おもちゃ箱に恋をした!?いえこれは断じて恋ではありません!

「もう、ムリー」
田中が机に倒れ込む。
「弱音無し!はい!次の問題」
スパルタな遊。

僕ら4人は、来週からの期末テストにむけて、放課後の、誰もいない教室で、ノートを開いている。
「ヤダヤダ!箱星キビシー」
足をジタバタさせて、駄々をこねる田中

「そもそも、200番のヤツを、100番以内に入れるんだから、これくらいしなきゃ、無理なの」
遊は、津田の回答を見ながら、田中に反論する、
「はい!200じゃありません!194です」
田中の言い方は、生意気な幼児だ。
「一緒だろ?津田、ここは」
「どこが一緒なんだよ〜。100番代と200番代じゃ、天と地ほど違うぞ」
「津田、お前の隣の、うるさいヤツと話すから、待ってて」
遊は、そう言うと、斜め前の田中に向き直し、教科書で机を叩いた。
ピーン
張り詰める空気…の小芝居
僕ら3人は、ピシッと固まる。

「田中、俺からしたら、2位も200位も一緒なの。俺、以下だろ」
「はい」
田中は、わかりやすく尻尾をまいた。
そして、机に向かった瞬間に、
「はい!箱星先生」
と手を上げる。
「津田、ちょっと待ってて、何ですか?田中君」
この2人のノリ。僕は結構好き
「ここ、習ってませーん」
「習ってます」
「いつですか?地球が何回、まわった時ですか?」
「クソガキかよ!」
遊は、雑に田中のノートを取った。
「ここは、部分分数分解を」
「えっえっえっ?」
遊の説明の、途中で、田中のおふざけが、加速する
「ブブンブンブンて、箱星、急にハチのマネ?」
「してない!」
「急にブンブン言い出したから」
「言い出してない!」
「今、言ってたよ。ブブンブンブンって」
「俺が言ったのは、部分分数分解」
「知らん!」
「授業に出てたら聞いてるはずだけど」
「津田、知ってる?」
「知らない」
「…はる〜助けて。コイツら授業に出てる意味ないよ」
と、遊は僕に抱きついてきた。
思わず、ラッキーって、鼻の下を伸ばしてる僕。
いやいや、この状況、遊を援護しないと!
僕は、遊の肩を撫で、落ち着かせる。
そして田中と、津田に記憶してることをそのまま、棒読みで伝えた。

「部分分数分解って言うのは、分母が積の形で表された複雑な分数式を、よりシンプルな複数の分数の和や差に分解する計算で」
「あーあー聞こえない」
田中が両手で、両耳を押さえて叫んでいる
津田はきょとんとした顔で
「早口言葉?」
と首をかしげる。
僕は
「はーぁ」
と大きなため息をつき
「遊、二人で勉強しよう」
と立ち上がった。もちろん、帰るノリの小芝居。
「そうだな」
と、遊も僕のノリに付き合ってくれる。
「あーごめんごめん、お詫びに夏休みの計画手伝うから」
と、僕らの手をつかむ田中
「夏休みの計画?」
「まぁまぁ座れよ」

僕らが、座るのを待って田中は
「勉強しかしてない、君たちには分からないかもしれないけど、夏休みというのは、学友と過ごすからこそ、楽しめるイベントなのです」
「学友?イベント…ちょっと引っかかる言葉が多くて内容が入ってこなかったけど」
僕が田中の相手をしてると、遊と津田は、勉強の続きを始めている。
気づけば、僕が田中処理担当になっている。田中は、勉強に戻った2人を気にする様子もなく
「端的にいえば、夏休みの計画は、みんなで立てるのが楽しいってこと」
「計画ねぇ、だけど、サッカー部は、ほとんど部活だろ?」
僕はいや、クラスのほとんどが、サッカー部の夏休みの練習量をしっている。
鮫島が大きな声で、話していたからだ。一軍ってなんであんなに声が大きいんだ。
「ほとんど部活なのはAチーム、僕らCチームは適度に休みがありますから、ご心配なく」
「いや、別に心配はしてねーけど」
「落研の夏休みは?」
「まぁ、一応文化祭で、落研ブースがあって、そこで落語を披露するかも?だからその練習はあるけど」
「まじか!初舞台か?」
「べつに、そんな大袈裟なものじゃないし、やらないかもだし」
「ふーん、でも、それなりに融通はきく感じ?」
「まぁ、そうだね」
「箱星は?夏休みの予定」
隣で勉強していた2人が、こちらをむく。

「えっ、ごめん。なんの?」
あれ?遊、話を聞いてなかった?
いつもなら、僕が落語を披露する会話には、絶対、入ってきそうだったのに。
田中はボールペンをカチャカチャと、出したり入れたりしながら
「夏休みのー」
と言った。
すでに白紙だったノートに、デカデカと、夏休みの予定と書いている。
田中…それ数学のノートだよね。

「うーん、ちょっとまだ分からないかな」
遊は珍しく、歯切れの悪い答え方
言いたくない予定でも入ってるの?

