消えたい君の守り方。

今日は、佑月と約束した計画の決行日だ。学校に行くのが怖くて行きたくない、その本心を自分の言葉で伝えるのだ。いつも通りの、まったく代わり映えのない同じ朝。その中に、普段と違う心情を抱いた私が立っている。

「なにボーっとしてるの。さっさと動きなさい」

学校に向かう準備もせずにソファに腰を下ろしたままの私を不審に思ったのか、お母さんがキッチンから出てきた。今こそ伝える時だ、そう直感した。

「……行きたく、ない」
「何言ってるの、さっさと朝の準備してきなさいよ」
「ごめん、学校に行くのが私怖い。だから、行けない」

俯いたまま、顔を上げられない。きっとお母さんの顔を見て、その表情に浮かぶ感情を知ることがたまらなく恐ろしいのだ。

「いじめられてるわけでもないのに馬鹿なこと言わないで。みんな辛くても頑張って行くものなのよ。あんたは普通の子じゃないの?」

そっと顔を上げると、想像通り呆れと苛立ちに溢れた軽蔑の視線を私に向けていた。
やっぱり、お母さんは“普通”という言葉に苛烈なほど固執している。お母さんはどうしてそんなにもこの言葉に囚われているの。どうしてこんなにも苦しんでいるの。

「またお腹痛いだとか、眩暈がするとかって言い訳するんでしょ」
「別に、あれは言い訳ってわけじゃ……っ!」

視界全体に涙が滲んで目に映る景色の輪郭が溶けるとともに、喉を締め付けるような痛みが支配し始めた。ダメだ、また涙と喉の痛みに自分の発言を阻まれてしまう。早く自分の言いたいことを話さなきゃいけないのに、どうして止まってくれないのだろう。

「またあの頃に戻る気?普通の子じゃなくなるなんて許さないからね……!」
「やっぱり、行けない………!行きたくない」
「黙りなさい!ほら、早く行って!」

そう叫んだお母さんはスクールバッグを手に持ち、私の腕を掴んで玄関へと引きずっていく。はっきりと赤い跡が浮かび上がるほど腕は強く握られていた。

「もうお母さんの言いなりにはなりたくないの!私の苦しみを、分かってよ!」
「あんた程度の頑張りで苦しいとかいい加減にして。あんたは私の言うことを聞いてればいいの。そうしないと幸せになれないよ!?」
「それでも、嫌だ……っ!私、自分のことは自分で決めたい。今食べたいものも、着たい服も、大学も、全部自分の意思を持ちたいの!」

こんなにお母さんの言葉に抗って、はっきりと自分の本心をぶつけたのは初めてのことだ。それでも、お母さんがその怒りに満ちた形相を崩すことはなかった。

「それなら勝手にしなさい。私の言うとおりに生きないあんたなんかもう私の子どもなんかじゃないから。金輪際お母さんだなんて呼ばないで、気持ち悪い」

この言葉が、一番心の奥深くまで突き刺さった。これだけは、この言葉だけは聞きたくなかったのに。涙がボロボロとこぼれ落ちて、膝に上手く力が入らない。

でも、私は苦しくてたまらなくて、自分が壊れそうだと思ったから拒絶しただけ。何も悪いことはしていないはずだ。佑月がせっかく背中を押してくれたのだから、しっかりしなきゃ。

あんな言葉を吐かれていても、暴力がないからという理由だけで普通の家庭になるの?これが、世間の普通なの?
そんなはず、絶対にない。間違っているのはお母さんの方だ。だから、私は怯みたくない。

「泣けば自分の意見が通ると思ってるからそうやって泣くのよね。ホント、馬鹿馬鹿しい」
「そんなんじゃ、ないよ。これは……元からある癖、で」

嗚咽に負けないよう、必死に声を張り上げて言葉をぶつける。今の言葉通り、ことあるごとに涙が出てしまうのは元々持っている私の癖だ。自分の意思に反して涙が滲み出てきてしまうこの癖を、これまで何度恨んだだろう。この涙のせいで、どれだけの数自分の意見を伝えられずに悔しい思いをしただろう。

「そういう言い訳はやめなさい。とにかく、あんたはいい子なんだから今のまま普通の子でいられるでしょ?」

あぁ、この人は端から話を聞く気も、本当の私を見る気もないんだ。もう、きっとこれ以上抵抗しても無駄だ。お母さんは、一生私の気持ちなんて分かってくれない。
暗澹の色を纏った底知れない絶望感が、心の隙間から漏れ出して体中を支配していく。
もう、楽な方を選びたかった。佑月、ごめんね。私はまた自分にとって楽な選択をしようとしている。学校から逃げた時と同じ、弱い自分のままでごめんね。

「……うん、ごめんなさい。やっぱり私が間違えてた」
「そう、それでいいのよ。貴方はもう優等生にはなれないんだから、せめて普通の子でいなさい。そうしたらいつも通り接してあげるから」
「分かった。私、頑張るね」

明るい家庭が崩壊してからずっとお母さんに縛られて生きてきた私は、この返事しか知らないのだ。いいえを突き返せるほどの心を、私は持ち合わせていなかった。