年齢も立場も違うのだが、二人は業務に関係のないところでもよく話して仲が良い。
「そうですね、私より見えているかもしれません」
「それならボディガードいる?」
マキシが言うと、奥村は深くため息をついた。
「見えすぎているせいで、怪異を激しく恐れていて、恐れすぎるあまり、脳内で怪異を都合よく変換してしまうんです」
「え?それってどういう?」
礼真は奥村の言っている意味を計りかねて首をかしげた。
「あれでしょ?グログロな霊見ても、普通のきれいな人に見えちゃうってことでしょ?落ち武者の霊がいてもサラリーマンにしちゃうとかー」
奥村の言葉をすぐに理解したマキシはわかりやすく例える。
今度は花子がため息をついた。
「なんでも、かんでもか」
「はい、危険な霊や怪異でもすべて日常のありふれた物として受け入れるんです」
奥村は頷いた。
「普段の生活圏では、私が懇意にしている住職に対応してもらってるんですが。今回、悠司が母校の高校に教育実習に行くことになりまして。歴史ある学校で、在学時代はなかなか苦労しました」
「古い学校っていろいろ住んでるもんね」
「学校って人が集まるところだから、溜まりやすいし」
マキシと礼真は奥村の説明に頷いた。
「それで、ボディガードか?」
「はい、親バカですが、教育実習に集中させてやりたい」
花子の問いに、奥村は少し自嘲気味に笑った。
「わかった、引き受けよう。マキシ、社員割で見積もり作れ」
「はーい!」
マキシは返事をすると、すぐにパソコンをたたきはじめる。
「あ!花子さん、ダメですよ、規定料金で」
料金を割り引こうとする花子に、奥村は慌てて声を上げたが、
「なにを言っている、奥村はうちの顧問弁護士だ、社員みたいなもんだろ」
花子にあっさり言い切られる。
花子は、してやった感もない顔で、タバコをくわえると火をつけた。
奥村はその姿にふっと笑うと、
「すみません、ありがとうございます」
と、頭をさげた。
「礼真、警備対象に関する詳しい聞き取りしとけ。」
「はい。じゃあ、先生、息子さんのこともう少し詳しく教えてください」
「はい。息子は、奥村悠司、22才。大学4年生です。今回は社会科教員の実習に…」
花子の指示に礼真は調査票とペンを手に奥村の話を聞き取り始めた。
「息子さんの能力からするとわりとぴったりはりついてないとダメかも」
「けど、学校の中でしょー?ぴったりにも限度があるよ。今は部外者のチェックかなり厳しくて、学校は入れないからね」
「だよな。マキシが作ったイヤーカフちょい改造して、身に着けてもらえるようにできない?モニターできるじゃん」
「それだと、異変を察知して、息子くんのところに行くまで時間かかりすぎるし、強引に学校に侵入して見つかったら通報されるかも」
「もっと近くで見張れて、異変にも駆けつけることができる方法ある?」
「うーん」
礼真とマキシが顔をつきあわせて話していると、黙ってタバコを吸っていた花子が口を開いた。
「礼真が生徒になって潜入すればいいだろ」
あっさり言った花子は短くなったタバコを、灰皿に押しつけて、また新しいタバコをくわえると、
「2週間程度だ、マキシ、お前の手持ちで記憶操作ができるヤツがいるだろう。」
と、マキシを見た。
「それは、いますけど……あーでも…そうかーそれしかないかー」
マキシは一瞬ためらうような表情をしたが、すぐに納得する。
それを見ていた礼真は立ち上がった。
「礼真?」
「とりあえず、学校を下見してくる」
マキシが声をかけると、礼真は上着を羽織りながら答えた。
花子とマキシの会話から、自分のやるべきことのToDoリストを作り始めているらしい。
それを見たマキシも立ち上がって、タブレットや、結界用のコントレックスをバックパックに詰め始めた。
