今日も昨日と変わらない表情をした満天の星空が、私たちを見下ろしている。夜に浮かぶ星は華やかな煌めきをこぼし、月はそれを見守るように静かな輝きを放っている。
空から地上に視線を下ろして、何気なく佑月の姿を眺めた。水色とエメラルドグリーンを溶かして混ぜ合わせたような色をした佑月の髪が風に乗せられてふわりと揺れる。
「それにしても貴方の姿、ほんとに綺麗だよね。鱗の色も相まって春の優しい海みたい」
「そんなわけないだろ。みんなと違う体なんて見苦しいだけだ。自分の体なんか大嫌いなんだよ」
自身に対する侮蔑を込めた眼差しで水平線を睨みつけながら、かなぐり捨てるような口調でそう吐き捨てた。その口ぶりから見るに、今の言葉は純粋な本心なのだろう。それがたまらなく苦しかった。
「ボクは、ただ普通でありたいだけなのに」
波間に呑まれそうなほど微かな呟きは、ひどく弱々しいものだった。さざ波の音を除いて、無音が飽和した浜辺には悄然とした空気が漂っている。思わずこの世界に響く音がさざ波だけになったような錯覚に陥る。
「じゃあ、こうすれば好きになれるかな」
そう口にしながら佑月の背中に手をまわしてぎゅっと抱きしめた。優しく音を立てる心臓の鼓動と全身を巡る体温が直に伝わってくる。その感覚は、存在が不明瞭な佑月がきちんとこの場所で呼吸をしているという事実を今一度教えてくれているようだった。
「私は貴方の姿が好きだよ。大事な大事な宝物」
一瞬の間を置いて、貴方は驚きに急かされるように目を見開く。ようやく自分の身に起こっていることを脳で処理できたのか、私の肩に手をかけて精一杯押しのけてきた。
「なんだよ、やめろって………!」
「ごめんね?急に抱きしめたりなんかして」
押しのけられるまま、背中に回していた手を膝の位置に戻してゆっくりと佑月の方に視線を向けた。佑月は私の突拍子もない行動に本気で驚いたのか、体の動きをピタリと止めて固まっている。
「でもさ、これが私の気持ちを伝えるのに一番だと思ったんだ。きっとこの程度じゃ貴方の苦しみが何も変わらないことだって分かってるけど、貴方の姿を好ましく思っている人がいることだけは知ってて欲しかったの」
「……嫌じゃ、なかった」
佑月がポツリと呟いた。色んな感情が混ざり合ったその瞳には、不思議と嫌悪感は存在していないように見える。佑月が発したとは到底思えないその言葉を前に、意味が上手く理解できなくて、私は瞬きを繰り返すことしかできなかった。
「え?それはどういう…………」
「なんでだろ、君のことなんか嫌いなはずなのに」
“嫌い”という言葉が一瞬胸につっかえたけど、今はそんなことなんてどうでもよかった。佑月が少しでも心を開いてくれた、その事実だけで十分だった。
「そっか~じゃあやっぱり私のこと好きなんじゃない?」
「何言って……そんなわけないだろ」
「またまたそんなこと言っちゃって。嘘なくせに~」
軽口を叩きながら佑月の肘を軽く小突く。しかめっ面でこちらを見る佑月に対してさらに頭をわしゃわしゃと撫でると、“そういうのやめて”と一言だけ呟いていた。
「というか、君ってホント楽観的だよね。そんなに明るく生きられてて羨ましいくらいだよ」
楽観的、という言葉が心に突き刺さってその傷口が痛んだ。佑月は本当の私を知らないから仕方ないけれど、今の私にはこの上なく苦しい一言だったのだ。
「どうしたの、急に黙り込んで」
藪から棒に口をつぐんだのを不審に感じたのか、訝しげな表情を浮かべた佑月が顔を覗き込んできた。本当のことを、少しは話してみてもいいだろうか。
「いや、もしさ私がすごく弱くて、泣き虫な人間だったら佑月はどうするかなと思って」
「それなら、泣かなくて済むようにボクが守る」
必ず果たすべきと言わんばかりの意思が宿った佑月の眼差しはどこまでも凛としていた。思いがけない佑月の本心に、返すべき言葉が頭に浮かばなかった。私がこれまで隣で見てきた佑月は意地っ張りで、他人には心を完全に開かない、そんな独りよがりな人だったから。
「君が悲しそうな顔をするのは嫌だ」
宣言するかのようにそう口にする佑月の顔は真剣そのものだった。この子なら、私を助けてくれるだろうか。人なんか信じちゃいけない、それでもこの子のことは信じたい。漠然とそう感じた。
「私のことが好きじゃないのに?」
「好きじゃなくても、何となく君が泣くところは見たくないから」
「佑月は案外優しいね、びっくりした」
「案外って何だよ。元々優しいとまでは言わないけど」
佑月はそう呟くと拗ねたように少し瞼を落とした。ジトッとした目で私を見据えるその表情がなんだか可愛くて思わず緩んだ口元から笑みが漏れる。
ささやかだけど温かいこんな日々がこれからも変わらず続けばいいのに、そう思った。確実に、着々と、少しずつ育っていた私たちの関係性に亀裂が入る出来事が迫っているとも知らずに。
