――俺も悪いんでしょうか。
最初に相談へ来た日。
彼はそう言った。
知らなかったとはいえ、人の奥さんと関係を持ってしまった。
ご主人から慰謝料を請求されるなら、払うべきなのかもしれない、と。
自分が騙されたことより先に、見ず知らずの夫の傷を気にした。
だからこそ。
玲は、この人だけは救いたいと思った。
「一点だけ、申し上げます」
裁判官が玲を見る。
「どうぞ」
玲は息を吸った。
「原告は、被告が既婚者であることを知りませんでした」
静かな法廷に、玲の声が響いた。
「それどころか、原告は被告との婚姻を現実のものとして準備していました。婚約指輪を購入し、被告を自らの両親に紹介し、結婚式場を予約し、招待状を発送し、式を一か月後に控えていました」
一つ。
また一つ。
玲は事実だけを置いていく。
感情で責める必要などなかった。
証拠が全部、語ってくれる。
「被告は、そのすべてに参加しています」
玲は被告席を見た。
誰もいない席。
「にもかかわらず、被告には法律上の配偶者がおり、子もいました」
裁判官は黙って聞いている。
「原告がその事実を初めて知ったのは、被告の夫を名乗る男性から、不貞行為を理由とする慰謝料請求の通知を受け取ったときです」
玲の横で、依頼人が俯いた。
「その直後から、被告とは連絡が取れなくなりました」
玲は最後の書面を閉じた。
「原告は、結婚するつもりでした」
わずかに声が震えた。
それでも、玲は続けた。
「騙されていたと知ったあとでさえ、自分が知らずに相手方の家庭を傷つけたのではないかと悩み、自分にも責任があるのではないかと考えています」
一拍置いた。
「しかし、本件で、原告が被告の婚姻を認識していたことを示す事情はありません。むしろ提出した証拠は、その逆を示しています」
裁判官の視線が、甲号証の束へ落ちる。
「以上です」
「分かりました」
裁判官は数枚の書面を確認した。
数秒。
最初に相談へ来た日。
彼はそう言った。
知らなかったとはいえ、人の奥さんと関係を持ってしまった。
ご主人から慰謝料を請求されるなら、払うべきなのかもしれない、と。
自分が騙されたことより先に、見ず知らずの夫の傷を気にした。
だからこそ。
玲は、この人だけは救いたいと思った。
「一点だけ、申し上げます」
裁判官が玲を見る。
「どうぞ」
玲は息を吸った。
「原告は、被告が既婚者であることを知りませんでした」
静かな法廷に、玲の声が響いた。
「それどころか、原告は被告との婚姻を現実のものとして準備していました。婚約指輪を購入し、被告を自らの両親に紹介し、結婚式場を予約し、招待状を発送し、式を一か月後に控えていました」
一つ。
また一つ。
玲は事実だけを置いていく。
感情で責める必要などなかった。
証拠が全部、語ってくれる。
「被告は、そのすべてに参加しています」
玲は被告席を見た。
誰もいない席。
「にもかかわらず、被告には法律上の配偶者がおり、子もいました」
裁判官は黙って聞いている。
「原告がその事実を初めて知ったのは、被告の夫を名乗る男性から、不貞行為を理由とする慰謝料請求の通知を受け取ったときです」
玲の横で、依頼人が俯いた。
「その直後から、被告とは連絡が取れなくなりました」
玲は最後の書面を閉じた。
「原告は、結婚するつもりでした」
わずかに声が震えた。
それでも、玲は続けた。
「騙されていたと知ったあとでさえ、自分が知らずに相手方の家庭を傷つけたのではないかと悩み、自分にも責任があるのではないかと考えています」
一拍置いた。
「しかし、本件で、原告が被告の婚姻を認識していたことを示す事情はありません。むしろ提出した証拠は、その逆を示しています」
裁判官の視線が、甲号証の束へ落ちる。
「以上です」
「分かりました」
裁判官は数枚の書面を確認した。
数秒。