「俺も行くよ」
「一人で大丈夫だけど。とりあえず軽く見て回るだけだし」
現場に出るときの基本セットを準備するマキシを、礼真は止めようとしたが、
「学校の平面図はすぐ手に入るけど、俺自分の目でマッピングしたいんだよねー」
あっさり返されて、
「行くよ」
と、手を引かれた。
マキシもまた頭の中で、この難しいボディガードの任務をどうすれば成功させられるか、その計画を組み立てているようだった。
が、それは見せずにヘラっと笑って、後ろからついてくる礼真を振り返った。
「学校デートだよー」
「デートじゃねーだろ、仕事!」
「軽く見学だからデート気分でいいよー」
「…まあ…いいけど、真面目にやれよな」
軽い調子のマキシに、礼真は少し眉をしかめたが、口元が緩んでいる。
それを見てマキシはふっと目を細めて、
「仕事してるとねーたまには息抜きが大事なんだよー」
楽しそうに言う。それを見て礼真も笑うと、
「マキシはさー息抜きの間に仕事してるんじゃね?」
イタズラっぽく言った。
「なにそれ、俺仕事には真面目に取り組む男だよー」
「そんな男見たことないけどー」
わちゃわちゃ言い合っている二人に、ぴくっと眉を上げた花子が、
「うるせぇっ行くならさっさと行ってこい!」
と声を上げて、車の鍵をマキシに投げた。
いい勢いで飛んできたソレからマキシを守るというように、礼真の方がさっと手を上げて鍵をキャッチして、
「行こう」
と、マキシに渡す。
「礼真、また反応速度上がったねー」
「そうか?」
そんなことを言い合いながら、出て行く二人に花子ははぁ…と溜息をつくと、とことこ歩いているベア吉を抱き上げた。
「?」
なぁに?と見上げてくるベア吉を、膝に乗せて、ぽんぽんと撫でながら、
「お前が一番だなぁ」
と、花子はタバコを咥えた。
「礼真、制服が届いた。着てみろ」
花子が紙袋を持ってきた。
「え?早!奥村先生から依頼されたの一昨日でしたよね?そっから制服頼んでもう来ます?」
マキシのパソコン部屋から礼真が驚いて出てくる。
「フリマだ、フリマ」
花子はだるそうに言いながら、制服が入った紙袋を礼真に放った。
「えーフリマー?中古?せっかくレイマが高校生になるのに、新品買ってあげてよー」
礼真の制服と聞きつけてマキシも出てくる。
花子はじろっとマキシを見て、タバコに火をつけて吸うと、
「礼真は2年生として潜入するんだぞ、新品だったらおかしいだろうが」
ぷわーと煙を吐きながら言った。
「あっそっか」
「着てくる」
マキシが納得していると、礼真は制服を持ってパソコン部屋に入って行った。
「準備は進んでいるか?」
自分の席についた花子はマキシを見た。
「まあ、データ上で管理している情報の改ざんはメドが立ちましたけど、学校ってまだまだ紙媒体多くて」
マキシは髪をかき上げて、息をついた。潜入の為に『佐藤礼真』という一人の生徒のデータ、情報を最初から作っているのだ。
「なんとかなるか?」
「しますけど」
花子とマキシが話していると、
「どうかな?」
と、礼真が出てきた。
白いシャツに青いネクタイ、グレーのブレザー、ダークグレーのスラックス。今どきの高校の制服だ。
制服というものはだいたい誰にでも似合うようなデザインになっているものだが、細身の礼真にブレザータイプの制服はよく似合っていた。
「似合うーかわいー!写真とらせてー」
マキシがわーと声をあげてスマホで、写真を撮り始めようとして、動きを止めた。
「ん?レイマ、足ツンツンじゃん」
礼真が足元に目を向ける。
スラックスの裾が足首より上にあって、少し短く見える。
「足長いからな」
礼真がイタズラっぽくニヤッと笑う。
