リーガルウェポン

「はい、日下部法律事務所の神城です」

 玲のもとに、特別養子縁組を検討している母親について産院から法律相談が入った。

「特別養子縁組、ですか?」
「実は、ある女性が当院で出産されたのですが……お子さまを、養子に出したいと言っていて」
「えっと……既に、出産された後なんですね?」
「はい」
「その申し出は、いつありました?」
「三日ほど前、最後の妊婦健診の日です。それまでも養子に出したいとは話していたのですが、退院後に自分で育てることも含めて、かなり迷っておられて。先ほど、もう一度意思確認をしたら、やはり養子に出したいと」
「そうですか……。少々、お待ちいただけますか? 特別養子縁組について、少し確認したいので」
「はい」
 玲は電話を保留にする。
「あの、佐々木先生」
「どうした?」
「産院の方から、特別養子縁組についての相談のお電話なんですけど」
「え?」
「出産直前に申し出があったようで……」
「わかった、代わるよ」
「ありがとうございます」

 武蔵が玲の受けた電話を引き継ぐ。
「お電話代わりました、佐々木と申します。概要は電話を受けた者から伺いました。このケースの場合は――」
 武蔵は資料を確認しながら、落ち着いた口調で話を進めていく。

 日下部法律事務所は以前から、児童相談所や地域の医療機関から、親子関係や家事事件に関する相談を受けることがあった。

 玲は、先ほどの電話の内容を反芻する。
「出産直前で子どもを養子に……」
 『養子』という言葉が、やけに重く感じた。

   *

 ある女性が、子どもを出産した。

 父親は不明。

 女性は十八歳。

 名前は、深愛(みあ)。

 風俗店で働いていた。

 しかし。
 妊娠が発覚し、店を追われた。

「どうしよう……」

  ☆

 中学二年から、友人関係のもつれで不登校になった。家族からも責められ、見放され、家庭にも居場所を失った彼女は家出を繰り返し、何度も補導された。

「そんなに出て行きたいなら、出て行きなさい」

 とうとう、両親は見限った。
「言われなくても、出て行くよ。こんな家、二度と帰らない」

 夜の街を、泣きながら歩いた彼女。
 当時、まだ十五歳。

 深愛はもともと優等生で、成績は常にトップクラス。
 背も高く、モデルのような体躯。街を歩けば誰もが振り返るほどの美貌。実年齢よりも、かなり大人びて見えた。

 芸能事務所からも、何社かスカウトされていた。

 当時の彼女は、学業を理由にすべて断っていた。

「……どうして、私が……」

「お姉さん、どうしたの?」

 一人の男性が声をかけた。

 どこからどう見ても、怪しい男。

「とりあえず、うちの店来なよ」
「でも、お金……ない」
「いい仕事があるから」
「……私、まだ中学生なので」
「え……」
「働くのは無理です」
「ねえ、芸能界とか。興味ない?」
「え……?」
「俺、スカウトの仕事してるんだけど。君なら絶対成功すると思う」
「……」
「まずは研修生って形にはなるけど、君くらいの歳の子もたくさんいるからさ。やってみない?」
「……何をするんですか?」
「接待だよ。業界の偉い人たちの。運が良ければ、直々にスカウトされる可能性もある」
 どう考えても怪しい。
 でも、家にいるよりはマシ。
「やります」
 迷っている余裕はなかった。

 たとえ、この選択が身を滅ぼすことになったとしても。

 *

「嫌!」
「大丈夫。少し痛いかもしれないけど、すぐに楽になるから」
「話が違います!」
「いいから」
「やめて!!」

 抵抗も空しく、深愛は一晩に何人もの相手をさせられた。

 年齢は十九歳。そういう設定だけは貫けと念を押された。
 その意味をようやく理解する。

 遅すぎた。

「うう……」

「なかなか上出来だった。ほら、報酬だ」
「……」
 三十万円。

 一晩で、こんなにもらえるのなら……。

 私が我慢すれば、親よりも稼げる。

 そして、深愛はそのまま夜の世界から抜け出せなくなっていた。

  *

 三年後。

 深愛は高級店で名を馳せる人気のトップクラスの嬢として活躍するまでになった。

 弱冠十八歳で、一晩に百万円近い売り上げもあり、

 タワマンに住み、美容にも惜しみなく投資。

 そして、また稼ぐ。

 自分の、自慢の身体で。

 そして、ある日。

「うッ……」

 腹部の張りが強く、痛みが治まらなかったので急遽病院を受診した。

 そして、妊娠が発覚した。

 つわりもなかったので全く気づかなかった。
 腹部の膨らみも、ほとんど変化が見られない。

 既に、二十五週。

 堕胎可能な時期は過ぎていた。

 誰の子かは、わからない。

 もともと生理不順で、半年来ないこともザラだった。でも、職業柄むしろ好都合ととらえ、特に問題視していなかった。

 深愛は酒もたばこもしない。
 まだ十八歳なので、それはどんなに勧められても断っていた。もともと優等生気質な彼女は、その聡明さや生真面目さも売りにしていたため、実業家や親世代の経営者の男性から人気があった。

 しかし、迂闊だった。
 避妊には極力注意を払っていたというのに、

 どうやら、誰かが避妊具に針で穴を開けていたようだった。

 ピルは体質に合わず、服用していなかった。

「え、妊娠?」
「すみません……」
「それは、さすがに困るよ」
「あの、私も気づかなくて……」
「そんなことあるわけないだろ」
「でも、本当に――」
「本当は、気づいてたんじゃないの?」
「違――」
「黙っていれば、続けられると思った?」
「そんなこと、思っていません。でも、あとから見たら……部屋に残っていた未使用の避妊具の中に、針で刺したような穴が開いているものがあったんです」
「自分で開けたんじゃないの?」
「違います! そんなことしません!」
「いっそのこと、子ども作って金持ちの誰でもいいから結婚して辞めようとか、そんなところじゃない?」
「違います! 私は――」
「もういいよ、明日から来なくて」
「!」

 深愛は、あっさり捨てられた。

   ☆