消えたい君の守り方。

あの会話を交わしてから、幾ばくかの日々が流れた。せめて今日だけ生きる、と佑月に約束した私は今この瞬間もずるずると呼吸をし続けている。でも無理やり生きていたあの時とは違い、自分の意志でこの選択をしている。もちろんまだ生きたいと思えているわけではないけれど、それでも今消えるつもりはない。

あれからというもの、私を取り巻く様々なことが移り変わった。
まず一番大きな変化としては、今まで通っていた全日制高校から通信制高校に転校することになった。全日制高校で学校生活を送るという、私たちにとっての普通からは外れてしまったけど、これでよかったのだと思う。少なくとも、今の私にはこの生き方が向いている。

転校するきっかけになったのは、私に“起立性調節障害”という病名がついたことだった。これは自律神経が関わる病気なのだという。私が中学生の頃から眩暈などに悩まされているのも、これが理由だったことが判明したのだ。

少し前までは、苦しいのは確かなのにその理由が自分でも分からなかった。でも佑月と会話を重ねるうちに、ようやく自分の気持ちの正体に気づいたのだ。
学校に行くのが辛かったのは、体調が悪かったことやそもそも生きること自体に疲れていたのが原因だった。

今思えば、中学生のあの頃もそうだったのだと思う。体調が崩れ始めたのもちょうどその頃だったし、自傷に走るほど私の心は傷だらけだった。だから、ただ足を止めて立ち止まりたかっただけなのだ。

今、私は私のことを以前よりもずっと理解できるようになった。無色透明で空っぽだった私は、ついに自分を見つけたのだ。

だけど、それでも一度ついた傷は癒えない。苦しみを真正面から受け止めていた頃に比べて、傷を見ないふりをするのが上手くなっただけ。傷に囚われる時間が減っただけだ。
多分、3年先も、5年先も、時折ふと傷を思い出しては涙に暮れるのだろう。

そう考えると、自分たちが思っているよりもずっと人間は脆い生き物だ。佑月がいつかに贈ってくれた言葉の通り、どんな痛みや傷であってもその程度なんて存在しない。
その人にとって辛いか否か、それが全てなのだ。だから他人の“生きたい”も“消えたい”も否定する権利は誰にもない。

そういえば、少し前に“生きたい人の生きたいを無視しちゃダメなら、消えたい人の消えたいも無視しちゃダメじゃないか”と佑月が口にしていた。消えたい気持ちをお母さんに否定された経験のある私には、よりその言葉の重みが理解できる。
それと同時にその言葉に救われてもいた。消えたい私は、そんな佑月の言葉に守られているのだ。