僕は勝手に、夏休みも、遊と会えると思っていた。
僕が部活の時は、遊も学校に来てくれて、図書室で時間潰してくれて、一緒に帰る。
明日は部活無いって、僕が言うと、遊が、一緒に勉強しようか〜なんて誘ってくれる。
一緒にファミレス行ったり、図書館行ったりして。帰りに、公園に寄って、いつまででも話したりして、気付いたら、もう暗くなってきたね〜なんて事を、3日に1回、いや、希望的には毎日出来ると妄想していた。
だから、今の遊の反応で、僕の心に不安が、すーっと広がった。

田中が、津田にも予定を聞く
「津田は?今年も忙しいの?」
「うん、ウチのケーキ屋、クリスマスシーズンより、夏休みの方が忙しいから」
「なんで?」
不安でボーとしていた僕は、津田の発言で、現実に戻る
「アイス珈琲が人気なの」
「ケーキ屋なのに?アイス珈琲?あの、飲む?」
「ううん、珈琲ゼリーのアイス版みたいな。3年前に夏季限定で出したら、人気になって、だから夏休みは、店の手伝いがメインかな。」
田中は不満げ。絶対、文句を言いそう
「津田んちって」
ほら
「ケーキ屋ぽくないよな」
「うん?」
僕は教科書に移していた視線を田中に合わせる。
文句の種類が…?変?文句では…無い
「あっ、こいつんち、家でケーキ屋やってるんだけど」
と、親指で津田を、指差しながら話す田中
「その家が、ガッチリとした日本家屋なんだよ。庭に池があって、鯉とか泳いでる」
「あーあ、まぁ、そういうこともあるんじゃない?」
なんだ、そんなことかぁ。
僕はケーキ屋に、それほど固定のイメージは無い
「津田んちって広いの?」
遊が話を広げる。
夏休みの話の時は無視だったのに…
「広く無いよ、田舎なだけ」
「広いよ!俺んちが4軒は入る。俺んちは、普通の家なんだけど」
と田中は、夏休みの予定と書かれた下にイラストを描き始めた。
びっくりするくらい
「下手だな」
僕は、津田の家より、田中の画力の無さを、ツッコんでしまった。
「俺の絵は気にしなくていいの!」
「気になるよ!これなに、この、びろ〜んとしたの」
「津田の家」
「家?」
「いや、家というより、土地」
「土地…家を描く時って、土地から描くっけ?」
僕は遊を見た。
遊と津田は、勉強を再開している。
まさか、田中処理担当から解放されて無かったのかー!
遊と津田は、聞こえないフリで勉学に励んでいる。
まっ、それでいい。
田中に時間を取られるのは僕だけで。
田中の手元をみると、まだ家、いや土地を描いている。
「田中、土地が広いということは分かった。だけどちょうどいいじゃん。そんだけ広いから、家でケーキ屋も、できるんだろうし」
田中は、なぜか呆れたように僕をみた。
「わかってないなぁ〜、問題はケーキ屋の場所なんだよ」
場所?
「だから、その、池もある広い庭に、ケーキ屋があるんだろ?」
「チッチッチッ」
と人差し指を動かす田中。
このリアクションをリアルにする奴を初めて見た。
初めて見たから、田中がした、リアクションのタイミング、やり方が、合ってるかどうか分からない、…多分、間違ってる気がする
「草壁、ここに門があって」
と、絵をボールペンで指しながら、田中は話を始める。
あれ、なんの話から、この話になったんだっけ?
田中といるといつもこうなる。僕は、可笑しくなってきた。
「門をくぐったら、草壁、笑ってないで、真面目に」
「ごめんごめん、はい。真面目に聞きます。続けて」
「門をくぐったら」
「うん、そこは聞いたらから」
「草壁、門は2個あるから」
「えっ、そうなの?」
少し、津田の家が、気になり出した。
「で、2個目の門をくぐったら、のぼりで、あっ旗ね。旗で、ボナペティ・アヴェック・セ・デリシュー・ガトーは、こちらって」
「えっえっ?なんて?」
「ボナペティ・アヴェック・セ・デリシュー・ガトーは、こちらって書いてあんの。旗に」
「ボナペティなんちゃらがケーキ屋さんの名前なの?」
「そうそう、津田、フランス語だよな?なんて意味だっけ?」
多分、何十回も聞かれてるんだろう。津田は少しダルそうに
「このケーキを美味しく召し上がれ」
と教えてくれた。
「長いだろ〜」
と、間髪入れずに田中が話し出す。
「長いんだよ!しかもそれを旗に書いてるから、風で揺れて読めないし、こちらって、矢印があるんだけど、どちら?みたいな。風で揺れたら、左に行けばいいのか、右に行けばいいのか分からないの。変だろ?」
「そうだね」
「それで、この場合、左と右どっちに行くと思う」
「どっちって…」
「ヒント、左には鯉のいる池。右には枯山水」
「枯山水ってなんだっけ?」
「ほら、お寺とかの庭にある、細かい石で、模様描いてある…松もあって、でっけー岩もあってみたいな」
「あー、あれが家にあるの?」
「そう、ここにも描いてあるだろ」
と土地を描いたノートを、見せてくる。
たしかに、ぶつぶつ点々が描いてあるところがある。多分これか
「枯山水はさすがに、歩いちゃダメだよね。だから、池がある方」
「そうだろ!100人いたら100人がそうすると思うんだよ。だけど正解は、枯山水なんですー」
「そうなの!入っていいの?」
僕は津田をみた。
津田は、苦笑いしながら答えてくれる。
「入っていいよ。あれは枯山水をイメージして、おじいちゃんが勝手にしてるだけだから、正確には枯山水ではない。ぐちゃぐちゃになったら、おじいちゃんがまた、別の模様にするだけだから」
「へーじゃあ津田は毎日、踏んでるの。その、石の模様」
「いや、家は池の方にあるから。」
「そうっか、…。でもケーキ屋さんに行く時は、踏んでるんだよね」
「いや、ウチの人間は、家から店まで廊下でつながってるから、基本的には踏まないかな」
「それは…」
田中が僕にむかって、目を細めて頷いている。
田中の言いたいことは、よくわかる。

