あれきり、どうしても浜辺に向かう勇気が絞り出せないまま二週間以上が経とうとしている。どうして、私はあんな話を切り出してしまったのだろう。何度あの日を思い出そうとも、変わらない後悔が胸には渦巻いている。
だから今日この日、私は浜辺に立っている。佑月に贖罪するため、というと大仰かもしれないけれど、今の私にできるのは謝って仲直りを持ちかけることだけだと思ったのだ。佑月は海原に視線を投じていて、私の気配には勘づいていないようだった。
「えっと、元気だった?」
緊張のあまりどんな言葉を並べるのか、まったくもって考えていなかった。佑月は一度肩をビクッと震わせただけで返事をする気はないみたいだ。
「佑月、あのさ…………」
声を発したはいいものの、その後に続く言葉を絞り出すことができないまま、私の曖昧な声は白波の声にかき消されて輪郭を失ってしまった。人の声が霧散した浜辺には、居心地の悪い静寂ばかりが空気中を揺蕩っている。その背後で、さざ波が呼吸をするかのように幾度となく砂を吞み込んでは引いていくのを繰り返していた。
やっぱり返事は返ってこないか、と肩を落とす。でもここで折れるわけにはいかない。せっかく謝罪の意を込めて会いに来たのだから、まずは謝らなきゃ。
「あの時はごめんね。貴方の前であんな弱音を吐くのは流石に無神経だったと思ってる」
「君が謝るようなことじゃない。ただ、ボクが意地を張ってるだけだから」
顔をこちらに向けた佑月がぶっきらぼうな口ぶりで呟いた。海の方へまた向き直り、水平線のはるか彼方を見つめた佑月は、口をつぐんだまま目を伏せた。長い睫毛の隙間から覗く瞳は、月光を受けているはずなのに暗澹を溶かしたような雰囲気を孕んだままだ。
「それなら仲直りしたいな。ダメ、かな?」
「……ダメじゃない」
佑月は思いの外素直だった。私は佑月のこういうところが好きなのだ。普段は意地っ張りで本音を見せないけれど、いざという時は自分の胸の内を包み隠さず話してくれる。
佑月への気持ちを再確認したところで、ほんのり緩んだ頬を軽く叩いて前をしっかり見据えた。
「改めてごめんね。貴方だけは傷つけたくなかったのに、他でもない私の言葉で傷つけちゃった。本当に反省してる」
「だから言ったでしょ、謝らなくていいって。ボクの方こそ君の言葉に過剰反応してひどい言葉を色々かけた。謝るべきはボクの方だ」
「じゃあ、貴方も謝ってよ。これでおあいこでしょ?」
予想外の提案だったのか、少し驚いたように目を見開いた佑月は一度何かを考えこむようなそぶりを見せてから小さく頷いた。数秒の間沈黙が流れて、岩肌を風が撫でる音と波の音だけが辺りを支配した。
「……ご、ごめん。ごめんなさい。君のこと、傷つけて」
「うん、ありがとう。貴方は優しいね」
「ボクが優しい?ボクのどこを見てきたらそうなるのさ」
まったくもって理解できない、とでも言いたげに佑月は眉をひそめた。そのしかめっ面が愛らしくて、思わず緩んだ唇から笑みが落ちた。
「本当は言いたいことが色々あるはずなのに、それでも私を責めたりせずに謝ってくれたでしょ?だから貴方は優しい人」
言いきると同時に佑月の手をそっと握る。私と同じくらいの大きさをした手はほんのりと湿り気を帯びていた。きっと私が来るまで海水に浸かっていたのだろう。けれど、そんな海の名残を纏っているとは思えないほど肌は温かかった。
「君は、この手が怖くないの?前に血が出るくらい深く傷つけちゃったことがあったじゃないか」
あれからというもの、佑月は私が体の距離を縮めるたび、自分の手を背中の方へ隠すようになった。もう二度と私を傷つけないように、という自戒が込められていることは明らかだけど、それ以上に自分の手に対する恐怖心が理由として色濃く残っているような気がする。