空から地上に視線を下ろして、何気なく佑月の姿を眺めた。水色とエメラルドグリーンを溶かして混ぜ合わせたような色をした佑月の髪が風に乗せられてふわりと揺れる。
「それにしても貴方の姿、ほんとに綺麗だよね。鱗の色も相まって春の優しい海みたい」
「そんなわけないだろ。みんなと違う体なんて見苦しいだけだ。自分の体なんか大嫌いなんだよ」
自身に対する侮蔑を込めた眼差しで水平線を睨みつけながら、かなぐり捨てるような口調でそう吐き捨てた。その口ぶりから見るに、今の言葉は純粋な本心なのだろう。それがたまらなく苦しかった。
「ボクは、ただ普通でありたいだけなのに」
波間に呑まれそうなほど微かな呟きは、ひどく弱々しいものだった。さざ波の音を除いて、無音が飽和した浜辺には悄然とした空気が漂っている。思わずこの世界に響く音がさざ波だけになったような錯覚に陥る。
「じゃあ、こうすれば好きになれるかな」
そう口にしながら佑月の背中に手をまわしてぎゅっと抱きしめた。優しく音を立てる心臓の鼓動と全身を巡る体温が直に伝わってくる。その感覚は、存在が不明瞭な佑月がきちんとこの場所で呼吸をしているという事実を今一度教えてくれているようだった。
「私は貴方の姿が好きだよ。大事な大事な宝物」
一瞬の間を置いて、貴方は驚きに急かされるように目を見開く。ようやく自分の身に起こっていることを脳で処理できたのか、私の肩に手をかけて精一杯押しのけてきた。
「なんだよ、やめろって………!」
「ごめんね?急に抱きしめたりなんかして」
押しのけられるまま、背中に回していた手を膝の位置に戻してゆっくりと佑月の方に視線を向けた。佑月は私の突拍子もない行動に本気で驚いたのか、体の動きをピタリと止めて固まっている。
「でもさ、これが私の気持ちを伝えるのに一番だと思ったんだ。きっとこの程度じゃ貴方の苦しみが何も変わらないことだって分かってるけど、貴方の姿を好ましく思っている人がいることだけは知ってて欲しかったの」
「……嫌じゃ、なかった」
佑月がポツリと呟いた。色んな感情が混ざり合ったその瞳には、不思議と嫌悪感は存在していないように見える。佑月が発したとは到底思えないその言葉を前に、意味が上手く理解できなくて、私は瞬きを繰り返すことしかできなかった。
「え?それはどういう…………」
「なんでだろ、君のことなんか嫌いなはずなのに」
“嫌い”という言葉が一瞬胸につっかえたけど、今はそんなことなんてどうでもよかった。佑月が少しでも心を開いてくれた、その事実だけで十分だった。
「そっか~じゃあやっぱり私のこと好きなんじゃない?」
「何言って……そんなわけないだろ」
「またまたそんなこと言っちゃって。嘘なくせに~」
軽口を叩きながら佑月の肘を軽く小突く。しかめっ面でこちらを見る佑月に対してさらに頭をわしゃわしゃと撫でると、“そういうのやめて”と一言だけ呟いていた。
「というか、君ってホント楽観的だよね。そんなに明るく生きられてて羨ましいくらいだよ」
楽観的、という言葉が心に突き刺さってその傷口が痛んだ。佑月は本当の私を知らないから仕方ないけれど、今の私にはこの上なく苦しい一言だったのだ。
「どうしたの、急に黙り込んで」
藪から棒に口をつぐんだのを不審に感じたのか、訝しげな表情を浮かべた佑月が顔を覗き込んできた。本当のことを、少しは話してみてもいいだろうか。
「いや、もしさ私がすごく弱くて、泣き虫な人間だったら佑月はどうするかなと思って」
「それなら、泣かなくて済むようにボクが守る」
必ず果たすべきと言わんばかりの意思が宿った佑月の眼差しはどこまでも凛としていた。思いがけない佑月の本心に、返すべき言葉が頭に浮かばなかった。私がこれまで隣で見てきた佑月は意地っ張りで、他人には心を完全に開かない、そんな独りよがりな人だったから。
「君が悲しそうな顔をするのは嫌だ」
宣言するかのようにそう口にする佑月の顔は真剣そのものだった。この子なら、私を助けてくれるだろうか。人なんか信じちゃいけない、それでもこの子のことは信じたい。漠然とそう感じた。
「私のことが好きじゃないのに?」
「好きじゃなくても、何となく君が泣くところは見たくないから」
「佑月は案外優しいね、びっくりした」
「案外って何だよ。元々優しいとまでは言わないけど」
佑月はそう呟くと拗ねたように少し瞼を落とした。ジトッとした目で私を見据えるその表情がなんだか可愛くて思わず緩んだ口元から笑みが漏れる。
ささやかだけど温かいこんな日々がこれからも変わらず続けばいいのに、そう思った。確実に、着々と、少しずつ育っていた私たちの関係性に亀裂が入る出来事が迫っているとも知らずに。