「津田、それは、例え正確な枯山水で無くても、踏みづらいな。てゆーか業者さんがつくった、正規の枯山水より、おじいちゃんが一生懸命作ってる、枯山水もどき、のほうが踏みづらいよ」
「草壁、この違和感を共有できるヤツがいて嬉しいよ。地元じゃ、だんだんみんな慣れちゃって、近所の人とか違和感が、無いらしいんだよ。」
「そうなんだ…えっで、お店は、普通に枯山水の奥にあるんだよね」
「そうそう、でも、家の中はもっと違和感だらけだから。てゆーか津田んちって、家も変だけど、みんな、変で」
「そうなの?」
津田に失礼かもと思いつつ、僕は田中の話に興味を、抑えられない。
「まず。津田のかーちゃん、ボナペティなんちゃらってお店してるから、フランスで修行したのかな?もしくはフランスにルーツのある先生に教えてもらったのかな?とか思うじゃん」
「うんうん」
「津田、かーちゃん何で修行したんだっけ?」
なに?
「YouTube」
えっ?
「何年」
「15年」
えー15年!僕は驚きで、田中と津田の掛け合いに入れなかった。
「凄くない?YouTubeで15年間修行するって。てゆーか変じゃない?だったら料理教室に通うとか、専門学校行くとか、もっと最短がありそうじゃない?」
「そうだね」
僕は、津田を見る。
津田は、この話題を気にする様子も無く、机に向かっている
「それを、津田のかーちゃんに聞いたら」
「聞いたの?」
「もちろん!津田のかーちゃん、笑って、変なこと気になるのねー田中君って、最短がいいって思ってなかったからーだって」
「ほお、確かに、最短である必要はないのか?」
「いや、だけど、何かを習得する時って、最短を目指さない?15年間って期間が、気になるのって普通だよな?」
僕は改めて津田を見ながら
「普通だと思う」
と言った。
津田は淡々と数式を解いている。田中は
「津田を知ってるから分かると思うけど、津田家って、みんなめっちゃいい人なんだけど、…変なんだよ」
「へぇー…」
もっと津田家の話が聞きたい。でも津田が嫌な気持ちになっているかも
「津田、ごめん。僕、津田んちの話、もっと聞きたいんだけど、…嫌だよね」
津田は、平然とした顔で
「全然大丈夫だよ。もう慣れたし。それに、この話、俺にはよく分からないけど、みんなが好感をもってくれるんだよね。ただ、田中、今は家の話だよね?」
「結局、あの家の造りになるのは、この家族ゆえに…的な。だから結局、家族の話にもなる」
「そう?別にそんなに面白くないと思うけど、草壁君に期待されちゃうと申し訳ない」
「それは、大丈夫。もう期待分は、回収出来てるから。枯山水辺りで」
「それなら、いいけど。あっ箱星君、ここなんだけど」
津田と箱星は、また数学に戻った。
僕は
「田中、で、家の造りが変なんだっけ?」
「そうそう、その前に、津田のじいちゃん。何してる人だと思う?」
「もう、働いてないだろ?」
「そうそう、趣味で、何してるか?」

