リーガルウェポン


 十八歳の、元風俗店勤務の母親。

 初めは、子どもを産んですぐ養子に出したいと聞いて、正直、戸惑った。
 でも、今は違う。
 彼女自身も、大人に守られなかった子どもだった。
 それでも、彼女は娘の未来を思い、自分のいない世界でたくさんの愛をうけて、幸せに生きていってほしいと願っていた。
 彼女は若い。
 若くても、我が子を思う一人の母そのものだった。

「深愛さんのその気持ちは、きっと千愛ちゃんにも届いてるよ。その名前に込められた素敵な願いこそが、あなたの母としての、最高の愛だと思うから」
「……」
「今まで、一人でよく頑張ったね」
「……ッ」
「それに、千愛ちゃんのことをちゃんと考えて、誰かに助けを求めてくれた。それは、逃げたんじゃないよ」
「わ、私は……今まで、ずっと……逃げてばかりだと、思ってた」
「うん」
「どんなことがあっても、逃げるのは絶対ダメで……卑怯だからと、両親にも言われて……だから、高校に上位で合格するために……勉強も、人一倍頑張って来たのに……」
「うん」
「私は、結局逃げた……。友だちからも、学校からも。両親からも。全部が嫌になって、言われるがままに夜の世界に入ったけど、結局……身体も傷つけられて。使えなくなったらあっさり捨てられて……まさか、十八で……妊娠も出産もしちゃうなんて……」
「うん」
「誰かに助けを求めることが、逃げることだと思っていたけど……。それは違うって言ってもらえて、安心しました」
「そうだよ。深愛さんは逃げたんじゃない。勇気を出して助けを求めたんだ。千愛ちゃんのために」
「う、う……」
 堰を切ったように、深愛は嗚咽した。

  *
 それから数日後。
 退院を翌日に控えた深愛と、玲はもう一度向き合った。
「あの、先生……」
「うん?」
「何日か、千愛と一緒に過ごしてみました」
「うん」
「それでもやっぱり……千愛を、大切にしてくれる人に託したいです」
「もし、会いたくなったら?」
「会いたくなっても、会いません」
「千愛ちゃんが、あなたに会いたいと言ったら?」
「千愛が私に会いたいと思うまでは、会いません」
「千愛ちゃんが会いたいと思わなかったとしても?」
「それならそれで、気持ちに区切りがつけられます」
 以前話した時よりも、迷いのない言葉だった。
「私は、これからどう生きていくのか。まだ見当もつきません。まともに学校にも行っていないし、働いてもいない。例えばなんですけど……」
「うん?」
「私、もともとカウンセラーになりたくて。心理学系の道に進みたかったんです」
「そうだったんだ」
「はい。だから、もし……今から目指すとしたら、だいぶ時間がかかってしまうかもしれない」
「もしかして、大学に通いたいって考えてる?」
「はい。勝手なことかもしれませんが、私の人生を……生き直したくて。何年か後に、千愛を引き取って育てることも考えました。でも、それだと……千愛から、親のように育ててくれた人との別れまで経験させてしまう。千愛が心から信頼できる人の元で暮らせているなら、そこに私の存在は……もう必要ないと思います」
 彼女は、はっきり伝えた。

「千愛のことを、心から大切にしてくれる人のところへ……そして、親権も……その方に、お願いしたいです」
「本当に、それでいいんだね」
「はい。今後も、千愛の母を名乗るつもりは……ありません」
 十八歳の母の決断。

 それは、娘を本当に大切にしてくれる人の元で。
 自分のいない世界でも。
 何も知らずに。
 人並みに、幸せに生きていってほしい。
 そんな、最初で最後の祈りだった。

「娘を、よろしくお願いします」

  *