消えたい君の守り方。

逃避行も四日目になり、少しずつ終わりが近づいてきた。

「ねぇ、凪桜。今から全力で走らない?」

そう誘われても、私は今気力という気力が全て体から抜け落ちているから一緒になって走れる気がしない。そんな不安が表情に滲んでいたのか、佑月はにっこりと微笑みを浮かべて続きの言葉を並べた。

「ボクが手を引くから大丈夫だよ」

その言葉を皮切りに佑月は勢いよく駆け出した。足がもつれそうになりながら、必死についていく。走っているうちに体は熱を帯び、背中には汗が伝った。夏本番らしい暑さが陽炎となってアスファルトを燃やし、頭上の遥か彼方に浮かぶ太陽が瞬きのたびに瞬く。
私は今、生きている。その感覚が熱を、汗を、通して体中にジンジンと響いていた。消えるための旅なのに、皮肉のように今が一番生を実感している。

それからは額を伝う汗を拭いながらただ走った。道を走り抜ける間に周囲の景色は変わり、いつのまにか河川敷に辿り着いていた。
どちらからともなく、思いきり草むらの上に寝転がる。想像以上に柔らかいそれは私の体を優しく受け止めてくれた。どこまでも広がる快晴な空に手をかざす。夏を纏った陽光が指の隙間をすり抜けて私の顔にこぼれ落ちる。

「あのね、大人はどうして助けてくれないんだろうってずっと思ってた。この旅を通して気づいたけど、大人たちも自分のことで精いっぱいなんだね。それこそ、周りが見えなくなるくらい」
「助けてくれないことを肯定するみたいで受け入れたくはないけど、それはそうなのかもね。子供を連れた母親も、サラリーマンも、店員さんも、みーんな疲れた顔してた」
「お母さんたちもそうだったのかな。自分一人を抱えて生きるので精いっぱいで、子供のことなんか見てる余裕がない。だから、私に八つ当たりするのも仕方なかった?」
「大人には子供を守る義務があるはずなんだよ、だからそれが子供に八つ当たりしていい理由になんかなるわけない。絶対に。君が背負う必要なんて、何もない苦しみなはずなのに」

その言葉を佑月が並べたきり、お互い口を開こうとはしなかった。私たちの周りに漂う空気の中にしばらくの間、沈黙が重く沈殿していた。風に撫でられた草が擦れ合う乾いた音だけが、静まり返った辺りの地面を掠めている。

「私を生んだのは貴方たちじゃないか。なんで、私がこんなに苦しまなきゃいけないの」

佑月はもう何も言わなかった。かける言葉が見つからなかったのかもしれない、もしかしたら言葉を握りしめていたとしても口がそれを紡ぐことを許してくれなかったのかもしれない。どちらにせよ、別々の人間である私にそれを知る術はない。

草の柔らかさが生む心地の良い感覚に身を委ねながら、瞼を閉じる。余計な情報が遮断されて、自分の世界に浸ることができた。

そのまま眠りについてしまったのか、もう一度瞼を開いた時には辺りはすっかり暗くなっていた。
佑月はずっと隣で周囲の情景に視線を巡らせていたようで、“もう周りの景色を見飽きちゃったよ”なんて言いながら笑った。それからはコンビニに移動し、夜ご飯のお弁当を買って公園で食事をとった。その後は会話の流れでそのまま辺りを散歩することになった。

「これ、何の建物?」

佑月の視線の先にあったのは古びた学校だった。
砂ぼこりにまみれた校舎は元の色味を感じさせないほど変色していて、鬱蒼と伸びる色褪せたツタがあらゆる場所に絡みついている。夏休みとはいえ先生と思われる大人の影や声もなく、目前に広がる学校には人っ子一人見当たらない。

「多分、廃校だよ。ここ」
「これが学校なんだね。初めて見た」
「大きいでしょ?ここで勉強したり、部活したりして一日を過ごすんだよ」

私の返答に対して佑月は何の言葉を口にするでもなく、突然砂を踏みしめながら歩き出したかと思えば校舎に近づいて行った。意図の読めない行動に、私はどうしていいか分からずその場に立ち尽くした。