正解じゃなく、面白い答えを言いたい。
おじいちゃんがしていて面白い趣味?
しかも日本家屋に住んでて、枯山水を手作りしてて…
定番なら、囲碁や将棋…静かにできること
だから逆、1人で静かにじゃなくて、仲間と賑やかに。
「はい!おばあちゃんも一緒にフットサル」
僕は、これ以上黙るとハードルが上がる恐れを感じ、思いついた60点の答えを言った。
「ブッブー」
「えーでも、ゴール決めた後、おじいちゃんが、おばあちゃんと、ハイタッチしてたら面白くない?」
「面白いかもだけど、こっちは面白さゼロでいいから。リアルだから」
「まあね、答えは?」
「津田、答えは?」
と田中が、勉強中の津田にふる。
「ボディービル」
津田の答えをうけ、遊は少し笑いを堪えながら
「田中、こっちにふってくんな!津田ここは、この方式を」
「えーだって、あんなに黒いのに」
遊は半笑いで
「関係ないから」
「えー、畳の部屋に、どデカ日焼けマシーンを置いてるのにー」
「だから関係ない」
「えー、マシーンの音、ゴーッてデカくて、津田の部屋にいても聞こえてくるのにー」
「はるー田中を黙らせて」
遊は、お腹をおさえて笑いながら、僕に訴えてくる。
津田はいつものまま、
「そんなに、面白い?俺、慣れちゃったのかな?それじゃ、これも変?日焼けマシーン使う時は、おじいちゃん、ゴーグルかけたままウロウロしてるよ」
「ゴーグルかけてんの?」
僕は、笑いながら話を引き出す
「うん、目の保護らしい」
田中は
「めっちゃ面白いだろ?友達の家に行ったら、長い廊下の向こうから、真っ黒に日焼けした、ゴーグルかけたおじいちゃんが、走ってくんの」
腹を抱えながら、笑っている僕と遊に、追い打ちをかける。
「なっ、なんで、走ってるの?痛い。腹、痛い」
机を叩きながら笑っていたから手も痛い
「トレーニングだって。もうマジで、津田の家の話しは、話出したら、尽きないから」 
「田中が来た日は、雨だったから、たまたま廊下で、走ってただけ」
「変だろ、家の廊下を全速力する老人。で、しかも、しかも、まぁまぁ、遅いから。老人だから」
僕は、涙を流しながら、この楽しい時間がずっと続けばいいと願った。田中の話は、無限に続きそう。

「いや、もうおしまい」
と、遊が気を取り直して、冷静に片付けだす。
「えー勉強してないのに、もう帰るの。もっと話すこともあるのにぃ」
と、田中
「ほら、このままいても、勉強しないだろ?」
僕も田中と同じ気持ちで、
「えーもうちょっと」
と、遊に手を合わせて、お願いをした。
「ダメ。温、来週から期末なのに、津田の家に夢中になり過ぎ」
「だって〜面白いんだもん」
と、もうちょっと、お願い、の気持ちを込めて、遊を見つめる。
遊はため息をついたあと、僕のおでこに手をおき、
「それくらい、俺にも夢中になってよ」
と言った。
えっ、夢中…?頭の中に、津田のおじいちゃんが居座ってて、言語処理が追いつかない。
夢中…一つのことに心を奪われて、我を忘れて熱中すること
はい、もう、ずっと前から、遊には、そうなってます。
僕は、遊から目をそらせない。
パチンと、田中が僕らの間で指を鳴らす。
「帰るよ」
あれ?
「田中、僕と一緒にゴネてたじゃん」
「俺は正気に戻った。期末まで、1週間も無いのに、津田のどうでもいい話を、お前らに披露してる場合では無い」
「どうでもいいって」
「行くよー」
津田は、もう廊下で僕らを待っている。
もう、みんな自由過ぎー

「まって、分かりました。急ぎます!」
僕は、急いで、机の上の消しゴムのカスを集めてポケットに入れ、教科書をぐちゃぐちゃに鞄に入れた。
遊は急かすこともなく、隣にいてくれる
「やっぱり温だね」
とか言いながら。
遊に触られた、おでこがまだ熱い
思い出すと、つい、手が止まる
ダメだ、帰る準備、帰る準備、帰る準備
帰る準備をしながら、僕は心の中で呟く
 
僕はやっぱりあなたに夢中です。