「なーんにも怖くないよ。ほら、この前言ったでしょ。貴方の姿は私の宝物だって」
「こんな姿を宝物だとか、ほんと変な人」
そうは言いながらも佑月の表情は緩んでいて、普段の強張った表情はどこにもない。やっぱり笑顔は浮かべられないみたいだけど、もうあの警戒心に満ちた眼差しを私に送ってくることはなくなった。
「それとずっと気になってたんだけどさ、君はなんでそうボクに触れたがるわけ?朝陽も同じ癖を持ってたから連想しちゃうんだけど」
「えっ?あぁ、確かによく触ってるかも。ほぼ無意識だからなんでって言われると難しいな~」
腕を組んで思考を巡らせる。一拍間を置いた瞬間に、私はとっておきの答えを思いついた。
「やっぱり貴方が好きだからじゃない?」
「うぇ、それ全然嬉しくないんだけど」
佑月は瞼を少し落として訝し気な視線を私に飛ばしつつ、苦虫を噛み潰したような表情をして顔を引きつらせた。そんな表情すら愛おしくて思わず顔がほころぶ。
「ふふっ、そんなところも好きだよ」
「なんで君がそんなにボクを好いてるのか、ホント不思議でしょうがないよ。そんなに好かれるようなことをした覚えもないのに」
「前言ったでしょ、一人ぼっちだった私に唯一手を差し伸べてくれた貴方に心から救われたからって」
「たったそれだけで?やっぱり君は変わってるね」
「たったじゃないよ。私にとって命を助けてくれた人って自分の人生を使って支えないと気が済まないくらい大事な存在なんだから!まぁ、ありがた迷惑だとは思うけどね」
少しだけ、嘘を吐いた。私はきっと命を助けてくれた人の誰も彼もをこんなに好きになるわけじゃない。一匹狼で、意地っ張りで、でも底なしに優しい佑月だからこそ好きなのだと思う。
「重すぎて引くんだけど…………」
「えぇ、引かないでよ~!」
私たちが出会うまでは静まり返っていたであろう浜辺には、今二人の人間の声が響いている。佑月にとって、それがこの上なく温かい手触りの事実であったらいいなと思った。
だから今日この日、私は浜辺に立っている。佑月に贖罪するため、というと大仰かもしれないけれど、今の私にできるのは謝って仲直りを持ちかけることだけだと思ったのだ。佑月は海原に視線を投じていて、私の気配には勘づいていないようだった。
「えっと、元気だった?」
緊張のあまりどんな言葉を並べるのか、まったくもって考えていなかった。佑月は一度肩をビクッと震わせただけで返事をする気はないみたいだ。
「佑月、あのさ…………」
声を発したはいいものの、その後に続く言葉を絞り出すことができないまま、私の曖昧な声は白波の声にかき消されて輪郭を失ってしまった。人の声が霧散した浜辺には、居心地の悪い静寂ばかりが空気中を揺蕩っている。その背後で、さざ波が呼吸をするかのように幾度となく砂を吞み込んでは引いていくのを繰り返していた。
やっぱり返事は返ってこないか、と肩を落とす。でもここで折れるわけにはいかない。せっかく謝罪の意を込めて会いに来たのだから、まずは謝らなきゃ。
「あの時はごめんね。貴方の前であんな弱音を吐くのは流石に無神経だったと思ってる」
「君が謝るようなことじゃない。ただ、ボクが意地を張ってるだけだから」
顔をこちらに向けた佑月がぶっきらぼうな口ぶりで呟いた。海の方へまた向き直り、水平線のはるか彼方を見つめた佑月は、口をつぐんだまま目を伏せた。長い睫毛の隙間から覗く瞳は、月光を受けているはずなのに暗澹を溶かしたような雰囲気を孕んだままだ。
「それなら仲直りしたいな。ダメ、かな?」
「……ダメじゃない」
佑月は思いの外素直だった。私は佑月のこういうところが好きなのだ。普段は意地っ張りで本音を見せないけれど、いざという時は自分の胸の内を包み隠さず話してくれる。