「佑月……?どうしたの、急に」
「凪桜、ここ探索してみようよ」
「えっ?ダメでしょ、廃校だけどそれでも人の敷地だよ」
「それを言ったら、本当はあんまり寝泊まりしない方がいいところでボクら夜を過ごしてきたじゃん。ほら、夜の学校とか最高にワクワクしない?」
「それとこれでは話がちが……って、佑月!」

そのままずかずかと歩いて行ってしまうものだから、私は慌てて佑月の背中を追った。校舎と外を隔てる扉は施錠されておらず、簡単に中に入ることができた。

「中はほんと真っ暗だね。凪桜、スマホのライトつけてよ」
「仕方ないなー…………」

佑月に促されるまま、スマホの電源をつけてライトで辺りを照らした。その一つのライトだけを頼りに一階から校内を回ることになった。教室の中は、机や椅子、黒板に至るまですべてがあの頃のまま置いてあるようだった。

でも所々窓ガラスが割れていたり、ありとあらゆる場所が埃をかぶっていたりと、手入れはきっとしばらくされていないのだろう。
「見て!本当に、この学校に通ってるみたいじゃない?」

背後へ振り返ると、佑月が学生さながらのポーズをとりながら自慢げに椅子に座っていた。埃まみれの場所に躊躇いなく腰を下ろす、という行為に私は思わず顔をしかめる。

「ちょっと……!こんな埃まみれのところに座ったら流石に服が汚れるよ」
「ちゃんと埃を払って座ってるから大丈夫だよ。凪桜も隣に座ってみない?」

隣の席に乗っている埃を手で払ってその席をトントンと軽く叩いた。まぁそこまでしてくれるなら、と私は佑月の隣の席に腰かける。

「本当に、貴方と同じ学校に通って同じ教室で授業を受けてるみたい」

現実もそうだったらよかったのに、と思わずにはいられなかった。人間の姿をした貴方が、世間一般的な普通の生活を送りながら私と一緒にお昼休みを過ごしたり、下校したりする。そんな夢のような現実を脳内で鮮明に描き出してしまった。

「ここがボクの席、そこが君の席。それで二人一緒に色んな人の中で学校生活を送るんだ。たまには先生に怒られたりしながらさ」

そうだった、あくまで貴方が欲しいのは“普通”なのだ。絢爛豪華な生活を望んでいるわけでもなく、誰も彼もから好かれる有名人になりたいわけでもない。貴方はただ普通が欲しかった。
けれど、それは普通から逃げ出したいと考えている私にとっては少しばかり胸が苦しくなる願いだった。

「そんな暗い顔しないでさ、屋上に行って花火でもしようよ」

それが表情に滲み出ていたのだろう。佑月の声は妙なくらい明るい声音をしていた。
この子の言う花火とは、さっきコンビニで夜ご飯を買うついでに一緒にレジに持っていった手持ち花火のことだ。佑月にとっては全てのものが目新しく映るようで、目を輝かせながら花火売り場を眺めているものだからつい買ってしまった。

「屋上に繋がる扉は施錠されてると思うけどな~」

私のそんな言葉に目もくれず、佑月は屋上に繋がるであろう階段を駆け足で上っていった。渋々ついて行きながら、手洗い場に寄り道した。花火と一緒に買っておいたバケツに水を入れるため、蛇口をひねる。もう水道は通っていないだろうと踏んでいたけれど、その予想とは裏腹に数秒の間を経て水が流れ出てきた。
水で満ちたバケツを手に持って佑月が辿ったであろう廊下を歩く。

「見て見てっ!扉、開いたよ!」

佑月が階段の頂上から無邪気な声を響かせる。はいはい、と適当な返事で受け流しつつ私も後に続いて階段を上った。
屋上に出ると、日中よりは幾分か涼やかな夜風が全身を包み込んだ。といっても、そよ風程度の強さだから花火に影響はないはずだ。

