「特別養子縁組って……」
「すぐに成立するものじゃないよ」
「ですよね」
武蔵は資料を開きながら、玲に説明する。
「まず、この子を本当に実母が育てることが難しいのか。それから、特別養子縁組に出すことがこの子にとって一番いい選択なのか。そこを慎重に確認する必要がある」
「児童相談所ですか?」
「児相が関わる場合もあるし、許可を受けた民間の養子縁組あっせん機関が入る場合もある。今回みたいに産院から相談が入ったなら、まず児相とも連携して、母親本人の意思や生活状況を確認することになるだろうね」
「じゃあ、産まれてすぐ養親さんの戸籍に入るわけじゃないんですね」
「もちろん。特別養子縁組は、家庭裁判所の審判で成立する」
武蔵は指を一本立てる。
「今は手続が二段階になっている。まず第一段階で、この子を実親が養育することが難しい事情があるか、実親が縁組に同意しているか、といったことを家庭裁判所が確認する」
「その後に、養親になる人との適合性を見るんですか?」
「そう。養親候補者との調整は、それまでにも進められる。家庭裁判所では、その候補者とこの子が本当に親子として適切なのかを確認していくことになる。養親候補者には原則として六か月以上、実際にこの子を養育してもらって、その監護状況も見た上で家庭裁判所が判断する」
「半年……」
「長く感じる?」
「いえ……逆です」
玲は小さく首を振った。
「一人の子どもの人生を決めるなら、それくらい慎重じゃないと駄目なんだなって」
「そういうこと」
武蔵は静かに頷いた。
「これは、大人が子どもを欲しいから成立させる制度じゃない」
「……」
「子どもに、親を見つけるための制度だよ」
玲はその言葉を聞いて、先ほど電話越しに聞いた話を思い返した。
十八歳。
産んだばかりの母親。
そして、生まれたばかりの女の子。
「……そのお母さんは」
「うん?」
「あとから、やっぱり自分で育てたいって言うことはできるんですか?」
「できる段階はある」
武蔵は少しだけ表情を引き締めた。
「だからこそ、今すぐ結論を急がせちゃいけないんだ」
「あ……でも先生」
「何?」
「この子、父親がわからないんですよね」
「うん」
「実父母の同意が必要なら……どうするんですか?」
「そこも、これから確認する」
「確認って……」
「母親から、妊娠した可能性のある時期や相手について話を聞く。認知されている父親がいるのか、そもそも特定できる可能性があるのか。『父親不明』の一言で終わらせることはできないよ」
父親の特定には、至らない可能性もある。
それでも、この母親は、自分を責めながらも、我が子の幸せだけは願っていた。
自分では、この子を幸せにしてあげられない。
だから、自分の代わりに大切に育ててくれる人に託したい。
それが、本当に彼女の望んでいることなのか。
玲は、退院を迎える前に、この女性本人から直接話を聞くことになった。
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