佑月への気持ちを再確認したところで、ほんのり緩んだ頬を軽く叩いて前をしっかり見据えた。
「改めてごめんね。貴方だけは傷つけたくなかったのに、他でもない私の言葉で傷つけちゃった。本当に反省してる」
「だから言ったでしょ、謝らなくていいって。ボクの方こそ君の言葉に過剰反応してひどい言葉を色々かけた。謝るべきはボクの方だ」
「じゃあ、貴方も謝ってよ。これでおあいこでしょ?」
予想外の提案だったのか、少し驚いたように目を見開いた佑月は一度何かを考えこむようなそぶりを見せてから小さく頷いた。数秒の間沈黙が流れて、岩肌を風が撫でる音と波の音だけが辺りを支配した。
「……ご、ごめん。ごめんなさい。君のこと、傷つけて」
「うん、ありがとう。貴方は優しいね」
「ボクが優しい?ボクのどこを見てきたらそうなるのさ」
まったくもって理解できない、とでも言いたげに佑月は眉をひそめた。そのしかめっ面が愛らしくて、思わず緩んだ唇から笑みが落ちた。
「本当は言いたいことが色々あるはずなのに、それでも私を責めたりせずに謝ってくれたでしょ?だから貴方は優しい人」
言いきると同時に佑月の手をそっと握る。私と同じくらいの大きさをした手はほんのりと湿り気を帯びていた。きっと私が来るまで海水に浸かっていたのだろう。けれど、そんな海の名残を纏っているとは思えないほど肌は温かかった。
「君は、この手が怖くないの?前に血が出るくらい深く傷つけちゃったことがあったじゃないか」
あれからというもの、佑月は私が体の距離を縮めるたび、自分の手を背中の方へ隠すようになった。もう二度と私を傷つけないように、という自戒が込められていることは明らかだけど、それ以上に自分の手に対する恐怖心が理由として色濃く残っているような気がする。
「なーんにも怖くないよ。ほら、この前言ったでしょ。貴方の姿は私の宝物だって」
「こんな姿を宝物だとか、ほんと変な人」
そうは言いながらも佑月の表情は緩んでいて、普段の強張った表情はどこにもない。やっぱり笑顔は浮かべられないみたいだけど、もうあの警戒心に満ちた眼差しを私に送ってくることはなくなった。
「それとずっと気になってたんだけどさ、君はなんでそうボクに触れたがるわけ?朝陽も同じ癖を持ってたから連想しちゃうんだけど」
「えっ?あぁ、確かによく触ってるかも。ほぼ無意識だからなんでって言われると難しいな~」
腕を組んで思考を巡らせる。一拍間を置いた瞬間に、私はとっておきの答えを思いついた。
「やっぱり貴方が好きだからじゃない?」
「うぇ、それ全然嬉しくないんだけど」
佑月は瞼を少し落として訝し気な視線を私に飛ばしつつ、苦虫を噛み潰したような表情をして顔を引きつらせた。そんな表情すら愛おしくて思わず顔がほころぶ。
「ふふっ、そんなところも好きだよ」
「なんで君がそんなにボクを好いてるのか、ホント不思議でしょうがないよ。そんなに好かれるようなことをした覚えもないのに」
「前言ったでしょ、一人ぼっちだった私に唯一手を差し伸べてくれた貴方に心から救われたからって」
「たったそれだけで?やっぱり君は変わってるね」
「たったじゃないよ。私にとって命を助けてくれた人って自分の人生を使って支えないと気が済まないくらい大事な存在なんだから!まぁ、ありがた迷惑だとは思うけどね」
少しだけ、嘘を吐いた。私はきっと命を助けてくれた人の誰も彼もをこんなに好きになるわけじゃない。一匹狼で、意地っ張りで、でも底なしに優しい佑月だからこそ好きなのだと思う。
「重すぎて引くんだけど…………」
「えぇ、引かないでよ~!」
私たちが出会うまでは静まり返っていたであろう浜辺には、今二人の人間の声が響いている。佑月にとって、それがこの上なく温かい手触りの事実であったらいいなと思った。