「じゃあ、火をつけるからちょっと離れててね」

ライターから浮かんだ火を花火の先端に触れさせれていると、数秒の間を開けた後に眩いほどの光が放たれた。宵闇を切り裂くように光が宙に浮かび、途端に辺りは明るさに包まれる。火花を散らしながら光が弾け飛ぶ様は、打ち上げ花火とはまた違う美しさを纏っていた。
光が消える前に佑月が握っている花火に火を分けて、二人一緒に花火の世界に耽る。

隣に目をやると、佑月が手に持った花火で空中に円を描いていた。

「私も小さい頃やったなぁ。それ、何を描いてるの?」

夏の夕暮れ時、両親と庭先で花火をした思い出が脳裏に蘇ってきて、自然に笑みがこぼれると同時に顔がほころんだ。あの頃は、幸せでなくとも日々は笑顔に満ちていた。

「もちろん朝日だよ。光で輪郭を縁取ってるとなんとなく朝日っぽくない?」
「言われてみればそれっぽいけど、言われなきゃ何か分からないよ」
「え~君は鈍いなぁ」

いたずらっぽい笑みを咲かせた佑月は私の肩を指先でつついてから、いつのまにか消えていた花火をバケツに沈めてこちらに向き直った。私もそれと同じように、光の失せた花火をバケツの水に差す。

「貴方が朝陽さんのこと好きすぎるだけじゃない?普通、そんなのピンとこないから」

貴方にとっては朝陽さんが一番で、他の何にも代えがたい存在なのだと突き付けられたようで、一抹の寂しさが燻った。私にとっては貴方が世界で一番大切な存在だけど、貴方にとってはそうじゃない。この思いはどこまでも一方通行なのだ。

「そんな寂しそうな顔しないで。ボクは朝陽のことばっかりを考えてるわけじゃないよ」

鼻先が触れるほどに顔を近づけてきた佑月が、私の心中を見透かしたようにそう言った。
気を抜けば唇が触れ合いそうな距離感に、思わず顔が熱くなるのを感じた。それでも佑月は顔色一つ変えることなく、どこか含みのある笑みを浮かべたままで、私だけが頬を赤く染めている。どうかこの頬の赤みが夜の暗闇に紛れていますように、と心の中で祈った。私の様子に気づいているのか、いないのか、佑月は躊躇いも見せずに私の唇に指先を置いた。

「今は君が一番だよ」
今まで耳にしたことのない声色の囁き声に、私は耳まで熱を帯びてしまった。もうこれ以上は黙っていられない。それでも緊張に喉を締め付けられて声が絞り出せなかった。

「ふふっ、ドキッとした?でも、君はこういうので絶対照れないよね」

佑月はきっと軽い冗談のつもりだったのだろう。でも私からしてみれば、今の行為は恋人相手くらいにしかしないものなのだ。何も口にできずに瞳を見つめていると、佑月はようやく私が頬を紅潮させていることに気がついたのか、みるみるうちに表情が困り果てたものに移り変わっていった。

「待って、本当に照れられたら困るんだけど…………」
「佑月のせいでしょ。私はああいうの、恋人じゃない相手にやるものって習ってないんだけど!」

強めの語気で自分の気持ちを押し通す。それに圧倒されたのか、佑月は目を丸くさせてバツの悪そうな顔を浮かべた。

「あー、ごめん。今のはボクが悪かった。ちょっとやりすぎたかも」

私はもうこの話題を続けることすら気恥ずかしくて仕方がない。話題を変えるために、足元に残っている花火に目を移してやり過ごすことにした。

「あ、もうあと線香花火だけだ。線香花火って分かる?あの、小さい火の玉が落ちるところまでを見守るっていう花火」

佑月にお手本を見せるため、数本ある中の一本を取り出して試しに火をつけた。風情のある音を立てながら、小刻みに震える火花を纏って夜を背景に瞬き続ける。

「すごく綺麗だね。一粒の星屑が瞬いてるみたい」

あの打ち上げ花火の時と同じような、いや、それよりもささやかな火の花が佑月の瞳には咲いていた。その後、線香花火はややあって火の玉を落とした。それは三分ほどの間形を保って火花を散らしていた気もするし、あるいは瞬きをする間に落ちてしまったようにも感じた。
それから十分ほどの間、二人で線香花火を楽しんだ。いつのかにか花火はすべて使い終わっていたらしく、私たちの前から光は失せ、また暗澹が視界を染め上げる。