「レイマ、スタイルいいもんねー。わかるー。俺もさーズボン買うときさー短いときあるんだよねー俺ら足長いからさー」
マキシも調子を合わせて、二人で、
「だよな!」
「ねっ!」
と、言い合っていると、
「お前ら、自分の手柄みたいに言うな。私がそんな風に作ってやったんだ。」
花子がふぅーと煙を吐いた。
「…」
自分たちの創造主からの言葉に、マキシと礼真は顔を見合わせると、
「「ありがとうございます!」」
と、花子に頭を下げた。
花子はそれでよしっというように鷹揚に頷くと、礼真を上から下まで見た。
「たしかに、短いな。そのズボンなんとかなるか?」
花子の問いに礼真は屈んでスラックスの裾をめくった。
「あーわりと余裕ありますね。解いて下ろせば、いけそうです」
言いながら礼真は、パソコン部屋でもと服に着替えて、スラックスを持って戻ってくると、キャビネットから裁縫道具を取り出してきた。
器用にスラックスの裾の縫い目を解いていく礼真の手元をマキシがのぞき込んでくる。
「レイマって本当にお裁縫上手いよねー」
「普通だよ」
チクチク始めた礼真は集中しているのか、顔を上げずに答えるが、その声はどこか得意げだ。
「クマの修繕もできちゃうもんね」
マキシが言うと、自分のことを言われていると気づいたベア吉が近寄ってきて、腕を出して、肩のあたりを見せてきた。
「そうだね、この前、そこチクチクしたんだよな」
礼真が手を止めて言うと、
「♪??」
ベア吉は修繕してもらった腕をフリフリしながら、ソファに戻ってタブレットで動画を見始めた。
礼真とマキシはベア吉を見て、お互いに顔を見合わせて、笑い合った。
礼真が針仕事を再開する。
「あっそうだ、礼真。今、礼真の入試の成績作ってるけど、どうする?主席にする?」
マキシが真面目な顔で聞いてくる。
「は?」
礼真は声を上げて、マキシを見た。
「何番がいい?1番?2番?」
「いやいや、中の下ぐらいでいいよ」
「えー?遠慮しなくてもいいのにー」
「遠慮じゃねーよ。潜入する高校ってS嶺だろ?俺が通ってた高校より偏差値高い進学校だぞ。そこで上位とかないだろ。」
成績の順位サービスしときますよというようなマキシに、礼真は冷静に答える。誰にも気付かれないことが前提の極秘の潜入なのに、主席という目立つ要素を加えてどうするんだという話である。しかも、実際の学力との差があったら、そこからなにが破綻するかわかったものではない。
「そう?じゃあ、1年生の成績もそのくらいにしとくねー」
わかっているのか、いないのかマキシは少し残念そうにさらっと言うと、カタカタとパソコンを叩く。
「ん、それで頼む。できたっと」
礼真は出来上がったスラックスを手に立ち上がって、またパソコン部屋にはいって、制服に着替えて出て来た。
「ど?」
マキシの前に立って両手を広げて、見せる。
「うん、いいよ。少し短めだけど気にならないかなー。え?どっか行くの?」
マキシは上から下、とくにスラックスをじっくり見て、違和感がないことを確認する。そうしていると、礼真がブレザーの上に上着を羽織っている。
「うん、学校行ってくる。制服着た状態で、学校の中で動いて、体に馴染ませてくる」
初日に下見に行ったとき、礼真は校内を歩きながら、
「これさ、俺は今からこの学校で生徒して1年間過ごしてますって設定になるわけだろ?移動教室とかで戸惑ってたらまずいし、なによりここで1年生徒やってましたってくらいに、体に叩きこまないとな…」
と言っていたのだ。
学校での振る舞いを、制服を着た状態でしっかり体に染み込ませたいらしい礼真の意図がわかって、
「送って行こうか?」
マキシは立ち上がった。
「いや、マキシ、いろいろ忙しいじゃん。それに制服に馴染みたいから、走って行ってくる。途中ショートカットするからすぐだろ」
