「結局、特別養子縁組を希望されたんだね」
「はい。今後も、母親と名乗るつもりはない、と。ただ、まだ産後間もないですし――」
「うん。希望として受け止める。まずは児相と連携して、退院後の千愛ちゃんの生活を確保しよう」
「はい」
「それと、玲。今の彼女の意思だけで全部が決まったわけじゃないからね」
「え?」
「まだ産後数日だ。今の彼女の言葉を、後戻りのできない最終的な同意として扱う段階じゃない。これから家庭裁判所の手続に進むまでにも時間があるし、その間に気持ちが変わる可能性もある。それも含めて支援しながら見ていくんだ」
「……はい」
「今必要なのは、彼女に決断を迫ることじゃない。母子が安全に退院後を迎えられるようにすることだよ」
「そうですね。退院は明日なので、今は千愛ちゃんの受け入れ先を見つけないと……」
玲は管轄の児相に電話をかけた。
一コール目。
「はい、西部児童相談所です」
すぐに繋がった。
「お世話になります。日下部法律事務所の神城と申します。産院からご相談を受けている母子について、退院後の養育先をご相談したくてお電話しました」
「はい。どういったケースでしょうか」
「母親は十八歳です。数日前に女児を出産しています。現在、母子ともに産院に入院中で、赤ちゃんは健康上、特に問題はありません」
「お母さんは、ご自身で養育することが難しいということでしょうか」
「はい。本人から、現時点では自分で育てることが難しく、特別養子縁組を希望する意思が示されています」
「わかりました。お父さんについては?」
「現時点では特定できていません。認知もありません。母親本人にも父親を特定できるだけの情報がない可能性があります。その点については、今後改めて確認が必要だと考えています」
「ご実家や親族を頼ることはできますか?」
「本人は、両親とは長く疎遠になっていて、今回の妊娠や出産についても知られたくないという意向です。親族による養育が可能かどうかについては、本人の事情を確認しながら慎重に検討する必要があると思います」
「そうですね」
「それで、一番急いでいるのが退院後のことなんです」
「退院はいつですか?」
「明日の予定です」
「明日ですか」
「はい。母親本人は、自宅に赤ちゃんを連れて帰って養育することは難しいと話しています。このままだと、退院後の千愛ちゃんの養育先がありません」
「千愛ちゃんというんですね」
「はい。母親が名づけました」
玲は一度息を整える。
「そこで、今後の処遇が決まるまでの間、一時保護を含めて対応していただけないかと思っています。乳児院か、受け入れ可能な里親さんへの一時保護委託が可能か、調整をお願いしたいです」
「わかりました。まずはこちらでも一時保護の必要性を判断したうえで、受け入れ先を確認します」
「お願いします」
「新生児ですから、まず受け入れ可能な乳児院があるか確認します。それから、条件の合う里親さんがいるかも当たってみます。ただ、明日退院となると時間が限られているので」
「はい。それは承知しています。産院にも、児相と調整中であることを伝えておきます」
「千愛ちゃんを一時保護することについて、お母さん本人は了承していますか?」
「はい。自分では今は養育できないので、安全な場所で預かってほしいという意向です。ただ――」
「はい」
「特別養子縁組については、まだ産後間もないこともありますので、最終的な意思決定として扱わないようにしたいと考えています」
「もちろんです」
「今は特別養子縁組を希望していますが、まずは母親本人への支援も続けながら、今後の意向を確認していく必要があると思っています」
「そうですね。一時保護と、今後の養育方針は分けて考えましょう」
「はい」
「まず明日の退院に間に合うよう、当面の養育先を確保します。そのうえで、お母さんから改めて事情を聞かせていただいて、家庭での養育が可能なのか、里親委託が適切なのか、特別養子縁組を見据えるのかを検討していきます」
「お願いします」
「今日中に一度、産院にもこちらから連絡を入れます。お母さん本人とも面談できますか?」
「はい。病院側には僕からも伝えます」
「では、産院名と、お母さんのお名前、生年月日、それから赤ちゃんの生年月日をお願いします」
「はい。本人から、児童相談所への情報提供については同意をいただいています。少々お待ちください」
玲は手元の資料を開いた。
「それでは申し上げます。母親は――」
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