「ねぇ、星が綺麗だよ。空を見上げてごらん」

そう言って佑月はコンクリートの地面に寝っ転がった。佑月に促されるまま、私も同じように背中を地面につける。視界を埋め尽くす満天の星空が、煌々とした光で夜を彩っている。
その光景に眺めていると、思わず感傷的な気分になる。それは佑月も同じだったのか、寂寥とした感情をその瞳に揺蕩わせていた。

「なんで出会って少ししか経ってないボクを、全身全霊で救おうとしてくれた人が消えたくなるまで苦しむ世界なのか、ボクには分からないんだよ。この世界を生きてみても」

佑月は仰向けだった体を横向きにして、視線を地面に落とした。突然浮かない顔になって、心が深海に沈み込むようなことを口にし始めるものだから、私は少し戸惑った。

「優しい人ほど生きづらくなる、そんな外の世界がボクは嫌いだ」

外の世界が嫌い、その冷たい感触の言葉に胸が苦しくなった。あんなに外の世界に憧れていた佑月にそう思わせてしまったことがなんだか申し訳なくて、やるせなくて、下唇を噛みしめる。すぐにそれに気がついたのか、佑月は“それ以上噛まないで”と言うように私の唇にそっと触れた。

「君は、本当に消えたいの?」
「どうしたの?なんで、急にそんなこと…………」
「ちゃんと、聞かせて欲しい。もう一度聞くね。君は、本当に消えたい?」

佑月の眼差しはどこまでも真剣だった。私は今、この旅の真意を問うような、その答えによってはこの旅の意味が揺らぐような、そんな質問をされている。ならば、私はどう答えるのが正解なんだろう。本音をこぼしてもいいのだろうか。それなら、私は____。

「本当は…………」

自分の思いの丈を吐き出すために深く息を吸い込む。大量のまっさらな酸素が肺に流れ込んできて、最初は上手く息ができなかった。何度か息を整えてから、まっすぐな佑月の視線に同じ眼差しを返す。

「本当は、ほんとは、私も死にたくないよ……!なんで、自ら消えることを選んだ人は命を軽んじてるって決めつけられるのかな。私だって死にたくない。全身が震えるくらい死ぬのが怖い。ただ普通に笑って生きてたかったよ」

曖昧な響きの言葉が、宙に浮かんではまた消えていく。まだ自分の気持ちを自分の言葉で口にし始めたばかりなのに、すでに嗚咽が漏れてきている。そういう自分の心の弱さが悔しい。

「でも無理だったの……!」
「凪桜は命に向き合いすぎちゃったんだね。命が大切だって理解してるから、命の大切さを身に染みて分かってるからこそ辛くなったんだと思う。本当に人の命を軽んじているような人なら、ここまで真面目に苦しむわけないから」

佑月の言う通り、命を軽んじてなんかいるわけない。大事なものだと理解しているから人の気持ちを一番に考えてきた、他の人の気持ちに気を配って生きてきた。命の重さを実感して抱えてきたからこそこんなに苦しんできたんだよ。端から命を軽んじるような性格ならこんなことになっていない。