ショートカット…建物を跳びこえて、最短コースで行くということらしい。
「あっそういえば、所長。体操服は注文してるんですか?」
礼真が思い出したというように、花子に言った。
タバコを吸いながら、ぼーとしていた花子は、
「注文してねーよ。必要ない」
と、答えた。
「えっでも、体育ありますよ。体育祭も近いからその練習もけっこうあるし」
礼真は少し驚いて言った。潜入に必要な物資は経費と相談しつつ惜しむなと花子自身が言っていたのに。
礼真の言葉に、花子はジロリと礼真に目を向けた。
「礼真、お前、一般高校生に混ざって体育をやる気か?」
「生徒になって潜入するならやらないとじゃないですか?」
「はぁ…目に見えるようだ。バスケットボールをやっていてゴールより高く飛んでいくお前の姿が」
花子の言葉にマキシが吹き出した。
「俺にも見えるー走り幅跳びで、着地する砂場を越えて軽くワールドレコードも超えちゃうレイマー」
花子とマキシにそんなことを言われて、じっと見つめられた礼真は、
「…そんなこと…しな……するかも」
居心地悪そうに否定しようとしていたが、すぐにがくっと頭を下げた。
人間だった頃は運動神経は悪い方ではなかったが、ごくごく普通だった。が、人形の体になってからは、自分が頭で考える大抵の動きを体で再現することができるようになっていた。
マキシが礼真の動きを見て言う『異次元のパルクール』という言葉通りに、礼真はまるで重力を無視するように、ビルの間を飛び越え、壁を駆け上がることができるようになっていた。
礼真自身、高校に潜入しているときに、そんな動きをするつもりはないが、体育をしていて夢中になってつい…というのは否定できない。
「体育は全部、見学だ。持病があって運動ができないということにしておけ」
花子が、礼真のデータを作っているマキシに指示を出す。
「はーい」
軽く返事をして、カタカタとパソコンを叩きはじめたマキシを見ていた礼真から、
「ちょっと体育したかったなー」
ポツっと本音が漏れた。
「お前な」
「いってきまーす」
花子に睨まれて、礼真はそそくさと出て行った。
「かわいいでしょー俺のレイマ」
出て行った礼真を見送って、ヘラっとするマキシに、
「お前のではない。デレてないでお前もしっかり作業しろよ」
花子は新しいタバコに火をつけて、一言釘をさしてから、
「やることは無限に出てくるが、時間は有限だぞ」
マキシにぽつっと言うと、
「ちょっと出てくる」
席を立った。
「はーい、いってらっしゃーい」
ひらひらと手を振ったマキシは、パソコンに向き直ると、
「さて、無限つぶしていこうか」
と、ニヤっと笑った。
花子は聞き返した。
ミロクセキュリティの事務所。来客用のソファにテーブルを挟んで座っている奥村修司は頷いた。
奥村はミロクセキュリティが入居している雑居ビルの3階で、法律事務所を営んでいる。
ミロクセキュリティが2階、奥村法律事務所が3階で上下の関係ということもあるが、二つの事務所は親密な関係にある。
奥村の事務所に持ち込まれた怪異が絡むトラブルをミロクセキュリティが秘かに解決したり、一般常識に欠けている花子が経営するミロクセキュリティの顧問弁護士を奥村が務めたりしている。
そんな奥村が、珍しくアポを取って、ミロクセキュリティにやってきて花子に言ったことが、
「大学生の息子、悠司のボディガードをしてほしい」
だったのだ。
反社会的勢力のブレインをしています…というような容貌で公私の別に厳しい奥村から出た言葉に、冒頭、花子は思わず聞き返していた。
「大学生の息子さん、ストーカー被害とかですか?」
花子の横に座っている礼真が聞いた。
