電話を終え、玲は受話器を置いた。
「どうだった?」
武蔵が声をかける。
「児相で、一時保護の必要性を判断してくれるそうです。乳児院と、受け入れ可能な里親の両方を当たってもらえることになりました」
「そうか」
「今日中に産院にも連絡して、本人とも面談してくれるそうです」
「なら、まずは一安心だね」
「はい……」
玲は小さく息を吐いた。
特別養子縁組をするかどうか。
誰が、この子の親になるのか。
それは、まだ決められない。
けれど。
明日、この小さな命が帰る場所だけは。
今日中に、見つけなければならない。
その日の午後。
「神城先生、西部児童相談所からお電話です」
「ありがとうございます」
玲はすぐに受話器を取った。
「はい、神城です」
『先ほどご相談いただいた、新生児の件なんですが』
「はい。千愛ちゃんですね」
『まず、乳児院について確認しました。ただ……』
一瞬、相手の声が沈んだ。
『現在、近隣の乳児院はどこもかなり受け入れが逼迫していて、明日からの入所は難しい状況です』
「そうですか……」
玲は眉を寄せる。
退院は、明日。
延期できたとしても、いつまでも産院にいられるわけではない。
「では、里親さんの方は?」
『そちらも並行して探しています』
「見つかりそうですか?」
『正直に申し上げると……かなり難航しています』
「……」
『何しろ、明日ですから』
「ですよね……」
『新生児を受け入れるには、ミルクや夜間の授乳、沐浴など、二十四時間の養育体制が必要になります。それに今回は、単なる短期間の一時保護で終わらない可能性があります』
「特別養子縁組の可能性があるから……」
『はい』
玲は息を呑んだ。
『実母の意思が変われば、家庭復帰になる可能性もあります。一方で、意思が変わらなければ、今後、特別養子縁組を検討することになるかもしれない。その両方を理解した上で受け入れてくださる方でないと難しいんです』
「……そうですよね」
千愛を迎えれば、情が移る。
家族のように育てたあとで、実母のもとへ戻る可能性もある。
逆に、そのまま一生の親子になる可能性もある。
そのどちらにも、覚悟が必要だった。
『何組か登録里親の方に連絡を取ったのですが、「準備する時間がなさすぎる」「新生児を明日からというのは難しい」とのお返事が続いています』
「……」
当然だ。
今日突然連絡を受けて。
明日から、赤ちゃんを育ててほしい。
簡単に答えられる話ではない。
「ほかには……?」
『今も当たっています』
「お願いします」
『ただ――』
「はい?」
『一組、話を聞きたいと言ってくださっているご夫婦がいます』
「本当ですか?」
玲は思わず椅子から身体を起こした。
『四十代前半のご夫婦です。数年前から、養子縁組里親としても登録されています』
「どういう方たちですか?」
『長い間、不妊治療を続けていたそうです』
「……」
『最終的には、実子を持つことを諦められました。そのあと、夫婦で話し合って里親制度の研修を受け、登録されています』
「これまで委託経験は?」
『短期の一時保護委託を何度か。ただ、新生児を長期で受け入れた経験はありません』
「それでも……」
『はい』
電話口の職員が続ける。
『今回のお子さんについて、将来的に特別養子縁組になる可能性があることも説明しました』
「それで?」
『それでも、まず話を聞きたい、と』
「……」
『ただし、これは養子縁組を約束するものではありません。あくまで、現時点では里親として受け入れられるかどうかです』
「もちろんです」
『実母の意思が変わる可能性があることも、すでにお伝えしています』
「それでも、受け入れを?」
『ご夫婦からは――』
職員が少し間を置いた。
『「その子に今、帰る場所がないのなら。まずは、うちに来てもらうことはできませんか」と』
「……っ」
玲は言葉を失った。
まだ会ったこともない。
顔も知らない。
名前だって、ついさっき知ったばかりの、小さな女の子。
それでも。
その子に帰る場所がないのなら。
「……千愛ちゃんです」
『え?』
「その子の名前。千愛ちゃんって言います」
『千愛ちゃん……』
「『千の愛』と書いて、千愛です」
電話の向こうで、ほんの少しだけ沈黙があった。
『素敵な名前ですね』
「はい」
玲は小さく笑った。
「お母さんが、つけました」
