しばらくして。
依頼者が、ようやく玄関のドアを開けた。
「あの……ありがとうございました」
「お疲れさまでした」
玲もようやく肩の力を抜いた。
「いやあ……まさか本当に押しかけてくるとは。僕も想定外でした」
「いえ。来ていただいて、本当に助かりました」
「何もなくてよかったです」
「あの、先生」
「はい?」
「さっき……お子さんがいるって」
「ああ……」
玲は一瞬、気まずそうな顔をした。
「それは……半分、嘘ですね」
「半分?」
「まあ、それ以上はプライベートな話になってしまうので」
「……」
「オフレコでお願いします」
「はあ……」
「それにしても……」
玲は、女が警察官とともに去っていった方向を見る。
「あんなに『お金、お金』って言う人、初めて見ました」
「私もです……」
「僕の年収まで聞いてくるし」
「……」
「いや、僕まだ新人なんですけどね」
「え?」
「今年の四月に弁護士になったばかりで」
「……新人さんだったんですか?」
「はい」
「全然、そんなふうに見えなかったです」
「そうですか?」
「あんなに毅然と対応されていたから……もっと経験のある先生なのかと」
「それは嬉しいです」
玲は少し照れたように笑った。
「でも、本当にまだまだなので。至らないところがあったら、遠慮なく言ってくださいね」
「いえ。私は、先生にお願いしてよかったと思っています」
「……ありがとうございます」
ほんの少しだけ、玲の表情が緩んだ。
「ああ。それで、肝心の相続放棄の件なんですが」
「はい」
「戸籍など、まだ確認しなければいけない資料があります。手続き自体は予定どおり進めていますので、もう少しお待ちください」
「わかりました」
「それと……」
玲は言葉を選ぶ。
「さっきの、頭おかしい女性……」
「……」
「あ」
言ってから気づく。
「違う。今のなしで」
依頼者が吹き出した。
「あははは!」
「すみません」
「大丈夫です。私も思ってましたから」
「じゃあ……さっきの変な女性……」
「言い直せてないですよ」
「あれ?」
玲も思わず笑う。
「お騒がせな女性、ということで」
「はい」
「すみません。僕、その方のお名前を知らなくて」
「私も知りません」
「……え?」
「今日初めて会いました」
「だったら、なおさら図々しいですね」
「本当に、それです」
「それで、その女性のお子さんのことなんですが」
玲の表情が、少し仕事の顔に戻る。
「お父様の再婚相手の次男さんとの間に生まれたお子さんだと聞いていましたよね」
「はい」
「その件について、追加で情報が入りまして」
「はい」
「遺伝子検査の結果、親子関係がないことが判明したそうです」
「……は?」
「ですよね」
「え……じゃあ、さっきあんなに『この子のために』って……」
「……」
玲は数秒黙った。
「その件については、僕たちは深く考えないことにしましょう」
「そうですね……」
「今回、僕たちが確認すべきなのは、お父様の相続関係と、あなたの相続放棄についてです」
「はい」
「あちらの家庭の事情まで、あなたが背負う必要はありません」
「……はい」
「今後、またあの女性が接触してきても、対応しなくて大丈夫です。話を聞く必要も、説明する必要もありません」
玲ははっきりと言った。
「すぐ僕に連絡してください。こちらで対応します」
「ありがとうございます」
「いえ」
「あの、神城先生」
「はい?」
「立ち入ったことを聞いてもいいですか?」
「内容によりますけど」
「もしかして」
女性は玲の顔を見た。
「守りたいと思うくらい、大切な方がいらっしゃるんですか?」
「……」
一瞬。
玲の頭に、遙花と蒼生の顔が浮かんだ。