「ヤ○ザの子どもに喧嘩しかけたとかー?」
少し離れた事務机にだらっと座ったマキシが軽い口調で言う。
「いいえ、そんな簡単なことなら、花子さんのところに来ませんよ」
奥村はマキシのふざけた言葉を気にする風もなく眼鏡をくいっと上げた。
「怪異から悠司を守っていただきたい」
「ま?」
「は?」
マキシと礼真が同時に声を上げた。
怪異という言葉に驚いたわけではない。
ミロクセキュリティはむしろそっちが専門だ。
しかも、奥村自身も霊や怪異が見える体質で、かなり苦労してきた経験がある。そういう体質、性質を持っていると、自分なりに回避方法を身につけているものなのだ。
その奥村が、ミロクセキュリティに依頼するということは、奥村の息子にかなり危険な怪異が絡んでいるということになる。
「息子の悠司はかなり見えるタチで」
「奥村先生より?」
礼真が聞く。
礼真が人間だったころ怪異が見えていた苦労と、奥村の苦労が似ていたこともあり、年齢も立場も違うのだが、二人は業務に関係のないところでもよく話して仲が良い。
「そうですね、私より見えているかもしれません」
「それならボディガードいる?」
マキシが言うと、奥村は深くため息をついた。
「見えすぎているせいで、怪異を激しく恐れていて、恐れすぎるあまり、脳内で怪異を都合よく変換してしまうんです」
「え?それってどういう?」
礼真は奥村の言っている意味を計りかねて首をかしげた。
「あれでしょ?グログロな霊見ても、普通のきれいな人に見えちゃうってことでしょ?落ち武者の霊がいてもサラリーマンにしちゃうとかー」
奥村の言葉をすぐに理解したマキシはわかりやすく例える。
今度は花子がため息をついた。
「なんでも、かんでもか」
「はい、危険な霊や怪異でもすべて日常のありふれた物として受け入れるんです」
奥村は頷いた。
「普段の生活圏では、私が懇意にしている住職に対応してもらってるんですが。今回、悠司が母校の高校に教育実習に行くことになりまして。歴史ある学校で、在学時代はなかなか苦労しました」
「古い学校っていろいろ住んでるもんね」
「学校って人が集まるところだから、溜まりやすいし」
マキシと礼真は奥村の説明に頷いた。
「それで、ボディガードか?」
「はい、親バカですが、教育実習に集中させてやりたい」
花子の問いに、奥村は少し自嘲気味に笑った。
「わかった、引き受けよう。マキシ、社員割で見積もり作れ」
「はーい!」
マキシは返事をすると、すぐにパソコンをたたきはじめる。
「あ!花子さん、ダメですよ、規定料金で」
料金を割り引こうとする花子に、奥村は慌てて声を上げたが、
「なにを言っている、奥村はうちの顧問弁護士だ、社員みたいなもんだろ」
花子にあっさり言い切られる。
花子は、してやった感もない顔で、タバコをくわえると火をつけた。
奥村はその姿にふっと笑うと、
「すみません、ありがとうございます」
と、頭をさげた。
「礼真、警備対象に関する詳しい聞き取りしとけ。」
「はい。じゃあ、先生、息子さんのこともう少し詳しく教えてください」
「はい。息子は、奥村悠司、22才。大学4年生です。今回は社会科教員の実習に…」
花子の指示に礼真は調査票とペンを手に奥村の話を聞き取り始めた。
「息子さんの能力からするとわりとぴったりはりついてないとダメかも」
「けど、学校の中でしょー?ぴったりにも限度があるよ。今は部外者のチェックかなり厳しくて、学校は入れないからね」
「だよな。マキシが作ったイヤーカフちょい改造して、身に着けてもらえるようにできない?モニターできるじゃん」
「それだと、異変を察知して、息子くんのところに行くまで時間かかりすぎるし、強引に学校に侵入して見つかったら通報されるかも」