「ホントは普通に笑って生きてたかったよね。それでも、もう生きたいと思えないところまで来ちゃったんだ」

嗚咽に負けて私が言葉にできなかった気持ちを、佑月がゆっくりと声にしてくれている。それは確かな輪郭を伴っていて、もう曖昧な形はしていなかった。

「その大切なものを手放したくて仕方がなくなるくらい、今が苦しくてたまらないんだね」
「ねぇ、佑月。私、死ぬのも怖いけど生きるのも怖いよ。どうしたらいいのか、分からないの」
「ボクは無理に生きろなんて思わない。生きることをただ一つの正解にしてしまったら、余計に息苦しくなる気がするから。君がさ、息をしやすくするためにはどうしたらいいんだろうね」
「私にも……それが分からないや。考えても考えても、思い浮かばないの」

それから少しの間、重苦しい沈黙が辺りに広がった。佑月も、私も、何を言葉にすればいいのか掴めなかったのだ。

「凪桜、もし生きたいと思う気持ちが少しでもあるならボクはその気持ちが消えないように頑張るから、今一度聞かせて欲しい。君は、生きたい?」
「生きれるものなら、生きてたかったよ。誰だって好き好んで消えようとしてるわけじゃない、それ以外の選択肢が奪われて、それを選ぶしかなかったの」
「なら、ボクと一緒に明日も呼吸をしない?進むのが苦しいなら歩かなくてもいい、何も見たくないなら目を瞑ったままでもいい、何の声も聞きたくないなら耳を塞いだままでもいい、もう何もしなくていいからさ、ただボクのそばにいてくれたり……しないかな」
「私なんかに生きる資格なんてないんだから、それはできないよ。私は生きてちゃダメな人間なんだから」
言葉を発しながら自分でも息が震えた。あぁ、なんて虚しいんだろう。
「凪桜、君は生きててもいいんだ。君には消える資格もあるけど、それと同時に生きる資格もあるんだよ。信じられないなら、ボクが証明してみせる」

瞳から溢れた涙が一筋の線を描いて流れ落ちた。私はずっと、生きていてもいいという誰かからの了承が欲しかったのかもしれない。こんな簡単な言葉で消えたい気持ちがポロポロと砂のように崩れ去ってしまう。

「でも、そんなわけない。私、お母さんからもお父さんからも、周りの大人からたくさん言われてきたよ。頑張れないお前に価値なんてないって。価値のない私が、生きてていいわけないの」
「そんなの、ボクが否定してやる。生きてていいとか悪いとか、そんなのあるわけない。ボクしか君の命を肯定する人がいなくたって、ボクが最後まで叫び続ける。君には生きる価値があるって。だって、ボクは君が…………!」

佑月は途端に瞳を左右に彷徨わせて、仕草がしどろもどろになった。言葉の続きが知りたかったけど、それ以上踏み込むのも違う気がして私は口を開かなかった。

「えっと、とにかくさ、君は君のために決断するんだ。この旅の終わり、生きて浜辺に帰ってもいいし、ボクと一緒にこの世界から消えてもいい。どっちにしても、ボクはずっと君と一緒だ」

何もかも、選択肢を奪われてきた人生だった。それなのに、佑月は生きていてもいいし、生きなくてもいい、そう言っている?
自分の意志で、自分の思うまま決めていいと、目の前のこの人は言っているんだ。
生きるか否かという、この人生において最も大切な決断をちゃんと私自身に委ねてくれている。しかも自分の運命まで私の意思に身を任せる覚悟で。でもこれは佑月が自分の意思を捨てているわけではない。この子はちゃんと、私と永遠に一緒にいるという決断をしているのだ。

ならば、次に決断するのは私の方だ。

「私は……私、は…………生きたいわけじゃないけど、消えたい気持ちが消えたわけでもないけど、とにかくまだ貴方のそばで息を吸っていたい。貴方のそばにいたいよ、佑月」

言葉を並べ終わるとともに佑月の胸元に体の重心を預けた。貴方はそんな私の体をしっかりと受け止めて、強く抱きしめてくれた。一度は止まっていた涙がまた目から滲み出てきたかと思えば、大粒の雫となってボロボロとこぼれる。佑月の服にはあっという間に涙の染みが滲んでいた。

「明日、浜辺に帰ろうか」
「……うん」