リーガルウェポン

「それでは、これより開廷します」

 開廷の合図がした。


 第一回口頭弁論期日。


「令和○年(ワ)第三十七号、損害賠償請求事件」
 事件番号が呼ばれた瞬間、玲の背筋が伸びた。

「原告代理人」
「はい」
 声は出た。
 思っていたよりも、ちゃんと。
 玲は原告席から立ち上がった。
 隣には、依頼人が座っている。
 そして――。

 向かい側の席には、誰もいなかった。
 被告席は空席だった。
 玲は一瞬、そちらを見る。

 今日まで何度も読み返した訴状。
  積み上げた領収書。
 結婚式場とのメール。
 前撮りの写真。
  招待状。
  婚約指輪の購入記録。

 そして、一か月後に結婚するはずだった女性に夫と子どもがいたと知らされた、一人の男性の言葉。
 全部、ここへ持ってきた。
 なのに。
 当の本人がいない。

 裁判官が書面に目を落とした。
「被告は?」
 書記官が答える。

「出頭しておりません。答弁書その他の書面の提出もありません」
 玲の指先が、わずかに強張った。
 武蔵から聞いていた。
 被告が答弁書を提出せず、期日にも出頭しない場合。
 原告の主張した事実について、争わなかったものと扱われることがある。

「原告代理人」
「はい」
「訴状を陳述しますか」
「はい。訴状記載のとおり陳述いたします」
 何十回も練習した言葉だった。
 それだけなのに。
 心臓が痛いほど鳴っている。
「証拠については、甲第一号証から甲第十六号証まで、提出済みということでよろしいですね」
「はい」
「ほかに主張、立証はありますか」
 玲は一度、依頼人を見た。
 男性は膝の上で、両手を強く握っていた。