「もっと近くで見張れて、異変にも駆けつけることができる方法ある?」
「うーん」
礼真とマキシが顔をつきあわせて話していると、黙ってタバコを吸っていた花子が口を開いた。
「礼真が生徒になって潜入すればいいだろ」
あっさり言った花子は短くなったタバコを、灰皿に押しつけて、また新しいタバコをくわえると、
「2週間程度だ、マキシ、お前の手持ちで記憶操作ができるヤツがいるだろう。」
と、マキシを見た。
「それは、いますけど……あーでも…そうかーそれしかないかー」
マキシは一瞬ためらうような表情をしたが、すぐに納得する。
それを見ていた礼真は立ち上がった。
「礼真?」
「とりあえず、学校を下見してくる」
マキシが声をかけると、礼真は上着を羽織りながら答えた。
花子とマキシの会話から、自分のやるべきことのToDoリストを作り始めているらしい。
それを見たマキシも立ち上がって、タブレットや、結界用のコントレックスをバックパックに詰め始めた。
「俺も行くよ」
「一人で大丈夫だけど。とりあえず軽く見て回るだけだし」
現場に出るときの基本セットを準備するマキシを、礼真は止めようとしたが、
「学校の平面図はすぐ手に入るけど、俺自分の目でマッピングしたいんだよねー」
あっさり返されて、
「行くよ」
と、手を引かれた。
マキシもまた頭の中で、この難しいボディガードの任務をどうすれば成功させられるか、その計画を組み立てているようだった。
が、それは見せずにヘラっと笑って、後ろからついてくる礼真を振り返った。
「学校デートだよー」
「デートじゃねーだろ、仕事!」
「軽く見学だからデート気分でいいよー」
「…まあ…いいけど、真面目にやれよな」
軽い調子のマキシに、礼真は少し眉をしかめたが、口元が緩んでいる。
それを見てマキシはふっと目を細めて、
「仕事してるとねーたまには息抜きが大事なんだよー」
楽しそうに言う。それを見て礼真も笑うと、
「マキシはさー息抜きの間に仕事してるんじゃね?」
イタズラっぽく言った。
「なにそれ、俺仕事には真面目に取り組む男だよー」
「そんな男見たことないけどー」
わちゃわちゃ言い合っている二人に、ぴくっと眉を上げた花子が、
「うるせぇっ行くならさっさと行ってこい!」
と声を上げて、車の鍵をマキシに投げた。
いい勢いで飛んできたソレからマキシを守るというように、礼真の方がさっと手を上げて鍵をキャッチして、
「行こう」
と、マキシに渡す。
「礼真、また反応速度上がったねー」
「そうか?」
そんなことを言い合いながら、出て行く二人に花子ははぁ…と溜息をつくと、とことこ歩いているベア吉を抱き上げた。
「?」
なぁに?と見上げてくるベア吉を、膝に乗せて、ぽんぽんと撫でながら、
「お前が一番だなぁ」
と、花子はタバコを咥えた。
「礼真、制服が届いた。着てみろ」
花子が紙袋を持ってきた。
「え?早!奥村先生から依頼されたの一昨日でしたよね?そっから制服頼んでもう来ます?」
マキシのパソコン部屋から礼真が驚いて出てくる。
「フリマだ、フリマ」
花子はだるそうに言いながら、制服が入った紙袋を礼真に放った。
「えーフリマー?中古?せっかくレイマが高校生になるのに、新品買ってあげてよー」
礼真の制服と聞きつけてマキシも出てくる。
花子はじろっとマキシを見て、タバコに火をつけて吸うと、
「礼真は2年生として潜入するんだぞ、新品だったらおかしいだろうが」
ぷわーと煙を吐きながら言った。
「あっそっか」
「着てくる」
マキシが納得していると、礼真は制服を持ってパソコン部屋に入って行った。
「準備は進んでいるか?」
自分の席についた花子はマキシを見た。
