リーガルウェポン


「初めまして」

 初対面をした、産後間もない女性。

 十八歳。
 元・風俗店勤務。

 まだあどけなさの残る、あまりにも若い母親。
 いくら年齢より大人びて見えたとはいえ、素顔の彼女は――母親と呼ぶには、まだ幼すぎる。
 それが、玲が感じた彼女の第一印象だった。

 その腕には、生まれたばかりの小さな娘が抱かれている。
「こんにちは」
 玲は、思わず赤ちゃんにも言った。
「可愛い」
「……」
 母の腕に抱かれて、小さな寝息を立てている小さな命。
「体調は?」
「大丈夫です」
「そう。それなら良かった」
「……あの」
「ん?」
「……弁護士さん、ですよね?」
「はい」
「……随分、若い人だなと思って」
「それ、あなたが言うの?」
「あ……」
「まあ、僕もまだ二十三だから……五つくらいしか変わらないのは不思議な感じがするな」
「はい……」
「それじゃあ本題に入るけど」
「はい」
「この子を養子に出したいという意思は――」
「変わりません」
 遮るように、深愛は言った。
「本当に、それでいいの?」
「はい」
「それは、どうして?」
「私じゃ、この子を……幸せにしてあげられない」
「それは、現時点での話かな」
「はい。でも、きっとこの先も……私には無理です」
「現状、この子の養育が難しいのはわかる。でも、あなたの気持ちとして、この子を自分の手で育てたいという気持ちは、全くないのかな?」
「……そんなの……」
「うん」
「ないわけ、ないじゃないですか……」
 深愛の瞳が潤む。

「子どもは可愛いです。私が産んだ子を、私が育てたい。そう思うのは自然なことではあるけど、でも……私は、この子が可愛いから、私が……母親になったら、ダメだと思う……」
 深愛は続ける。

「仮に、私が一人で育てたとしても……私は、この子に……何も与えてあげられない」

「あるよ。深愛さんにもできること」
「え……」
「この子の、名前」
「あ……」
「最高のプレゼントだと思うよ。この子が将来どんな風に生きていくのかは、僕にもわからない。たとえ、この先他の誰かの元で育てられることになったとしても、実のお母さんが願いを込めてつけてくれた名前だと知ったら。その子にとってそれは、『実のお母さんからもらった、世界一幸せなプレゼント』になるんじゃないかな」
「……」
「出生届の提出期限は、生後十四日以内。それまでに名前を決めてあげないとね」
「あの……」
「うん?」

「ちあ」
「え?」
「『千の愛』と書いて、『ちあ』です」
「千愛ちゃん?」
「私がいなくても、この子には……これから出逢う様々な人たちから、幾千の愛を受けて……幸せに、生きていってほしい。だから――」
「……っ」
「……先生?」

 気がつけば、玲の瞳からは涙が溢れていた。

「ごめん……あまりに、素敵な名前だったから、つい……」
「あ、いえ……」
 玲は涙を拭い、言った。
「取り乱してごめん。それで、もう一度聞くよ」
「はい」
「千愛ちゃんを、養子に出すという決意は?」
「変わりません」
「じゃあ、もし会いたくなったときは?」
「え?」
「養子縁組には二種類あって、普通養子縁組と特別養子縁組がある」
 玲は彼女に説明する。
「多分、深愛さんの思う養子縁組は、戸籍上の親子関係がなくなるものという認識じゃないかな」
「え、違うんですか?」

「普通養子縁組でも養親とは法律上の親子になる。ただ、実の親との親族関係も残る。一方、特別養子縁組が成立すると、原則として実の親との法律上の親族関係は終了する」

「もしもの場合ですけど。いつか、引き取りたいってなった場合は、どうなるんですか?」
「今は育てられないけど、将来的に自分で育てたい気持ちがあるなら、一時的な養育先として乳児院や里親委託なども考えられる。それは児童相談所と一緒に考えていくんだ」
「……」
「逆に、特別養子縁組を希望するなら、養親候補者との調整を進めて、その人たちに実際に千愛ちゃんを養育してもらうことになる」
「すぐに養子になるわけじゃないんですよね」
「うん。原則として六か月以上の監護状況を見た上で、家庭裁判所が最終的に判断する。だから、今日ここで『養子に出します』と言ったからって、全部が決まるわけじゃないよ」
「はい」
「まずは退院後、千愛ちゃんをどこで、誰が養育するのか。それを決めないといけない」
「はい」
「深愛さんは、どうしたい?」
「私は……まだ育てられないので、千愛を……代わりに育ててくれる人に任せたいです」
「ちなみに、深愛さんの両親は……このことをご存じない?」
「多分、知らないです。知っていたとしても、私はもう縁を切っているので」
「知られたくない?」
「できれば」
「そうか……。じゃあ、ご両親に知られることについても不安があるんだね」
「はい」
「わかった。それも含めて、児相の人にはきちんと伝えよう」
「はい」
「養子縁組の件については、児童相談所か民間の養子縁組あっせん機関が窓口になる。いずれにしても、深愛さんの意思は変わらないということでいいかな?」
「はい」
「もし特別養子縁組が成立したら、深愛さんは千愛ちゃんの親権を失うことになる。それでもいい?」
「はい。そうなった場合は……もう、会えないんですよね?」
「法律上、親として会える権利が残るわけではない。成立後の交流については、養親やあっせん機関の方針、その子自身の意思にもよる。だから、『絶対に二度と会えない』とまでは言えないよ。でも、いつか千愛ちゃんの方から深愛さんに会いたいと言われたら、会いたい?」
「……わかりません。でも、少なくとも、私は……会う資格はないと思います」
「どうして?」
「あの子には、私のいない世界で、何も知らずに生きていってほしいから」