*
「どうだった?」
武蔵が声をかける。
「児相で、一時保護の必要性を判断してくれるそうです。乳児院と、受け入れ可能な里親の両方を当たってもらえることになりました」
「そうか」
「今日中に産院にも連絡して、本人とも面談してくれるそうです」
「なら、まずは一安心だね」
「はい……」
玲は小さく息を吐いた。
特別養子縁組をするかどうか。
誰が、この子の親になるのか。
それは、まだ決められない。
けれど。
明日、この小さな命が帰る場所だけは。
今日中に、見つけなければならない。
その日の午後。
「神城先生、西部児童相談所からお電話です」
「ありがとうございます」
玲はすぐに受話器を取った。
「はい、神城です」
『先ほどご相談いただいた、新生児の件なんですが』
「はい。千愛ちゃんですね」
『まず、乳児院について確認しました。ただ……』
一瞬、相手の声が沈んだ。
『現在、近隣の乳児院はどこもかなり受け入れが逼迫していて、明日からの入所は難しい状況です』
「そうですか……」
玲は眉を寄せる。
退院は、明日。
延期できたとしても、いつまでも産院にいられるわけではない。
「では、里親さんの方は?」
『そちらも並行して探しています』
「見つかりそうですか?」
『正直に申し上げると……かなり難航しています』
「……」
『何しろ、明日ですから』
「ですよね……」
『新生児を受け入れるには、ミルクや夜間の授乳、沐浴など、二十四時間の養育体制が必要になります。それに今回は、単なる短期間の一時保護で終わらない可能性があります』
「特別養子縁組の可能性があるから……」
『はい』
玲は息を呑んだ。
『実母の意思が変われば、家庭復帰になる可能性もあります。一方で、意思が変わらなければ、今後、特別養子縁組を検討することになるかもしれない。その両方を理解した上で受け入れてくださる方でないと難しいんです』
「……そうですよね」
千愛を迎えれば、情が移る。
家族のように育てたあとで、実母のもとへ戻る可能性もある。
逆に、そのまま一生の親子になる可能性もある。
そのどちらにも、覚悟が必要だった。
『何組か登録里親の方に連絡を取ったのですが、「準備する時間がなさすぎる」「新生児を明日からというのは難しい」とのお返事が続いています』
「……」
当然だ。
今日突然連絡を受けて。
明日から、赤ちゃんを育ててほしい。
簡単に答えられる話ではない。
「ほかには……?」
『今も当たっています』
「お願いします」
『ただ――』
「はい?」
『一組、話を聞きたいと言ってくださっているご夫婦がいます』
「本当ですか?」
玲は思わず椅子から身体を起こした。
『四十代前半のご夫婦です。数年前から、養子縁組里親としても登録されています』
「どういう方たちですか?」
『長い間、不妊治療を続けていたそうです』
「……」
『最終的には、実子を持つことを諦められました。そのあと、夫婦で話し合って里親制度の研修を受け、登録されています』
「これまで委託経験は?」
『短期の一時保護委託を何度か。ただ、新生児を長期で受け入れた経験はありません』
「それでも……」
『はい』
電話口の職員が続ける。
『今回のお子さんについて、将来的に特別養子縁組になる可能性があることも説明しました』
「それで?」
『それでも、まず話を聞きたい、と』
「……」
『ただし、これは養子縁組を約束するものではありません。あくまで、現時点では里親として受け入れられるかどうかです』
「もちろんです」
『実母の意思が変わる可能性があることも、すでにお伝えしています』
「それでも、受け入れを?」
『ご夫婦からは――』
職員が少し間を置いた。
『「その子に今、帰る場所がないのなら。まずは、うちに来てもらうことはできませんか」と』
「……っ」
玲は言葉を失った。
まだ会ったこともない。
顔も知らない。
名前だって、ついさっき知ったばかりの、小さな女の子。
それでも。
その子に帰る場所がないのなら。
「……千愛ちゃんです」
『え?』
「その子の名前。千愛ちゃんって言います」
『千愛ちゃん……』
「『千の愛』と書いて、千愛です」
電話の向こうで、ほんの少しだけ沈黙があった。
『素敵な名前ですね』
「はい」
玲は小さく笑った。
「お母さんが、つけました」
*