「まあ、データ上で管理している情報の改ざんはメドが立ちましたけど、学校ってまだまだ紙媒体多くて」
マキシは髪をかき上げて、息をついた。潜入の為に『佐藤礼真』という一人の生徒のデータ、情報を最初から作っているのだ。
「なんとかなるか?」
「しますけど」
花子とマキシが話していると、
「どうかな?」
と、礼真が出てきた。
白いシャツに青いネクタイ、グレーのブレザー、ダークグレーのスラックス。今どきの高校の制服だ。
制服というものはだいたい誰にでも似合うようなデザインになっているものだが、細身の礼真にブレザータイプの制服はよく似合っていた。
「似合うーかわいー!写真とらせてー」
マキシがわーと声をあげてスマホで、写真を撮り始めようとして、動きを止めた。
「ん?レイマ、足ツンツンじゃん」
礼真が足元に目を向ける。
スラックスの裾が足首より上にあって、少し短く見える。
「足長いからな」
礼真がイタズラっぽくニヤッと笑う。
「レイマ、スタイルいいもんねー。わかるー。俺もさーズボン買うときさー短いときあるんだよねー俺ら足長いからさー」
マキシも調子を合わせて、二人で、
「だよな!」
「ねっ!」
と、言い合っていると、
「お前ら、自分の手柄みたいに言うな。私がそんな風に作ってやったんだ。」
花子がふぅーと煙を吐いた。
「…」
自分たちの創造主からの言葉に、マキシと礼真は顔を見合わせると、
「「ありがとうございます!」」
と、花子に頭を下げた。
花子はそれでよしっというように鷹揚に頷くと、礼真を上から下まで見た。
「たしかに、短いな。そのズボンなんとかなるか?」
花子の問いに礼真は屈んでスラックスの裾をめくった。
「あーわりと余裕ありますね。解いて下ろせば、いけそうです」
言いながら礼真は、パソコン部屋でもと服に着替えて、スラックスを持って戻ってくると、キャビネットから裁縫道具を取り出してきた。
器用にスラックスの裾の縫い目を解いていく礼真の手元をマキシがのぞき込んでくる。
「レイマって本当にお裁縫上手いよねー」
「普通だよ」
チクチク始めた礼真は集中しているのか、顔を上げずに答えるが、その声はどこか得意げだ。
「クマの修繕もできちゃうもんね」
マキシが言うと、自分のことを言われていると気づいたベア吉が近寄ってきて、腕を出して、肩のあたりを見せてきた。
「そうだね、この前、そこチクチクしたんだよな」
礼真が手を止めて言うと、
「♪??」
ベア吉は修繕してもらった腕をフリフリしながら、ソファに戻ってタブレットで動画を見始めた。
礼真とマキシはベア吉を見て、お互いに顔を見合わせて、笑い合った。
礼真が針仕事を再開する。
「あっそうだ、礼真。今、礼真の入試の成績作ってるけど、どうする?主席にする?」
マキシが真面目な顔で聞いてくる。
「は?」
礼真は声を上げて、マキシを見た。
「何番がいい?1番?2番?」
「いやいや、中の下ぐらいでいいよ」
「えー?遠慮しなくてもいいのにー」
「遠慮じゃねーよ。潜入する高校ってS嶺だろ?俺が通ってた高校より偏差値高い進学校だぞ。そこで上位とかないだろ。」
成績の順位サービスしときますよというようなマキシに、礼真は冷静に答える。誰にも気付かれないことが前提の極秘の潜入なのに、主席という目立つ要素を加えてどうするんだという話である。しかも、実際の学力との差があったら、そこからなにが破綻するかわかったものではない。
「そう?じゃあ、1年生の成績もそのくらいにしとくねー」
わかっているのか、いないのかマキシは少し残念そうにさらっと言うと、カタカタとパソコンを叩く。
「ん、それで頼む。できたっと」
礼真は出来上がったスラックスを手に立ち上がって、またパソコン部屋にはいって、制服に着替えて出て来た。
「ど?」
マキシの前に立って両手を広げて、見せる。
「うん、いいよ。少し短めだけど気にならないかなー。え?どっか行くの?」
マキシは上から下、とくにスラックスをじっくり見て、違和感がないことを確認する。そうしていると、礼真がブレザーの上に上着を羽織っている。
「うん、学校行ってくる。制服着た状態で、学校の中で動いて、体に馴染ませてくる」
初日に下見に行ったとき、礼真は校内を歩きながら、
「これさ、俺は今からこの学校で生徒して1年間過ごしてますって設定になるわけだろ?移動教室とかで戸惑ってたらまずいし、なによりここで1年生徒やってましたってくらいに、体に叩きこまないとな…」
と言っていたのだ。
学校での振る舞いを、制服を着た状態でしっかり体に染み込ませたいらしい礼真の意図がわかって、
「送って行こうか?」
マキシは立ち上がった。
「いや、マキシ、いろいろ忙しいじゃん。それに制服に馴染みたいから、走って行ってくる。途中ショートカットするからすぐだろ」
ショートカット…建物を跳びこえて、最短コースで行くということらしい。
「あっそういえば、所長。体操服は注文してるんですか?」
礼真が思い出したというように、花子に言った。
タバコを吸いながら、ぼーとしていた花子は、
「注文してねーよ。必要ない」
と、答えた。
「えっでも、体育ありますよ。体育祭も近いからその練習もけっこうあるし」
礼真は少し驚いて言った。潜入に必要な物資は経費と相談しつつ惜しむなと花子自身が言っていたのに。
礼真の言葉に、花子はジロリと礼真に目を向けた。
「礼真、お前、一般高校生に混ざって体育をやる気か?」
「生徒になって潜入するならやらないとじゃないですか?」
「はぁ…目に見えるようだ。バスケットボールをやっていてゴールより高く飛んでいくお前の姿が」
花子の言葉にマキシが吹き出した。
「俺にも見えるー走り幅跳びで、着地する砂場を越えて軽くワールドレコードも超えちゃうレイマー」
花子とマキシにそんなことを言われて、じっと見つめられた礼真は、
「…そんなこと…しな……するかも」
居心地悪そうに否定しようとしていたが、すぐにがくっと頭を下げた。
人間だった頃は運動神経は悪い方ではなかったが、ごくごく普通だった。が、人形の体になってからは、自分が頭で考える大抵の動きを体で再現することができるようになっていた。
マキシが礼真の動きを見て言う『異次元のパルクール』という言葉通りに、礼真はまるで重力を無視するように、ビルの間を飛び越え、壁を駆け上がることができるようになっていた。
礼真自身、高校に潜入しているときに、そんな動きをするつもりはないが、体育をしていて夢中になってつい…というのは否定できない。
「体育は全部、見学だ。持病があって運動ができないということにしておけ」
花子が、礼真のデータを作っているマキシに指示を出す。
「はーい」
軽く返事をして、カタカタとパソコンを叩きはじめたマキシを見ていた礼真から、
「ちょっと体育したかったなー」
ポツっと本音が漏れた。
「お前な」
「いってきまーす」
花子に睨まれて、礼真はそそくさと出て行った。
「かわいいでしょー俺のレイマ」
出て行った礼真を見送って、ヘラっとするマキシに、
「お前のではない。デレてないでお前もしっかり作業しろよ」
花子は新しいタバコに火をつけて、一言釘をさしてから、
「やることは無限に出てくるが、時間は有限だぞ」
マキシにぽつっと言うと、
「ちょっと出てくる」
席を立った。
「はーい、いってらっしゃーい」
ひらひらと手を振ったマキシは、パソコンに向き直ると、
「さて、無限つぶしていこうか」
と、ニヤっと笑った。



